第九話 盗まれた週末
ショッピングセンターの最上階、建物のちょうど中央ぐらいのところ。
ATMが並び、受付カウンターが置かれている広場風のスペースに、俺と徳子は座らされている。
「ゴメンねぇ、終わるまで邪魔しなけりゃ、悪いようにはしないからさ」
俺と徳子をはさみうちにして捕獲した3人組のうち、一番年長と思われる男が話しかける。
もう一方、ガードマンを押さえつけていた4人組は、ATMを開けさせ、ガードマンに中の紙幣をスポーツバッグに詰めさせている。
リーダー格と思しき男…さっき話しかけてきた男だ…はしきりに時計を見ている。
「あと7分!」
犯行開始からの時間のカウントをしているようだ。ということは、今のは通報から警察が駆け付けるまでの残り時間ということか。
俺はショルダーバッグのファスナーを開け、奥のポケットに忍ばせていた小瓶を取り出す。
隣の徳子がヒジで俺を軽く小突く。
徳子は軽く二度ほど首を振った。
「ダメ。ここは、ダメ」
声を押し殺して囁く。
徳子の考えもよく分かる。リーダー格の男が呼びかけていた時間はあと7分。つまり、7分やり過ごせれば、コイツらは何らかの方法で退散する可能性が高い。
それに、ここはショッピングセンターのド真ん中。すでに、この広場を大きく取り巻くように、野次馬が人だかりを作っている。
こんな環境下で能力を発動させ、目立ってしまうことはない。動画でも撮られていたらどうするんだ。
ただ、この能力をハッキリとした形で自覚し、その実態を研究している中、実戦データが欲しい気持ちも正直ある。あやめさんの作ってくれた強化スーツの威力も知りたいし、何より、能力のせいか、この状況にほんの少しだけ、ワクワクしている自分もいる。
どうしたら、野次馬の関心を引かずに戦えるだろう。
どうしたら、この7人を倒せるだろう。
俺は徳子の視線をかわしながら、それだけを考えていた。
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俺達がいる広場は、左右の通路を結ぶかたちのスペース。ほとんどは連絡橋でしかないが、案内カウンターのあるこの中央スペースだけはかなり大きく、左右には柱もある。前後は吹き抜けだ。
そもそも、アイツら、野次馬に囲まれたこの状況でどうやって逃げる気だ?
そう思いながら、吹き抜けの下を覗き込んでみる。
2フロア弱、5メートルほど下に大きなネットが貼られている。転落防止用だろう。そのすぐ横には下りのエスカレーターがナナメに横切っている。
「あと6分!」
ここにあるような、比較的大型のATMに収容される紙幣の枚数は最大で1万枚弱。これだけ大型のショッピングセンターだ。ATM利用者も相当だろう。定期的に紙幣の収容スペース管理に訪れるガードマンを襲撃したということは、メンテナンス時の内部の紙幣は満タンに近いと想像できる。
数えてみると、ATMは全部で5台。全部1000円札、ということも、全部10000円札ということもないだろう。ということは、満タンで1台平均約4000~5000万として、5台で2億ちょっと、ということか。
行き当たりばったりの犯行じゃない。下のフロアにも仲間がいる可能性がある。
もう一度下を覗くと、やっぱり! エスカレーター付近に1人、様子を伺うように見上げているヤツがいる。おそらく、逃走時間になったらエスカレーターを非常停止させ、ネットに落ちて来る仲間を誘導する役だろう。
「あと5分!」
佳境を迎えている現金袋詰め作業を見回しながらリーダー格が叫ぶ。
ヤツらの段取りは分かった。ちょうど、さっき飲んだドリンクの効果も少しづつ出始めてきたようだ。頭のズキズキ(これだけは何とかしてほしいのだが)が始まっている。
「徳子、いいか、あと3分、とアイツが叫んだら、一目散に左側の、あの人混みへ走れ」
「…何する気?」
「アイツらは追って来ない。飛び降りて下のネット伝いに逃げる気だ。人質は逃走の妨げになると知ってる連中だ」
「…タダシも一緒に…!」
「徳子、逃げやすいように、このあと少しづつ左側に動け。少しづつでいい」
「…!」
そう言うと、俺は徳子の方を向いて、すばやく立ち上がった。
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