トラの話
これは番外編、
トラが捨てられた時のお話です。
ここはある町のカラフルなテントの中。
たくさんの人間が、サーカスを見て楽しんでます。
トラのママはこのサーカス1番の人気者。
火の輪の中をくぐったり、高いジャンプをしたり、空中で回ったりします。
トラはまだ生まれてまもない赤ちゃんでした。
ママは休み時間を利用してトラにミルクを与えます。トラはママのミルクが大好き。
それに、ママがそばに居てくれるからとても幸せでした。
トラ「ママ、僕もママみたいにいろんな芸がしてみたいな」
それを聞いてママは目を大きくしました。
トラ「ママの芸をみて、人間みんながおどろいたり、わらったり、よろこんだりするでしょう?」
トラ「ママはすごいね!!」
ママはそれを聞いてうれしくなりました。
そして微笑みながら言いました。
ママ「まぁありがとう」
ママ「トラが大きくなったら一緒にサーカスしましょうね」
そしてトラを抱き寄せトラの頭にやさしくキスをしました。
トラは喜びながら言いました。
トラ「うん!!」
2匹は微笑み合いました。
それを見ていたサーカスの団員の女の子、ベティがいました。
もちろんトラ達の言葉は分かりませんが、仲の良い2匹を微笑ましく見ていました。
一ある日の事、サーカスの団長と、芸の教育係の男が話し合いをしていました。トラのママもそこにいました。トラはそれを少し離れた所から見ていました。
団長「新しい火の輪が届いた。形が前のより小さくなったから、試しに火を付けてやらせてみよう」
団長「あまりに小さいなら、虎が怪我をしてしまうからな」
団員が頷いて火を付けます。
トラのママはそれを真剣に見ていました。くぐれそうか、くぐれなさそうか、団長に見極めて伝えなきゃなりません。命に関わる事です。
トラは火の付いた円を見て目を輝かせました。
いつもは滅多に本当に火を付けての練習はやりません。
今は本番ではなく、サーカスの外。
サーカスをやってる時は、危ないから中に入ってきちゃダメとママにきつく言われてたので、トラは初めて火の付いた円を間近で見たのです。
そしてトラはママの真似をして火の輪の中に飛び込みました。
トラは早くママの様になりたかったのです。
ママは火の輪に走って行くトラを見てあわてます。
ママは毎日毎日何度も何度も修行して炎の中をくぐり抜けれる様になったんです。
トラはまだ生まれたばかりで、歩く事さえよちよちしてます。トラに火の輪をくぐり抜けれれる訳がありません。
ママ「トラ!!だめよ…!!」
ママの声が届くより先に、大きな音と、トラに大きな痛みが走りました。
ドン!ジュアアァ…
案の定トラは炎の中をくぐる事が出来ず、火の輪にぶつかり、足を焼かれてしまいます。
トラ「…あついっっ!!」
ママ「トラ!!!」
それを見たサーカスの団員達も慌ててトラとトラのママの元へ寄ってきます。
サーカスの団員が火を取り扱う時は近くに水をはっているバケツを置いて置くので、その水をすぐにトラにかけましたが、トラの足は焼けただれていました。
ママ「トラ…ああ…なんてこと…」
ママは平常心でいられませんでした。震えながらトラのやけてしまった足を見て嘆きます。
トラは痛くて痛くてたまりません。
トラ「うわああああ!!痛いよおおぉ!!!」
団員達は急いで町の動物病院へ連れていきました。
トラは動物病院で、治療を受けてサーカスへ戻ってきました。
トラは包帯はしてはいますが、命に関わるようなケガではありませんでした。
一でも、ケガをしたと言う事実が、サーカス団にとって問題になりました。
団員1「あの仔トラは、もう芸は出来ないだろう」
団長 「…」
団員2「まだ子供だし、分かんないわよ?」
団員1「先生が言うには後遺症が残るって話じゃないか」
団長は深刻な顔をして言いました。
団長「赤ちゃんだから、少しのケガでも、ひどい状態になった。でもここは動物園じゃないからな。ここにいるからには何か芸をしてもらわなければならない。…だが、もうあの焼けた足では、芸をするには難しいかも知れない。」
それを聞いて団員は言いました。
団員1「団長、次の街で、あの仔トラは処分しましょう」
団長は困惑しました。
団長「…いやしかし、そんな事をしたら母虎がもう言う事を聞かないんじゃないか?」
そう問たずねる団長に団員は声を荒げて言いました。
団員1「だからと言って、芸も何も出来ないトラを1匹飼い続ける余裕なんてこのサーカスにはないでしょう!!」
みんな黙り込みました。
残酷だけど、飼い続ける余裕がない以上、仔トラを処分するしかありません。トラが大きくなったら、エサ代だってバカになりませんし。
それを聞いていたベティは、こう思いました。『処分されるくらいなら、まだ自然の中生きてくれた方が…』
サーカスは明け方にこの街を去る予定でした。次の街での公演が待ってるのです。
一その頃、トラやトラのママは檻の中。
ママはトラの足が治るか心配でたまりませんでした。
ママはどうしてトラが火の輪に向かって行ったのか分かりませんでした。
ママ「トラ、どうして火の輪に向かって行ったの?危ないでしょう?」
トラは自分のしでかした事がいけない事だったと、ケガをしてみんなに迷惑をかけて初めて分かりました。でもトラはただママの様になりたかっただけなのです。
トラは気まずそうに答えます。
トラ「…ママの様に、出来るかなって…」
ママは驚きました。
そして、後悔をしました。近寄ってきちゃダメよと、もっとキツく言っておくべきだったと。
トラは無邪気に笑いながら言います。
トラ「早くママとサーカスやれる様になりたいな」
ママ「…」
その後トラはぐっすりと眠っていました。
そしてママも『トラの足が早くよくなります様に』と思いながら、トラを抱き締めて眠りにつきました。
そこにベティがやってきます。
2匹はすやすやと眠っていました。
ベティはトラを檻から出して、抱き抱え、この街には、東の大きな公園を抜けると森があるので、森へと急ぎました。
ベティ「…ごめんね…。こうするしかないの。」
ベティ「次の街にあなたを連れて行ったら、処分されてしまう…。」
そして、もう一度強く抱き締めて言いました。
ベティ「…生きてね。」
そしてトラを草むらの中に置いて、立ち去りました。
それから何時間経ったでしょうか。
トラは朝日の眩しさに気付き目を覚まします。
トラ「…ん?…ママ??」
寝ぼけながら周りを見渡すと、緑緑緑。
草や木が生えている所に一匹ぼっちでした。
トラは状況が飲み込めません。
トラ「…」
トラは声が出ません。
心の中で思いました。『ママがいない…。ううん、ママだけじゃない、サーカスのみんなも…。』
トラはぼーぜんとしました。
ママが僕を置いてどこかに行くハズがないと心の中で思いました。
でも、誰もそこにはいません。
トラ「…」
トラ「…ママ?」
トラ「ママ…どこ…?」
トラは頭がまっしろになり、泣きながら走りサーカス団を探しました。
でも、見つかりません。トラの怪我をした足では、そんなに走れないし、サーカスを探し見付ける事は出来ませんでした。
トラの足はやけどをしてたので、走り回って足は痛くて痛くてたまりません。熱くてジンジンしてました。
でも、その痛みより、心の方が痛くてたまりませんでした。涙が止まりません。
トラ『ママ…どこにいるの?どうして僕を置いて行ったの?』
トラはその日ずっと泣いて過ごしました。
次の日、トラはいつの間にか寝てて目を覚ましました。
でも、やっぱり、誰もそばにはいません。
トラは何も考えれませんでした。
ただ、足は痛くて痛くてたまりません。
『僕はひとりぽっちなんだ』
トラはそう思いました。
トラはまだ生まれたばかりの赤ちゃん虎。
これから先どうして行けばいいのか、分かりません。
お腹が空いても、どうしたらいいのか分かりません。
トラは痛み続ける足と心に、絶望を感じ、生きる気力さえなくしました。
トラは日が経つにつれてだんだん意識ももうろうとしてきました。何日もご飯を食べていなかったからです。
そんなトラに話かける声が聞こえました。
「…大丈夫?」
トラは声のする方をぼんやりと見つめます。
自分より小さな青色の生き物がそこにはいました。
青色の猫「どうしたの?怪我してるの?」
青色の猫は質問をします。
でも、トラには答える元気はありませんでした。
痛みと悲しみと、そして空腹で体力も衰えていたのです。
そんなトラを見て、青色の猫は「待ってて」と言いました。
トラはその言葉は聞こえたけれど、そのまま記憶が遠くなりました。
そして次に目が覚めた時に、驚きました。
トラのそばには沢山のご飯とあと、足には何やら草が巻かれてました。
トラはお腹が空いていたので、それをペロリと平らげました。
でも、足が痛むので、またすぐに眠りにつきました。
こんなやり取りを数日繰り返し、少し体力的に回復し始めたトラは、ある日青色の猫がご飯を持ってきてくれてる事に気づきました。
トラ「ねぇ君は何で僕にご飯をくれるの?」
青色の猫は初めて話かけられた事に驚きましたが、こう言いました。
青色の猫「僕のママは、僕を産んですぐに亡くなったんだ」
トラ「え?」
青色の猫は少しうつむいてこう続けました。
青色の猫「僕のご主人様はママが治ると信じて一生懸命に看病したんだ」
そして青色の猫はトラを見て笑いながら言いました。
青色の猫「ママは治らない病気だったけど、人間のそのやさしさが、うれしかったんだって」
トラは目が熱くなりました。
青色の猫「はやくよくなってね」
青色の猫「この草はアロエと言ってやけどにいいんだよ。僕のご主人様がやけどした時に塗ってる」
トラは青色の猫のやさしさに、疲れ果てていた心が少しほぐれました。
ママが、どうして自分を置いて行ったのか、僕はサーカスの人達に捨てられたのか、それとも何かあったのか、分からないけど、つらい思いをした事があるのは自分だけじゃないんだと思いました。
明らかに自分より小さな生き物に慰められてるのですから、トラは自分を恥ずかしく思いました。
青色の猫「しかし、君は大きい仔猫だね」
青色の猫「僕のエサだけじゃ足りないかな?」
それを聞いたトラは慌てて「自分の食べ物は自分で探すよ!」と言いましたが、
青色の猫は笑って「怪我が治ったらね!!」と言いました。
何てやさしい仔猫なのでしょう。トラは早く元気になろうと思いました。
それから数日してトラはだいぶ元気になりました。
怪我は完全には治らず、少し歩き方が変でしたが、歩いたり、走ったりは出来ました。
ごはんは、この森の中に流れる川の魚や、果物や木の実を取って、生活すればいいと思いました。
トラはママと最後に過ごした町の、森に続く大きな公園とその森の中で暮らす事にしました。
またママが、この街に戻ってくると信じて…。
何よりトラは、友達が出来たから、頑張ろうと思えたのです。