re29.水狐は静かに現る、病を添えて
剣を落とし、片目を押さえて叫ぶウェイド。
薄暗い闇夜の中で青年の目が、文字通り《《燃えている》》。
「クソ、クソッ! なんだ、熱い、痛いィッ‼」
「あーぁ、言わんこっちゃない」
しかも他人が使ったレンズ付けやがって……いま見えた黒色の糸は選択するべきではないモノ…………って感じか。
「ぐあああぁぁぁぁ――――」
激痛でウェイドは地面をのたうち回る。これが……魔眼、いや魔眼レンズの呪い! 選定の魔眼で選ばないとこうなるわけ⁉
「えぇ…………」
黒い糸は消え去り、両目から走る金色の糸は、狐顔の青年の燃える片目へ伸びている。ハプニングが起きればやるべきことを示すのは結構なんだが…………散々怪しい動きをしてた奴を助けろってか。
「しゃあねぇなぁ~ちょっと失礼~」
勝手に自滅した悪役の狐顔にゆっくりと近づく。
「た、助けて……痛い……!」
「だぁからやめろって言ったのにぃ」
ウェイドの片手をどけて火のついた右眼に手を伸ばす。痛みで強く瞼を閉じる片目を可動域の少ない両手でこじ開けると、オレンジ色の虹彩が激しく輝き、角膜を燃やしていた。明らかに人間の目ではない。
「こんなもん目ぇにつける方がどうかしてるわ……」
そもそも自分で取れもしないのにつけるなっての。
右手の親指と人差し指を合わせ、高熱の眼表面へ伸ばし、反射で手を引いてしまうより早く、レンズをつかみ取る。
「あつッ、いけどっと」
眼球から取り出した瞬間、レンズがさらに熱を上げ指を焼く。火に包まれるより早く、レンズを投げ捨てた。薪もないのに魔眼レンズは炎と同じように燃え盛る。
「うぅ……ぐぅッ…………なぜお前みたいな奴が、平然と……⁉」
「仕事なんでね」
ホントは医者の役目だけど。
こんなの同じ仕事してりゃ誰でも出来る。俺はスライムも倒せないし、大したことはできないけど患者の前では平然としているのが普通なのだ。
「んぇ…………なに、ってカンペーッ?」
「なっ…………ウェイド、どうした⁉」
「遅いぞせんせ、副団長。こいつ、魔眼の呪いで燃えちまった」
「わかった、すぐ治療する!」
ウェイドの取ったレンズケースを回収し、魔眼レンズを入れなおす。
ったく、なんでレンズに振り回されなきゃならんのだ。……とはいえ、改めて魔眼レンズがヤバい代物だということはよーーーくわかった。
選定の魔眼レンズを付けさせたアイナがヤバいってのもな!
◇ ◇ ◇
応急処置を終え、焚火の前には片目を包帯で覆ったウェイドが小さく座っていた。
「まさか……帝国からの騎士が破壊工作を画策していたとは」
「よくわかんないなぁ……ハーディーと帝国ってそんなに仲悪かったっけ?」
「いや……そんなことはないはずだが」
「で、どうなのウェイド君」
「……………………」
だんまりである。
というより痛みの残りで喋れないのかもな。この状況で喋らないのもすげぇとは思うけど。
「帝国騎士団に戻れるように手配できるなんて、国の中でもある程度の権力を持つ人間からの依頼ってことだろうね」
「誰に頼まれたんだ?」
「…………それは……」
さすがに観念したのか、ウェイドが口を開いたその時、
「――Wow!」
唐突に、俺達と同じように、焚火を囲う新たな存在。
色は苔色、大きさは現代の大型犬くらいの…………狐? 緑色の狐なんて珍しいなぁ……
「カンペー離れて、そいつがテウメソスだ!」
「うぇっ⁉」
「Woo!」
なんでこんな急に――!
考える間もなく、水狐と言われる魔物は大きく口を開き、霧のような何かを吐き出した。
「いやぁっ~!」
思わず目を閉じる。
一般成人男性のHPはあっという間にゼロ…………かと思ったが、眼を開けてみれば自分には何も起きていない。肝心のテウメソスはというと馬車に積んであった荷物……食糧を漁っている。そして目の前には俺を庇って立っているアイナ。
「おいアイナ、大丈夫か?」
「テウメソスは水を吐く以外にも病原体を直接吐く能力を持っててね…………うわ、最悪ぅ」
アッシュグレーの少女はこちらを振り返る。
そこにいたのは目を真っ赤に充血させた、我らが雇用主だった。




