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「オレグ!!」


わたくしは、メリュジーヌ本来の姿で、森にいたオレグの元へ降り立った。


「なっ……クロエ!? あんた……魔物、だったのか!?」


蛇の様な下半身に竜の様な翼を携え、空から目の前に現れたわたくしに、オレグは驚きを隠せなかった。


「わたくしはメリュジーヌです! ですが今はそんな事どうでもいい! クララが……クララが事故に巻き込まれて、大けがをして運ばれたんです!!」


「えっ……」


「あなたの名前を呼んでたって……早く、早く病院に行きましょう!!」


そう言ってオレグの手を掴んだが、オレグは少し後ずさりをして目を逸らした。


「駄目だ……おれは行けない。行かない方がいい」


「!? 何を言って……」


「おれは、“呪われた子”だ……。おれが行ったら、逆にクララに迷惑がかかる」


「迷惑!? 何の迷惑がかかるっていうんですの!?」


「おれの“呪い”が……彼女を殺してしまうかもしれない」


オレグの灰色の瞳が、酷く怯えた様に揺れていた。


「事故に巻き込まれたのだって、おれのせいかもしれない!! おれに関わってたから、クララが呪われて……!!」


パンッと、大きな音が森に響いた。わたくしは、思わずオレグの頬を引っぱたいていた。


「あなたは呪われてなんかいないと……クララが言ってましたわ……。呪いがあるとするなら、それはあなたが自分自身にかけているんですわ!」


わたくしは、ぶるぶると震える拳をギュッと握った。


「あなたを大事に思ってる人が、あなたの名前を呼んでるんですのよ!! 呪いなんてくだらない言い伝えじゃなく、クララの言葉を信じたらどうなんですの!?」


「クロエ……」


オレグは真っ直ぐに見つめるわたくしと視線を合わせると、か細い声で呟いた。


「クララの所へ…連れてってくれ……頼む」


「お安い御用ですわ!」


わたくしはオレグを抱きかかえると、再び空へ舞い上がり、クララが運び込まれた病院へ向かった。




「おじさん! おばさん!」


オレグが、病室の前の椅子に座っていた男女にそう声をかけながら走り寄ったのを見て、このふたりがクララのご両親なんだと思った。顔を上げたクララの父親らしき男は、オレグを見ると声を荒げた。


「来るな!! “呪われた子”め!!」


オレグは、父親の叫びに思わず足を止めた。


「お前が居たんじゃ、助かるものも助からない!! お前の“呪い”のせいで、娘は……」


涙ぐみ、蔑むような瞳を向けた父親に、オレグは一瞬目を伏せたが、すぐに顔を上げた。


「あなたの娘さんが……おれは呪われていないと言ってくれました。彼女が、おれを呼んでるんです」


「それが何だ!? 呪われてるかどうかを決めるのは、娘じゃない! 月の……」


「おれです」


オレグは、父親の言葉に被せる様に、強い口調で言った。


「呪われてるかどうかを決めるのは、あんたでも、娘さんでも、ましてや月の女神でもない。おれ自身です! そのおれが言う! おれは呪われてなんていない!! おれは、おれを呼んでる彼女に会いたいだけだ!!」


「このっ……異端者め……」


父親はぎりっと唇を噛んで、病室に行こうとしたオレグに掴みかかった。けれどオレグは、構わずに大声で叫んだ。


「クララ!! 聞こえるか!? おれはここにいる!! 頑張れ!! 死ぬな!!」


「黙れ!! 呪いをまき散らすな!!」


「クララ!! おれは…おれはあんたの気持ちを知ってた……。知ってて、気付かないフリをしてたんだ……! ごめん……おれは……!! あんたに、生きて、そばにいて欲しいんだ!!」


その時、バンと大きな音を立てて病室の扉が開いた。


「娘さんが目を覚ましました! オレグさん……という方の名前をずっと呼んで……」


オレグは父親の腕を振りほどくと、病室のベッドに横たわるクララの元へと駆け寄った。


「クララ!!」


「オレグ……」


オレグが手を握ると、クララも弱い力でキュッと握り返した。


「ごめん……ずっと……冷たくして……」


クララはオレグの言葉にフッと笑みを零し、小さな声で呟いた。


「ちゃんと……聞こえてたよ、オレグの声……。今、だけじゃなくて……オレグの心の声……オレグが、気付かないフリしてるの……知ってたよ……」


「クララ……」


わたくしは、手を握り見つめ合うふたりを見て、何も言わずその場を去った。


(派手に……フラれましたわ……。告白もしていないけれど……)


きっとオレグも、ずっとクララの事が好きだったのだろう。けれど、自分と彼女が傷付かない様に、その気持ちに蓋をしていた。


わたくしを見つめるあの緩んだ瞳は、恋愛ではなく友愛だったのだろう。自分と同じ、寂しい目をした仲間だと思っていたのかもしれない。武骨で稚拙だけれど、戸惑う様な優しい触れ方は、まるでお互いの傷を癒しているみたいだった。きっと彼は、愛していないのに抱いてしまった事にいつも謝っていたんだ。わたくしも、彼を抱きしめる時は、まるで自分自身を抱きしめるかの様に感じていた。


(オレグは、きっともう大丈夫ですわ。クララがそばにいてくれるんですもの)


わたくしは長いため息をついて、森へ向かった。そして例の城への長い坑道を抜け、赤髪の男に会いに行った。しかし、いつもは閑散としている人気(ひとけ)のない地下が、その日はやたらと衛兵がウロウロしていて、わたくしは男のいる部屋に辿り着く事も出来なかった。


(何ででしょう? 街であった事故のせいでしょうか……?)


もしあの男が衛兵長だとしたら、街で起こった事故処理で慌ただしくしているのかもしれない。わたくしはそう思い、男に会うことを諦め元来た坑道を戻る事にした。途中、衛兵が“暗殺”だの“毒”だの物騒な言葉を口にしているのを耳にしたが、あまり気にせず森に戻った。


それにしても、わたくしはなぜ今、赤髪の男に会いに行ったのだろうか。


(わたくしは、あの男に慰めて貰いたかったのかもしれない……)


失恋で傷付いたこの心と体を、あの男なら受け止め、癒してくれると思った。そして、今の自分がどうするべきなのか、道を示してくれるんじゃないかとさえ期待していた。


(本当に……ちょろいですわね、わたくしは……)


フッと息をつき、空を見上げた。


(会えなくて、逆によかったかもしれませんわ……)


そしてふと、男の名前を聞いていなかった事に気が付いた。


(まぁ……生きていれば、またどこかで会う事もあるかもしれませんわね……)


わたくしはメリュジーヌ本来の姿に戻り、翼を広げ、北の国を後にした。



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