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辺境の暴力伯爵

※ 王国某所 ※


大賢者(アッカーマン)バンザーーイ!」


 ばんざーい!

 ばんざーい!!


 わぁぁぁぁああ!!

 わぁぁぁぁああ♪♪


 歓喜、

 歓声、

 歓待、


 魔王討伐という偉業をなしとげて凱旋したのは大賢者一行。


 舞い散る紙吹雪と、色とりどりの花びら。

 そして、訪れた平和に誰もが感謝し、感動していた。


 世界を闇に沈めんとした魔王が打ち倒されたのだ。


 それは、斜陽であった人類の歴史に新たな1ページを刻む出来事。


 未来を!

 輝かしい未来を!!


 魔王が滅びたときから、世界各地が復興と発展に沸いていた。


 それもこれも、大賢者のおかげと人々は言う。

 彼が、彼らが魔王を討伐したことによって平和が訪れた。

 そして、彼らが各地で善政を行い、正義の治世が行われているためだという。


 さらに王国は一歩高みを目指す。


 高貴な血を引く大賢者を国王に推薦。

 もとより王者の器たる大賢者は、その功績と能力により即座に王位を継承した。


 彼は大賢者王(ロード)を名乗り王国を世界一の大国。

 そして、王都を随一の都市へと発展させた。


 その穏やかな性格に人々は心酔し、魔王を前に逃亡し、愚かにも仲間に撃たれた『勇者』の証の聖剣(エクスカリバー)()く凛々しい姿をみて、人々は彼を讃えた。


 そして、持ち前の素晴らしい知性により、彼の治める王国は以前以上の発展を遂げていた。

 その偉業を讃えるために、王都の各所に立つ彼の銅像。


 聖剣を手に魔王の首を掲げた大賢者王のお姿。

 その足元には、逃亡し、討たれたという、ザラディン、オーウェン、カサンドラといった、3名の亡骸もある。


 彼の銅像には華々しい一言が添えられている。




公共の敵(パブリックエネミー)は死をもって償うべし。血には血を、勇気には勇気を────」




 かつて、

 ──聖剣を手にした大賢者は、そう宣言した。


 魔王討伐から帰還した彼は事の顛末を当時の王に報告。

 魔王の討伐時に逃げた愚か者を、みんなで切り殺したと伝えたという……。


 彼のものは、

 勇者ザラディン。

 そして、女銃士の連撃のカサンドラ及び無頼の剣豪オーウェンの3名。


 公共の敵を註した、と……。

 その証が、勇者に与えられた国宝である───あの聖剣だ。


 もちろん、疑う者はいたが、

 常人では敵うはずのない勇者ザラディンが討たれたのは事実だし、その勝利こそが、彼の正義の証である。そういうことになった。……されてしまった。


 以来、大賢者たちは人々に讃えられ、それぞれ領地等を授かるとともに世界を救った英雄として語られることになる。


 一方のザラディンとオーウェンとカサンドラの3人は、公共の敵としてその名は地に墜ちた。

 そして最低、最悪の卑怯者の(そし)りを受け、彼らの一族、領地は没収……一部では処刑が行われたという───。



    それから14年の時が立ち───。

 英雄たちの偉業も吟遊詩人の歌の中にだけみられるようになったころ…………。

 辺境の地に異変が起きようとしていた。


※ ※


 がやがや

 がやがやがや!


 ──薄暗くなり始めた辺境の地。

 その空の下では、ガラの悪そうな男たちがたむろしていた。


「ッかぁー……! 疲れたぜ。今週分の滞納者の捕縛……なんとかノルマ達成だな」

「いや、まったく。俺もクタクタだ……」

「にしても、今週はいつもより逮捕者が多いな?」


 やれやれと……、疲れた様子の兵士たちの一団が兜を脱ぎ、おもむろにカウンターに置く。

 

 集団でドカドカと乱暴な音をたてて、安い作りの椅子を軋ませると、

「おい、エールだ!」

「おれも」

「俺も俺も!」

 決まっているかのように定番のエールを注文する。

 給仕当番の兵はいそいそとエールを注ぎ兵らに差し出す。


 それを旨そうに飲み干すと──。


「かーーーー!」

「効くねーー!」

「お代わりだ!」


 ダン、ダンダンッ!

 と空になったカップを差し出し二杯目を所望した。


 そこに注がれる小麦色の液体を見るともなしに見ながら、

「しかし、こう毎日毎日滞納者を捕まえちゃ、領民がいなくなっちまうぜ?」

「ハッ! 貧乏人のことなんざ知るかよ。ここんとこ、近隣の村を襲っている盗賊のせいで税金を払うに払えない貧乏人どもが多いのさ」


「あ~例の賊───……自称:『連撃のカサンドラ』だっけ? 噂じゃ、かなり凄腕の銃士だってんで警邏(パトロール)も手を焼いてるらしいな」


「『連撃』ねー。……伝説の盗賊ってやつか。しかも、あの女銃士を名乗るとは悪趣味だぜ……。どう見ても偽物だろうがよぉー死んだって噂から随分経つってるのに、なんで今頃なんだ? 銃士を名乗るにしたって、他の名前だったあるだろうに。

「知るかよ。───ま、こんだけ悪さをしてちゃあ、そのうち伯爵が出張って下さるさ」

「けっ。どうだかなぁ……。ウチの伯爵様は盗賊の逮捕よりも、滞納者逮捕に精を出してる気がするぜ?」


「まぁな。この分だと、領内は盗賊で荒廃しちまうよ。いずれ『勇者』に討伐されるのは、伯爵様かまおよ。ぎゃははははは!」


「ひゃははっははは! 『勇者』に倒される伯爵か? ドラマチックだねぇ。そうなりゃ、次は大賢者さんの治世が疑われるぜ──」

「おいおい、滅多なこと言うなよ? 一応、国王さまなんだからよー」


 ここは、辺境都市ベリエラ。

 魔王討伐の任務から帰還した戦士───拳闘王(ザ・キング)伯爵が治める街だ。


 そこの兵が詰めている舎屋の一角で、酒場の様な休憩スペースに本日の勤務を終えた兵士が酒を片手に駄弁(だべ)っていた。


 いつもより早い上がり(・・・)なのは、彼らが今日も大捕り物を演じ、税金の払えない多数の滞納者を逮捕してきた功績により、早めの休息が認められたのだ。


 魔王討伐から14年。


 世界は復興し始めた。

 かつてのごとく、魔王が世界を蹂躙する以前の様な、華やかりし時代を思わせるくらいに人類の繁栄を取り戻しつつあった。



「ところでよぉ、今日の逮捕者──結構イイ女いるじゃねぇか」

「なんだよ? つまみ食いしてぇのか?」

「ヘヘ、ちょっとくらい味見してもいいんじゃないか?」


 再びの兵舎の酒場。

 兵士たちの下品な話は暗くなるまで続いていた。


「やめとけやめとけ、ナニを齧り取られるのがおちだぜ」

「それにほら……ここは領主さま、──拳闘王(ザ・キング)伯爵様おひざ元だぜ~「この世の女は、全て俺のもの」──ってな」

「ぎゃははははは、似てるー!」

「へっ、ちげぇねぇ! 女が欲しけりゃ足のつかねぇやつにしねぇとな。……ほれ、その辺歩いてる女でも、物陰に連れ込みゃいい。なーに、バレやしねぇよ」


 ウヒャハハハハハと、治安を守るはずの兵士とは思えない発言で大笑い。

 実際に手慣れた様子で語る彼らは、それを躊躇すらしないのだろう。


 そして、飲み過ぎたのか、やや千鳥足となった彼らは兵舎の酒場を出ると街へと繰り出していく。


 本当に目ぼしい女性を探そうというのだ。

 その途上、練兵場に差し掛かった彼らは、逮捕者の一時監禁場所である中央に設置された檻を覗きこむ。


 そこに閉じ込められている哀れな逮捕者たち、そのなかでも隔離されている女を一度見学しようというのだ。


 周りの兵士が好色そうな目で見ている中、檻の中にはブルブルと震える女性たちがいた。

 ほとんど半裸のその女達は、見目麗しい者ばかり。

 滞納者というには実に偏った人選だった。


 彼女らは豊満な体つきに、若い張りのある肌、艶やかな髪に澄んだ瞳。


「おーおー。いるいる」

「ひゅー。粒ぞろいじゃねーか」


 そう、彼女らは……若い女ばかりだった。

 すっかり怯え切って小さく丸まっている。


 酒に酔った兵士が檻の女を揶揄(からか)おうとしていたが、

「おい、やべぇぞ?!」

「なんだよ──────って、やべッ」


 突如、慌てて直立不動の格好をとる。


「き、気をつけーー!」

 バシリと敬礼。

「「「お、お疲れ様です!」」」


 ……なぜなら、そこにいるはずのない人物────拳闘王その人がいたからだ。

 じっと、檻の中の女を見ていたかと思うと、


「こいつと、こいつと──こいつだ。あとで運べ」

「はッ!」


 好色そうな顔を見れば、彼女ら逮捕者をどうするのかが、ありありと予想できるものだった。

 うんざりした顔をしているのは、見張りを仰せつかった兵。彼は選ばれた女性を引っ張り出し、隅の水場で体を洗わせ始めた。


 その後は?


 ……彼女らは、粗末な馬車に押し込まれるのだ。向かう先は拳闘王の居城だろう。


 品定めがすんだとばかり、意気揚々と去っていく拳闘王。

 その背中を見送った兵士達は大きな息をつく。


「ふー……拳闘王伯爵自ら来るなんてな……ビビったぜ」

「ありゃ病気だよ。奴が連れて行った女は二度と戻ってこないって噂だ」

「俺が聞いた話だと、魔王討伐の戦いの時に例のカサンドラに目を討たれて以来、頭がおかしくなったっていうぜ? 今も死体を念入りに隠し持ってるとかなんとか……」

「はー……たしかにありゃ、ビョーキだよ。だったら、別の方向に発散してくれよなー。領地を荒らしてる、(くだん)の偽物だか本物だか知らねぇけど、そいつを捕まえるとかよー」

「へへ、肝っ玉は小さいのさ。なにせ、目玉を撃たれたせいか、銃士相手にビビってんのさ」


「けっ。図体ばっかでかいくせいによー。ナニが小さいこって」


 ギャハハハハと、王に対する敬意もクソもない様子の兵士たち。


 仕えている王を小馬鹿にしつつも街の盛り場へとフ~ラフラと歩いていく。

 まだまだ女を探すという案は健在なご様子で……。


 複数で(たむろ)し、目ぼしいターゲットを探す。


「お、どうだ? あれ?」

「バッカ、ありゃババアだ。おりゃ、もっと若いのが良いな」

「じゃぁ、あれか? おあつらえ向きに……一人だぜ」


 女を物色中の彼らの目には獲物がひとつ。

 下卑た笑みを浮かべた彼らの目に留まったのは一人の少女だった。


 スッポリと頭からローブを被っているため分からないが、チラッと見た感じでは素晴らしい美貌を持っていた。


 そんな子供がこんな時間に一人……?? ま、いいか。


 深く考えずに、「カモだな?!」ニヤリと顔を合わせて打ち合わせる兵士たちは、少女の後をつけ始めた。


 そして、少女が人気のない路地に入ったところを見計らって襲い掛かる。

 そう、自らの獣欲を満たすため──!!



   ドス、バン、ゴキン──。



 鈍い音が響き、哀れな少女は──……。

 あれ?

「ひ、ひぃぃぃ……!」

 フラフラと路地から出てきたのは鼻がへし折れた兵士。

 まるで助けを求めるように通りに出てきたものの、路地から伸びた小さな手に掴まれ再び引きずり込まれた。


 その後は何事もなかったかのように少女が路地から顔を出す。


「ふぅ……何が大賢者の治世だ。14年たって更に腐ってやがる」

 ペッと、路地に向かって唾を吐く。


 その先では、コテンパテンに()された兵士が折り重なって倒れている。


「こんな連中がのさばってるようじゃな……。早く村を出て正解だった」


 パサリとフードを脱ぐと、下から現れたのはまだあどけなさの残る少女のもの。


 燃えるような赤い髪、三白眼の鋭い目つき、すっきりとした鼻筋。

 それらは将来を期待させる美貌をもっていた。


拳闘王(ザ・キング)……今はお貴族さまか。それに……女銃士? 連撃のカサンドラだって?」


 ──まさかね?


 少女は街で聞いた噂に思いを馳せた。

 そのまま、しばらく考え込んでいたようだか、路地で伸びている兵士を見ると薄く笑う。


「……ちょっ~と借りるよ」


 手早く兵士から装備を剥ぎ取る。

 手慣れた様子で、彼らの兜と鎧を拝借し、袋に詰めて足早に路地を去っていった。


※ ※


 ギリギリギリと肉を絞る生々しい音が拳闘王の寝室に響いていた。

 それを聞いているのは寝室の外に立つ警備兵の2人と、拳闘王……。

 そして、今まさに死の淵に立ち──拳闘王の責め苦に呻いている少女だけ。


「はぁ、はぁ……畜生……まただ! また眼が目が疼く……!」


 ドサリと力なく息絶えた少女をポイとベッドの脇に捨てると、下には既に2体の屍がある。

 どれもこれも鬱血したどす黒い表情に、口からは内臓が露出しているという……酷い死に様だ。


 拳闘王はようやく満足したとでも言わんばかりに、ベッドに体を投げるように横たえると静かに目を閉じた。

 うっすらと浮かんだ汗に、体から白い蒸気があがる。


「くそ……」

 この片目しかない視界に気付くたびに怒りがこみ上げる……。

 ……あの時以来、こうして人を絞殺しなければ眠れなくなくなってしまった。


 毒で苦しむカサンドラに撃たれた銃撃が脳裏によぎる。


「……カサンドラめ」


 誰に言うでもなく、闇にポツリと呟くと、


「あいよ」


 それに答えるものがいた。


 スー……と闇から現れたのは黒衣の女。

 たしかに、あのカサンドラ(・・・・・・・)だ。


「まーた、散らかしたね~……」

「やかましい! 目が目が疼くんだよぉ……!」


 絞め殺さんばかりにカサンドラを睨む拳闘王。


「目をって、もう十四年も前だろ? 頭大丈夫かいアンタ?……だいたい、やったのはあのカサンドラ(・・・・・・・)であって、私は関係ないよ」


「同じことだ……。お前を飼っているのはあの時の雪辱を晴らすため──その銃も(いまし)めだ」


 チラっと女の服の切れ間からみえる銃を見た。

 フリントロック式の銃は黒光りしており、随分使い込まれていることがわかる。


 ガンオイルが染み込んだそれは、闇の中でもよく映えた。


「いつか私も絞め殺そうってのかい? これだけアンタに尽くしているというのに」

「ふ……そうだ。いつか殺してやるとも……それで俺はようやく前に進める──」


「呆れた……。孤児のアタシを引き取って、鍛え上げ、あまつさえ銃を仕込んだのは、──アンタの再戦のためってかい?」


「そうだ。目を……俺の目を撃たれたんだぞッ! あのクソアマぁぁぁあ!」


 バン! と起き上がりざまにカサンドラに掴みかかる。


「ぐぅ……! よ、よしなよッ」

「今、絞め殺してやってもいいんだぞ! たまたま小器用に働くから生かしておいてやっているだけだッ。忘れるなよ!」


「ぐ……す、すみません。ご主人様(マスター)


 その言葉を聞いて、ようやくカサンドラを解放してやる拳闘王。


「ふん。分かったら死体を片付けろ。──それと次の村を襲え。大賢者の(ねる)い税金では、我が領地はやっていけんッ」


 大賢者王は、各地の領主が好き勝手をできないように、王の権限で税率を決定していた。


 当然ながら、領地の自治を重んずる一部の領主は猛反発したが、大賢者王の権力は絶対的で、今となっては逆らうものなどほとんどいなかったという。


 それが故、各地では違法スレスレの方法で領民から搾り取る方法がまかり通る様になってしまった。


 祝い金やら礼金といった、税金という言葉を使わない方法。

 賦役に対しての賃金ピンはね。

 教会と結託して布施を利用した徴発。


 なんでもござれだ。

 

 この拳闘王も同じ……。

 いや、むしろ一番酷いやり方を常用しているのだ。


 各地で頻発する村を襲う盗賊騒ぎ。

 そいつが領主の仕業なのだから、取り締まりもクソもない。


 そんなことをしていれば領地は早晩たち行かなくなるだろうに、拳闘王はお構い無しだった。


「はー……。やれやれだよ」


 ため息をつく銃士の後姿を見ながら顔を歪める拳闘王。

(ふんッ……。そろそろコイツも片付けないとな───)


 カサンドラが死体を片付けている気配を感じながら拳闘王は目を閉じる。

 光を映さぬ片目の裏では、あの日のカサンドラの反撃が(まぶた)に焼き付いていた。


 弟子二人にズタズタに切り刻まれる無頼の剣豪オーウェン。

 そして、聖女と大賢者に押さえつけられた勇者ザラディン。


 その目の前で、毒に臓腑を焼かれながらも、果敢に反撃に転じた銃士カサンドラ。

 

 豊かな髪を振り乱して、決死の形相で叫ぶカサンドラ!


     「舐めるなぁぁ──!」


 ……そう言って、毒に侵された体でカサンドラは銃を抜き放ち────……。



     「──死ねよッ! ゲスが!!」


 いまわの際のあの言葉ッッ!

 あの女は死力を振り絞って、引き金をぉぉぉお──!



 バァァンッッ!!



 記憶の中の銃声と現実の音(・・・・)が重なった。

 誰かが猛然と扉を開いたのだ。


 領主の寝室に許可なく立ち入るなど不敬にもほどがある。


 ぶ、

「無礼者めッ!!」

「も、申し訳ありません──き、緊急事態でありますッ」


 警備兵の姿をした小柄な影。

 その声は存外に若く、まるで少女のようなものだった。


 騎士見習いだろうか?


 いや。

 そもそも……なぜ、外にいる警備兵を通さない?


 一瞬、脳裏を疑問が掠めたものの、拳闘王はソレをひっこめた。

 公然の秘密であるカサンドラは、すぐに闇の中に気配を溶け込ませて兵士の目から隠れる。


「何事だッ、さっさと言え。───くだらない内容なら、その首へし折ってやる」

「はッ……そ、その──銃士カサンドラらしき賊が出没! 城を襲撃しております!」


 は──?

 何を馬鹿なことを……。


 闇の中にいるカサンドラが拳闘王と目をあわせる。

 フルフルと否定する彼女をみて確信する。

 その目は明確に知らないことだ……そう言っていた。


 つまり────。


「ふん……。偽電だなぁ、それはッ!──おい小僧ぉ、きさま何者だ!」


 そう言うが早いか、ダンッ! と飛び上がると、空中で体を捻って回し蹴り。

 一撃で不審者を仕留める強力な蹴りだ!


(──仕留めたッ!)


 そう思ったが────、


 ガァン! カランカランと、兵士の兜だけがその場に残り、小柄な人影はサッと身を(ひるがえ)す。





「ひゅ~♪ やるじゃないか、拳闘王(ザ・キング)──いや、ベリアス」



※ ※



「やるじゃないか、拳闘王(ザ・キング)──いや、ベリアス」


 ──な!?

 わ、ワシを名前で呼ぶだと……?


 ベリアスは一瞬だけ思考が停止する。

 爵位を得て以来、名前で呼ばれたことなど数えるほどしかなかったのだ。


 それも、呼ぶのは決まって「あの4人」だけだったはず。

 グラウス、メルシア、ゴドワン達……。秘密を知る4人だけの───……。


「き、貴様……何者だ! 一体、誰なのだッ」


 月明かりが差し込み始めた城内が、にわかに明るくなる。


 賊の影を蹴り抜いたまま、廊下に飛び出していたベリアスの目の前には、見覚えのない美しい少女が立っていた。

 

 そいつは、少々体に合わないサイズの警備兵の鎧を着込み、腰には安物の剣を一本。

 鎧の下(・・・)にはフード付きローブを纏ったままだが、顔を見れば女だと分かる。


「はは……。やっぱり、わからないのか?」


 シュラン──……鞘引く音に剣身が姿を見せる。

 なぜかその所作に危機を感じ、一瞬にして身体が硬直する。

 抜き放った剣は安物のそれだが、まるで強者を前にした感覚に襲われた。


 …………な、なんなんだ?

 お、俺は拳闘王だぞ!? 最強だ!


 その俺が、一体……何に怯える?


 も、もしやこの小娘に?

 こんな、小娘の剣に!?


 あ、あああ、あり得ん!


 ──あり得んぞ!!


 だが、少女の剣から目が離せない。

 一瞬でも気を抜けば首が跳んでしまう気がしたのだ。


 ───じっとりと額に汗が浮かぶ。

「ぬぅぅ…………」


 チリチリとした殺気のような、生命の危機を本能が感じ取っていた。


 だが……。

 たが…………こんな小娘に?!


 ば、馬鹿なッ!


 いや、まて! 奴のあの剣筋……──どこかで。


 そう、どこかで見たはず……。

 ……あれは、どこだったか、確か───。


 チクリと記憶を刺激するナニカ。


 汗だくのベリアスを見て、フと相好を崩す少女。

 そして、その小馬鹿にしたような表情と──剣をダラリと構えて見せたその恰好を見て……。

 ほんの一瞬だけだが、拳闘王の記憶がなにかを思い出そうとする。



 そう、

 ナニカヲオモイダス───。



 ナニカ───……。




 あ─────。





 ま、まさか……。

「そ、その構えは……」


(──ま、まさか、まさか、まさか! あ、あれは?!)



 ざ、

 ザラ……ディン……?


 い、いや!

 ──ば、バカなッ!? あり得ん!


 危険な気配に一瞬で身構えたベリアスは、懐からガントレットを取り出すと素早く装着。


 そして、兵を呼ぼうと──。


「無駄だ。誰も来やしないよ」


 そこで初めて城の静けさに気付く。

 部屋の前の警備兵は昏倒しており、ピクリとも動かない。


「ぐぐ。が、ガキめぇぇ……ここを拳闘王の城と知っての狼藉か?!」

「当たり前だろう。ベリアス……知らないで来るほど、僕が馬鹿に見えるか?」


 やはり、この喋り方も……!


「まったく。お前は相変わらず暴力性だけは人一倍だな……。しかも今では呆れた趣味に走っているようだ」


 少女が床に転がる死体を無感動に見下ろしている。


「はッ。この世の──」

「──この世の女は俺のもの……か? ガキかお前は?……いつまでもふざけたことを言ってるんじゃないぞッ」


 ぐ、思わず口をつぐんだベリアス。


 言い負かされてしまって仕方ない。ならばあとはやるのみだ!


 語るに及ばず。


 両の手にフィットするガントレット。

 そいつを、ガチィィン! と打ち合わせてみせることで明確に敵対して見せる。


 ──かかってこい! と。


「そうだ。そうこなくちゃな!──今回、僕は毒を飲んでないけど、ははは。見ろよ……この体だ。いいハンデになると思うぞ」


 薄い肢体を晒すようにして、あざ笑う少女。


「ぬかせッ、クソガキぃぃぃぃ!!」


 舐めた口調の少女に猛然と突進するベリアス。

 左手を後ろに引きつつ、その反動で右手を前にぃぃ「ヅアァァア!」──小細工なしの正拳突きだ。


 うおおおおおおおおお!!


 ガイィン!!


「ぬ!」

 確実にとらえたと思ったその拳が剣によって逸らされて────まずい! この剣筋はッ!


「おいおい、僕に正面から勝てたことなんか一度だってないだろ? ベリアス……──失望したよ」

 ()らされた──と思った拍子に右手に激痛が走る。


 なッ!?

(こ、これは、ザラディンの技────勇者剣技『川流し』……!?)


 ズバンッ!


「ぐぅぉぉぉおおおおおお! み、右手がぁぁあ!」


 ボトリと落ちた音に、自分の右手がなくなった事を悟ったベリアス。


「右手くらいで、ギャーギャー騒ぐなよ」


 剣を血振りして、またダラリと構える。


「き、貴様ッ! な、なぜその剣技を!」

「何故?……まだ思い出せないのか?」


 思い出す、だと?


「あの時は、あんなに楽しそうだったじゃないか。カサンドラもオーウェンも死ぬほど苦しんでいたというのに……」


 お、オーウェンだと。

 それに、カサンドラ……。く、苦しんだ、だと?


 な、何の話だ?!


 大賢者が当時の王に魔王との戦いを報告した時は、そんな詳細まで話していない……!

 だから、真相を知っているのは俺を含めて5人だけのはず。


 そう、5人…………だけ。


「僕も苦しかった。魔王を打倒したからと言って、温かく迎えてくれた仲間の(ねぎら)い。それを真に受けてしまったよ──なぁ、黒パンのサンドイッチだっけ? 毒を仕込んだのは……それともワインかい?」


 ど、毒入りのサンドイッチ──……それにワイン。


 ち、違うぞ──。

 違うぞ…………ザラディン────!

 

   ──違うんだ。


「ぜ、全部だ。全部に毒を仕込んだ……」


 ──あぁそうか、コイツは……!


「はぁ!? あ、あははは、全部か~。……なるほど、どうしても殺したかったんだね」


 少女……?

 いや、こいつは──!


「いやー。食べたもんなー。激戦の後の手料理───本当においしかったよ。サンドイッチ、ワイン、チーズに肉の串焼き、木苺にリンゴ……そして聖女さまのお手製バームクーヘン──」


 やっぱり!

 あぁ、やっぱり!!


 ……だが、何だその恰好は!?

 


   なぜ、子どもに!?






「ザラ───」

「帰って来たよ──ベリアス」




※ ※




「帰って来たよ──ベリアス」



 サッと剣を構えると、ベリアスにトドメの一撃を、

「君が最初の一人だ。残り4人もじきに送ってやる」


 無慈悲に掲げられる剣がベリアスに叩き込まれんとする。


「──ふ、ふざけんなよ、ガキぃ!」


 お、俺を誰だと思っている!!

 領主だぞ!

 拳闘王だぞ!!


 女風情が俺を殺せるものかよぉ!!


「か、カサンドラぁぁぁぁぁ!」

はい(ヤー)ご主人様(マイマスター)


 スッ、と闇から進み出た女が一人。

 女銃士カサンドラこと、今代のカサンドラだ。


 少女はその姿に驚いたように目を剥くが、

「……ははッ。君がカサンドラだって?」


「ええ、私がカサンドラよ。───お嬢ちゃん」


 片足を引いて一礼。

 優雅に答えてみせたカサンドラ。


 そして、何気なく──チャキっ、と緩~い動作で拳銃を構えてみせる。

 流れるような銃(さば)は、余りにも予備動作がないものだから、普通の人間なら誰もが反応が遅れてしまうだろう。


 ──そう……普通の人間ならば、だ。


「その名に恥じぬほどの───」

 早撃ち(ファストショット)よ!!


 バァン!──キィン!


「な?!」

 会話の合間にさりげないしぐさでの奇襲───……のつもりであった。

 だが、カサンドラの思惑は外れ、あっさりと銃弾は跳ね返されてしまう。


「う、うそ……」

 呆然としたカサンドラにユラリと立ち塞がる少女。


「はぁ……」


 ───ふざけた話はよしてくれ。


 そういって、ニイ……と口角を上げる。

「ほんと笑わせる。──君がカサンドラだったら、僕はとっくに撃ち抜かれているよ」


「……い、今、どうやったの?」


 驚いた顔のカサンドラは、拳銃に弾丸を再装填(リロード)をすることすら忘れているようだ。


「なにも。──ただ、剣で銃弾を滑らせただけさ……そんな欠伸(あくび)が出るほど遅い銃捌きじゃ、僕は殺せないよ」


 ニコリと、美しく笑う少女。

 銃と剣の圧倒的不利にも、まったく動じない。


「だけど、君のその銃……それだけは(・・・・・)本物だね」

「ッ! わ、私がカサンドラだ! 銃も、人も──本物だよ!」


 アハハ♪


 それを笑い飛ばす少女……──いや、少女ではない。

 彼女の名はザラディン。

 かつて仲間に騙され、首を落とされ、命を落とした勇者ザラディンだ。


「ぐぬ……!」

「おや、ベリアス。化粧直しかい? ……すぐ行く。──せいぜい首を洗って待ってろ」


 彼女は、カサンドラに(かば)われてコソコソと逃げていくベリアスを見ていた。


「ほ、ほざけ!! やれ! やるんだカサンドラぁぁあ!」

「や、ヤー!!」

 ハッとしたカサンドラが予備の拳銃に手を伸ばす。

「あはは! 女の尻に隠れるのかい? 実にいい領主だね」

「……はッ! 行かせるわけはないでしょう?──死になさいッ。お嬢ちゃん!」


 撃ち尽くした拳銃を放り捨てると、カサンドラは闇を纏っていたような黒い服を脱ぎ捨てる。


 ブワァサ! と広がるゆったりとした服の内側は銃がびっしり──。


 腰に何丁も、

 そして、サスペンダー状のホルスターに何丁も。


「私はカサンドラ。……公共の敵にして───『女銃士』──。……い~え、元の二つ名は、」

「──連撃のカサンドラ」


 ッッ!


「こ、子どもが何故その二つ名を!? お、お前は一体!──な、何者だ!」

「その銃の持ち主の──親友だよ」


 その言葉に、

「し、しんゆ……? ──お、お前なんか知らない! わ、わわ、私がカサンドラだぁぁぁ!」


 ズハァ──! と両手をクロスにし、腰から銃を抜き出し二手に構える。


 バ、バァン! キ、キィィン!


「言っただろ。欠伸が出るって──なんて鈍い弾だい。ははッ、それじゃ蝿が止まるよ」


 異なる弾道で発射されたはずの銃弾も一刀で弾いて見せる。


「ぐッ! ば、ばかな──」

「僕はね、彼女とは何度も模擬戦をしたんだ。──どうやったら銃を相手に剣で勝てるかってね」


 バン、バァン! カ、キィン!


「結論は一つ──」


 バン────カキュン!

 銃丸をことごとく(はじ)きつつも、ゆらりと接近したザラディン。


 目の前で発砲されたそれすら、カキン! と銃弾を滑らせ受け流す。


「そ、そんな!? 剣が銃に勝てるはずが───」

「そうかい? 簡単な話だと思うけどね」


 黙れぇぇぇえええ!!


 カサンドラは銃を次々に抜き放って少女を狙う!!

「私がカサンドラだぁぁあああああ!!」


 ババン、ババン!!

 銃を撃っては。抜いて新しい銃に持ち替え撃ちまくる。

 そして、また抜く! 打つ!! 当てる!!


「うわぁぁぁあああああああああああ!!」


 ババン、ババン、ババン、ババン!!


 ───き、キィン! 


「ははっ。遅い遅い───」


 そんな銃裁き(ガンスタイル)じゃ。


「……蠅が止まるよ」

 最後の銃弾をスルリと回避し、その状態で剣を水平に構えるといった。


 どうやって剣が銃に勝つかって?

 ───……簡単だろ?


「当たらなければどうということはないッ!」



 ズンッ。



「グブッ…………」

 つつー……と口から血を滴らせたカサンドラが、今のは何事かと自らの腹を見れば。──剣が深々と突き立っていた。


「───ゲブ……ば、ばかな」


 ズボッと引き抜かれた拍子に、バシャバシャと血と内臓が零れ落ちる。


「当たったら、こうなるけどね」


 ヒュパンと血振りし、剣を肩に置く。


「銃は返してもらうよ。それはカサンドラの物だ」

「ち、違う……私がカサン、ドラ、だ」


 ドサリ──最後にそう言って事切れた哀れな女。


「……違うよ、君は似ているだけのまがい物(・・・・)さ」


 ベリアスの奴……まだカサンドラに執着しているのか。


 目があれじゃあ、わからなくもないが。


「君もある意味ベリアスの犠牲者なのかもね……だけど、無辜(むこ)の民を苦しめたんだ、自業自得さ」


 そう言って銃を拾い上げようとしたが、ザラディンは何かに気付いてすぐにその場を飛び去る。


「ちっ」


 ──直後。


 ドガァァァン!!


 壁が崩れて濛々と煙が巻き起こる。

 その煙の中、のっそりと立ち上がるのは巨躯の男──……。




「……おやおや、ベリアス──これまた大きく出たね」


『グルルルル……ザぁラぁディぃぃン』



※ ※



 壁を破って現れた巨怪。

 そいつは、不気味な唸り声をあげてザラディンに迫る。


「へえ、第二ラウンドかい?」


 ザラディンの言葉を受けてニタリと笑う顔はベリアスのものだ。

 しかし、見た目がさっきとは随分違う。


 はち切れんばかりの筋肉。

 パンパンに膨れ上がった両足に両手(・・)

 顔だけは元のままで、肩の筋肉に飲み込まれそうになっている。


『ぐははははははは! どうやったかは知らんが、お前は間違いなくザラディンだな。生意気なところが、まるで生き写しだッ』


「そうだ。僕はザラディンだ」


 ポンと胸に手をあてて誇示してみせると、ベリアスもシィィと凶悪に笑う。


 そして、ザラディンと相対せんとばかり、ズンッと大きく一歩。それだけで城の床が抜けそうになった。


『大賢者め……(なぁに)が二度と現れないだ。──あの阿呆の口車に乗ったおかげで俺は片目を失い、辺境の田舎伯爵止まりだ』

「いや、それでもお前には十分にすぎる──ただの脳筋が領主とはね。なんともまぁ~……(たみ)が哀れなこと」


 明らかに異常な様子のベリアスを見ても一歩も引かないザラディン。彼女は少しも慌てず、ダラリと剣を構える。


『グハハハハ。哀れだなザラディン。──昔のお前ならいざ知らず……その体では従前の力を発揮できまいて』


 ベリアスは、先ほどの僅かな剣戟の末に、腕を斬られたとはいえザラディンの本質を見抜いていた。

 かつて、勇者と呼ばれた若者の体とは比べるべくもない程、非力な少女のものだ。


「そうだよ……この体は見ての通り、女の子のそれ(・・)だ。かつて勇者と呼ばれたあの時の体じゃあない」


 それでも引かぬザラディン。


「そして、今の非力な僕じゃあ……常時(いつも)の君であっても力負けするだろうね。──ましてや、違法強化薬(アングラブースター)を使った今の君の力には遠く及ばないだろうさ」

『そうだとも! ただの強化薬(ブースター)ではない。人を喰らって体を再生できる魔王軍の使っていた強化薬よ』


 そう言ってペッと吐きだすのは、部屋に転がっていた少女の残骸。


「魔王軍の……? ははッ、墜ちたな──ベリアス」

『ぬかせ、ザラディぃぃぃン! その首ネジ切ってから犯しつくしてやるわッ』

「まだ女を()り足りないかい?──君はカサンドラに気があったみたいだけど、彼女は醜悪な君の性根をとっくに見抜いていたよ……。君に殺されて彼女はさぞ無念だったろうね」


『そうとも!……次は、お前だぁぁっぁ!!』


 ブンッと大振りのスイング。

 肥大化した体でも拳闘王(ザ・キング)の技は冴えている。

 高速で繰り出す拳に対処できるものなど、ほとんどいないだろう。


 だが──。


 ガキィン!


『ぬ!』

「ほっ……硬いなッ」


 受け流す様にして、カウンターを放つザラディンの技──勇者剣技『川流し』。

 それは、拳を受け流してのカウンターだったが、その剣が皮膚を切り裂けず弾かれる。


 さらには、

『グハハハハハ! 俺の勝ちだなッ』

「おやまぁ……この安物じゃ、その体に見合わない様だね」


『ぬかせッ!』

 

 振り抜いた拳を手刀に切り替えて、ザラディンごと壁を薙ぐ。

 ボゴォォン!

 砕かれた壁と共にザラディンの剣が折れ飛んだ。

 その余波は彼女の着ている警備兵の鎧も切り裂いた。


 バラバラと舞い散る瓦礫と鎧の破片。


 元のローブ姿になったザラディンは、口の端から血を一筋垂らす。


「ぺッ、──まったく……。見ろよ、これ。この脆弱な体を───……生まれ変わったら女の子だよ? 非力すぎて嫌になるね」

『グハハハハハ。丸腰で何を余裕ぶるか! 女の使い方(・・・・・)なら俺が教えてやるわ!』


 ベロリと舌を出して獣欲をむき出しにしたベリアス。


「ホントにお前は暴力と性欲だけのクズ野郎だな」

『だったらなんだ! カサンドラのようにお前も殺してやるぁあ!』

 ベリアスの威嚇にも、呆れたとばかりにザラディンが肩をすくめる。

「──僕はね。……昔と同じように剣を扱うことは諦めたんだ。女の子の体と勇者の体じゃ、同じようには戦えない」


 そう言って両手を振り上げてローブをバサリと払いのける。


『貴様ッ! それは──!』

「僕のことはどうでもいい。だけど!──カサンドラの無念……今こそ晴らさせてもらうッ」


 払い上げたザラディンのローブの下。


 そこには、ガーダーベルトのような革のツナギ。

 それを拘束具のように覆っているのは、種々様々なホルスター。


 そう大量の銃を納めたホルスターが体中にあった──。

 それらは、体の動きを阻害しないように、ベルトやサスペンダーとして縦横に走っていた。

 

 胸、腹、腰、脚にと無数に連なるホルスター。

 そこに、ズラァぁぁぁ──と並んだ多数の拳銃。


 その姿はまるで、かつての女銃士……。

 そう、()のカサンドラのように──。


『か、カサン──』


 ブワリッと、ベリアスの全身が寒気に包まれる。

 非力な少女の姿をしたザラディンが、スバッッッと銃を構えるその姿が──!


 あの日のカサンドラ(・・・・・・・・・)のソレと被さる!!




「「死ねよッ! ゲスが!!」」




 か、カサンドラの、今際(いまわ)の言葉──!?





 ──バァァァアン!!



※ ※




 ブシュ!


 ──その音と鈍痛のあと、ベリアスの視界は真っ暗闇に包まれる。


『ぐぁああああああああ!!』

「どうだい♪ うまいもんだろ? 10年近く練習したんだ」


 硝煙棚引く拳銃片手に不敵に笑う少女。


 ザラディンは生まれ変わってから、自分が少女であると自覚すると、すぐに元の剣技を扱う事を諦めた。


 いや、正確には記憶と魂に刻み込まれた経験が、すぐにその剣技と冴えを思い出させたのだが……。


 ただ、体は非力な少女のままだ。

 どうしても力やキレ(・・)は勇者と呼ばれた頃のようになれなかった。


 だから、そんなとき。

 ふと、カサンドラの言葉を思い出した──。


 カサンドラは言った。

 銃こそが非力な女子供のための武器だと、そう言っていたのだ。


 「力持ちだろうが、歴戦の兵士だろうが、女子供だろうが撃った弾の威力は変わりゃしないよ」と──。


 「銃を持てて、引き金をひけて、弾が撃てれば──それだけで人が殺せる……身を護れる」そう言ったのだ。


 だから脳裏に残る彼女の銃捌き(スタイル)を思い出し、10年近くかけてトレースした。


 そして、ザラディン自身の剣技と合わせて進化させた。


『み、見えん! 見えんぞおぉ!』

「往生際が悪いぞ、ベリアス」


 腕を振り回しめちゃくちゃに暴れるベリアス。

 しかし、そこにザラディンはいない。

 盲目状態で暴れまわっても牽制にもならないようだ。


『──な、なめるなよ! ザラディン!!』


 床に転がっているカサンドラの死体を探り当てると、ブチィ──と、その頭部を食いちぎるベリアス。

 そのまま咀嚼すると──。


「呆れた回復力だな……片方は直らないみたいだが」

 シュウシュウと煙を立てて回復していく片目の傷。


『ぐははははははははは!!』


 ポイっと死体を投げ捨てると、


『オレは最強だ──』

「お前は最低だ──」


 ジャキっと、二手に拳銃を構えたザラディンは冷たく言い放つと──月の光を受けて、銃口がギラリと輝く。


「さぁ、……何発耐えれるかな?」

『カサンドラぁぁぁぁぁぁ!』


 思わず叫んだベリアスに、無慈悲な指が引き金を引く。


 バァン!


 ──そして、絶叫。


『ぐおおおおおおお!……そんなチンケな弾がぁぁぁ!』


 剣を弾くとは言え、筋肉が鉄になったわけではない。

 当然ながら、高速で飛ぶ弾は跳ね返せずに体にめり込む。


『いてぇぇぇ! くそぉ──テメェェェエエ!!』


 しかし、肥大化したベリアスには致命傷とはならない。


 シュウシュウと徐々に回復する視界に、ザラディンの姿を捉らえたベリアス。

 彼は、開いた視界の先に銃を構えた彼女を見る。


 その姿は一種美しく、まるで月が如く。

 そして、洗練されていた。

 

「──幕にしようか……」

『一発くらいでいい気になるなぁ!』


「カサンドラの汚名は返上──彼女は逃げてなんかいない、」


 そうだ。

 勇敢な彼女は、魔王の討伐に尽力した。


 卑怯者は、魔王を前にして戦いもせずに逃げようとした奴らと、

 そして、5人も知らない真実───魔王と戦う最中に、背中を見せて逃げようとした勇者と呼ばれたかつての……。



  「……一番卑怯なのは、僕──」



 そして、


『くらぇえええ!!』

 ベリアスの両手を組んでのハンマー打撃!!


「──次にお前らだよ」


 ズガァァァァン!!

 

 ベリアスの一撃が城を揺るがす。

 だが、打撃の下にザラディンはいない。


 彼女は羽のようにフワリと舞うと、

「なぁ、ベリアス。カサンドラの──彼女の二つ名を覚えているかい?」


 トン、と──ベリアスの手に乗り、


『な?! バカな!!』

「──その美しい銃捌きをみて、人は呼んだ、」


 女銃士カサンドラ──その、銃捌き。


 絶大な威力を誇るも、単発でしかない銃を操り、魔王を倒した真の英雄のひとり──。



    ──見せてやる!

    彼女の二つ名の由来をッ!



 ザラディンの腕が、二手が────動く、


『ふざ』


 バァンバァンバァンバンバンバンバンバンバンバババババババババババンッ!


 凄まじい轟音が城を満たし、硝煙が立ち込める。


『げふッ…………れ、連撃────?』

「──そうだ、彼女は連撃のカサンドラ」


 ドスゥゥンと倒れたベリアスの心臓に無数の弾痕が集中。

 大穴が開き、真っ黒な血が溢れ出ていた。


 ベリアスが倒れるのと前後して、ガチャガチャガチャと、ザラディンが空に放り投げて交換しまくった銃が、今更ながら床に転がって金属音を立てる。


 その数20丁余──。


「さようなら、ベリアス……」


 そして、事切れたらしいベリアスがシュウウぅぅ……と煙に包まれ元の大きさになった。


「……まずは一人」


 その銃を拾わずに、ザラディンはカサンドラの亡骸から銃を回収すると、ホルスターに納めていく。

 それはあつらえたかのようにピッタリと収まっていた。


 最後の一丁を拾いあげ、額にコツンとあてる。

「おかえり……カサンドラ」


 すぅ──と、銃身に口付けし、名残惜しむのうに、ホルスターへ納めると、


「残り4人……」


 その呟きを最後に、少女の姿は霞のように消え失せた。


 そして、城は静寂に包まれる……。




 翌朝、昏倒した兵が見たのは変わり果てた姿の領主と、(ちまた)を騒がせていた盗賊の首魁と(おぼ)しき女の死体を発見する。


 あとは勝手な噂が独り歩きし、拳闘王は忍び込んだ賊と相打ちになったらしいと、そんな風に(ささや)かれるのみ。


 誰も怪しい少女の姿など知らず、街で装備を奪われた間抜けな兵士が後々兵士長に大目玉を喰らったという話があるだけだ。

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