第八話 ビリーの災難
「まったく。妹の誕生日も覚えてないなんて」
昼飯の件といい、今日は徳子に怒られてばかりだ。
あとちょっとで7月10日。カリンの誕生日だ。
「7・10でナットウ、と覚えてね! プレゼントは1万円以上のプリペイドカードとか希望デス! 買ったら裏面のシリアルをラインしてね」
お前は特殊詐欺か。そんな話を先週、晩飯の時にカリンとしたばかりだった。
「それでー? オニィチャンはカリンちゃんに、何買ってあげるのよ?」
「1万は厳しいから…5000円のプリペイドカード買って、シリアルをラインで…」
「アンタバカなの!? カリンちゃんが本気でそんなもの欲しいとか思ってるわけ?」
「いやだって、16歳女子が欲しい物なんて分かるわけないじゃん。だったら金券とか、スマートでよくね?」
能面のような笑顔を顔に張り付けていた徳子のこめかみに青筋が浮かぶ…。
「…フッ。いいわ…今日はわたしが付き合ってあげる。一緒にプレゼント選んで、ついでにその歪んだ根性叩き直してあげる」
笑顔なのに、目が笑っていない。
振り向いたら、慶太は忍び足で去ろうとしていたところだった。
「あ! 卑怯だぞ、慶太、逃げるとは!」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。それにボクは、カリンさんへのプレゼントはすでに準備しているよ」
「去年みたいなバラ5000本とか、おととしみたいなどっかの土地権利書とかやめろよな? 新手の嫌がらせか、まったく」
「ボクのカリンさんへの愛を分かってもらえるように、今年はボク自身が身をもって証明するつもりだよ?」
いつからそうだったのかは知らんが、慶太はカリンに本気らしい。当のカリンは慶太のズレまくった愛情アピールに引いてるが…。
「そのうち、タダシじゃなくてお兄さん、と呼ばせていただくことになるから」
「それマジでやめろ。プレゼントなんて普通でいいんだよ、フツーで!」
「ねぇ…どのクチがそういうこと、言ってるのかなぁ?」
耳を猛烈に引っ張られる。
イカン。
徳子サマの御尊顔が不動明王のようになっておられる…。
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放課後。徳子に腕を引っ張られながら、俺はバスに乗せられ、巨大ショッピングモールへとやって来た。
人込みはホヤの刺身の次に苦手だ。そこにいるだけで、エネルギーを吸い取られていくような気がする。
「さあ、行くわよ。予算5000円でいいの?」
「いや、もうちょっと、くらいなら…」
「了解。とりあえず雑貨、見に行こっか」
どこかの地方自治体がまるまる入っているかのような広大な敷地。あちこちに置かれた場内案内図に描かれている建物の見取り図は、まるで宇宙戦艦のようだ。
一時間は歩いただろうか。
カリンが欲しそうなもの、とか言いながら、結局は徳子の欲しいものを見て回っただけのような時間だった。
とりあえず、カリンへのプレゼントは、よくわからない幾何学模様の(と言うとまた徳子が怒りそうだが…)のジャガードのブランケットになった。
夏なのに。コレ絶対徳子が欲しいだけだろ。現に、徳子はその隣にある、同じ模様のマグカップを見つめたまま動かない。
結局予算オーバー、どころではなかったが「かわいい妹のためでしょ」の一言で、俺の小遣い2か月分が瞬時に吹き飛んだ。
こりゃしばらくはカップ麺かな…。あやめさんに栄養ドリンク、多めに頼んでおこう。
「さーて。買い物も済んだし、ここからはツアーガイドへの謝礼のお時間ね」
「へいへい。オゴらさせていただきますよ。牛丼でもラーメンでも」
「なんでその二択なの!? そこのカフェでいいでしょーが! まったく」
怒った口調ながら、徳子は上機嫌みたいだ。とりあえず、カフェに向かってお供することにする。
何本もブリッジのかかった、巨大な渡り廊下に向かう。中央のブリッジはひときわ大きく、その中央には案内所のカウンターと、ATMを集めたキャッシュコーナー。目的地のカフェはその向かいだ。
「イヤァァァッ!!」
案内所の受付嬢と、その横でATMを開けて紙幣を回収しようとしていたガードマンを4人の男が羽交い絞めにしている。
「徳子っ!」
徳子の手をつかんで駈け出そうとしたが、男3人に前後をはさまれてしまった。
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