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6.はじめての夜、モニカの願い

 祝の宴席も既に終わり、モニカは一人、広い寝室の中で縮こまっていた。


 今夜は侍女たちから、隅々まで身体を徹底的に磨き上げられた。

 甘い香りの香油を塗り込まれ、何度も何度も髪を梳く。爪を整え、寝化粧を施し、シルクのナイトドレスに身を包んでようやく完成。

 単身寝室へと送り込まれ、モニカの緊張は最高潮に達していた。



(どうしましょう? エルネスト様は本当にこの部屋にいらっしゃるのかしら?)



 初めて入る夫婦の寝室。今日のために新調されたのだろうか――――真新しいシーツの香りにドキリとする。



 世継ぎを作るのは王族の義務。

 そのための結婚。

 そのための妃。


 そうと分かってはいるのだが、エルネストの反応を想像するととても怖い。



(もしかしたら、「どうしてここに居るんだ」とか、「自分の部屋に戻れ」って言われるんじゃないかしら)



 自分はここに居ても良いのだろうか? 本当に彼と結婚したのだろうか?

 結婚式までの間、忙しさのあまり忘れていた疑問が、モニカの心に次々浮かぶ。



 こんな風にソワソワしてしまうことだってそう。もしかしたら、『みっともない』とエルネストの失笑を買うのではないか。

 緊張を紛らわせたくて、モニカはベッドの周りをウロウロと歩き回る。



 けれどその時、寝室の扉が開く音が聞こえた。

 室内に響く足音。モニカは静かに息を呑み、それから深々と頭を下げる。足音がモニカの目の前で、ゆっくりと止まった。



 長い沈黙。

 どちらも全く口を利かない。



 今回、先に焦れたのはエルネストの方だった。

 モニカの肩をポンと叩き「そこに座れ」と呟く。


 いつも凛と張りのあるエルネストの声音が、今夜は何処か上ずっている。

 彼も緊張しているのかも知れない――――そう思うと、モニカの緊張が少しだけ和らいだ。



「――――モニカ」



 エルネストがモニカの顔を覗き込み、名前を呼ぶ。

 額に彼の唇が触れ、モニカはギュッと目を瞑った。



(どうすれば良いの?)



 緊張のあまり、身体が強張っている。

 息をするのも忘れ、モニカはじっとしていることしかできない。



「僕に触れられるのは嫌か?」



 思いがけない問い掛け。

 モニカは目を丸くし、エルネストのことを見つめ返す。


 しばしの沈黙。

 モニカはゆっくりと首を横に振った。



「いいえ、エルネスト様。わたくしは嫌ではございません」



 寧ろ、嫌なのは貴方の方では――――? 

 そう尋ねなかっただけ、モニカは自分を褒めてやりたい。


 エルネストはその時、眉間に深く皺を刻み、不服げに唇を尖らせていたのだから。



「そうか」



 はぁ、と深い溜め息を一つ、エルネストはモニカの唇を塞ぐ。

 義務的な交わり。

 モニカは今度こそしっかりと、開かないように目を瞑った。



「モニカ」



 真っ暗な視界の中、エルネストの声が聞こえてくる。



 冷ややかな瞳で己を見下ろすエルネストの姿を見たくない。

 愛情の欠片も感じられない冷たい肌の感触に気づかないふりをしたい。


 けれど、時折聞こえる彼の吐息が、モニカを呼ぶ声が、彼女の心を大いに掻き乱す。



「エルネスト様」



 ならばこちらも――――モニカは今日、夫となったばかりの人の名前を呼ぶ。


 その瞬間、エルネストが息を呑む小さな音が聞こえ、身体が上から覆われる。

 それは、抱き締められていると表するにはあまりにも不格好で。けれど他にたとえようがない状態だった。



(わたくしたちが抱き合うのは義務だから)



 彼はこうすることで、己の務めを果たしているだけ。

 モニカは目の前に与えられた広い背中に縋りつき、エルネストにバレないように涙を流す。



(どうか、一日でも早く子供ができますように)



 義務を果たせばそれで終い。

 エルネストを望まぬ触れ合いから解放することができる。




 けれど、モニカは知らなかった。

 それから三年間、彼女の願い――エルネストの子を身籠ること――が叶うことはないのだと。

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