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愚者と賢者

 ザワザワ……。


 ざわざわ……。


 どこまでも途切れない人並み。

 しかし、それはタダの喧噪というには、少し様相が違うようだ


「な、なんだよ!? どうして入れないんだ?」

 門前に響き渡る抗議の声。

 それは男一人の物ではなく、そこかしこで同じようなやり取りが繰り返されているものらしい。


 そう。

 王都の門前には長蛇の列ができていた。


 ここは、堀と高い城壁に囲まれた王都は城塞都市。

 門を潜らねば何者も通過できない構造だ。


 それゆえに、商品を運び込もうとする商人や、出稼ぎから帰った労働者───それにただの観光客やらでごった返していた。


「どうしてもこうしてもない! 我らが国王を狙う不届き者が現れたんだ! そいつを逮捕するまでは王都に出入りはまかりならん(・・・・・・・)ッ!」

「ふざけんなよッ。俺はここの住人だ! グンマ通りの13番地に住んで──あだッ! あだだだッ! な、何しやがる!!」

「うるさいッ! 帰れ帰れ!」

「だーかーらー! 家が、ここだっつってんの!」


 ギャイのギャイのと門前は大騒ぎだ。


 家に帰れない帰宅難民やら、生鮮食品を取り扱う商人からすれば死活問題。

 遠方から来た観光客とて、納得がいかないだろう。


 なんせ、王国最大の都市で国民の締め出しが行われているのだ。

 不満を持つなと言うのが無理と言うもの。


 時間が経つにつれ混乱はさらに続き、王都に多数ある門のうち、いくつかでは暴動が起きていた。


 粗暴な冒険者や、肉体労働者が黙って言うことを聞くはずもなし!


 それは門内も同様だ。


 外に出る分には比較的チェックは緩いものの、出れば最後───市街に入ることはできなくなる。


 最初は門前に詰めかけていた市内の民は、ついに衛兵たちの詰所や、巡回の兵にまで口々に責め立て始めた。


「なんなんだよ! いい加減にしろよ!」

「そうだ、そうだッ!」

「大賢者王は何を考えているッ」

「王をだせ、王を!」


 わーわーわー!!


「「王をだせ!」」

「「説明しろ!」」

「「「王を!」」」


 ───大賢者王を!!!


 わーわーわー!!


 そして、ついには混乱は王城にまで迫る。


「陛下──暴徒が集まってきております!」

 王城の執務室内で仕事をしていた大賢者に、近衛兵団長が報告に来た。

「そうか……捨て置け」

 しかし、興味もなさそうに一言いうと、膨大な資料を読みふける。

 その際も、団長にはチラリとも視線を向けない。


「し、しかし、陛下! 今にも城の門を破壊せん勢いです」

 食い下がる団長だったが、大賢者はそれでもろくに反応しない。

「うるさい……仕事中だ。そんなことは貴様らの裁量でやるがよい」


 ここまで来ると完全に丸投げだ。


 しかし、命令のうち──戒厳令が解除されたわけではない。

 当然、独断で解除することもできない。


 近衛兵団長といえど、扱える権力は限られているのだ。

 良い方法は門の解放か、王が自ら民に語りかけることだろうが、それはかなわない。


 そもそも、王に動く気がないのだ。


 ならば、門を開放することも王に目通りしてもらい民衆を宥めることも出来ない──。


 今もって、王都の門を開放することは厳禁とされていた。


(───いったい何をお考えなのだ?)


 近衛兵団長は苦々しい思いを抱えつつも、一礼して執務室をあとにするしかできなかった。

 身にすぎる重責と現状に不満ありありの近衛兵団長は肩を怒らせながら、最低限の礼節をもって王のもとから去る。

「…………失礼しますッ」


 バン!


 少々乱暴に門を閉める音がしたものの、大賢者は反応しない。


 山と積まれた報告書に、文献を漁る。

 そして、時折宙を眺めて物思いに耽る。


「みんな逝ったか…………ベリアス、エルラン、ゴドワン、メルシア───」


 そして、


「───カサンドラ、オーウェン…………」


 軽く首を振る大賢者は、まだ老齢と言われるような歳でもないというのに、随分と老け込んで見えた。


「…………………………ザラディン───」


 パサリ、と報告書が一枚おち、そこには明確に書かれていた。

 赤髪の暗殺者。


 赤い髪、三白眼、スッキリとした鼻に、整った容姿────。

 二刀を(たずさ)え、拳銃を操る凄腕であると……。





「帰って来たんだな……あの地から。──カサンドラとオーウェンと、三人一緒に……」




※ ※




 王都の門前は、相も変わらず大混乱。

 詰めかける人々で門がたわんで(・・・・)今にも破れそうだった。


「亭主が帰ってこないんだよ! 門を開けとくれッ」

「商店から品物が何もなくなったぞ! 飢え死にしろってのか!」

「なんで軍隊だけ出入り出来るんだよ! 横暴だぞ」


 ギャーギャーギャー!


 喧しく捲し立てる人々に、門番たちも閉口しているのがわかる。彼らとて、好き好んでやっているわけではない。


 そこに大きな足音を立てる人物が一人。

 ガチャンガチャンと──、


「うるさい! しばらくの辛抱だ。食料も運び込む! 我が軍は精一杯やっとるのだ!」


 しーーーーーーーん。


 王城の前に集まった住民に、大声で一喝して黙らせる近衛兵団長。


 その威容に民衆は一瞬静まり返るが、


 ざわっ。


「な、なんだよ偉そうに! 説明しろ!」

「そうだ! 暗殺者だか何だか知らないけど、大賢者王は最強なんだろ!」


「そうだ、そうだ! 俺達は暗殺者じゃないぞ!」


「「説明しろぉ!」」

「「門を開けろぉぉお!」」


 一転、逆効果だったらしく、段々とヒートアップする民衆。

 その様子に怒り心頭の近衛兵団長は、思わず剣を振り下ろしそうになる────が、長たる責務として激情は抑える。


「黙れぇえ! 不敬な連中だ。……こうなったのは、みんな我らが国王を狙う、赤い髪の暗殺者のためである!」


 バンと、門の前に手配書を張り付け、これでもかと言わんばかりに民衆に示す。


「こやつの首をあげん限り、門が開かれることはないと思え! 逆らうものは、あの『勇者』に連なる罪人とみなす!」


 ザワザワザワと民衆がどよめき出す。


 『勇者』に連なると言えば、()のカサンドラやオーウェンと言ったかつての英雄たち───その一族郎党を同罪として極刑に追いやった、あの激しい断罪を思わせるからだ。


 つまり、騒ぐだけてもザラディン、オーウェン、カサンドラ達三人の仲間と見なすと宣言されたわけだ。


 この脅しは、ことのほか効いたらしい。


 実際に、カサンドラやオーウェンの一族は処刑されたり奴隷になったりと哀れな結末を迎えているのだから効果はテキメンだった。


 ただし、ザラディンだけは傭兵団出身という経歴以外は不明で、実際は天涯孤独の身であったため、特に親しかったと思われる関係者のみの処罰に終わっている。


 そして今、


 近衛兵団長の思い切った発言に、民衆たちの間には苦り切った顔の表情が徐々に広がっていく。

 どうにもできないと悟った時、彼らは街の各地に建てられている大賢者王の像へと人々は注目した。


 聖剣を手に、魔王の首と『勇者』たち3人を足蹴にして、誇らしげに立つ大賢者の銅像。


 プレートには華々しい一言、「公共の敵(パブリックエネミー)は死をもって償うべし。血には血を、勇気には勇気を────」と…………。



「「「「「え?」」」」」


 

 民衆が目にしたもの。

 それは──────。


 首を切り落とされた大賢者の銅像と、足蹴にされていた3人が鋭利な刃物で削り取られたあとだった。


 そして、

 プレートには一言。「公共の敵(パブリックエネミー)は死をもって償うべし。血には血を、勇気には勇気を────」と、華々しく刻まれているはずなのだが……。


 だが、今は違う。

 なぜならそのあとに、



 「同感だね」……──そう一言が添えてあったのだ。



「な、なんだあれは!?」

 民衆の様子に気付いた近衛兵団長は、銅像に近づくと、

「これは……! よ、よほどの名刀で切られている」


 3人の姿は綺麗さっぱり無くなっており、大賢者の首だけが地面に無残に転がっていた。


 そして、刻まれた文字。

 それは同じ刀で着けられたものだろう。

 名刀ならではの斬撃だった。


 だが、

 それを見た近衛兵団長はすぐに気づく。


 ……ッ!!

「総員! 警戒配備ッ! 賊は既に王都に侵入しているぞ!」

 そこに、

「ほ、報告しますッ!!」


 団長の号令のあとに、若い兵士が駆け寄りガチャン! と鎧を鳴らして直立不動の姿勢。

 彼は言った──。


「……お、王都各地の銅像が破壊されています!」

「何!? それに今頃気付いたのか!? いったいいつ破壊された!!」

「も、申し訳ありません──警備の目が門に集中していたため……!」


「ええい、愚か者! だが、そんなことはもうどうでもよい───総員配置につけぇい! 主力は王城を固守しろッ」


「はッ!」

「「了解!!」」


 目の前でばたばたと駆けていく近衛兵たちをポカンとした顔で見ている民衆たち。


 その直後から王都の門が開放され始める。

 すでに賊が侵入しているなら、封鎖は無意味だった。

 むしろ、民衆不満の対応に兵を割かれるわけにはいかないという判断からの迅速な対応なのだろう。


 理由はどうあれ、それには民衆が歓呼の声でもって迎える。


 しかし、近衛兵団の思惑とは別に、その解放劇が、あたかも銅像の破壊が契機であったかのように感じられたのだろう。

 街へ入ってきた商人や労働者に、街で不満を持て余していた者たちが、それを事実としてまことしやかに話していく。


 それは噂となり、あっという間に王都を駆け巡った。




 嘘か真か──────。

 赤い髪の暗殺者は義賊であると……。




※ ※




「くそ! どこから侵入した!」


 王城を固守する体制に移った近衛兵団は、大量の人員を張り付け昼夜問わず持久の態勢に入った。

 街には複数の人員からなる警邏(パトロール)が闊歩し、不審者に目を光らせる。


 しかし、その任務はほとんど動員した予備役に任せていることからも、近衛兵団の注力は王城の守備に向いていることがわかった。


「陛下には何名つけている!」

「はッ! 精鋭中の精鋭を30名! 執務室、その下、上、左右の部屋にも人員を張り付けております!」

「よし! 賊め……どこからでもこい!」


 持ち出したハルバードを担い、近衛兵団長は肩をいからせる。

 ブルブルと武者震いが止まらない様だ。


「噂では、神殿騎士伯と聖騎士殿を同時に殺したとか……恐ろしい腕前だぞ」

「はッ! その二人も、……そして先の拳闘王閣下も銃で殺されております。……賊は女と聞きますし、細腕なのでしょう」


 部下の分析を聞いた近衛兵団長はニヤリと笑う。


「ククク。面白い! 我が鎧はオリハルコン製よ! 鉛の銃弾なんぞ、何ほどのこともない!」


 ギラリと光る、近衛兵団長の黄金色の鎧。


「おぉ……さすが名門ですな! 稀代の鎧は()の『勇者』ですら着ていませんでしたぞ!」

「はっはっは! 『勇者』何する人ぞ! 我が兵団こそが最強ッ。そしてその頂点の私が世界一の強者よ!」

「まさに まさに! はっはっは!」


「ぐぁーはっはっは!!」


 部下によいしょ(・・・・)されてご機嫌に笑う兵団長。

 しかし、

「至急伝です! 王都を警邏していた分隊が今頃(・・)戻ってまいりました!」

「それがどうした?」


 ご機嫌に水を差された気分で兵団長は不機嫌に答える。


「そ、それが……賊を見たと──」

 ガタッ!

「なんだと!?」

「その分隊は、念のために配備されていた予備役ですが、奴ら……地下墓所(カタコンベ)の入り口を警備しておりました!」


 なッ!!








「しまった! 地下かッ!!!」



※ ※



 王都地下には、王都の住民の亡骸を安置する地下墓所(カタコンベ)がある。


 そこは教会の分院が管理しており、王都での死者は一度教会の処理室でミイラないし白骨化処置が行われていた。


 処理といってもそれほど大袈裟なものではない。昔ながらのやり方で、仮埋葬による処理を行うだけだ。

 教会の敷地には広大な仮埋葬場があり、墓掘り人によって厳格に区画管理されている。


 腐敗臭漂うそこでは、身分の低いものは一度土に埋めて──白骨化したら掘り出し、また別の死体を埋める。

 これが一般的市民の処理のやり方。


 また、

 肉を失うことを恐れる身分の高いものは教会に金を払い、防腐処置を行いミイラ化させるやり方もある。

 これは通常の仮埋葬と異なり、手間暇をかけて行うエンバーミングである。

 とはいえ、所詮は死体の処置。

 しかも、教会という一種の閉鎖空間で行われるため、誰も内部を知らない。


 ゆえに、その手法は門外不出かつ、とても見せられたものではない。

 簡単にいえば、内臓を取り出し、冷暗所に安直して水分を抜くだけ──の雑な処置だ。


 ただ、これだけでもずいぶんと肉が残る。

 そりゃもう、カサカサになって……。


 いずれにしても、白骨もミイラも保管場所である教会の分院の納骨堂では、とっくの昔にオーバーフローしていたため、よほどの身分の高い者以外は、王城を建設する際に掘った地下の旧石切り場に安置されるのが常態化していた。


 王城建設に、そして城壁の建設に使った石の量は膨大であり、その石を切り出した地下は、いまやすさまじい規模の巨大な地下迷宮と化していた。


 それは街の地下を縦横に奔り、王城の地下にまで及んでいる。


 そこに安置される遺体の総数たるや……。


 一説では、王家の脱出通路と接続しているなんて噂もある。


 そして、今日。

 そこに向かってひた走る集団があった。


 ガッチャ、ガッチャ! と金属の音も物々しく駆ける、多数の人影。


 そのなかでも一際装備の整った男が大声を張り上げる。


「ここか!」


 報告を受けた近衛兵団長は相当数の部下を引き連れ、教会の分院に集結した。


 部下の報告もそこそこに、そこにある地下墓所への入り口を見ると───、


「は、はい! 自分たちはこの入り口を警戒しておりましたが、突如として小柄な人物に強襲され……」


 ゴニョ、ゴニョという予備役の兵。


 その胸倉をつかんだ近衛兵団長は、

「ええい、不甲斐ない! この騒動が終わったら予備役は全員再訓練だッ」


「そ、そそそそ、そんなぁぁ!」


 王都内部にある教会の分院は王都内では比較的静かな地区にあり、参拝以外に訪れる人も少ない場所だ。

 どうやら、そこら辺を見越して賊は侵入したらしい。


「総員いくぞ! 教会から地図の映しは借りたな!?」

「はッ! 一個分隊に一枚を持たせております」

「よし、内部の同時捜索だ! 彼奴(きゃつ)に逃げ場を与えるな!」


「はッ! 行くぞぉ!」


「「「おう!」」」


 紙のロールに炭で映しただけの簡易地図。

 教会の所持する地図は金属板に刻み込まれた物なので紙のロールを押し当てて、上から炭で擦れば「写し」が作れるのだ。


「第一分隊はこの通路、第二はこの通路────……」


 次々に役割を振って突入部隊を送り出す団長。

 そして、自らはこの場に残ってどっしりと構える。


「くく、賊めがッ。地下に逃げ込むとは愚かものめ。ここは袋のネズミ───もはや逃げられんぞ……!」


 地下墓所は無数の通路に別れた迷宮だが、地図はシッカリと作られている。

 でなければ規則正しく遺体を安置できないのだ。


 中には墓堀り人用の休息所もあったりして、ちょっとした滞在なら可能な場所も多い。


 さらには王都の下水道等と連接していたりで、地上への出口もかなりの数にのぼる。

 しかし、それは対処済み。

 既に出口には兵が歩哨として立って警戒中だ。


 ──ならば、あとは追い詰めるだけ……。


「4人もの英雄を殺めた罪、存分に味合わせてくれる!」


 ベロリと舌なめずりし、部下の報告を待つ近衛兵団長だった。


※ ※


 捜索開始から数時間。

 幾つかの浅い区画を捜索してきた部隊からは伝令が何組か戻ってきている。

 報告によれば確かに、いくつかの場所で潜伏者がいた形跡があるという。

 部隊は引き上げず、引き続き地下で警戒している。この分だと、そろそろ成果が出そうである。


 封鎖区画に立つ兵のお陰で、徐々に未捜索地区が減っていくのがわかった。


 残すは王城地下部分だが、当然ながら王城地下から侵入したとて、その区画はとっくの大昔に封鎖されている。

 王城と地下が繋がるような愚は、王城建築時から犯すはずがなかった。


「賊め……とうとう追い詰めたぞ」


 作戦指揮用の地図に描かれていく、封鎖区画が徐々に狭まっていく様子を見て近衛兵団長は今か今かと報告を待った。


 あとは一カ所──。王城地下部分へ続く長い通路のみ。


 その部分は、教会も遺体を運び込んでおらず、地下墓所になる前の本当に古い区画だ。


 手掘りのあとの生々しい石切り場時代の通路。


「あ、あの……」


 地図を睨み付けている近衛兵団長に恐る恐る話しかける兵が一人。

 この場所を一番最初に警備していた予備役の兵だ。


「なんだ貴様ッ! 見て分からんのか、今忙しい──」

「ひ、ひぃ! す、すみません!」


 万事が万事この調子で、近衛兵団長に軽々しく話しかけることのできない空気が出来上がっていた。

 しかし、兵は職業意識ゆえか、それとも生来が生真面目なのか意を決して話を続けた。


「──ッ、ちゅ、注進! 申し上げますッ」


 その様子にギロリと睨み付けるも、近衛辺団長は話せと顎で示す。


「はッ……そ、その」

「はっきりと言えい!!」


「も、申し訳ありません。その……ぞ、賊は本当に地下墓所にいるのでしょうか?」


 ………………───は?


 予備役兵の核心に迫る一言。

 それには、近衛兵団長も目を剥いて怒鳴る!


「何を言っとるか! 貴様らがここで奴を見たと言ったのだろうが!!」

「は、はぃぃぃぃ! し、しかし、我々の分隊は奴らしき人物は見ましたが、その──」


「ええい! 何が言いたい!」


「──その! や、奴は……当初、墓所から出て我らを襲ったのであります!」




「な、なに?」




 一瞬、思考が停止した近衛兵団長。


「何と言った?」

「はッ! 賊らしき人物は──外から我らを襲ったのではなく、……中から我らを強襲しました!!」


 ど、……どういうことだ?


 近衛兵団長は、持っていたハルバードをガラァァン! と落とし、状況を推察する。


「ま、待て待て待て待て! 奴は……墓所に潜んでいたのか? 侵入したのではなかっただと!? いや、そもそも───」


 ……なぜ、警備の分隊を襲った?


 墓所に入るために警備の分隊を襲ったのならわかる。分かるのだが……既に墓所に侵入していたらしき賊が、わざわざ存在がバレる危険を冒してまで、墓所入り口を警備している兵を襲う意味などあるのか?


 そんなことをすれば、墓所に潜んでいることをわざわざ誇示する(・・・・・・・・)ようなもの……──。




 ッッ!!




「まさか!」


 グワバッ、と凄まじい勢いで地図を確認する近衛兵団長。

 広大な地下は王都中に広がっており、それは外にまで通じている。


 王都の城壁外にも地下は広がっているのだ……。


「ぬかった!! 奴の────」


 これは、奴の策だ!!!


 ようやく近衛兵団長は気付く。

 王都に侵入した賊は、教会分院の墓所入り口からではなく……。

 外に通じる何処かの入り口から地下墓所へ侵入し、王都への潜入を遂げていた。


 そして、同時多発的に銅像を破壊し、近衛兵団の意識を分散させ、あまつさえ、あたかも墓所入り口から侵入したかのように見せるためにわざと(・・・)入り口を警備していた兵を襲ったのだろう。


 なんのために?


 …………決まっている! 囮だ!


 バサリと地図を広げた近衛兵団長のそれには、すでにかなりの数の兵が地下に分散配備されていることを示していた。


「地下から兵を呼び戻せ! いや……間に合わんかッ」


 近衛兵団長はグシャリと地図を握りつぶすと怒りに顔を染める。


「陛下が危ない! 王城の守りは今手薄になっておるッ!」

「な、なんと!?」


「クソッ! まんまと騙されたわ……ええい、行くぞ! ここにいるものだけで構わんッ! 王城へ──陛下をお守りするのだ!」


「はッ!」

「「はッ!!」」


 言うが早いか、近衛兵団長は焦りを顔に張り付け物凄い速度で王城へ向かって掛け始めた。




 ズドドドドドドドドドドドドッド!!

 と、重い鎧に装備を身に纏っているというのに、凄まじい速度だ。


 それゆえ、彼の部下はポカンと見送るのみ───。




 うおおおおおおおおおおおおおお!

 陛下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!




※ ※




 王城内部───。

 大賢者王の執務室周辺。


 大賢者が籠る執務室の廊下には、完全武装の兵がズラリと並んでいた。その数、総勢30名の精鋭だ。

 さらに、部屋の左右、上下ともに兵が詰めており、立体的に執務室を守備する構えだった。


 この警備を抜かないことには、誰も大賢者に近づけないだろう。誰もがそう思っていた。


 一方───。


 王城最上階。

 その鋭い尖塔の先は、大賢者の自室があり、『聖戦の勇士』の肖像と聖剣が飾られている。



 そこに()大賢者はいた───。



 大賢者はイスに深く腰掛け、じっと肖像を眺めている。

 ただ、ただ、じっと───。



    「やぁ」



 ……その彼に語り掛ける人物がいた。


「ずいぶん懐かしいな……。あの日の───魔王討伐前の出撃式の絵だね」

 スタンッ! と、軽い調子でまるで猫のように窓から降り立ったのはローブを着た人物だった。


 フードのなかには幼い顔。

 その顔───。


 赤い髪、三白眼。スッキリとした鼻立ちのおぞけをふるうほどの美少女。


 王都を騒がせている(くだん)の人物。

 通称、赤い髪の暗殺者───ザラディンその人であった。


「……そうだ。我が人生で最高の瞬間だよ」


「へぇ、てっきり銅像に描かれているような──僕らを足蹴にし、聖剣を手にしたあの瞬間なのかと思ったけど、……違うのかい?」


 スススーと、肖像画まで歩き、その絵を愛おし気に撫でる少女。


「いや…………栄光は確かに、その8人が揃った瞬間だったよ」

「───そうか」


「あぁ、そうだとも────久しぶりだな。ザラディン」

「久しぶりだねグラウス……──」


 そう言ってフードを払うザラディン。

 その顔───全貌が見えると、

「は、ははは……本当に生まれ変わったんだな、ザラディン。俺を名前で呼んでくれるのは、もう───お前だけだよ」


 そう言って寂しげに笑うグラウスこと大賢者王──……いや、大賢者(アッカーマン)


「そうさ、まだ14歳の~小さな小さな可愛いー少女だよ。───アハハハ、目が覚めたら驚いたのなんのって」


 ……まさか女の子に生まれ変わるなんてね──と、ザラディンは続ける。


「そうか……14年経つんだな」

「そうさ……14年経ったよ────老けたなー……グラウス」


 そのとおりか、ザラディンの目の前にいる大賢者グラウスは、確かに年相応以上に老けていた。


「そうともさ、14年だ───王の重責……自責の念。そして、目標を見失ったからな。……そりゃ、老いもするさ」

「───へぇ。自責の念、ねー……。あるんだ? もちろん、あの日(・・・)のことだよね?」


「あぁ、あの日(・・・)のことだ」


 そう言って椅子から立ち上がると、ゴツゴツゴツ、と重々しい足音を立てて肖像画の前に、ザラディンの横に並び立つ。


 そして、その上にある聖剣を見て───。


「俺は……『勇者』になりたかった」

「うん??」

「……大賢者でも、王でもなく────勇者に」


 シュラン……───!


 聖剣を手にしたグラウスは鞘引き、その輝く剣を握りしめた。


「────だから、お前たちを……。お前(・・)を殺したんだよ」

「へぇ? 初耳だな。僕はてっきり権力が欲しかったのかと思ったけど───?」


「権力ぅ?……ハッ。こんなもの、」


 ポイっと、頭に乗せていた王の冠を床に放り捨てる。

 カランカランと、渇いた音をたてて転がる王冠。


「王など、くだらないままごと(・・・・)だよ────剣に生き、剣と戦う……勇者に比べれば、何ほどのこともない」

「そうなんだ。……でも、お前は魔王討伐の直前、臆病風に吹かれたじゃないか?」

「当たり前だッ。あの魔王に立ち向かうなんて、……それは勇者じゃない。そんなものはタダの蛮勇だよ」


 言い切ると同時に、聖剣を手に、トン、トンッ、トンッ! と、軽い足取りでバックステップで間合いを切るグラウス。


 そのまま、ザラディンから距離をとると聖剣を正眼に構えて見せた。


 なるほど、その構えは実に様になっていた。

 伊達に『英雄』と言われるだけはある。


「蛮勇か…………。そうかもしれないね。確かに僕ひとりでは、絶対に魔王を討伐できなかった。…………それだけは断言できる」


 それだけは───。


「そうとも──お前が死んで、次は俺が勇者になるはずだった。……そして、魔王を倒すのは俺だと、」


「いや、違うよ。勇者は僕じゃない(・・・・・・・)し、お前でもない(・・・・・・)

「…………なに?」


 わからないのか? そういった風に、静かな目でグラウスを見るザラディンは、

 ブァサ! とローブを剥いで見せた。



 ───背に担った二刀、

 全身に取り付けた20丁余の拳銃───。



 真の……。



   「真の勇者は────彼ら(・・)だ!」



 二刀──……。

 20丁余の拳銃──……。


「……オーウェン、カサンドラ───」

「そうだ。……そうだ。…………そうだ! 本当の勇者は──彼らだ! 僕でもお前でもない。あの二人こそが勇者だ(・・・・・・・・・)!」


 ────だから僕は帰ってきた。


 だから生まれ変わった。

 だから──────!!


 彼らの無念を──汚名を晴らすためにッ!







「幕だ。グラウス」



※ ※




 ──幕だ。グラウス……。


「く……」


 大賢者こと、グラウスは吐息にも似た呟きをこぼす。


 いや。

 吐息では、ない──?


 ……く。

「く、クククククククククク! ハハハハハハハハハハハハ!」

 いいぞ、いいぞ!

「傑作だなーーーー! えええ! おい!」


 それは哄笑。

 ハハハと声をあげて笑うグラウスは、


「クハハハハハ! ま、まさか、『勇者』が3人もいたとは───これは気付かなかったな」


「そうだね。だけど訂正してほしいな……」

 ザラディンは美しく微笑み、グラウスの哄笑に真っ向から挑発してみせる。


「お前は知らないんだ。…………あの日──あの時、あの瞬間を……僕は知っている。本当の勇者、そう……勇者は二人だけ(・・・・・・・)だったよ。──もう一人はとんだ紛い物さ」


 自嘲気味に笑うと、「──だけどね……」そうザラディンは呟いた。


「それまでは……。そうあの日、お前たちが僕たちを殺すまでは、…………勇者は僕も含めて3人どころか────8人全員が、間違いなく勇者だったんだよ!」




 ──そう、「僕も……そして、お前もッ」


 お前たちも!!!



 バンッ!

 と、聖戦の戦士たち───その肖像画を叩くザラディン。


「ふ……。それがためにここに来たのか?」


 ───あの二人のために!?


「そうだッ!」


 それ以外に何があるッ!


「…………いいだろう。幕にしようか──……ザラディン!」


 スーーーーと、うっすら構えた剣をゆっくりと滑らせるグラウス。


 その構えは…………なるほど、かなりできるようだ。


 いや。それ以前に───これは……。


「───へぇ、見たことのある構えだね」

「お前を真似た。この剣を手に入れていから14年───!」

「そうか、お前にも平等に時間は流れているんだね。そうか。そう……14年か」


「そうだ! そうとも、14年鍛えた──こんな日が来るだろうと、老いと戦いながら、な」

「ふふふ、ちょうどいいハンデじゃないか。老いた君と、少女の僕───」


 ニィと笑ったザラディンは、


「さぁ、はじめようか───」




 バタァァァン!! 




「陛下ぁぁぁあああ!」


 ゼェハァ、ゼェハァ……と息を切らせながら入ってきたのは近衛兵団長。

 彼の背後には一人の部下もいない。

 なぜ?


「……どうやって入った?」


 驚いていたのはグラウス。

 彼はこの日が来るのを悟っており。邪魔を排除するとめにも、この最上階には隔離の魔術による仕掛けを施していた。


 当然、招き入れた者以外は入れるはずもなく……。


「私の影武者は執務室にいるだろう? そこを守備しておれと、あれほど……」

「へ、陛下をお守りするのがワシの務めです──小癪な賊など」


「そうか……。しまったな、その鎧は王家の承認つきのオリハルコンか……どうりで」


 グラウスの掛けた魔術は何人も通さない強力なものではあったが、当然自分が出入り出来なくなっては困るので、一部だけ結界を緩めていた。


 それが魔力による王家の承認だ。


 それが故に、下賜(かし)した王家の鎧を着ていた近衛兵団長は通過できたのだろう。


「陛下お下がりください──!……賊めぇ」


 ガシャンガシャンと、鎧を鳴らしながら、長物のハルバードをブン! とザラディンに突き付ける。


「すまんな、ザラディン……。付き合ってやってくれ」

 やれやれ──と、疲れたため息を漏らすグラウス。


「アハハハ、いいよ。前座にはもってこいだ──それにしても、」

「黙れ小娘! 貴様を3枚におろしてくれるわッ」


「───お前、14年前も近衛兵団長やってたよね?」


 ブォン! と、振り下ろされるハルバードをヒラリと躱すザラディン。


「……お前の腕じゃ、8人のうちだれにも勝てないって、すでにわかっているだろう?」


 聖戦の勇士──。

 選ばれし8人は、世界最強の強者を更に選りすぐった者だ。


 いや、者だった……。


「ガハハハハ! かの『5人』ならいざ知らず……! あの『勇者』とその仲間のことを言ってるのか? 笑止」


 一撃をかわしたザラディンに少し驚いた顔をする近衛兵団長。


「あぁ、そーう言えば、お前のような小娘もあの『勇者』どもの中にいたな──その女にもワシが劣るというのか? ガハハハハ、笑止千万! 片腹痛いわッ」


 すぐにハルバードを引き戻し、今度は大振りの構え。

 なるほど、筋は悪くない。

 筋はね───。


 たぶん、近衛兵の中(・・・・・)では──最強だろう。もっとも……。


「賊ぅぅ! 貴様も同じよ。……あの卑怯者の中にいた銃士とな! その銃で剣士を討ち取るつもりか? この卑怯者めが!」


 銃は剣に勝る。一般論ではそうだ。


 しかし、銃には制約も多く、軽々しく扱えるものではない。

 だがそれでも銃の威力は剣を凌駕する。さらには、剣ほど力も要らず、時と場合によっては農民ですら騎士をも倒す。


 ゆえに、剣士の中には銃士を嫌うものが多い。

 近衛兵団長もその一人なのだろう。吐き捨てんばかりにカサンドラを罵倒している。


 だが、彼は知らない。

 目の前の少女のことも、ましてや連撃のカサンドラのことも──。


 ろくに知らない……。


「くだらん! ──まさに逃げた卑怯者のカサンドラを彷彿させるわッ」


 それを笑い飛ばした近衛兵団長。

 それはつまり───。




「…………なんだと?」




 ザラディンはそのセリフを軽く流すことはなかった。

 スゥ……と空気が急激に冷え込む気配。怒気が……殺気が立ち込める。


「お前は、彼女を馬鹿にしているのか? お前の言う卑怯者……その彼女にすら敵わず、聖戦の戦士にも選ばれなかったお前が?」


「何を言うか! ワシには王都を護る大事な仕事があった────それに、あの銃士が選ばれたのは大方、体でも──」


 バァァン!!

 みなまで言わせずに発砲。


「がぁ! な、なにをするかッ」


 しかし、銃弾は耳障りな反跳音を残して弾かれてしまった。


「ぐぬぬ……──が、ガハハハハハ! 見ろッ。我がオリハルコンの鎧はチンケな銃弾など通さん! これでも、ワシが銃士に劣ると言うのかッ」


「言うさ」


「小娘ぇぇぇ! 銃士などが魔王に通じるはずがない! オリハルコンを貫通()けんような武器が魔王に敵うはずがないだろうがぁ!!」


 ザラディンは懐から紙薬莢を取り出し、槊杖(カルカ)で悠々と銃に再装填して見せると、その銃を一度ホルスターに戻す。


「……彼女は本当に強かったんだよ? 魔王だって貫いて見せた」

「ほざけッ小娘がぁぁ! 貴様が魔王を語るとは笑止千万ッ! ならば我の鎧貫いて見せよ!」


 ヌンッ! と気合一閃!

 ハルバードの石突きズンを床に突き立て仁王立ち。まるで撃ってこいと言わんばかりだが、


「ワシのハルバードこそが魔王に通じるんじゃぁぁぁ!」


 一直線に振り上げたハルバード。柄を滑らせるように持ち上げ、下端を掴むと一気に振り下ろす。

 なるほど、遠心力とリーチの合わさった恐ろしい一撃だッ。




「蠅が止まるよ───遅すぎる」




 チャキ、チャキ!

 素早く二手に銃を構えたザラディン。


「見せてやる。魔王を貫いた彼女の強さを!!」


 そして──────発砲ッ!


 バン!

 バンバン!


 ────ババババババババババババババババンッ!




 凄まじい轟音が鳴り響き濛々と硝煙が立ち込める。

 そのベールを破って表れたザラディン。


 カサンドラの十八番───『連撃』だ!!


 その冴え渡る技は、あの銃で二十発近くを一瞬で発砲して見せた。


 そして、その先にいた者は───。


 ガラァァン!


「ぐは……ば、ばかな──」


 ハルバードが力なく床に転がり、その後を追うように近衛兵団長も膝をつく。


「ど、同時着弾……だと?」


 信じられないものを見るように腹に当たった弾痕を見る。

 黒く汚れたそこには、弾痕が一個だけ。


 …………すべて同じ場所に命中させたのだ。

 そう。

 連撃だけでなく、正確無比なピンポイントショット!


「彼女の連撃────しかと見たかい?」

「こ、これが……れ、連撃の──カサンド、ラ」


 ゴフゥと血をふき出す近衛兵団長。


 弾は貫通こそしなかったものの、凄まじい着弾の衝撃が全身を襲ったのだろう。体はガタガタだ。


 だが!!


「……ま、まだだ──。まだワシの鎧は貫かれておらんッ!」


 それでも、さすがに最強兵団の団長なだけはある。


 ガンッ!

 と無理やり一歩踏み出すと、腰に佩いていた剣を抜きザラディンに斬りかかる。


「死ねぇぇぇえええ゛!」

「…………ほんっと、鎧だけは硬いね」


 チャキリと、最初に撃ち、再装填したその銃を構えると──、


「お前にはもったいない一発だよ」




 パァァァン!───スカァン!




「え…………?」


 突然力を失ったように近衛兵団長が膝をつく。

 驚いたような彼の目は自分の鎧を見下ろしている。



 そこには────小さな穴が。



「ば、ばかな……」


 ブシュっと血が噴き出し、間違いなく貫かれていることが分かる。


「安心しなよ。急所は外してある」

「グフッ」


 ドタ~ン! ガランガランガラン……。


 ピクリとも動かない兵団長は、ここで意識が途絶えたようだ。


 それをグラウスは見ると、


「邪魔をさせたな」

「なぁに、幕引きには前座がいるだろ? 構わないさ」


 フッ。

 互いに唇の端を歪めると───、





「では、始めるとしようか───」

「うん。始めようかッ」



※ ※



「では、始めるか──」

「うん、始めようかッ」


 剣を構えた両者。

 スススと互いにすり足で間合いを取っていく。


 その最中に、グラウスは近衛兵団長の傍らに近づくと、

「その前に、な───」

 そっと、グラウスが手を(かざ)すと、近衛兵団長の体が淡い光に包まれて回復していく。

 さらに、

 その後、彼がパチンと指を弾くと、なにもなかった空間にがポカリと穴がと開いてその中に近衛兵団長が消えた。


「ふ……。お優しいことだね」

「これでも王なので、な」


 ──なるほど、空間魔法か……。

 伊達に大賢者といわれるだけはある。


 そして、邪魔者はいなくなったと言わんばかりに、グラウスは聖剣を構えた───。


「いくぞ、ザラディン。──……見せてもらおうか。本物の勇者(・・・・・)という奴を!」


 はぁ!!!


 ブンッ───と、一気に距離を詰めてザラディンに斬りかかる。

 こ、これは、勇者剣技──『稲光』?!


 は、はやい!?


「クッ!」


 銃を手放したザラディンは、背の二刀を抜き放ち交差させる。

 そこにグラウスの剣が落ちた!


 ギャァァン!!


「ハッ! どうしたザラディン! それは、オーウェンの技じゃないか」


 剣を交差させての防御とカウンターの一体技───『滝落とし』


「…………そうだ! 見せてやる本当の勇者(・・・・・)がどう戦ったのかをッ!」


 一刀は防御のまま、

 もう一刀でのカウンター。


 ──それが、オーウェンの技『滝落とし』だ!!


 だが、グラウスはそれ見て哄笑する。

「くははは! お前に勝てなかった男の剣技など──俺に効くかぁぁぁああ!」


 聖剣を滑らせたグラウスはザラディンのカウンターをなんなく躱すと、逆にその剣を合わせて、────受け流す。


「く──」


 ススーと聖剣が滑り、ザラディンの腕を狙う。


 こ、これは──、

 勇者剣技…………『川流し』!?


 グラウスの技に気付いたザラディン。

 そして、勝利を確信したグラウス───、


「もらったぁぁぁあ!」


 かつての模擬戦を彷彿させる動きに、グラウスは勝ちを確信した。


 そう。

 『勇者』に勝ったのだと──……。




   「………………がっかりだよ、グラウス」




 しかし、そんな彼の耳に届いたのは憐みすら感じさせるザラディンの声。


(な、なにを?)


 一瞬、頭が混乱したグラウスは、刹那のさなかでザラディンと会話し、顔を合わせる。


 ザラディンの余裕な声の意味が分からない。

 だ、だって───。

 グラウスの剣は、今まさにザラディンの腕を切り落とさんと迫る………「え?」


「真似しただけかい?…………それじゃ、オーウェンには一生敵わないよッ」


 ば、ばかな───!!

 この流れなら、確実に俺の……────勝ち。


「……オーウェンはね、常に鍛錬していたよ。魔王を討伐するその日までずっと──」


 すぅぅぅ……。


 ──────見せてやるッ。


 無頼剣豪(オーウェン)流──……()勇者剣技ッ!




 『波乗り』ッッ!!




 受け流され、そして逸らされたザラディンの剣。

 しかし、逸らされた分…………もう一刀にはその余った力の───遠心力が乗る。


 そう。

 カウンターのカウンターは囮……。


 ──真打(しんうち)は、防御に使ったもう一刀だ。


「ば?! ざ、ザラディぃぃぃぃぃン!」




 ──────ズバァァッッ!!!




 肩から胸にかけての袈裟切りに、

 グラウスが血をブシュゥゥウと噴き出す。


 ───彼女の放った一刀は、……致命傷だった。


「見たかい? これが真の勇者の剣技さ」

「ごふっ」


 どさ……。キャリン、キャリン──キャリィィン……。


 そして、グラウスと聖剣が床に転がり、ジワジワと血が広がっていった。




「ぐ……み、見事だ──さすがは『勇者ザラディン』……」


 ふ…………。


「違うよ。僕はただのザラディン(・・・・・・・・)。……一番の臆病者で卑怯者で──5人(・・)の仲間を殺した、薄汚い殺人鬼さッ」


 そうだ。それでいい。


 拳闘王(ザ・キング)を、神殿騎士(パラディン)を、聖騎士(ホーリーナイト)を、聖女(メサイア)を────そして、王たる大賢者(アッカーマン)を殺した殺人鬼。


 だから、

「───本当の『勇者』はあの二人だ。……カサンドラとオーウェン。彼女が……彼らが、彼らこそが、本当の本物の勇者だ!!」


 この復讐は、彼らが望んだわけじゃない。

 望むものか。


 復讐なんて、死者が語るはずもない。


 だけど、彼らの無念は分かる……わかってしまう。

 

 毒をくらい、殺され、切り刻まれ、あざ笑われ……全てを奪われ、死後も蹂躙される。


 ───でも!!

 それでも!!!!


 彼らは死んだ。

 死んでしまった!!!


 もう、どこにもいない!!!!


 ──────だから!!




 だから、

 この復讐は──────。



 全て、生まれ変わってしまったザラディンの独りよがり。







 そう、僕のわがまま───。


 だから、

「……────生まれてきてゴメンね」



※ ※




 ────生まれてきてゴメンね……。


 二人だけの空間にうっすらと漂うザラディンの告白。

 そこには、ドクドクと血を流すグラウスがいるだけだった。


 だけど。

 (グラウス)はもう──────。



 ふ、フフフ。


「───フハハハハ」


 血だまりの中、ひとり哄笑するグラウス。

 少しだけ感傷に浸るザラディンはゆっくりと話しけた。


「楽しかったかい? あの日……僕を斬り殺し、仲間を責め殺して───」


 だが、


「────ハハハハハハハハハッ! 素晴らしいッ、素晴らしいぞ!」


 突然、狂ったように笑いだすグラウス。

 さっきまでの、覚悟を決めた男のそれではない。


 まるで……。

 死を前にして狂ったとでも?


「………………なにがおかしい?」


 不審に思ったザラディンは、二刀を構えなおす。


 なんだ、この感覚────。

 これは……。


「お前は本当にすごい奴だよ、ザラディン」


 ネバァァと、血糊が付いたまま、そしてゆっくりと起き上がるグラウス。

 胸からは、とめどなくドクドクと血が溢れている。

 なるほど、確かに致命傷だ。


 だが……、


「見ろよ、この俺を───」

「お前……?」


「14年前の様な若々しい肉体はもうない。……あとは、老いて朽ちるのみ」


 ニィと口角を歪めるグラウスは、


「──それが、お前ときたら……。なに、生まれ変わりだって? くくく。羨ましいよザラディン……。その若くて美しい肉体、」


「グラウス……」


「欲しかったのはそれだッ! 永遠に生きる方法だ! そうとも、生まれ変わり───いや、転生か?!」


 狂ったように顔を歪めるグラウスは、さっきまでの大賢者王グラウスではない。


 今のこの男は……、

「なぁ、どうすればいい!? どうやれば転生できる!? あぁ、いいぞいいとも、お前は答えなくていい。──そんなことは、浅学なお前に分かるはずがない!」


 ドンと胸を叩くグラウス。その拍子にヌチャぁっと血が飛び散った。


「俺だ! 俺が学ぶ。調べる。研究する! 大賢者の、この俺が!」


 さぁ、


「ザラディン! 俺はお前が欲しい! どうしようか、犯せばいいのか? それとも、子を成すか? いやいやいや、肉を喰らい、血を飲めばいいのか?」


「狂ってるよ……お前」


「───ははっはは、実に正気だとも。俺は王だ! 永遠に生きて見せる。そうすれば無頼の剣豪(オーウェン)にも届く、勇者(ザラディン)をも超える。──そして、」


「いーや、狂ってる」


「────俺は神になるッ!!」


 両手を天に掲げ、俺を見ろと叫ぶ。


「さぁ、ザラディン! 俺のモノになれ。バラバラにしてお前の中を見せろッ! 見ろ、転生だ。転生だよ。転生者がいる! はははは!」


 胸から溢れる血が……止まる。


「まずは、順番に試そう。犯し、子を成し、血を飲み、肉を喰らい、一つ一つバラバラにして見よう。見せろ見せろ見せろ! お前の中を見せろ、ザラディン!!!」


「………………ははは。思った以上にゲス野郎だった。僕としたことが少し感傷的になってたけど───」


 ニィィ……とザラディンも顔を歪める。

 4人を殺した時のよう(・・・・・・・・・・)に、


「心行くまで、お前を殺せそうだ」


「やってみろッ。『勇者ザラディン』!!」


 そう言うと、グラウスは懐から試験管の様なものを取り出した。


「ふはッ! 俺は大賢者だぞ? こんな事態を想定していないとでも思ったか?」



 バリィィン!

 と、噛み砕いてガラスごと───、


 ゴクリ────。


 ……飲んだ。


「…………なるほど。ベリアスに薬をやったのはお前か」


 ベリアスを仕留めたときに、奴の部屋から見つけた試験管。

 例の違法強化薬(アングラブースター)だ。


「ぐぅぅぅぅぅううううう!」


 ミシミシミシと体が肥大化していくグラウス。

 確かにベリアスの時を彷彿させる。


 そして───。


『はははははははははは! ベリアスにくれてやったのは試験型だ。こいつは違うぞ! あの日、お前らを殺した後───』


 ボンッ! ボンッ!


 と、あり得ないくらいに肥大化……いや、巨大化していくグラウス。


 ギシギシギシ……。


 その質量すら変化させる体に、床が重みを耐えられずに悲鳴を上げた。


『ぐはは! これはな、魔王討伐の場所にあった魔王の血を回収したものだ! そして、それを混ぜた。──そう、』


「はははは。バカなことをしたね」


『完全型の強化薬! いわば合成強化薬(ミックスブースター)……俺の作った最高傑作の「魔王薬(アンチバライソ)」だ!』


 ビリビリビリ!


 ついには、背中が破れて羽が生える──。

 さらに、少し大きくなった顔からは、ニョキリと角までもが生えた。


「『勇者』になりたい奴が魔王を目指してどうするんだよ。それに、」


『ははははははははははは! 俺は『神』になる男だ! そのために、まずは『魔王』になる! だがそれは、過程にすぎん! 見ろこの力をぉぉ!』


 床に転がる聖剣とハルバードを拾うと、二手に構えてズバァァァン! と薙ぎ払う。

 その一撃で、王城の最上階の壁と天井が吹き飛んでいった。


 ガラガラガラッ! 


 巨大化な瓦礫が衝突し、遠くで破砕音が鳴り響いた。

 階下と隣の尖塔にも当たり、破壊が進んでいく。



 


「はッ。───笑わせるなよ。お前ら、臆病者たちは『魔王』を見ていないだろう? そりゃ……似ても似つかない、まがい物(・・・・)だよ」



※ ※



 ────笑わせるな。

 お前ら臆病者は『魔王』を見てすらいないだろう?

 そりゃ……似ても似つかない、まがい物だよ……。


『やかましいッ! これが魔王だ! 俺が魔王だ! 非力な貴様など足元にも及ばんわ!』


 異形の姿に変貌したグラウスを見ても、ザラディンは変わらない。

 まったく動じず、彼女はヒュパンと刀を一振り───血振りしてみせると、十字に構えた。


 ───さぁ、かかってきな……と。


『生意気な小娘が! お前なんぞ、何人束になってもこの俺の相手ではないわッ』


 ブンッ!


 ハルバートを構えた、その腕の一振りだけで突風が巻き起こり、ザラディンの髪がサラサラとそよぐ。


「あはは、たしかに、力は強そうだ……。僕は見ての通り小さな女の子でね」

『そうだ! さっき、切り結んでわかったわ!───貴様はかつての最盛期に比べ、何倍も劣っている!』


「そうさ……。僕は力には自信がないんだ。───ま、お前ごときには負けないけどね」


『ほざけぇぇぇぇぇぇぇ!!』


 床を踏み砕かんばかりの勢いで突進するグラウス。

 流れるような動作で振りあげられた二本の得物がザラディンを捉えんとする。


「あはは」


 ブォォォン! と風を切り、物凄い速度で聖剣とハルバードが迫りくる!


 これは、

 二本同時の勇者剣技『稲光』だッ?!


 だけど。


「───蠅が止まるよ」

 無頼剣豪流───。真、勇者剣技『二つ川流し』ッッ!



 キ、カィィィン!



 聖剣とハルバードの同時着弾を、同時に受け流しての───カウンター!


 ズバン、ズバン!


 と、二刀がグラウスの体に食い込む。

 

 が───。


「ち! 堅いな!」


 なにか障壁の様なものが発生し、僅かばかり肉に届かない。

 これでは致命傷には程遠いだろう。


『グハハハハハハハハハハ! 魔王は障壁を使ったというじゃないか? これがそうだろう!』


 グラウスは瓦礫を自らの頭に投げつけて見せると、当たるその直前にバシィン! と透明な膜が張ってソレを弾いてみせた。


「なるほど、ちょっと似てきたかもね」

『黙れ! これが魔王よ! そして俺が魔王だ! 見ろ! この力、この魔力───そして、この体を!!』


「ははは、そう言えば毒を盛られる前にそんな話をしたっけ」


 懐かしいね、とザラディンは目を細めた。


『そうとも、俺は大賢者だ! 魔王を再現して見せた』


 なるほど……。

 ザラディンは目を凝らして観察する。


 確かによくよく見れば、うっすらとだが透明な膜の様なものがグラウスの全体を覆っていた。


「うん。ちょっと堅そうだね」

『はははははは! 俺の勝ちだ──そして、いつまでも余裕でいられるかな』


 パチンとグラウスが指を弾いて見せると、最上階を覆っていた魔法の結界が消える気配がした。


「おや、お友達を呼ぶのかい?」

『もう貴様との戦いに拘る必要はない。その体、もらい受けるぞ』


 にわかに階下が騒がしくなる。

 多数の兵士の気配がここまで伝わってきた。


 そして、


「何の騒ぎだ!」

「陛下は無事か!」

「急げぇぇぇ!」


 ダダダダダ! と重々しい足音と共に最上階に踏み込んでくる近衛兵たち。

 そんな彼らの目には、変わり果てた最上階の姿と……ザラディンが。


 そして───、


「い、いたぞ! 赤い髪の暗殺者だ!」

「へ、陛下は無事か!?」

「ここで何があった!?」


 しかし…………。


「お、おい見ろ! 何だあの化け物は!」

「ひぃぃぃ! ば、化け物……?! ま、魔王だ!」


「「「「ま、魔王だぁぁぁぁ!!」」」」


 恐怖に慄く兵士たち。


 一部ではすでに戦意喪失している。

 ───いるのだが……さすがは最強兵団。


 中には当然ながら勇敢なものも多数いる。


「ひ、怯むな!」

「陛下のお膝元に魔王だと!?」


「そ、総員抜刀! 討ち取れぇぇぇえ!」


「「「おう!!」」」


 やにわに士気を回復した彼らは、一斉に抜刀し、

 ジャキジャキジャキジャキンッ! と白刃の剣山が生まれる。


 そして、指揮官が怒号を上げた。


「突撃ぃぃぃぃぃ!」

「「「「「うおぉぉぉぉおお!!」」」」」


 ガキンガキンガキン! と多数の剣がグラウスを狙う。


『ば、ばかな?! よ、よせ!……愚か者がぁぁ! 俺は大賢者王だ!』


 恐ろし気な唸り声をあげる巨魁に兵士は畏怖するが、それでも勇敢な近衛兵たち。


 負けじと、障壁を貫かんと斬り込む。


「化け物めぇ!!」

「くそ! なんて硬さだ。この障壁──伝承通りだぞ!」




「怯むな! 斬れ斬れ斬れ斬れぇぇぇぇ!」



※ ※




 ──怯むな! 斬れ斬れ斬れ斬れぇぇぇ!



 うおおおおおおおおおおおお!!!



 もの凄い勢いで突っ込んでいく近衛兵達。

 煌めく白刃が一斉にグラウスに向かっていく。


「討ち取れぇぇええ!!」


 一歩も引かない近衛兵たちだが、


『ぐぬぅう! 愚か者がぁぁぁ!!!』


 ブォン! と恐ろしい勢いで叩きつけられる2本の武器。

 聖剣の横薙ぎと、ハルバードの上段からの強打が兵士を襲う!


「は、はやい!」

「ひぃぃぃ!!」



「た、待避────!」



 指揮官の号令も虚しく、無慈悲な一撃が彼らを刈り取る。


 ──ドガァァァァン!


 王城を揺るがす大音響のあと、その下敷きになった兵らは多数の赤い染みと化して息絶える。


「な、なんて強さだ……」


 生き残りたちは、ただただ怯え。

 その異形に畏怖していた。


 そして、


 メキメキメキッ───!


「お、おい! と、塔が……。塔が崩れるぞ!」


 グラウスの全力。

 その床を打った衝撃が、ついに最上階を崩壊させた。


 ガラガラと音を立てて崩れていく最上階の床とその階下の構造物。


「ぎゃぁああ───ぶしゅ」

「ひけ、退けぇぇ!」


「そ、総員!」

 ───た、退避ぃぃぃぃ!!


 ジタバタと無様に逃げ惑う近衛兵たち。


「魔王だ! 魔王が出たぞ!」

「全軍に伝達ッ! 対魔王戦──用ぉぉお意!」


 崩れていく塔の中、ザラディンは瓦礫の上を器用にピョンピョンと飛び跳ねグラウスと向き合っていた。


『愚か者どもめがぁぁあ!……あとで粛清してくれるわ!』


「おいおい、鏡見てみなよ? 兵が味方するとでも思ってたのかい?……斬られて当然さー。そりゃそうなるって」


 ニコニコと笑うザラディン。

 その様子に腸が煮えくりかえるとばかり、グラウスは顔を凶悪に歪めた。


『ぐぐぐ、黙れ小娘がぁぁぁあ!──おのれぇぇえ、使えん兵どもめ!!』


「はははは、お前バカだったんだな」


 その声にグラウスは目を剥いて咆哮する。


『誰がバカだ! 舐めるな、ザラディン! 俺を誰だと思ってる! 俺は賢者だ。大賢者だ! 世界一の知性を持つ男だ!』

「あははは。とてもそんな風に見えないよ」


 飛びながらも二人は切り結ぶ。


 崩れ行く王城を背景に、煌めく剣の軌跡。


 激突し、飛び散る火花───。

 陽光を受けて輝く至高の武器たち。


 操るのは異形の大賢者と、赤い髪の美しい少女。


「どうしたんだい? さっきとあまり変わらないじゃないか」

『抜かせッ! あとで、骨までしゃぶり尽くしてくれるわ!』


 ザラディンは猫のように、しなやかに瓦礫に中を舞い、地上に向かって墜ちながらもグラウスと剣を交える。


 いや、グラウスは既に背中の羽をはばたかせて空を舞っていた。


 その様や、なんたる───。


「おやおや。本当に化け物みたいだぞ? グラウス」

『黙れ、俺は勇者だ! 魔王だ! そして、神だッ! 神になるんだ! その礎にザラディン──お前の体ぁぁああ、俺に寄越せぇぇえ!』


「あっはっは! 僕が欲しいのかい? 女の子を口説くにしては、ちょっと下品だぞ」


『ギギギギギ! いつまでも余裕ぶっていられるかな? 貴様の攻撃など、全く届いておらんわ!』


 ガキィィィイン! 


 確かに、ザラディンの刃はグラウスを狙うが、あの障壁に阻まれて通じない。

 それどころか、時折危うい一撃を貰いそうになっている。


 空中では、ザラディンが操るオーウェンが使っていた二刀と、グラウスが持つ聖剣とハルバードの激しい撃ち合いとなっていた。


 しかし、明らかにパワー負けしているのか、受け止めたザラディンの腕が引きちぎれそうだ。


「ぐッ!」

『ははははは! どうした、どうしたぁ! その細腕でいつまで耐えられるかな!』

 かなぁぁ!!


 嵩にかかって攻めたてるグラウス。

 それを必死の防戦のザラディン!


『ぐははぁ! どうしたぁぁ!?──ええ、おい? 魔王を討伐したんだろ?……やって見せろよ、ザラディぃぃぃン』


 ズガァァアン! と強烈な一撃。

 なんとか防ぎぎったものの、ザラディンは瓦礫に叩きつけられた。


「げほ……」

『おやまぁ、どうしたぁ? これは、本当に魔王を討伐したのか怪しくなってきたなぁ』


 ニタァ……と笑うグラウスに、


「ペッ───。そうさ……僕一人じゃ絶対に無理だった」

『ほざけ! オーウェンの名刀も俺に届いてないぞ!──ましてやカサンドラの銃などが魔王の障壁を貫けるわけねぇだろ!』


 いまだにグラウスの周りには障壁があり、全ての攻撃を防いでいる。








   「いーや。貫いたよ。……あの二人は本当にすごかったんだ」








『黙れ! 女の銃士如きが魔王にかなうわけねぇんだよ!』

「ははは。お前はカサンドラの何を見ていたんだ?───彼女の何を知っている?」


 クルンと身を翻し、一際大きな瓦礫に着地するザラディン。

 そこでスクっと立ち上がった彼女は、シャキンと二刀を納めた。


『はっ、諦めたか。いいぞ、いいぞぉぉぉおお、今は殺さないでおいてやる───あとで散々嬲ってやるがなッ!』


 ザラディンを抱きすくめるように飛び掛かったグラウス。

 それをひらりと躱すと、ザラディンは彼を踏み台にしてさらに飛ぶ。


『俺を踏み台にぃ?!』


 ふふふ──……。


 そして、最上階崩壊とともに、ばら蒔かれて空中を舞っているカサンドラの20丁余の拳銃を見ると───。


 スチャキ!!


 それを順繰りに掴みとると、凄まじい速度で再装填していく。


『な?! ば、ばかな! せ、せせ、戦闘中にぃぃぃぃ!』


 さらに、胸に隠していた紙薬莢を左手で取り出すと、バリリと先端を噛み破る。

 サラッと軽く火皿に火薬を入れて閉塞、口に加えた槊杖(かるか)で残りの火薬と銃弾を押し込む。


「はのひょはもっほはやはっはへどね(彼女はもっと早かったけどね)」


 それをスチャキ! と、ホルスターへ──まずは一丁。


『ぐぬぅ! 弾切れの銃士なんぞ、ただの肉袋だぁぁ!』


 ザラディンを妨害するように剣を振るグラウスだが、

「はえはほまふよ(蠅が止まるよ)」


 ひらりと躱し、躱しざまにも再装填。


 スチャキ、2丁め。

 スチャキ、3丁め、スチャキ、スチャキ、スチャキ、スチャチャチャチャチャ───!


『ば!? な、舐めるなぁぁぁぁぁ!!』

「終わったよ」


 プッと槊杖(かるか)を吐き捨てると、二手に銃を構えて見せた。


『そんなもんが効くかぁぁぁぁぁああ!!』




「いーや。効くんだよ。これが…………」




 ニヤリ。


 その笑みを受けたグラウスは、

『やってみろぉぉぉぉぉぉおお!!!』


 ───もちろんさ。

 カ、キン……。






 バァァンッ!




 

 ッ…………!



 バリィィン────!!!!




 ぐ、


『ぐふ…………。ば、バカな?!』


「───効いただろ? 早めの銃弾」



※ ※



 バリィィン────!


 障壁が砕け、弾丸がグラウスの胸に命中する。

 胸骨を貫き──肉にめり込んだそれにグラウスは悲鳴をあげた。


『ぐおおおおおおおお!! ば、バカなぁぁぁああ!!』


 さすがに見た目からしてタフなだけはあり、即死するにはいたらないも───無傷とはいかない。


 血を出し、

 苦痛に呻くなら死ぬ────殺せる。滅ぼせるッ!


 だが、

『そ、それがどうしたぁぁぁ! 一発くらいでいい気になってんじゃねぇぇぇ!』


 一発で死ぬなら苦労はない。

 それは先のベリアスでも同様だった。


「一発?」



 だから、撃つんだ───。



「誰が一発で終わりなんて言った?? 彼女はね───本当に強いんだよ。だって、彼女は……──カサンドラは一発で終わらせない(・・・・・・・・・)からねぇッ!」


『ま、まさか!』


 空気を切り裂き、グォォォォオ───と近づく地表。


 それまでに何秒?

 

 まさか、ザラディンは空で決着をつけようと言うのだろうか……──?


 うふふふ……。

「───さぁ、お前は何発耐えられる?」


 瓦礫から脚を乗りだし、ふわりと空に舞ったザラディン。

 自由落下に任せて無重力を楽しむと、


「さようなら、グラウス───」

『よ、よせ!!』


 バンッ!

 ───パリィーーン!


 簡単に砕ける障壁。

 驚愕するグラウスが、何故と思う間もなく激痛が走る。


 まずは武器を狙ったらしく、手を撃ち抜かれてハルバードがスッとんでいく。


『ぎゃああああ!!』


 次に聖剣。

 一瞬、早くガードしたつもりが、手の甲を打ち砕かれる。


『ぐああああああ!』


 ヒュンヒュンヒュン──と空へ消えていく聖剣を追うことも出来ずに、次は羽。

 

『よ、よせ!!』

「あはは、そういって───お前はやめてくれたかい?」


 ブシュウ! と血が吹き出し羽が折れ曲がり変形する。

 根元から撃ち抜かれてははばたくことも出来ない。

 空を舞う羽を失ったグラウスは、まっ逆さまに地上に落下するのみ。


 だが、それで終わるはずがない。


 バン、バン! と発砲音の度に急所を次々に撃ち抜かれていく。

『ぐッ?! ぐぁ!』


「ふふふ! 何発耐えられるかなぁ──!」


 バン、バンバンバン、バァン!!


 心臓、肺、腸、股間、喉────。


『ぐぼぉぉぉぉ!』


 な、なぜ障壁が貫かれる!?


 ただの鉛弾ごときに、そんなぁぁぁぁぁぁぁ?!


 驚愕に目を見開くグラウスは見た。

 美しく舞うように銃を操る少女ザラディン────。


 そして目を、目を、目を!!!

 彼女の目を──────。



      「「死ねよッ! ゲスが!!」」



 あ、あれは───!


 か、カサンドラ!?


 あの日……あの日────ベリアスに責め殺されたカサンドラの姿。それが被る!!


『がああああああさぁぁぁぁぁぁんどぅぅぅぅらぁぁぁぁぁぁぁあ』


 バ、バァン!──バリィィン!


 ブシュ…………。

 

 あの日、カサンドラの必死の反撃によって目を撃たれたベリアスのように、グラウスも撃ち抜かれる。


 しかも、両目同時着弾。


『──────ッッ!!』

 光を失ったグラウス。

 だが、最後の光を見た瞬間悟った。

 見えた。

 見た!

 …………見てしまった!!


 あの、高速で飛来する銃弾を!!


 な、鉛弾じゃない。

 鉛弾じゃない!?


 鉛なものか!!


 あ、

 あれは、


 あの輝きは───……!


『お、お……────オリハルコンの銃弾だとぉぉ!?』


「見えたかい? 凄いだろ、カサンドラは」


 高価で希少なオリハルコン。

 剣に打てば城が買えるとすら言われる伝説の金属。


 ───そ、それを銃弾だと!?

 使い捨てるだとッ?!


 あ、あの女───……あの女ぁぁああ! く、狂ってやがるッッ!!


「違うよ……。彼女は本気だったんだ。そして、勝ったんだ───魔王にもね」


『あぁぁぁああああああああ!!』


 あの女ぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!


「彼女は卑怯者なんかじゃない。弱くもない──……ましてや、魔王相手に逃げる者かッ。……彼女は勇者。勇者カサンドラだ!」


『だぁぁぁぁ、まぁぁぁぁ、れぇぇぇぇぇぇ!』


「ははは。凄くしぶといね。そこだけは魔王並みかもよ」 


 あぁ、わかる。

 見えない視界の中──アイツが……ザラディンが笑っている。


 少女ザラディンの姿が闇の中に見え───そして、()の勇者が……青年だった頃の(・・・・・・・)ザラディンがそこにいた。


 こ、これは、


(俺の……幻視?)


「───さらばだ、グラウスッ」

『い、』


「僕の名前は(けが)してもいい。……だけど、オーウェンとカサンドラの汚名は返上させてもらう──彼らは逃げてもいないし、臆病でも卑怯者なんかでもないッ」


 魔王を討伐した偉大な戦士────無頼の剣豪オーウェンと連撃のカサンドラ。


 強靭な刀を振るう偉大な戦士オーウェン。

 鮮やかな銃捌きで敵を屠る偉大な戦士カサンドラ。


 勇者オーウェンと勇者カサンドラ。


『───いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 俺だ!

 俺だ!

 俺だ!


 俺が勇者だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 勇者なんだぁぁぁぁぁぁああ!!


「……違う。お前は嘘つきの卑怯者だ」


 粉々に砕けた障壁は、もはや用をなしていない。

 そこに近づいた人の気配と甘い少女の香り。グラウスは、それを間近で嗅いだ気がした……。


 そっと、頬に触れる。

 それはそれは優しい手つき。


 柔らかい体が、グラウスの顔を抱きしめていた。


 そして、


 ふー……。と、耳に息を吹きかけられ。


「お前が言ったんだろ?」

『ザラ───』



「「公共の敵(パブリックエネミー)は死をもって償うべし……」


 血には血を、

 勇気には勇気を────。


 だから、血と勇気をもって答えるよ。


 公共の敵に……。




    死を!!




 ───ババババババババババンッ!


『ぐぼぉぉ』

 

 ほとんど一発に聞こえる射撃音を聞いたあと、グラウスは何も聞こえなくなった。


 両耳に突っ込まれた銃から発射されたオリハルコンの弾丸。

 それが、至近距離での連撃により、

 両の耳を貫き、脳のど真ん中で衝突しては、パチンコ玉のようにあちこちで暴れたらしい───。


 ブシュッッ!


 何発もの弾丸が撃ち込まれて、ついにグラウスは……。


『ぶほッ……』


 ドロリと鼻から脳漿交じりの血を吹き出し、



 ──────何も考えられなくなった。



 最後に感じた衝撃は、王城の最下まで落ちた時の衝撃だろうか……。


 あぁ、視界が──意識が──暗く、なって……──。







「……これで全員」



※ ※




 ……──これで全員。


 ズウゥゥゥン! 


 凄まじい落下音のあと、砂煙をあげてグラウスの巨体が崩れた城の中ほどに、半分ぐらい埋もれていた。


 もうもうと立ち込める瓦礫由来の埃の中───。


 周囲には負傷者のうめきと、慌てて参集した近衛兵が集まっている。

 剣だけでなく、槍を持った兵もいることから、おそらく外からも応援が到着しているのだろう。


 少々安物くさい鎧が目立つものは、普段はただの市民をやっている予備役の兵らしい。


 彼らは王都封鎖から王城守備にシフトが変わって以来この近辺に詰めていた。

 そこに起こったのがこの騒ぎ。

 物凄い轟音と、その後に起こった激しい空中戦を否応なしに見ていた。


 そして、今に至るのだが──────。


 彼らの目前には、

 二手に銃を構えた赤い髪の少女が佇んでいた。


 その真下には異形の巨魁がいる。

 そう。件の化け物────魔王だ。


「ば、化け物が……死んだ?」

「ま、魔王……を滅ぼした──」

「だ、大賢者王でもなく……。た、ただの少女が!?」



   「「赤い髪の暗殺者────?!」」



 ザワザワと周囲が騒がしくなってきた頃。

 ザラディンは天を仰ぎ、額に浮いた汗を拭った。


 ふー…………。


 そこにガチャガチャガチャと降ってくる多数の拳銃。


「お、女の銃使い……」

「連撃……?! あれじゃぁ、まるでカサン──」



 グォォオオオオオオオ!!!



 しかし、ここで一転。

 死に絶えたと思ったグラウスが起き上がる。


 見ればシュウシュウと白煙を立てて、傷が治り始めているせじゃないか。


 口には、瓦礫で押しつぶされたらしい近衛兵。その(はらわた)がぶら下がっていた。

 ベリアスと同じ、人の肉を喰らっての強制回復らしい────……。


「ひぃぃぃぃぃ!」

「い、生き返ったぁぁぁ!!」

「魔王だ! 魔王が復活したんだ!!」




『ぐああああああああああ!!!!! ザラディぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃン!』




 ブチブチブチと肉を喰らう度に、折れた羽がピンと張っていく。


 さらには、

 シュウシュウと噴き出す煙のあとに、目が────。


「…………しつこい奴だな。あんまし、しつこいと女に嫌われるぜ。ちなみに、」


 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン……────。


 キラリと聖剣が陽光に煌き、まるで狙ったかのようにザラディンの手に降ってくる。

 それを見もしないでパシリと受け取ると、



   「──()も、嫌いだよ」



 ズバン! と一閃……。


 ビクリと震えたグラウスの体。

 直後、頭部がズズズと滑り動き……。



 ドズゥゥゥン!



「今度こそ死んだかな?」


 事態についていけない近衛兵に、予備役の兵達。


 それらを完璧に無視して、ザラディンはヒョイっとグラウスの首を持ち上げる。




 剣を携え、魔王の首を持つその姿。




 その姿──────。


 兵士たちも、街の人々も、誰もが目にしたことのある有名な銅像……。


 『公共の敵(パブリックエネミー)は死をもって償うべし。血には血を、勇気には勇気を────』……そう語りかけるあの像に。



 そう、あの像(・・・)に───。



 皮肉にも、王の功績を称えるそれ(・・)に、あまりにも酷似していた。



「え……英雄──」

「英雄だ────」

「魔王を討伐した英雄だ!」

「勇者、……ゆうしゃ!」


 そして、彼らは聞いていた。

 魔王こと、あのグラウスがいまわの際に叫んだ名前を───。



「「「勇者ザラディン!!!!」」」



 そこで初めて気づいたとでも言うように、ザラディンが兵士たちに向き直る。


 その美しい少女の姿で、ニコリと微笑む。

 赤い髪で三白眼。

 スッキリとした鼻立ちの美少女──。


「……はは、久しぶりにその呼ばれ方をしたね」


「ザラディン!」

「ザラディン!」

「ザラディン!!」


「ザラディン、ザラディン!」

 

 ザラディン! ザラディン! ザラディン! ザラディン!


 そこで、ついに事切れたらしいグラウスがシュウウぅぅ───と煙に包まれ、元の大きさになる。


 首は魔王から大賢者の顔に────。


 そして、


「み、見ろ!」

「あ、あれは陛下……?」

「だ、大賢者王が魔王だって?!」


「「「「魔王を勇者が討った!!!」」」」


 うおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 兵士たちの間でどよめきが広がっていく。


「あらまぁ? お前、魔王になっちゃったよ?」


 肩をすくめながら、


「いや、……なりたかったんだっけ?」


 ポイッと、生首を放り投げると聖剣を地面に突き立て、散らばった銃を回収していく。


「おい、見ろよ!」

「銃だ! 銃使いだ! 女の銃使いだ!!」

「見たぞ! あれは……あの銃捌きはカサンドラだ!」


 昔と言っても14年前。


 まだ、人々の記憶が風化するにはチト足りない。


 当然、有名に過ぎるカサンドラの姿や戦う姿を見たことがあるものも多い。

 王城勤めの近衛兵なら、なおさらだ。


「カサンドラ、カサンドラ!」

「連撃のカサンドラ!!」

「勇者カサンドラ!!」


「勇者、ゆうしゃ!」


 勇者カサンドラ!

 連撃のカサンドラ!!!


 そして当然ながら、

 

「俺は見たぞ! 空での戦いで彼女は、あの名刀で魔王と斬り合っていた!」

「ああ見た! 俺も稽古を受けたことがある!」

「あぁ!! あれは、あれは────無頼剣豪流!!」


「そうだ! 無頼の剣豪オーウェンだ!」


 オーウェン、オーウェン、オーウェン!!


「「「勇者オーウェンだ!!」」」


 勇者、勇者、勇者、勇者、勇者!

 ゆうしゃ、ゆうしゃ、ゆうしゃ!


 勇者カサンドラ! 勇者オーウェン!

 勇者オーウェン! 勇者カサンドラ!



 うおおおおおおおおおおおおおお!!!


 …………。



 ああ……聞いているか?


 カサンドラ……。

 オーウェン……。


 あぁ……見ているか?


 連撃。

 無頼の剣豪。


 ああ……感じているか?


 僕の親友……。

 僕の師匠……。


「勇者だ! 勇者が魔王を倒すため生まれ変わった!!」

「赤い髪の勇者!」


「勇者ザラディンとカサンドラ、そしてオーウェンは魔王を討ったんだ!!」



 うおおおおおおおおおおおおおお!!!!



 諸手をあげて歓迎する兵士。


 歓喜、

 歓呼、

 歓声、


 その声に、一筋の涙を流すザラディン。

 それにどんな意味があるのか……。


「こいつ! 魔王のクセに今まで俺たちを騙していやがった!」

「どうりで……! この野郎! 何が大賢者だ!!」

「魔王なのは、てめぇじゃねーか!」

「魔王を倒した『英雄』? はッ! うそくせえ」


「俺は知ってるぞ! 聖女と言われるアイツは人食いだ!」

「俺も知ってるぞ! 拳闘王と言われるアイツは女殺しだ!」


「俺も」「俺も」「俺も!!」


 次々に並べられる罵詈雑言。

 グラウスの首は蹴り転がされ、唾を吐かれ、槍に突き刺され───。






 ────王都に晒された。



※ ※




 噂が広まるのは早い。


 崩壊した王城。

 その現場がザワザワと騒がしいまま、予備役の兵らはすぐに街へ言いふらしに行く。


 それは同時に起こった銅像の破壊と王城の崩壊───。

 そして、大賢者王の命令で街を一時封鎖していたことから、国内の……とりわけ王都に溜まっていた不満に火をつけてしまい、あっという間に国中に広まってしまった。


 聖女や、拳闘王の悪事も外に漏れるに至っては、聖騎士に神殿騎士が大事にしまっていた無頼の剣豪オーウェンの耳が見つかってしまい、彼らの名声はあっと言う間に地に墜ちたという。


 そして、王城で見事な剣技と銃捌きを見せた赤髪の少女の戦いっぷりから推測されたことがある。


 奇しくも、近衛兵たちは14年前にオーウェンとカサンドラのことを見知っているものが多かった。


 それゆえにザラディンの戦い方から容易に想像できてしまったのだろう。


 ()の、裏切ったといわれる勇者たちの噂は、そもそも本当なのかと。


 つまり、彼らの働きがあってこそ、14年前に魔王を討伐できたのではないかと言う話。


 噂であっても、大賢者が化け物になったところは誰もが見ているし、子供を食べる聖女の噂は近衛兵の中では有名だ。


 そもそも、拳闘王はもとから評判が悪い。


 だから、人々は彼らが貶めていたザラディンたち三人のことを再び思い出し、再評価した。


 それは、

 噂から研究へ。

 詩から書籍へ。


 市民の間にまことしやかに囁かれて、あっという間に真実のごとき話へと昇華された。


 そして、

 王都にある銅像は作り直される。


 凛々しい姿の無頼の剣豪オーウェンと、美しき銃士の連撃のカサンドラ……。

 さらに、最強の勇者───ザラディンの銅像が建つことになった。


 それは徐々に広まり、賛成する街などの各地に建つことになった。


 その銅像にはプレートが一つ。

 

 『真の勇者たちに捧ぐ────』


 しかし、なぜか時折、ザラディンの顔だけは鋭利な刃物で切り取られる事があった。


 憤る街の人々。

 それは、心無い人間の仕業だと言われていたが、訳知り顔の噂好きは「もしかすると、ザラディンは英雄や勇者と呼ばれたくないんじゃないか?」等と噂し合った。



 ところで、

 グラウスを仕留めたあと、王城で兵士に囲まれていたザラディンはどうしたのか?



 諸手をあげて歓喜する兵士たち。彼らがフと気付いた時にはザラディンの姿はどこにもなかったという。


 二刀も、

 20丁余の銃も、

 聖剣もなく────。


 そこには、ボロボロのローブが残っているだけだった。




「残り0人……」




 その一言だけ、

 大勢いた兵士の耳に聞こえたという。


 小さな呟きを最後に、真の英雄を知った国は歓声に包まれた。


 大賢者王が死去したため、急遽のことではあるが引退した昔の王が担ぎ出され──かつての国のごとく治めるとともに、

 彼の王の提案で各地から代表を募り、議員による政治───共和制に移行することになった。


 後日。


 美しい剣を腰に佩き、背に二刀を担い、体中に拳銃を身に着けた、赤い髪で三白眼。スッキリとした鼻立ちの美しい少女が各地で目撃される。


 彼女は、オーウェンやカサンドラの一族の生き残りを丹念に探し回り、そこで何かを話し、去っていったという。


 不名誉な扱いを受けていた彼ら一族も徐々に元の生活に戻って行き、王国は新しい歴史を刻み始めた。


 そして、

 辺境の地、戦乱の地で、虐げられた人々がいるところには赤い髪の少女が現れて不義理を滅していくという戦場伝説のようなものがたったのは後年の話────……。 

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