第七話 晴れのちBLUE BOY
赤と青、ではあるが、肩口から胸元にかけて、斜めに切り取るかのようなライン。胸元周辺の生地には、バックに六角形のドットが無数に並び、遠目から見るとグラデーションを描いている。
プロがデザインするとこうも違うのか。妙に関心しながら、上下セパレートタイプに改良された「弐型」の袖に、俺は腕を通した。
「これ以上は考えるだけ時間のムダかもしれんな。作業用ウェアを担当する事業部に、確かデザイナーがいたはずだから、そいつに頼もう」
慶太のデザインスケッチをおかずに、腹の皮がよじれるほどに笑い転げていたあやめさんと徳子だったが、ようやくツボから外れると、あやめさんはいつものクールな姿に戻った。
「デザイナーがいたなら、何も俺たちにやらせることなかったでしょ」
「まあ、そう言うな。いいアイデアが出るかと思ったのだ」
かくして、まるでスポーツウェアにしか見えない強化スーツの「弐型」が、わずか数日で出来上がってきた。
「着てみてどうだ?」
「背中と肩がちょっとキツいくらいかな。あとは大丈夫」
「ん…そうか。とりあえず4着あるから、普段からできるだけ着用しておいてくれ」
「四六時中着なくてもいいんじゃない?」
「この前の誘拐事件の後、お前の体は何か所か内出血していたではないか。それだけ負荷がかかっていたのだ。それに、ああいうことばかりではないにせよ、いつ発動するか分からない。発動してから、せっせと着替えるのか?」
確かにそうだ。戦う前に、ちょっと待ってね、着替えるから、なんて言う正義のヒーローはいない。
「そうだね」
「わ! バカ、すぐに脱ぐヤツがあるか!」
着替えようとする俺を見て赤面するあやめさん。
「何度も見て慣れてるんじゃなかったっけ?」
「…バカ」
クールだったり、取り乱したり、子供のようにはしゃいだり。ホント、この人は一緒にいて飽きない。
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「またインスタント? もう少しキチンとしたもの、食べなさいよ?」
いつもの屋上で、徳子と慶太と3人。今日も俺は昼飯の内容が悪いと徳子に怒られる。
「好きなもの食べてていいって、あやめさんが」
ラボからボトル詰めで届くまずい水(中身にはミネラルやアミノ酸やら薬剤やらが入っているらしい)を常に飲んでいれば、この特殊な体を維持するだけの必須栄養素は摂れるらしい。
あとは何を食べてもいいぞ、とあやめさんには言われたが、今の俺の食生活は、確かにメチャクチャだ。
「いいんだよ、俺、焼きそば好きだし」
「そういう問題じゃない! カリンちゃんはお昼、どうしてるの?」
妹のカリンは一学年下。俺達と同じ、秀峰学院高等学校に通っている。
「アイツは学食じゃないかな」
「体作りの時期だからね。栄養バランスは考えておかないと」
漆塗りの三段重を膝の前に置いた慶太が言う。
「お前…そんな弁当持ってきてよく言うな」
慶太の家、長谷川家は、当たり前ではあるが常識の右ナナメ上を行っている。
俺達が通う秀峰学院は幼稚舎のほか、小等部から大学まであり、幼稚舎から上がって来ているのは両家の子弟ばかり。
慶太や徳子と比べるまでもなく、どう考えても庶民の我が家に入学できる甲斐性などないのだが、同じ学校でないといやだ、という慶太の一言で、謎の特待生選抜に受かり、俺達兄妹は、スカラシップ生という名のもとに幼稚舎から入学。
以来、入学金と授業料をずっと免除されているのだ。
それを不思議がらず、むしろ喜んでいる俺の両親とカリンも、ちょっとズレている気もしないではないが。
「そういえば慶太、日下と小島、あれから学校に来てないんだけど…」
「ああ、彼らね。理事長のとうさまにお願いして、処理してもらったよ」
「処理言うな」
「だって、警察呼んだら、タダシの秘密が明らかになってしまうし、君が拘留されたりしちゃうかもしれないだろ?」
「…」
慶太があいつらをどう処理したのか…いや、今は考えない方がいい。そういえば、キュージだかキョージだか言ってたあの格闘家のジム、この前近くを通ったらビルごとなくなって駐車場になってたなぁ…。
「そういえば、あのスーツ、今日も着てるの?」
「不測の事態がいつ起きるか分からないってあやめさんも言ってたしね。制服の下に着込んでる」
「窮屈じゃない?」
「慣れるとホントにスポーツウェアだよ。通気性もいいみたいで、全然蒸れないし。あやめさんのラボ、やっぱりスゴイわ」
毎日着込むようになって何日目だっただろう。この後すぐに、着ておいてよかったなんて思うハメになるなんて、このときは思いもしなかった。
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