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第六話 微笑みだけがそこにいる

「プ、ププッ、ブワァッハッハ!」



 容姿端麗。沈着冷静。普段はクールビューティを地で行くあやめさんだが、本気で笑うと、そこらにいるただのオッサンにしか見えない(まぁ、そのギャップも魅力的だったりするのだが)。



「ひ、ひっ…お腹痛い…ひひっ…苦しい、助けて、クッ…クッ」



 徳子は脇腹を押さえて小刻みに震えている。



「お前らなぁ」



「ああ、すまん、すまん。いや、しかし、これは稀に見る…ブッ、ブッハハハハ」



 俺が憮然としながら手にしているのは1枚のスケッチ。そしてもう一人、自らのアートセンスを全否定された慶太が、横で憤懣やるかたない、という顔をしている。



*************************************



「強化スーツの試作品、できそうなんですか?」



「ああ。強化繊維でストレッチ素材を作るのに、もう少し難儀するかと踏んでいたのだが。ウチのスタッフは優秀だな」



 大きなテーブルに置かれた、黒い全身タイツ(実際違うんだが、そうとしか見えない)。それを俺、慶太、徳子が囲んでいる。



 何かのマニュアルを見ながら、あやめさんはキーボードを叩いている。



「肩と肘、脊椎。それに肋骨周辺のところを触ってみるといい。ジェルのようなパッドが入ってないか?」



「ホント。柔らかいパッド」



 ビーズクッションがあると動けなくなってしまう習性のある徳子は、肩のパッドをさっきからずっと指でつまんでいる。



「それは新開発のプロテクターだ。タダシ、テーブルに置いてパッドを上から強く叩いてみろ」



 言われた通りにパッド部分を置いて、拳で上から叩く。



「い、痛ってー!」



 思い切りぶつけた拳の先、グニャグニャだったパッドは一瞬で固くなったのだ。



「中身は非ニュートン液体だ。衝撃などの力を受ける瞬間に固くなり、力が抜けると柔らかい状態に戻る特性がある」



「そんなのあるんだ」



「意外と身近にもあるぞ。コーンスターチとか、カスタードクリームとかもその一種だ。コレの中身はさすがにクリームじゃないが、特性は同じだ。防弾チョッキにも使われている」



「さすがねえさま」



「ストレッチ素材の生地の方は、特殊強化繊維を極限近くまで細くほぐしてから編み込んだものだ。固くはならないが、転んでも破れないし、車で引きずられても数分は耐えられる強度を持たせてある」



「凄いな…」



「で、黒いままでもいいのだが…せっかくの特殊スーツだ。何かデザインした方がいいと思ってな」



「それでわたし達が呼ばれたのね」



「自分で着るものだ、自分の好みにしたいだろ」



「着るの俺なんですけど」



「まぁ、みんなで考えればいい案も浮かぶかもしれない。いま用紙を出すから、それぞれ好みで彩色してみてくれ」



 あやめさんはプリンターからボディスーツの輪郭が書かれた用紙を取り出して、全員に配る。



*************************************



 二時間後。



 俺たちは先入観のどうしようもないスパイラルから抜け出せずにいた。



「ダメだー! 何度描いても、スー×ーマンかス×イダーマンにしかならん!」



「…赤と青から抜け出せないー」



「全身タイツものは、やはり先駆者のイメージに引っ張られてしまうな…」



「全身タイツものとか言わない! 着るの俺なんだから!」



 …俺たちが赤と青の泥沼でもがいているこの間、慶太だけが黙々と作業を続けていた。



「よし! タダシ、いいのが出来たよ」



 得意気にデザイン用紙をテーブルの上に置く。



 俺達―慶太を除く三人―は言葉を失う。



 子供のぬりえか?



 輪郭から大きくはみ出た彩色。上半身は青、下半身は赤というお約束スタイル(横で俺達が悩んでたの聞いてなかったか?)。



 そして、胸には大きく黄色で、漢字の「山」の文字!



 なんという、壊滅的な美的センス!



「…なぁ、なんで山なんだ?」



「だって、ヤマザキでしょ、名前」



「…それならYとかじゃないの?」



「…いいと思うけどなー、山」



*************************************



 あんなことがあった後。俺は徳子にどう接していいか分からず、戸惑っていた。



「大丈夫…大丈夫…だから…あとちょっとだけ、こうさせて」




 気丈な徳子のあんな姿、見たこともなかった。



 俺のせいだ。俺が徳子を…



 そんな気分を吹き飛ばしてくれたのが慶太だった。



「タダシ、徳子サン、ねえさまがラボに来て、ってさ。行くよ?」



 放課後、強引に俺たちの手を引っ張ってリムジンに連れていく。微妙な空気と距離感の、俺と徳子にはおかまいなし。



 でも、今はそれがありがたかった。



 当たり前に集まって、とりとめのない話をして、当たり前に笑い合う。



 いつもの時間。いつもの空気感。



「徳子、徳子、見ろ。慶太のスケッチを3Dモデルにしてみたぞ」



「ブフッ!…あ、あやめさん…コレ反則…クッ、クックッ」



 抱き合って笑い合う二人。



 この時間を守りたい。



 心からそう思った。

ご覧いただき、本当にありがとうございます。

よろしければ、次話もお付き合いください。

よろしくお願いいたします。

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