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14.エルネストの告白

 モニカの目の前で、騎士たちがヴィクトルを組み伏せる。こうなることを覚悟していたからだろうか? 彼は大して抵抗もしないまま、部屋から連行されていった。



(ヴィクトル……)



 彼はどうしてこんな愚かなことをしてしまったのだろう?

 どこか哀愁の漂う後ろ姿を見送りつつ、モニカは胸が苦しくなる。



「モニカ――――どうかこのまま、僕の話を聞いてほしい。

君は僕が、モニカのことを嫌っていると――――そう思っているのだろうか?」



 背後から聞こえる、酷くか細いエルネストの声。

 躊躇いつつもモニカは小さく頷いた。



「……すまなかった」



 深いため息。モニカは首を横に振る。



「いいえ、エルネスト様。好き嫌いは誰にだってございます。それは仕方のないことです。寧ろ、エルネスト様のために己を変えられなかったわたくしが悪くて――――」


「違う、そうじゃない」



 エルネストはそう言って、モニカの正面に回り込む。涙で真っ赤に染まった瞳。彼の眉は苦しげに歪められ、見ているこちらが切なくなってしまうほど。



「エルネスト様?」



 非常事態のせいだろうか? エルネストの様子がなんだかおかしい。

 モニカはエルネストををまじまじと見つめる。



「モニカ――――僕は君を愛している」


「…………え?」



 エルネストの唇が動く。

 声音がモニカの耳に届く。


 けれど、モニカには言葉を文字通りに受け止めることができなかった。



(愛している? わたくしを?)



 はじめて耳にする言葉ではないというのに、まるで未知のなにかに出会ったかのよう。モニカは呆然と立ち尽くしてしまう。



「僕はモニカを愛しているんだ」



 エルネストがモニカを抱き締める。

 愛しげに。

 とても大切な宝ものみたいに。



「嘘……!」



 信じられない。

 とてもじゃないが信じられる筈がない。

 先程とは比べ物にならないほど、モニカの瞳から涙が勢いよく零れ落ちた。



「嘘じゃない。本当に僕は、君のことを心から想っている」


「だけど……だけど! エルネスト様はいつもぶっきら棒で! わたくしには、全然笑ってくださらなくて」



 信頼していた護衛に襲われかけたことで気を使われているのだろうか? 

 モニカは小さく首を横に振る。



「すまない。モニカの前ではどうしても素直になれなかったんだ。

君が好きで。好きで堪らなくて。

大切に思えば思うほど、上手く接することができなくなっていた。本当だ」



 エルネストは必死だった。

 普段の冷たい表情でも、ぶっきら棒な声音でもない。

 彼が本心からそう言っていることがモニカにも伝わってくる。



「寝室に君以外の女性が居るのを見つけて、僕は本当にショックだった。共に寝たくないほど、僕はモニカに嫌われていたのか、と。

けれど、君の侍女から『殿下はモニカ様がお嫌いなのでしょう?』と言われて、僕は目が覚めたんだ。

自分の愛情をモニカに上手く伝えられていない自覚はあったが、そんな勘違いまでさせているとは思わなかった。……本当にすまなかった」



 エルネストが勢いよく頭を下げる。

 モニカは思わず「あ!」と声を上げてしまった。



(そうだわ、コゼット!)



 ヴィクトルに襲われかけたことで忘れかけていたが、そういえば彼女はどうなったのだろう?



「エルネスト様。あの……コゼットは?」


「コゼット……? ああ、あの侍女か。

君のことを聞き出して、騎士に引き渡してきた」



 エルネストはそう言って、忌々しげに顔を歪める。

 寝室でのやり取りについて、思い出すのも嫌なのだろう。

 とはいえ、コゼットが口を滑らせたおかげで、モニカの貞操は守られたのだが。



「けれど、あの子はエルネスト様に想われていると……『可愛い』『愛しい』と言われていると言っていて…………」


「そんなこと、ある筈がないだろう? 僕はモニカだけを愛している。何があっても、他の女に触れることはない。

大体、君に伝えたくて伝えられない言葉を、他の誰かに言えるわけがない。僕はこの世の全ての褒め言葉は、君のためだけに存在すると思っているよ」



 真剣な眼差し。とても嘘を言っているようには思えない。

 だとしたら、とてつもないギャップだ。



(嫌われているとばかり思っていたのに)



 これまで向けられてきた冷たい表情の裏には、そんな感情が隠れていたのか。俄には信じがたい話である。



「だけど、エルネスト様。わたくしはこの三年間、貴方の子供を身ごもることができませんでした。

もしもこのまま子を授かることができなければ、貴方には側妃を娶っていただくか、わたくしと離縁をしていただかなければなりません。

今回のことは、遅かれ早かれというだけで……」


「王族は僕の他にも存在する」



 エルネストはそう言って、モニカを優しく抱き寄せる。

 それだけで、彼が何を言いたいか分かった。



「エルネスト様……」



 彼は本当に、生涯モニカ一人だけと想い定めてくれているのだろう。



 だったら、モニカがすべきことは一つだけだ。



「わたくしも、貴方の側に居たいです」



 モニカが言えば、エルネストが微笑む。

 彼の表情は、これまで見たことがないほどに温かく、優しくて。



 彼と結婚して以来はじめて、モニカは幸せな気持ちで涙を流すのだった。 


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