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明葉目線のお話です
「お帰り、舞花。おにぎり買えた?」
「うん。昆布としゃけにしたよ。」
舞花が帰って来る少し前に病院食が届けられ、一緒にお昼を食べた。
「……」
「……」
少し長い沈黙が続き、俺は沈黙を破るように舞花の横髪を掬って耳にかけた。
「どうしたの?」
「何でもないよ。」
そう言いながら舞花の頬をつまんだ。
「なにー?」
「舞花ほっぺ柔らかいな。」
「そう?」
「あのさ、」
俺は舞花の髪を弄りながら言った。
「俺、舞花の事好きだ。」
舞花は一瞬目を見開いた後、顔を綻ばせた。
「私もだよ、明葉くん。」
舞花は俺の肩に頭を置いて言った。
「普段は2つも年下とは思えないくらい大人っぽいのに、時々見せる子どもっぽい顔とか、太陽みたいな笑顔が好きだよ。」
「俺も舞花の笑顔好きだよ。可愛いから。」
「明葉くんも可愛いよ?」
「はあ?だから可愛くねえって!俺はかっこいいんだよ。」
「そういう所も好きだよ。」
舞花は少し頬を赤くしながらそう笑った。
***
「じゃあな、舞花。」
「うん。明日も来るね。」
日が暮れ始め、舞花は家に帰って行った。
舞花が帰ってから十数分後、病室に向かってかけてくる足音が聞こえた。
「明葉!ごめんな、遅なって。」
「悪い、俺も仕事が長引いて、」
「別に良いよ。母さん、父さん。」
共働きの父さんと母さんは多い日は2日に一度、忙しい日は1週間に一、二度こうして面会に来る。
「優斗から聞いたで、友達が出来たんやって?」
「まあ、うん。良い人ばっかやで。」
「そうなんや。あのさ、実は明葉の担当医の先生から病状について聞いてんけど、」
母さんは言い辛そうに口を開いた。
「あんまり良くないんやろ?そんくらい自分でも分かる。」
頭痛や目眩は薬で抑えているが、日に日に薬の効きが悪くなっているのを自分でも感じている。
「うん。でもな、先生が手術をしたら大分良くなるって言ってて。」
「それでな、明葉。アメリカに、行かんか?」
唐突な父さんの言葉に俺は何も返せなかった。
「その、明葉の手術は結構難しいものらしくて、でも、先生がアメリカにいる有名な脳外科医の紹介状を書いてくれるって言ってくれてて。」
「返事は急がんし、明葉のタイミングで良いから考えといてくれん?」
「うん。」
俺は父さんと母さんが病室を出て行った後、窓の外に目をやった。外はもう日が落ちていて、病室と同じ時間が流れているとは思えなかった。
手術をして、治るのならすぐにでもしたいものだ。けれど、アメリカとなると話は別だ。今とは全く異なる環境で手術なんて、きっと耐えられない。
それに何より、舞花達と離れることになる。
時折、段々悪くなっていく自分の身体への不安で押し潰されそうになる事がある。
いくら元気に振る舞っても薬がきれると耐え難い痛みがやってくる。このまま消えてしまいたい、と何度も思った。
そんな時、舞花や佑や燈葵と遊んだ事、皆んながお見舞いに来てくれた事を思い出すと段々とそんな気持ちも薄れてくる。だから俺は、皆んなと離れたくない。
***
「おはよう明葉、今日は佑来れないらしい。舞花は瀬上と一緒におやつ買いに行ってる。」
「おはよ、燈葵。あのさ、やっぱり俺、燈葵の事応援できない。ごめん。」
燈葵にそう言うと、燈葵はにっこりと笑った。
「そんなの前から知ってるよ。別に明葉に応援されなくても僕が舞花の事を好きなのは変わらないし。」
「ライバル増やしてごめん。」
「何で明葉が謝るの?舞花の事、諦めるつもりってこと?」
「そんな事ねえよ。ただ、俺はっ、」
すると燈葵は真剣な顔をして言った。
「舞花を泣かせたら明葉でも許さないから。」
その言葉につい、笑みが溢れた。
「何で笑うの?」
「だって燈葵、"明葉でも"って、俺の事ちゃんと友達だって思ってくれてんだな。」
「は?知らないよ、そんな事。ただ、舞花を泣かせるなら明葉に舞花の事を任せられないから。」
「……分かってる。」
きっと舞花には、そう言いかけたが、口をつぐんだ。舞花には燈葵の方が良いのかもしれない、そんな事を口にしてしまえば俺を好きになってくれた舞花に失礼だ。
漫画でよくあるドキドキと胸が高鳴る感情とは少し違うもっと穏やかな感情だけれど、素の自分で居させてくれる舞花には自分1人では抱えきれない程の大きな感情を抱いている。
「舞花が明葉の事を好きなのは気付いてるでしょ?」
「うん。」
「舞花に告白したの?」
「うん。」
「そっか。」
そして少しして、舞花と優斗が来た。
「明葉くん、遅くなってごめんね。」
「天神と明葉で何話してたんだ?」
「教えない。」
***
「明葉、この前言った手術の事、考えてくれたか?」
今日は父さん達が来てくれている日だ。
俺は父さんからの質問に対してはっきりと答える事は出来なかった。
「まだ決めれてない。でもここから離れるのは、」
「返事は急がんって言ったけど、アメリカ行くんやから症状が薬で抑えられるうちじゃないと、」
「んな事分かってるよ!ちゃんと考えるから、もうちょっと待って。」
俺がそう言うと父さんも母さんも分かったと言ってくれた。
「じゃあ、また来週来るな。」
父さんと母さんが帰り、1人ベッドの上に寝転がった。
(手術するべきなのは分かってる。分かってるけど……)
燈葵と佑と何より舞花と離れたくない。手術の事はまだもう少しゆっくり考えたい。
翌日、佑と舞花が2人で見舞いに来てくれた。
「よっ!明葉。グミ買ってきたぞ。」
「流石佑!ありがとう!」
佑からグミを受け取り袋を開けた。
「そう言えばもうそろそろ俺達夏休みなんだけど、明葉って花火好きか?」
「花火?何で?」
俺がそう聞き返すと舞花が教えてくれた。
「実はさっき看護師さんから聞いたんだけど、再来週花火大会があるんだけど、花火大会の日は病院の屋上全面解禁されるんだって。それでヨーヨー釣りとか射的みたいな小さい縁日みたいなのが開かれるらしいの。」
「明葉、皆んなで参加しないか?」
「楽しそう!絶対行きたい!でも舞花も佑も花火見るの病院からで良いのか?」
俺がそう言うと2人は頷いた。
「毎年舞花と燈葵と河川敷で見てるけど人混みがやばくてあんまり見えないからな。屋上なら開けてるし看護師さんも参加人数は毎年そんなに多くないって言ってたから。」
「明葉くん、良い写真撮ってね?」
「おう!任せろ!」
次回もお楽しみに!
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