10
「燈葵が来れて佑が来れないなんて珍しいよね。」
「祈が忘れ物したらしいから仕方ないよね。祈に忘れ物だけ渡したらすぐ来ると思うし。まあ、僕は舞花と2人で来られて嬉しいけどね。」
燈葵と話しているうちに、明葉くんのいる病室の前に着いた。
扉を開けようとすると中から話し声が聞こえてきた。明葉くんの病室は3人部屋なので、どこから聞こえているのかは分からない。
「取り敢えず、入る?」
燈葵がそう聞いてきた。
「うん」
私が頷きノックをして扉を開けると、明葉くんのスペース以外はカーテンが開いており、誰も居なかった。
「だから、アメリカなんか行きたくないって言ってるやろ!!」
明葉くんの大きな声が聞こえてきた。
「何で嫌なん?病気が治るかもしれんのに!」
「そうやで、明葉。手術終わって元気なったら、また帰ってきたらええやん。」
明葉くんと話しているのは、きっと明葉くんのご両親だ。
燈葵が呆然と立ち尽くしていた私の肩を叩いた。
「舞花、一回外で待っとこ。」
私は声を出さずに頷いて、燈葵の後ろをついて行った。病室の前のベンチに座ると、燈葵が私の右手を握った。
「明葉からちゃんと話を聞こう。」
「うん。」
少しして、病室の扉が開いた。
中から出て来た明葉くんのご両親はこちらに気付き話しかけて来た。
「明葉と優斗のお友達よね?明葉達の母親です。少しお話し良いですか?」
明葉くんのお母さんはそう言うと私達の座っているベンチの向かいのベンチに座った。
「初めまして。七原舞花です。」
「天神燈葵です。」
「舞花ちゃんって、ちっちゃい頃優斗と明葉と仲ようしてくれてた子やんな?」
「明、関西弁はびびらすやろ?それに自己紹介もまだちゃんとしてへんで。」
「あ、そうやった。私、明葉達の母親の瀬上明です。私ね、舞花ちゃんのこと結構覚えてるのよ。あの子達2人とも舞花ちゃんの話ばかりしていたから。」
明さんの言葉に頷きながら、明葉くんのお父さんも挨拶をしてくれた。
「瀬上家の父親やってます、瀬上優希です。」
そして、2人は先程明葉くんと話していた内容を教えて下さった。
「明葉は脳に悪性の腫瘍があって、それを取り除かんと病気が治らないの。で、その手術が中々難しいものらしくて、ここの病院の先生がアメリカの先生に紹介状を書いてくれることになったの。」
「それを明葉に話したら、アメリカに行くのは嫌やって拒否してて。お願いします!明葉の事を説得してくれませんか?」
明さんと優希さんは私達に頭を下げた。
「分かりました。」
状況を飲み込むのに必死な私に代わり、燈葵が答えてくれた。
「ありがとう。よろしくお願いします。」
2人は再度頭を下げ、帰って行った。
私はどんな顔で明葉くんと会えば良いのか分からなくなった。
「舞花、僕も一緒に行くから、明葉のお見舞いするんでしょ?」
燈葵にそう言われて、明葉くんの居る病室の扉にノックをして入った。
「舞花、天神!あれ、成宮は?」
先程は見えなかったが、優斗くんも居たそうで私達に声を掛けた。
「佑は祈のお使いに行ってる。遅れて来るって。」
「そうなのか。」
燈葵と優斗くんがそんなやり取りをしている中、私は明葉くんの側に行った。
「おはよう、舞花。」
少し大人びた笑顔を浮かべている明葉くんは、いつもと変わらないように見えた。いや、そのように振る舞っているだけかも知れない。
「どうしたんだ?体調悪い?」
心配そうに覗き込む彼に、思わず言ってしまった。
「体調が悪いのは私じゃなくて、明葉くんの方でしょ!?」
「えっ、まあ、入院してるくらいだしな。」
私の言葉に困惑したような顔で答える明葉くん。
「違うよ。どうして、アメリカに行くのを拒否してるの……?」
私がそう言うと、明葉くんは目を見開いて固まった。
「明さんと優希さんから聞いたよ。」
「母さん達に会ったのか!?」
そう聞いて来たのは優斗くんだった。
「うん。ついさっき。」
「ああ、舞花と燈葵が来たのは母さん達が帰ってすぐだったな。」
優斗くんは思い出したように言った。
私はもう一度明葉くんの方を向いて言った。
「明葉くん、どうしてアメリカに行く事を拒否してるの?」
「……行ったこともない国で、今よりもきつい治療に耐えられる訳がない。それに、っ!」
明葉くんは言いづらそうに顔を逸らした。
「私のせい?」
「違う!!」
明葉くんはバッとこちらを振り向きすぐさま否定した。
「舞花のせいじゃない!俺が、治療を受け続けられたのは舞花のおかげだから。だから、ここを離れたくないんだ。」
「そんなの、私のせいじゃん。お願い、明葉くん!!アメリカで手術受けてよ!元気になってまた、公園行ったり、マスターのとこのカフェ行ったりしよう!」
精一杯笑顔をつくり、明葉くんにそう言った。
「……4年、なんだよ。手術受けたら終わり、すぐに帰国ってわけじゃない!!その後の定期検診やリハビリを含めたら4年くらいはかかるって!」
珍しく感情的になっている明葉くんは手をグッと握り締めながら言った。
「4年でしょ?今生の別れでもないでしょ!」
「その4年が、どんなに長いか、舞花には分からないだろうな。テスト期間で舞花や佑や燈葵が会いに来ていない1週間が、俺にはどれだけ長く感じたか、舞花は知らないからな。」
明葉くんは、寂しそうな、悲しそうな目をして言った。その表情を見て、彼を傷つけてしまったことに気付いた。
「ごめんね。軽率だった。」
「俺も言い過ぎた、ごめん。」
しばらくの沈黙を破るようにして、燈葵が言った。
「僕も、明葉には手術受けて欲しいと思う。」
「なんで、燈葵も……」
明葉くんは少し困惑したように聞いた。
「明葉には元気でいて欲しいから。僕、今までずっとピアノのレッスンばかりで舞花と佑以外の友達があまり居なかったから、明葉と仲良くなれて結構嬉しかった。」
珍しく饒舌な燈葵に、明葉くんだけでなく、私も優斗くんも少し驚いた。
「友達に病気を治して欲しいっていうのは普通のことだと思うけど?……って、何泣いてるの!?」
燈葵の言葉に明葉くんは涙で目を潤ませた。
「燈葵が想像以上に俺のこと好いてくれてたから。」
「その言い方だと語弊があると思うんだけど。」
燈葵は呆れたようにそう言った。
その様子を見て、明葉くんは笑った。
私と優斗くんもつられて笑い、燈葵も眉を下げて笑った。
「あーあ。……なんか、離れたら忘れられるとか思ってた俺が凄え馬鹿みたい。」
「「忘れる訳ないじゃん!」」
思わず返した言葉が燈葵とピッタリ重なり、顔を合わせた。
「うん、2人の顔見て安心した!」
真夏の鋭い日差しがカーテン越しにもひしひしと伝わる為か、少し大人びた印象を感じる明葉くんの笑顔が明るく見えた。
この時、彼の素の笑顔は年相応で、大人びた笑顔は何か隠し事をしている時だと解った。
「分かった、アメリカ行って手術して来る。絶対完治して帰って来るから。」
明葉くんがそう言った時、
「明葉!アメリカ行くの決意したのか!?」
と何故か事情を知っている佑が入って来た。
「舞花と燈葵に説得されて……って、何で佑がその事知ってんだよ!」
「瀬上から聞いたから。で、いつからアメリカに行くんだ?」
「俺は知らないよ。」
「2週間後。」
知らないと答えた明葉くんに代わり、優斗くんが答えた。
「そんなにすぐなのか!?」
「ああ。父さん達は何が何でも明葉を説得して行くつもりだったらしいから、会社にも事情を伝えて2週間後からアメリカの本社に転勤する予定だしな。」
「じゃあ早く送別会の準備しねえと!」
佑は焦ったように言った。
「善は急げって言うし、瀬上、明葉の外出許可取れるとしたらいつ?」
「今週末なら多分取れると思う。検査も何も予定入ってねえし。」
「じゃあ今週末燈葵の家で送別会な!」
「何で僕の家なの。」
「燈葵の家が一番広いから。」
次回もお楽しみに!
ブックマーク、↓☆マークもよろしくお願いします!




