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無頼の剣豪を殺した男たち


※ 神殿都市パラディア ※


 リンゴーン、リンゴーン♪


 荘厳な鐘の音が鳴る中、街はお昼時をむかえる活気に沸き返っていた。

 午前中の仕事が終わったことを知らせる鐘に、労働者の多くは汗を拭って近くの飯屋に突入する。


 一方で、今が掻き入れ時の飯屋はこの時間こそ忙しく働きだす。


「らっしゃい! カモ飯やすいよ!」

「兄さん見ていきな、できたてのパイだよ!」

「さぁさぁ、早い者勝ちだ。ゆで上がったばかりのソーセージだよ! スパイスが効いてるよー!」


 漂う飯の香り。

 暴力的なまでのその匂いに、腹をすかせた労働者があっちへフラフラ、こっちへフラフラ。ついつい二つ三つと購入し、その場でパリパリと食べ始める。

 店側も慣れたもので、軒先にはちょっとした飲食スペースもあるので、お気に入りの場所で長居してしまうのは致し方なし。


 こんな景色が、ここ神聖都市パラディアでは日常茶飯事だった。


 そして、この町こそ、各地に教会を置く神聖教会の本拠地であるパラディアは神殿騎士(パラディン)こと───法皇の治める宗教都市だ。


 また、精強な神殿騎士団が守りを固める城塞都市でもあり、治安は比較的良い町でもあった。


 そんな街を一望する教会本殿の最上階にて、2人の男が街を見下ろしながら話をしているのだが……。


「───ベリアスが死んだぞ」

 書状を携えた聖騎士(ホーリーナイト)が開口一番にそういった。

「あぁ、知っている」

「ほう? ずいぶん耳が早いな。大賢者王殿の命で、わざわ拙者が赴くまでもなかったか……?」


 既に知っているという神殿騎士に対して、肩をすくめて無駄足だったなと愚痴る聖騎士。


「いや、そうでもない。我が聞いたのも三日前のことだ。今、詳しく調査させているところでな……。ほとんど、何も知らないのと変わらんさ」


 ───今のところはな。


 そう言ってから、トン───と、指を置き、テーブルの上に紙を広げて見せた。


「むぅ……すでに追跡調査をしていたのか」

 「当然だ」と言い切る神殿騎士を尻目に、聖騎士は紙を記載された調査結果を見ていた。


「ふむ……。賊にやられたとな──これでは、王が聞いた情報と変わらんぞ」

「いや、そこじゃない───ここだ。この続報を見ろ」


 主報告にあわせて、慌てて書き足したような形跡の文字を見て、それを追っていく。


「……違法強化薬(アングラブースター)の使用を確認──。その後に射殺された可能性が高い、と」


 射殺??


「……また、相打ったと思われる賊の死には、不審な形跡があると──。……ふむ? これがどうした?」

 首を傾げる聖騎士に、

「腐っても、我ら『5人』のうちの一人だぞ……? そんなベリアスが違法強化薬まで使って賊と相打ち。………………あり得ると思うか?」


 ……それも銃で、だ。


 英雄は、かつては8人いた。

 その8人を選ぶ過程は、苛烈な選考を潜り抜けた猛者ぞろい。当然ながら、皆人類最強を選定している。


 それは魔王討伐から14年たった今も、変わることのない強さの指標だ。


「わからんな……あのアホは放蕩(ほうとう)の限りを尽くしていたと聞く。領地経営もガタガタだ──ましてや、鍛錬なんぞしてないのではないか?」

「いや、それはない。奴の近接戦闘能力は、今も我らに匹敵しうる───」


 はっきりと言い切る神殿騎士に、


「貴殿……奴を監視していたのか?」

「当たり前だ。あのアホは盗賊を手駒にして自分の領地を荒らす奴だぞ。我が領は奴の隣だ。自分の領地で荒らすものが無くなれば、次に何をするかわかるだろう」


 ……なるほど、と聖騎士は頷き。


「ということは……この賊というのは?」

「奴の子飼いの賊だ。名を───カサンドラという」


「か、カサンドラ!?」


 久しぶりに聞いた名前に驚く聖騎士。


「あのアホは……あの日のことを未だに根に持っていたらしい。そのカサンドラを手慰みに鍛錬したのは、最終的に自分の手であの日を再現するつもりだったのさ」

「余計な真似を……どこからあの日の出来事が漏れるか分からんというのに」


 苦々しく顔を歪めると、


「まぁ、奴は我ら5人の中でも最弱。……死んでくれてよかった。これで情報は洩れまい」

「甘いぞ。その賊というのが奴の子飼いのカサンドラだ。……つまり奴の死は、(くだん)の賊の襲撃じゃない。まぁ、部下に反逆された可能性もあるが……」


「……違法強化薬を使ってまで反撃したベリアスが、部下や賊に負ける道理はないということか」

「そうだ。これは賊ではない。何者かがベリアスを殺したと考えるのが妥当だ」


 そこまで言ってスクッと立ち上がる神殿騎士。


「そんなことができる奴が何人いる? 我か、貴様か? それとも、聖女殿か、あるいは我らが王か……」

「まさか、貴殿も知っているだろう。拙者は滅多に王のそばを離れん。そして、聖女どのは外遊中……つまり我らの犯行ではない」

「そうとも、だから危惧しているのだよ」


 そう言って、懐からもう一枚の紙を取り出す。


「ベリアスの死因だ……」

「こ、これは!?…………なんと、至近距離から連射(・・)を浴びている?」


 神殿騎士の派遣した調査官はよほど優秀だったのだろう。徹底的にその死因と犯人を洗っていたらしい。

 そこで、二人はようやく名前を思い出す。先ほど聞いたベリアスの子飼いの賊の名前を聞いたせいもあるだろう。


 『連撃』


「───連撃のカサンドラ……」


 まさか、な。


「それとこれだ」


 さらに死因について深く掘り下げた物。

 聖騎士はそれを受けとると、


「小飼のカサンドラと言う賊は、剣が致命傷の可能性あり……さらに、捨てられていた(くだん)の折れた剣には、複数の銃痕あり──」


 これはなんだ?


「何が起きている?」

「わからん。わからんが…………このベリアスを殺した賊は、奴だけを目当てに殺している。巻き添えで死んだ者も多少いるようだが、城の警備兵については殺傷していない」

「反乱ではない……とすれば、個人的な恨み?」

「おそらくな」


 聖騎士も難しい顔で立ち上がると神殿騎士に並ぶ。そして、眼下の街を見下ろし、


「この治世に真っ向から反旗を翻す者がいる」

「あぁ……カサンドラならやりかねんがな」


 何を馬鹿なと、二人はいう。彼らは見ているのだ。

 ───死んだ3人を……いや、殺した3人を。


「いずれにせよ、賊は生きているはずだ。……探して、殺さねばなるまい」


 ベリアスの弔いのためにも、な。


「それは当然だが、手掛かりは?」

「これだ」


 神殿騎士は佩いている刀を置く。

 それは一目見ても分かる業物で、聖騎士の佩く刀と一対になっているらしい。


「オーウェンの刀?」

「そうだ……ベリアスは我ら同様に戦利品(・・・)を手に入れた。……つまり、カサンドラの銃だ」


「まさか!」


 合点がいったのか、聖騎士が目を剥く。


「そう……賊はカサンドラの銃を持ち去ったらしい。──捜索しても発見できなかった」


 これは大きな手掛かりだ。

 街の出入りの際に荷物を検めればよいのだ。

 大量の銃など、持ち歩けば相当目立つことだろう。


「賊め……我ら『5人』を侮るなよ」

「そうとも……辺境都市と、ここは隣の領地。例の賊がここに来る可能性があると思わんか?」

「なるほど。ならば拙者もしばらく滞在することにしようか」


 ニヤリと笑った聖騎士が、神殿騎士の置いた刀の上に自らの刀も合わせておく。


 かつて無頼の剣豪オーウェンの使用していた二振りが久しぶりに揃った瞬間でもあった。


※ (回想───) ※



 ガキィィン───!


 王都の練兵場にて、激しい剣戟の音が鳴り響く。

 複数の見物人が見守る中、広い空間を存分に使い二人の剣士が切り結んでいた。


 刃は潰してあるとはいえ鉄の塊を全力で振り抜いているのだから、頭にでも当たったら命にかかわりかねない。


「やるな少年!」

「子供じゃない! もう14だ!」


   ──それを子供と言うんだ!


 そう言って振り抜く剣は二刀。

 同時に降り抜くそれは一本で防ぐには少々手数が足りない。


 だが、


「ぬ! どこだ!」

「ははは、オーウェン! まだまだ甘いよッ。僕はカサンドラとも組み手をしてるんだよ」


 ──それがどうした!


 気合の一閃をオーウェンは放つ。

 二刀で、別軌道からの同時斬撃ッ。


「───これは防げまい!」

「あははははは! カサンドラは言ってたよ──」


 ──当たらなければ、どうということはないッ! 

「……ってね♪」


 そう言ってヒラリと躱す少年こと、若き日のザラディン。


「クッ! ピョンピョン飛びおって! ずるいぞッ」

「そっちだって、二本も剣をもってるじゃん!」


「アホォ───これは流派だ!」


 サッと懐に飛び込んできたザラディンの動きに、目が追い付かず焦るオーウェン。


「は、はやいな少年ッ!」

「もらったよ!」──ガキィィン!


 しかし、その一撃を刀を交差させることで盾を作り防いで見せる。


 さらに、

「貰ったのは俺の方だ!」


 無頼剣豪流──『滝落とし』ッ!


 攻防一体技──防御からのカウンターだ!

「あははは! それは前に見たよ──こうやって、」


 ザラディンの剣技──『川流し』……!


「ぬわッ」

 ズバンと、腕に感じる斬撃の痛み。


「そこまで、一本! ザラディンの勝利ッ」


 サッと手旗を上げてザラディンの勝利を告げるのはゆったりとしたローブに身を包んだ青年。


 流麗な剣を佩き、錫杖(しゃくじょう)をもった大賢者(アッカーマン)だ。


「ぬぐぐ……ザラディン! ──おまえ俺の技をパクっただろう!」

「あはは、──改良してモノにしたって言って欲しいね」


 口調こそ激しいが、オーウェンとザラディンは楽しげに笑っている。

 どちらにも深い信頼関係があるらしい。


「流石はザラディンだね。天才的な剣技と身体能力──いやはや、これはじきに『勇者』の称号を得るかもしれないな」


 パチパチパチと、拍手しながら慈愛に満ちた目でザラディンを見つめる大賢者。

 照れくさそうに頭をかく彼の肩を優しく叩き、その手を取ると勝利宣言。


 観客に示す。


 疎らな観客は驚いてはいたものの、軽い拍手でもって答えた。

 女性二名のうち一名は走り出て、ザラディンに抱き着くと全身で彼に甘えだす。


 同世代の中でも飛び抜けた癒しの才をもつ聖なる巫女──聖女(メサイア)だ。


 そして、もう一名の女性は褐色肌に豊満な体を持つ女傑、カサンドラ。

 カサンドラに話しかけるのは筋骨粒々の偉丈夫、ベリアス。


「お前あんなこと言ったの?『当たらなければ、どうということはないッ』……って」

「う、うるさいわね……組み手してると熱くなるのよ!」


 ザラディンのどや顔を真似するベリアスが、凄まじくうざい。


 そして、敗北したオーウェンは照れくさそうに、大賢者から離れると二人の剣士──聖騎士と神殿騎士の下へ歩み寄った。


「いや~メンゴ、メンゴ。負けちった」

「いえ! 師匠の剣技冴えておりましたぞ」

「いかにも、傭兵団の子息だかなんだか知りませんが、あんなポッと出のガキ(・・)の勝ちなどまぐれでしょう」


 プンスカ、プンスカ! と擬音が聞こえそうなくらいザラディンの勝ちに不満顔。


「はっはっは。いやいや、あのガキはすげーぞ。最初は俺が勝ちまくっていたけど、アイツはその都度、俺の剣技をうまく吸収しやがる」


 ありゃ天賦の才だな、と。一人ウンウンと頷く。


「し、師匠は悔しくないのですか?」

「そ、そうです我は悔しいですぞ!」


「…………なんで?」


 「??」と、疑問顔のまま、あっけらかんというオーウェンに、一瞬ポカンとする聖騎士と神殿騎士の二人。


「そ、それは拙者どもの師でありますし……その、」

「あのガキはまだまだ若いというのに……その、」


 その説明に、ようやく合点がいったというオーウェンは手をポンと叩き、


「アーホー。そもそも負けるのが惜しいなら、あのガキもお前らも、そもそも鍛えてねぇよ。一人で孤高やってるっつの」


 オーウェン曰く、

 自分を越えてもらうために鍛えているのだと……剣の道は、強者に出会う事と強者を育てることだと、そう言うのだ。


「お前らも早く俺やら、あのガキを追い越すんだな。……才能なんて、クソ食らえよ」


 そう言って二人から、それぞれ自分の刀を受け取ると、意気揚々と練兵場を出ていった。


「師匠……」

「恩師よ……」


 オーウェンから預かっていた刀の重さが消えたとき、聖騎士と神殿騎士は自らの限界を見た気がした。



(回想おわり───)



※ 再び神殿都市パラディアにて── ※



 ガヤガヤガヤ───。

  ざわざわざわ───。


 喧騒に包まれているのは、神聖都市パラディアの一角。


 その神聖都市正門にて、


「荷を(あらた)める」


 増員された門番が、中に入ろうとする商人やら参拝者を押しとどめていた。

 いつもなら簡易の点検だけで済むというのに、今日になって急に厳重になった検問に誰もが戸惑っている。


「な、なんなんです?!」


 老いた商人は目を白黒させているも、門番は全く取り合わずにズカズカと馬車に乗り込んできた。

 さらに、多数の兵士が槍を手に荷を乱暴に荒らしている。


「おい、積み荷はこれだけか!?」


 反物(たんもの)に麦、それに乾燥果物(ドライフルーツ)だ。


「へ、へい! あ、あとは連結した荷車に飼い葉があります」

 老人が示す荷車は紐で連結されており、積み荷は山となった馬用の飼い葉だった。


「そうか、検めるぞ」

「は、はい……一体何事で?」

「我らとて詳しいことは知らぬッ。貴様は検査が終わるまで黙っていろ」


「は、はい!」


 兵士らの居丈高な態度に、老人はいつもの門番ではないなと、あたりを付けた。


 都市の顔となる入り口に詰める門番は、通常なら愛想のいいものがつくのが常だ。

 そうでなければ、誰が好き好んで威圧的な態度をとるような街に近づきたいと思うものがいるだろうか?


 自由貿易の認められている商人ならなおのことだ。


 チラリと目を向けた兵士の装備は整っており、鎧も槍もピカピカだ。

 どうやら神殿騎士団(パラディンガーズ)の兵らしい。


 ヤレヤレと思いながら兵の行動を見ていると乱暴そのもの。

 飼い葉を一々探るような真似はせず、何人かの兵を集めて一斉に槍で(いじく)ると言ったやり方だ。


 グサ、グサッ!

 グサッ────ガキン!


「む! 隊長ッ」


「手応えがあったか!? 引き摺り出せ」

 探っていた兵が素早く飼い葉に手を突っ込み中に潜んでいる何かを引っ張り出した。


「きゃあ!」


 出てきたのは少女。

 ボロボロのローブを纏っただけの軽装で、旅装にしては貧弱だ。


 髪もバサバサで浮浪児にも見えた。

 それにちょっと匂う……。


「おい、貴様ッ! この中で何をしていた」

「答えろッ」


 剣を構えて威圧する兵に、少女は怯え切ってガタガタと震えている。

 そして、縋るような目を老人に向けてくるが、彼からすれば厄介ごとでしかない。


 下手をすれば密航を幇助したと思われても仕方がない。


 とはいえ、

「───お、お待ちください……じ、自分には心当たりはありませんが、おそらく昼間に立ち寄った農家の娘ではないかと思われます……」

「農家だと?」

「い、いえ……憶測です。見れば荷物もありません……ましてやまだ子供。長距離を移動できるような知恵も経験もないでしょう」


 全く面倒なことになったな……と思いつつも、流石に子供が剣を突きつけられていて知らぬ存ぜぬなど出来はしない。


 そんな卑怯な真似は、まさにあの『勇者』の所業だと。

「ふむ……確かにまだ小娘だ。そもそも、この神聖都市は万人を受け入れておる。密入国という概念はそもそもあり得んのだ」


 密入国という概念がこの街にはないため、なおのこと荷物に潜んでいたという点では怪しいが、それをもって裁く法がなかった。


 ゆえに、

「まったく人騒がせな!……小娘、なぜ隠れていた」

「は、はい……わ、私は教会に参拝に伺ったのですが、途中で疲れてしまい……。その──悪いとは思ったのですが、休憩しているこのおじいさんの荷物にこっそり紛れて、楽をしようとしたのです」


 シュ~ンとして告白する少女に、周囲の兵は白け始めた。


 彼らの任務は特殊な銃をもった悪党を探すことであり、子供を(なじ)ることではない。


 検問を設けたがために門前には長蛇の列ができてしまっていた。

 その全てを確認しなければならないのだ。

 こんなことで時間を費やす暇などなかった。


「娘! そう言う時は正直に頼むのだッ。この(おきな)とて断りはすまい」

「は、はい……す、すみません」

「そうだよお嬢ちゃん……次からは言っとくれ、別にお金なんて取らないよ」


「ご、ごめんなさい」


 俯く少女を見て頭を撫でる老人。

 白け切った兵は「解散、解散」と隊長が号令を掛ければもう次の仕事に移り始める。


 その様子を確認した少女はチラリと周囲を確認して、老人だけがニコニコと見守っているのを確認する。

 周囲に人影が疎らになったとみると、彼女は踵を返して街へ向かっていった。


 その表情は口の端を歪めて笑っていたが誰にも気づかれずに……──。




「待てッ!」




 しかし、少女を呼び止める声があった。

 槍を持った兵が、穂先を見て目を剥いている。


「おまえ……ローブを(はだ)けて見せろ」

 油断なく槍を構えた、彼の得物の穂先。

 ……なんと、よく見れば、鋭くとがっていたはずのそれは少し欠けていたのだ。


 それ以前に、突っ込んだ槍を防いでみせたと(おぼ)しき音。

 ……業務が多すぎてお座成り(・・・・)になっていたが、流石は神聖騎士団。


 反応は素早い。


「どうした?!」

 すぐに集まり始めた兵士らはまた少女に注目するが、今度はさっきとはわけが違う。


「この少女……俺の槍を防ぎましたよ」

「な、なに?─────……ッ!!」


 ───総員ッ!!


 すぐに事態に気付いた隊長は、兵を掌握し少女を半円に包囲する。


「貴様ぁ! 早くローブを脱げ!」


 威圧する兵士らに、怯えているかのようにブルブルと震えた様子の少女。


 だが、兵士らはもう油断していない。

 ジリジリと包囲を狭めていくと、

 

 ちぇッ~♪


「───あーあー……うまくいくと思ったんだけどなー」

 

 ピタリと震えを止めた少女は、ゆっくりと顔を上げると、

「流石は神殿騎士団──2人も英雄を輩出しただけはあるね」


 ニヤリと不敵に笑って見せた。


「貴っ様ぁ……何者だ!」

「見ての通り……」


 フッ、と少女が微かに腰を落としたように見えた────。


「小さな女の子だよッ」


 バサァとローブを脱ぐと兵士らの前に広げて視界を覆った。

 意表を突かれた兵士らは慌てて踏み込み、ヒラヒラと舞うローブを乱暴に払いのけたが──……いない!?


 いや!

 構うなッ!


「やれ! 刺し殺せッ」


 ガキキキキキキン!!!


 四方かれ放たれる槍の一突き。

 少女のあわれな屍を想像して目を背ける町の人々だったが……。


「あーあー。子供相手にここまでやるか?」


 フワサとロープが落ちたあとには、放射状に突きだされた槍の真ん中に、体重を感じさせない所作で悠然と立つ少女がひとり───。


「く! こいつ───ウガッ?!」


 だが、その姿を、見せたのも一瞬のこと。

 兵士ひとりの顎をうち昏倒させると、脱兎の如く逃げ出した。


「あそこだ!」


 ピッチリとした革のツナギのような服を着た少女が、全力で街の通りを駆け抜けていく。


 その姿は異様だ。


 拘束具のように体を締めあげているサスペンダーに皮のバンド──それら全てにホルスターがくっ付いており、中に拳銃が収まっている。


 その容姿はといえば、

 ──赤い髪、三白眼の鋭い目つき、すっきりとした鼻筋。怖気を振るう様な美貌の少女──。


「あ、あれが例の賊だ!」

「追えッ! 追えぇぇえ!!」


 訓練された動きの神殿騎士団。


 すぐに警笛を取り出すと「ピー! ピー!」と吹き鳴らす。

 すると連呼したかのように各地で警笛の連鎖が続く。


 神聖都市全体が戒厳令下になった合図だ。


 しかし、少女の風体を見たのはこの場にいる兵士のみ。

 大量の銃を捜索している以上、勘の良いものは気付くだろうが、それに期待してはならない。

「いでででで……。あの野郎どさくさ紛れに俺の弁当を!」

 昏倒させられた兵士が憤慨しているが、大半の者は取り合いすらしない。


 それどころではないのだ。

「───何人かは各所に伝達! 主力は俺と来いッ」


 隊長は数人を伝令に送り、各所に今見たことを報告させると同時に、自分を含めて部下をまとめると、直ぐに追跡を開始した。


 ダダダダッ! 激しい足音を立てる兵士たちに町の住民も驚いて道を開ける。

 だが、重い鎧をまとった彼らに比して、少女は軽く───風のように、そして猫の如く素早く走り去っていく。


 縦横無尽に駆ける様は、到底追いつけるものではない。

 そのうちに、徐々に距離が開いていった。


「くそぉぉぉ!! あのガキ、ぶっ殺してやる!」





 口汚く罵る隊長の声が虚しく街の雑踏に飲み込まれていった。



※ ※



「手強いな神殿騎士団は……」


 フー……と、深いため息をついたザラディンは、適当に拝借した布を体に巻いて銃を覆い隠していた。


 だが、一度見つかった以上は発見するまで神殿騎士団は警戒を緩めないだろう。


「どうする……。一度身を隠すか?」


 チラリとそんな考えが頭を過ったが、順番に殺していく以上警戒はいずれ強くなる。

 

 ベリアスを仕留めたときのように、前回は偶々誤魔化せたつもりだったがやはり発覚していたらしい。

 いずれにしても、ザラディンとしては一度目で正体が発覚しても、一向に構わなかった。


 最後には全員に地獄を見せてやることに変わりはないのだ。


「はぁ。ベリアスの死は上手く誤魔化せたと思ったけど、もうバレているみたいだな」


 兵士から奪った弁当をモリモリと食べつつ、ノンビリと構える。

 今後のことを考えつつも、メニューについつい目が行ってしまう。


 ずいぶん家族に愛されている兵士だったのだろう。

 母親か妻かのいずれが作ったのかどうかは知らないが、中々手が込んでいる。


 小ぶりのバスケットの中身はサンドイッチ。

 それに果実と、焼き菓子、キャンディが隙間に入っており、愛情たっぷりだ。


(悪いことしたかな?)

 手の込んだ弁当を見て、ちょっと兵士のことが可哀想になったが、……仕方ない。


 せめて美味しく頂かせて貰おうと、早速一口。


「あ、美味しい……」

 ザクッとした歯ごたえに少し驚いたものの、どうやら中身は衣のついた魚のフライらしい。コッテリとした油がジューシーで舌を楽しませる。たった一つでも腹にドシッと溜まる感じがたまらない。


「こっちは…………ん?!」


 口にした瞬間、トロッと何かがこぼれる。


「あ! これ───」


 美味しい!

 モニュモニュとした食感を楽しつつ、その深い味わいを堪能する。

 んーー! なにこれ?

 ………………あ、新玉ネギとベーコンのマリネだ!!

 道理でトロットロなわけだ。

 これは美味しい……!


「ふぅ……。なかなか、やるじゃないか神殿騎士団め」

 腹がくちてきたところで、デザートの果実をシャクシャクと齧ると、爽やかな風味が、口の中をサッパリさせる。


「ご馳走さま───」


 弁当を食べきると、焼き菓子とキャンディだけ失敬すると、バスケットをそっと民間の軒先に置いておく。元の持ち主に戻りますように……と。


 そうして、町の裏手を歩きつつ、焼き菓子を齧りながら思案する。

 甘い菓子を齧っていると、追われていることすらどうでもよくなる。


「ま、ベリアスほど簡単じゃないだろうけど、時間をかけるほどでもないか───」


 サッサとすませてやるさ、と深く考えずに気持ちを切り替えると、軒先にぶら下がる洗濯ものをササッと奪い、穴をあけてローブ状にするザラディン。


 彼女は街の目立たない路地を選んで潜伏することにした。

 いくら都会とはいえ、神殿騎士団が警戒中となれば、昼間は目立ちすぎる。


 キャンディを口のなかで転がしながら、チラリと潜伏して機会を待とうかとも考えた。

 だが、

「……いや、身を隠したところで結局は同じことか。──それに今回はチャンスなんだ」


 そう。

 街に入る前にやたらと警戒が強いことを不審に思い、門前で情報収集していた。


 すると、

「今、この街には……聖騎士殿(・・・・)もいるというじゃないか」

 フフフと暗い笑みを浮かべるザラディン。


神殿騎士(パラディン)聖騎士(ホーリーナイト)──。……つまり、あの二刀もそこにある」


 無頼の剣豪オーウェンを惨殺した二人。

 ザラディンの師であり、理解者であり────大切な戦友だった。

 魔王討伐の無謀な戦いに付いてきてくれた。


 そして、彼ら(・・)は本当に討伐してしまった……。


 その直後────一緒に死んだ……殺された。


「師匠殺しのお二人さん……結局、お前らは一生オーウェンを越えられねぇよ」



 ウフフフフフフフフと、路地に響く不気味な笑いは、街の喧騒にかき消されて誰にも気づかれなかった。



※ ※



「報告しますッ!」


 聖騎士と神殿騎士がいる部屋を、士官クラスの兵が大急ぎ! と言った様子で飛び込んできた。


「なんだ?」


 既に街が戒厳令に置かれたことを知っている神殿騎士は落ち着いた声で訊ねる。


「はッ! 門前で警戒中の部隊より至急伝です。『我、賊を発見す、容姿は──……』」


 ツラツラと報告される内容は神殿騎士をして首を傾げざるを得ないもの。


 なぜなら、


「大量の銃を持った『赤い髪の少女』だと?」

「はッ。確認した下士官は老練な兵士です。間違いないかと」


 ふむ……新兵なら混乱のさなかそういった錯誤の報告もあり得るだろう。だが、老練な下士官となれば別だ。


「ご苦労。下がれ」

「はッ、失礼します」


 士官が下がったのを確認すると、

「子供だと? ……貴様心当たりはあるか?」


 聖騎士に問うも、

「あるわけがなかろう……もしや、カサンドラの子供か?」

「馬鹿を言え、奴に娘などおらん。一族もことごとく捕縛されて反抗者などおるはずがない」

「……しかしだな。聞けば大量の銃器を持ったまま神殿騎士団の分隊をまいたのだぞ? 並みの子供であろうはずがない」

「だとしてもそれまでのこと。面が割れた以上、じき捕まるだろう……それからタップリ体に聞いてやれば良い」


 暗い笑みを浮かべる神殿騎士と聖騎士。


 彼らのいる教会本殿の最上階から見下ろす町は、近づく夜の闇に沈みつつあったが、各所で篝火が焚かれ始めていた。


「──ベリアスを倒した銃士か……興味深い」

「また、貴殿の悪い癖が出ているぞ……もう一国の主なんだ。危険な橋は渡るなよ」

「あぁ、もうこれ以上伸びしろ(・・・・)はないしな──……オーウェンで最後さ」


 無頼の剣豪オーウェンを──師を斬った……殺した。

 そして、越えた────。


「あぁ、師匠を越えた──それでよいではないか……」


 二人して刀を取り空に瞬き始めた月にかざしてみせた──────。


 そこに降り注ぐ幼い声、



 


「オーウェンを越えただって? ──笑わせるよ」



※ ※



 突如、部屋に響き渡る声。


「ぬ!? 何奴────」

「曲者だとッ!?」


 スラン──と刀を抜いた二人が背中合わせになり、互いに構える。

 一子乱れぬ動作は、まるで図っていたかのよう。

 それは、修業時代から積んでいるコンビネーションで、随分と久しぶりに構えたというのに、二人は様になっていた。


「あははは。相変わらず仲が良いね。──お前らは、それでようやく一人前だよ」


 その声が響く場所──……。


「上だ!」

「応よ!」


 スパパンッ! 二人の冴えわたる剣技がそれぞれ半円を描き、天井に新円の穴を穿(うが)つ。

 途端に、ズウゥゥンと降ってくる天井の構造材。

 そこに──……。


「貴様がッ!?」

「子供──……?!」


 そう、赤い髪の美少女───ザラディンが敢然と立っていた。


「久しぶりだね。まさか二人同時に会えるなんて、僕はついてるよ」


「誰だ、貴様は?」


 ザラディンを正面に据えると油断なく構える神殿騎士。一方、聖騎士は顔をチラリと向けるも、相棒に背中を預けたまま、まだ周囲を警戒している。


「死角なしのコンビネーション……オーウェンもそれだけは褒めていたね。───自分にはできない、と」


「オーウェンだと? 貴様ぁ……。奴の縁者かッ」


「ははは、縁者……か。そうだね。……ともに王都で技を磨き、魔王を討伐した後で──最後は、同じ食事をしたなー」


 その言葉にギョッとした顔の神殿騎士は、


「魔王を……討伐、だと」


「ん? 君たちは、」

 ───もう、忘れたのかい?


 そんな風な表情で、少女は首を傾げる。

 所作は愛らしい少女の物だが……。


「エルラン……君は、僕にワインを注いでくれたね」


「なッ!」


 驚愕の表情をした神殿騎士(パラディン)──のエルラン。


「そして、ゴドワン……君の焼いてくれた串焼きは本当に美味しかったよ。一口目はね」


「うッ!」


 思わず連携を崩して振り向く聖騎士(ホーリーナイト)──のゴドワン。


「「な、何故それを!?」」


 声を合わせて驚愕する二人に、


 ふふふふ。



   「帰って来たよ───エルラン。そして、ゴドワン」



「ま、まさか……!」

「ば、ばかな……!」


「猊下ッ! 聖騎士殿!」


 バンと! 大きな音を立てて部屋に駆け込んで来た兵が一名。

 彼は、先ほど報告に来た士官で、ついさっきまで近くの部屋に連絡係として詰めていたのだ。


「おや……失敗したね。この本殿の最上階──そこの階段は、ぶっ壊しておいたんだけどな」


 最上階へ続く螺旋階段。

 その階段に細工をして登れないように破壊工作を施したザラディン。


 その上での登場だったのだが、なるほど……同じ階に兵がまだいたらしい。


「貴様ッ!……報告にあった賊だな! 御二方はお下がりください」


 シュラン……。


 剣を抜いた士官はジリジリとザラディンににじり寄るが、エルランとゴドワンはそれでも剣を納めず警戒を解かない。

 ───いや、それどころか。


「馬鹿者! 引けッ、応援を呼んで来い」

「ただものではないぞ! お前如きではかなわんッ!」


 その忠告もむなしく───。


「サァァァァァァ!」


 逆袈裟気味に斬りかかる士官。

 動きも素早く狙いも正確。剣先が床に当たってギャリリンと火花を散らす。そしてザラディンに──。


「優秀な部下だね」


 バサァと、簡易ローブを脱ぎ捨てたザラディンはソレをクルクルクルと素早く巻き取ると、手首のスナップを利かせて士官に投擲気味に振り抜く。


「ぐぁ!」

「だけど、邪魔をしないでくれるかな?」


 顔を(したた)かに打ったそれに、一瞬だけ勢いを削がれたかと思うと、ローブが生き物のように動き腕に絡みつく。


 そして、あっという間に動きを絡めとられると、そのまま引き絞られた。


「剣だけ借りるね」


 絞られた拍子に剣がすっぽ抜け、ザラディンの手に収まる。

 あとは勢いのまま、剣の柄頭で強かに後頭部を撃たれ昏倒。


「ぐあッ!」


 士官は蹴り飛ばされ、意識の無い状態で廊下に転がり出た。


「さぁ、思い出したかな? 僕はあの日の──」

 

 硬直したままの二人に、ダラリと剣を構えて見せる。


 その様子、

 そして、その仕草にビクリと震える。






「───復讐に来た」



※ ※



 ──復讐に来た。


 そういって二人の前に敢然と立つ赤い髪の少女。


「ザ……」

「ザラディン……なのか」


 言葉に出し、言ってしまってから、ようやく思い至ったとばかりに、ブワリと嫌な汗をかく二人。


「はははッ、鈍いなぁ。ベリアスはもう少し勘が良かったよ。……とんだ雑魚になっていたけどな───さぁ、」


 ニタリと笑い、少女が剣をゆっくりと持ち上げる。


「───アイツより(・・・・・)は出来るんだろうな?」


「な、舐めるなぁぁ!」

 その言葉と同時にエルランが斬りかかる。


 だが、

「遅いッ」


 キャィイン、と剣がしなり(・・・)エルランの刀を弾く。


 その瞬間ゾッとするような殺気を感じた彼は、思わず無様にしりもちをついて後退する。


「何しているエルラン! 立てッ」


 その隙をカバーしたのは、聖騎士ゴドワン。

 ブン!! と大振りの一撃だが、そこには遠心力と相まって、恐ろしい衝撃波を生み出す必殺技。


「いや、エルランが正しいよ───」


 ス、と半身に構えただけでその衝撃波を受け流すと──。


「忘れたのかい? ふふふ。───当たらなければ、どうということはないッってね!」


 バカァァン! と、壁を大きくえぐった一撃だが、目の前の少女には傷一つない。


「おやおや、良く気付いたね、エルラン──カウンターで仕留めるつもりだったんだけど」

「あの動きは!? ま、まさか、……ザラディンの……剣技『川流し』なのか──?」


 「ご名答」、そう言って美しく微笑む少女。


「しかし、どうしたんだい? まるでなっちゃいない。冴えもなければ勢いもないよ──なまったかい?」


「黙れぇ!」

「よせッ、ゴドワン!」


 振り抜いた剣を引き戻しざまに、横薙ぎへと強引に変更し、ザラディンの細い胴を断とうとするが、


「本当に鈍ったな───ハエが止まるよ」


 ヒョイと飛び上がったザラディンが予備動作無しで、刀の腹に乗る。

 そして、振り抜く刀にあわせて遠心力を得ると───、


「残念だ、ゴドワン」


 遠心力を楽しむように振り回されつつ、一歩前へ。

 そして、ゴドワンの刀の上を歩き、何気ない動作で、パシリ! と頭を掴むと、


「おさらいだ。……ほら、勇者剣技『猿回し』」


 力を込めずに剣を首に当てる。

 そこは、防具でカードされてはいたものの、遠心力を得た刃が強引に隙間をこじ開けていく。


 そのまま体ごと回ったザラディンは、剣を使い、梃子の原理で防具をえぐり取る。


「ぐああああ!!」

 

 僅かに防具の隙間から中に入った剣がゴドワンの喉を切り裂くと、ドクドクと血が溢れる。


神聖回復(ホーリーヒール)!」


 だが、その瞬間彼の体を眩い光が包んで見る見るうちに傷を癒していった。


「あぁ、そうだった──回復魔法。あはは。面倒だなおまえらは」


 スタッと危なげなく降り立ったザラディンはニッコリとほほ笑み、それでもなお余裕を崩さない。


「迂闊だぞゴドワン!」

「ゴホッ……。す、すまん……油断した」


 素直に謝ると二人して頷き合い剣を構えなおす。その姿がまるで生き写しの様になり二人で一人の構え。


「ははッ! そーーーこなくちゃな! いいぞ、いいぞ!──二人で二刀流。そうだ、それがオーウェンの褒めていたお前らの姿(スタイル)だ」


「黙れ! オーウェンがなんだッ」

「拙者は、あの男を越えた」


 その言葉に、終始にこやか(・・・・)だったザラディンが初めて表情を凍らせる。


「本気で言ってるのか?」



 スーーーーーと、部屋の気温が下がる気配。そして、ザラディンの剣が怪しく踊る。


「そう思うなら─────止めて見せろッ」


 ギャン──! とザラディンの姿がブレたと思った瞬間、一瞬で二人の前に現れる。

 そして剣は一直線に天へと伸びて──振り下ろす!


「勇者剣技『稲光(いなびかり)』かッッ」

「エルラン! 構えろッ」


 咄嗟の動きでゴドワンが動く、そして抜群のコンビネーションでエルランが合わせる。

 二刀を交差し、剣戟を防ぐと同時に、目にも止まらぬ速さでカウンターを繰り出す!


 無頼剣豪流──『滝落とし』。


 ガツン! と凄まじい衝撃が二人を襲うが──耐えきれる。


 あとは、カウンター!


「ははは! 勝ったぞ、ザラディン! 非力になったな」

「老いた拙者らを馬鹿にするとは、笑止千万! 貴様とてか弱い少女ではないかッ」


 鋭い切れ味の二刀がザラディンの剣を押し返し──。

 それは、彼女の剣を意図も容易くバキャァァァンと砕き、腕ごと吹き飛ばした。


 あとは、カウンター!


「「これが無頼剣豪流だッ」」

 死ねッ、ザラディン──!


 『滝落とし』────……。


 ……ん、なッ!?


 さぞ驚愕しているだろうと、カウンターを繰り出す刹那の時に、二人がザラディンの顔を見れば、────全くの平静。


 それどころか、剣すら握っていない。


 コンマで流れる世界で、ザラディンの声が響く。


「やればできるじゃないか?……ようやく、オーウェンの足元に届いたんじゃないか?」


 スーーーーー、チャキリ。

 刹那の世界で、なぜかザラディンの動きだけ滑らかだ。


 エルランもゴドワンも視線こそ動けど、まるでスローモーションでも掛かったかのようにゆっくりと動いている世界。


「だけど、今日でおしまい。お前らはあの世でオーウェンに詫びて来なッ。あいつなら笑って許すだろうけどね」


 二手に持った拳銃。


 け、 

 拳銃ッ?!


「ザ」

「ラ」


「見ての通り、非力な少女だよ────剣はもうやめたんだ……たまには使うけどな」


 パクパクとエルランもゴドワンも口を動かしている。

 驚愕の表情は見て取れる。


 もしかして、卑怯だとか言っているのかもしれないけど……。


「ははは、何を今さら。お前らが言ったんだろ?──僕たち『3人』が、戦いを前に逃げだした卑怯者(・・・)だってね…………アバヨ」

 

 バ、バン!


 同時発射の二発。

 それは狙い違わず二人の眉間を撃ち抜く。


 だが、それで終わらない。


 高速で動く銃捌きは、すぐに別の銃を取り出し再び二手に──。


 バ、バァン!

 鼻に大穴。

 バン、バン!

 口に大穴。


 バンバンバンバンバンバン

 喉、首、胸、腹、股、〇、


 バンバンバンバンババババンッ──!

 右腿左腿右膝左膝足甲指ツメッ──!


 そして、動き出す時間。

 余りの早撃ちに、急所を撃たれてなお意識のあった二人だが──バラバラバラガシャンと銃が地面に転がる音を聞いたのを最後に……──事切れた。


「……これで3人」


 ユラユラと漂う硝煙に、ようやく騒がしくなり始めた階下。

 今さら気付いたようだが……もう遅い。


 ザラディンは、二人の亡骸から二刀を取り上げると、一度黙礼してから鞘に戻し背に担った。


「おかえり……オーウェン」


 愛おし気に二刀を撫でると、

「残り二人……」


 その呟きを最後に、教会本殿は兵士の喧騒だけがいつまでもいつまでも響いていた。


 この日を境に、赤髪の暗殺者の噂が王国を席巻する。

 しかし、要としてその姿は掴めず。


 各地では賞金首として似顔絵が出回るが似た容姿の者は居れど、大量の銃を持った少女など見つかるはずもなかった。

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