表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

11.コゼットの打ち明け話

「カステルノー伯爵と会ったそうだな」



 その日の晩、一体何処から聞きつけたのか、エルネストがそう尋ねてきた。

 彼は見るからに不機嫌な様子で、モニカは思わず身構えてしまう。



「……はい。たまたま城内でお会いして、話がしたいと言われたものですから」



 こういう時、下手に隠し立てすると後が怖い。モニカはありのままの出来事を説明する。



「どうして断らなかった? 適当に理由をつけて拒否すれば良かっただろうに」


「けれど、相手はカステルノー伯爵ですし、そういうわけにもまいりませんわ。それに……ほら、伯爵の娘さんはわたくしの侍女ですし、実際に働いている様子をお知りになりたいでしょうから」


「侍女……ああ、そういえばそうだったな」



 エルネストはそう言って、思案顔を浮かべる。



「それでも、モニカが対応をする必要はないだろう。彼とは先週、僕が会っているのだから――――」


「実は、エルネスト様に側妃を勧めるように言われましたの」



 このままではずっと本題を切り出せそうにない。モニカは意を決し、エルネストの方へと身を乗り出す。



「エルネスト様、わたくしは――――」



 けれど、モニカのセリフは続かない。

 エルネストが彼女の口を塞いだからだ。


 ちらりと見える彼の瞳は、冷たい光を放っている。モニカは首を横に振り、エルネストのことを押し返す。

 けれど、彼は普段の数倍不機嫌な様子で、モニカを強引に組み伏せた。



「エルネスト様、わたくしの話を聞いてください」


「その必要はない」



 至極冷たい声音。衣擦れの音が、どこか他人事のように響く。



「わたくしの意思は、考えは、貴方にとって不要なものなのですね……」



 今にも消え入りそうなモニカの呟きが、エルネストに届くことはない。

 彼はモニカが涙を流していることにすら、気づいてはくれなかった。



***



 モニカは酷く沈んだ気持ちで朝を迎えた。

 エルネストはいつもよりも口数が少なく、碌な会話をしないまま、二人はそれぞれの執務室へと向かう。



「おはようございます、妃殿下」



 その日は、コゼットが久々にお茶を淹れてくれた。

 彼女は相変わらず、困ったような、申し訳無さそうな笑みを浮かべ、モニカをチラチラと見つめてくる。時折悩ましげなため息を吐き、何とも気になる状況だ。



『ん? 妃殿下に関係することなのかい?』


『い、いえ。直接的には。

けれど、このままでは妃殿下にあまりにも申し訳なくて』



 ふと、昨日のカステルノー伯爵とコゼットの会話が思い出される。

 

 護衛たちは扉の向こう側にいるし、今この部屋にはコゼットの他に誰も居ない。

 モニカは彼女に声をかけた。



「ねえ、コゼット。この間『どうしたら良いのか分からない』って言っていたけど――――あの問題は解決したの?」



 モニカが尋ねれば、コゼットは大きな瞳を震わせて、それからゆっくりと視線を逸した。



「いいえ、妃殿下。まだでございます。けれど……」



 コゼットは感極まったのか、モニカの前だと言うのに泣き始めてしまった。余程悩んでいたのだろう。モニカはハンカチを差し出し、彼女の肩をそっと抱いた。



「一体何があったの? 話してごらんなさい? 安心して。誰にも言わないから」



 ことはモニカに関わること。しかも、コゼットがこんなに追い詰められているぐらいだ。本当は知らないままのほうが幸せかもしれないとも思うのだが――――。



「実は……エルネスト殿下が、私に想いを寄せていらっしゃるみたいなんです」


「…………え?」



 思いがけない言葉。

 時間が止まってしまったかのように感じられる。



(エルネスト様が?)



 彼がモニカを想っていないことは明白で。

 本当だったら、驚くことなどなにもないのかもしれない。


 それでも、モニカはとてもショックだった。



 エルネストと側妃について話そうとしたのはつい数時間前のこと。

 その時にコゼットのことを打ち明けてくれていれば、ここまでショックは受けなかったかも知れない。


 返す言葉が見つからないモニカをよそに、コゼットが申し訳無さそうに口を開いた。



「殿下は毎日、私に会うたび『可愛い』『愛しい』と仰るんです。『君を見ていると自然と笑顔になれる』、『毎日が楽しい』って。

けれど、私は妃殿下の侍女。エルネスト殿下の想いに応えるわけにはいかないでしょう? ですから、どう反応すべきか、とても困ってしまって……」


「エルネスト様がそんなことを……?」



 『可愛い』に『愛しい』?

 そんなこと、モニカは当然言われたことがない。


 彼女に与えられるのは、とてもぶっきら棒な「おはよう」と「おやすみ」の言葉だけ。エルネストの笑顔を見れるのだって、彼が他人に対して微笑んでいるときだけだ。



(ああ、わたくしは本当に不要な存在だったのね)



 絶望がモニカの胸を突く。


 せめて、彼の口から『好きな女性が居る』と言ってくれたら良かったのに。


 ……いや、エルネストの想いなど知らないまま、コゼットが側妃に立ってくれたほうが、モニカは余程幸せだった。

 彼女の提案どおりに寝室を分けていれば、エルネストの願いはたやすく叶ったはずなのに。



(どうして?)



 この場に居ないエルネストに問い掛けたくなる。

 けれど、尋ねたところで彼は答えをくれないだろう。モニカはギュッと胸を押さえた。



「実は、今朝も殿下から『私に触れられたら良いのに』って言われたんです。『そうできたら僕は幸せなのに』って。

私、とても嬉しかった。殿下に愛されて、求められているんですもの。

だけど、そんなの無理ですよね? だって、エルネスト殿下は毎日、妃殿下と一緒にお休みになられているんですもの」


「――――貴女は、エルネスト様の想いに応えたいのね?」



 モニカが確認すれば、コゼットは躊躇いながらも小さく頷く。



 コゼットの表情を見れば分かる。

 彼女はエルネストを恋い慕っているのだ。



(ああ、だけど――――それはわたくしだって同じ)



 たとえどんなに冷たくされようと、モニカはエルネストのことを慕っていた。


 この三年間、夫婦として共に生活してきたのだ。

 今は無理でも、いつかはエルネストに愛情が芽生えるかも知れない――――そんな期待がなかったといったら嘘になる。



 結婚式を挙げたら。

 肌を重ねたら。

 子ができたら。

 一年後、二年後、三年が経てば或いは――――。



 けれど、今のところ彼女の期待が実現しそうな兆しはない。

 それでも、モニカのエルネストへの想いは日々強くなる一方だった。



 国に対する熱い想い。

 誰よりも真面目で、困難な課題にも果敢に立ち向かっていく姿。

 融通がきかないところが玉に瑕だけれど、それだって高い理想を持っているからこそ。



 エルネストが好きだ。

 妃として、そんな彼を支えていきたい。

 モニカはずっとずっと、そう思ってきた。


 今だってその想いは変わらない。



 だったら、モニカがすべきことは一つだ。



「今夜、わたくしは自分の部屋で休みます」



 深呼吸を一つ、モニカはそう口にする。



 エルネストの願いを叶えたい。

 彼のために、国益につながることをしたい。

 エルネストが心から愛する側妃が立ち、世継ぎが生まれるならば、これ以上のことはない。そう自分に言い聞かせる。



「けれど妃殿下……」


「エルネスト様が貴女を求めたのでしょう? だったら、彼の気持ちを優先して。今夜は貴女が彼の寝所に向かいなさい。タイミングを見て、わたくしと入れ替わりましょう。もちろん、貴女が嫌なら強要はできないけれど……」


「いいえ、妃殿下! いいえ!

私は本当はエルネスト殿下をお慕い申し上げておりました。ですから、彼に愛されて、誘われて、本当はすごく嬉しかったのです」


「…………そう」



 分かっていても、ハッキリと言葉にされると辛くなってしまう。


 モニカが喉から手が出るほど欲しくて、けれど決して与えられないものを、コゼットは容易く得ることが出来る。


 エルネストの愛情を。

 笑顔を。

 求められる幸せを。


 おじゃま虫はモニカの方。

 そう思い知らされた気がした。



「コゼット――――エルネスト様のこと、よろしくね」



 モニカが出来なかった分、彼を笑顔にしてほしい。

 幸せにしてあげてほしい。

 責任感の強い彼から、モニカという重い鎖を消し去ってあげてほしい。


 モニカの言葉に、コゼットはニコリと微笑む。



「どうか私にお任せください、()()()様」



 心がズキズキと痛む。

 モニカは曖昧に微笑むことしか出来なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 短編以上にエルネストのダメっぷりがわかって面白い。 [一言] いやいや、モニカさん。 エルネストはコゼットの事を「そういえばいたな」程度の認識でしかないのに、どうしてそんなあっさり騙されち…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ