10.能力不足によるクビは追放じゃありません②
「ははっ、カンペーも大胆だね」
「おい、オレ達に何か言いたいことでもあんのかよ!」
視線と声に気づいたのか、追放剣士(名前知らんし)がこちらに詰め寄って来た。面倒な患者と比べれば後腐れがない分メンタルに良い。たまったストレスは異世界で発散である。
「いーや、駆け出しの女の子1人放り出すような奴らって素敵だなぁって思ったわけ」
「冒険者ってのは危険がつきものなんだよっ! 援護できねぇ奴なんかいらないんだっつうの! エルフって聞いたからすげぇと思ったけど、まだそいつホントにガキなんだぜ?」
「知るか……援護できるように仕上げるのが先輩の役目だろ」
あぁ……適当に切り返せばいいだけの会話は楽だ。ソニアも人前で馬鹿にされたんだからこれくらい言い返したってバチは当たるまい。
頭に血が上って殴りかかって来るかと思えば、追放剣士は深呼吸。
「……ハッ、外野がピーピーうるせぇっつうの。オレ達は今から大物を狩に行くんだ、邪魔すんじゃねぇ」
「しないけど」
既にクールダウンしている俺の態度にもイラついたのか、剣士は木製のボードから1枚紙を引っぺがして消えていった。
「ぷ……くくく、冒険者相手に口喧嘩とは……カンペーは本当に面白いね」
「か、カンペーさん……あの、ありがとうございます」
「俺にとっちゃ無関係だから、何言ってもタダだからな。気にすんな」
でも、割と真面目に対処しないとソニアのこれからに影響するぞ。選定の魔眼さんは記憶まで見せてくれたんだからそろそろちゃんと働いて……
ふと、ソニアを見ると、服から1本……金色の糸が垂れていた。
「ソニア、服の糸がほつれてるぞ」
「ふぇ? どこもなんとも……」
「いやほら、そこ」
慎ましい胸元を指差すと、ソニアは背中を向ける。
「カンペー、患者へのセクハラはやめてほしいなぁ」
「馬鹿。お前にはあの長い糸が見えねぇのか」
後ろを向いても《《なお》》見えるそれは、先を辿ると木製のボード……貼ってある1枚の紙に繋がっていた。紙面に描かれた身体はライオンか虎か、それっぽい見た目で顔は鷲の姿。
「グリフォンか……もしかして、魔眼持ちの個体なのかな」
どうやら『選定の魔眼レンズ』はこいつを選んだらしい。
アイナはグリフォンと読んだが、文字では■■■■■と書いてある。■はそれぞれ謎の記号で読めない。アルファベット……とはちょっと違う。異世界言語? グリフォンっつうと……確かよく敵で出てきたっけかな、ゲームとかで。
「グリフォンって、ベテランの冒険者たちが挑む魔物ですよぉ⁉」
「要はデカい鳥だろ、大袈裟な……」
「カンペーさんはなんでそんな落ち着いてるんですかぁっ⁉」
「……いや、ここ来る前ドラゴンに襲われたし」
「ふぇぇっ⁉」
いちいちリアクションが面白いなこの子……
アイナは紙を剥がし、さらっと流し読んだ。
「この辺じゃ珍しい魔物だ。どうやら他所から移動してきて、この城郭都市の付近にある森を縄張りにして街道を襲っているようだね。既に何組かのパーティーが失敗したらしい」
慌てるソニアに対して、アイナは淡々と読み上げる。震えもせず、ただ事実だけを並べて何も驚く様子はない。むしろ興味があるのは俺が見た『糸』のようで。
「カンペー、今も糸は繋がっているかい?」
「あぁ、ちょうどお前の手の下を垂れてソニアの方に」
「ふむ……カンペー、君がいま見えている『糸』は、恐らく魔眼レンズの力が発動している証拠だ。選定の魔眼――のレンズは、ソニアへグリフォンを選んだ。決まりだね」
どうやらグリフォンとやらを倒すことが決まったらしい。
俺の仕事はソニアに必要な素材の選定だからな、戦闘は専門の人間に任せるとして……そろそろ風呂にでも行くか。
「そうかぃ、んじゃお二人で頑張ってちょうだいなぁっと……ぐぇっ⁉」
ごく自然な流れで診療所へ帰ろうとすると、襟元をがっちり掴まれる。
「おいおぃカンペー、患者に最後まで付き合うのが魔眼フィッターの役目だろう?」
「先生、ここから先は魔法使いの医者や弓使いの出番で一般男性の出る幕はないです先生。先生?」
カンペーの仕事は終わりましたよ。
後はお給料もらって終わりですよ。楽な仕事でした。
「あっはっはっは! 魔眼レンズ使いじゃないか、頼りにしてるよ! さぁ、グリフォン討伐へ出発だ!」
「大丈夫かこのパーティー……」
魔眼蒐集パーティー。
・アイナ・グレイ(魔法使い兼医者)
・ソニア (エルフの弓使い)
・カンペー (魔眼レンズ使いの一般男性)
……とりあえず、前衛雇ってください先生。