80. 雨に煙る日本海
結局、大間崎を出発し、目指すべきライダー宿に着いた頃には、21時を回っていた。
だが、ここは彼女たちにとっては、非常に興味深い場所だった。
まず、宿泊客の大半が、ライダーで、駐車場にはたくさんの大型バイクが停まっていた。
それを一種の羨望の眼差しを向けて、興味深く眺めている真姫を促して、宿に入ると。
ライダーたちが酒盛りをしていた。
宴会場のように広い畳敷きのスペースに、ライダーたちがいっぱいいた。そのほとんどが40代以上のおじさんばかりだったが。
若い彼女たちが入ってくると、大喜び。
「どこから来たの?」
「若い女の子のライダーなんて、珍しい」
と早くも質問責めに遭っていた。
社交的で、嫌味がないところがある京香が中心に答えていたが、真姫や杏は少し面倒そうな表情を浮かべていた。
一方で、同じく社交的で、おっとりしているところがある蛍は、おじさんたちに酌をして回る役を買って出て、さらに喜ばれる有り様。
女子高生のため、酒こそ飲めないものの、彼女たちは、こうした「ライダー宿」は初めてだったため、ライダーたちと旅やバイクの会話が弾み、それなりに充実した一時を過ごすことになった。
だが、さすがに250ccで長距離を走ってきたため、その日の夜は23時には就寝。
そして、翌朝。
天気は「雨」予報だった。
朝、カッパを着て、次々に出て行く中年ライダーたちを見送った後。
彼女たちは、軽い「会議」を開く。
「雨だね。どうする?」
「どうやって帰るか、だよね」
「天気予報だと、東北も北陸も雨だよ」
次々に、杏に質問を投げかける3人。
すでに、リーダーのようになっている杏は、携帯の雨雲レーダーマップを見て、考え込んでいたが、
「帰りは、行きと同じじゃつまらない。日本海側を抜けよう」
と提案。
「日本海側って、逆に遠回りじゃない?」
「だよね。もう面倒だから、高速使って帰れば? ゆっくり帰れば高速でも大丈夫だし」
「日本海側って、何か面白いものある?」
京香、真姫、蛍がそれぞれ口を開いて、意見を言う中、杏は、
「だー、うるさい。行きと帰りのルートを変えるのは、ライダーの基本だろう。どうせ雨だ。どこを走っても変わらない」
「じゃあ、高速で」
「一応、今日で最後だしね」
「なんかもう面倒になってきたなあ」
今度は、真姫、蛍、京香の順に発言するが、リーダーの杏は、
「日本海側で決定だ。私は日本海が見たい」
という、謎の「鶴の一声」であっさり決定していた。
朝、9時には出発。
ところが、天気はほぼ一日中、雨予報だった。
ところどころ、雨雲が途切れる場所はあるにはあったが、どこを走っても、雨には当たることが明白だった。
ひとまず、杏の先導で、「新潟」を目指すことになった彼女たち。それぞれカッパを着こんで、慎重な出発になった。
この宿から、新潟市までは、秋田県を抜けて、日本海側をひたすら南下して、約7時間45分はかかる。
それも雨での走行は、普段以上に時間を要する。
途中、休憩を挟みつつも、雨の中を進み、約3時間後。
昼頃に、海を見渡せる国道7号沿いの展望台にたどり着く。
そこで、休憩がてら、海を見ようと思っていたらしい、杏だったが。
「さすがに煙って見えないか」
意気消沈した声が聞こえていた。
「そだねー。この雨じゃねえ」
「雨、止まないかなあ」
「諦めるしかないな。これもバイク乗りの宿命だ」
蛍、京香、真姫が、それぞれの感想を述べる中、ここから見える日本海は、一面の鈍色の空に包まれ、雨に煙って、独特の灰色の風景を作っていた。
国道7号、345号、113号を中心に、右手に日本海を見ながら、南下。途中、昼飯休憩を挟み、雨の中を駆け抜けること、5時間半あまり。
ようやく新潟市中心部の萬代橋付近に到着した頃には、時刻は17時30分を回っていた。
「ここが萬代橋か」
「聞いたことあるなあ」
「綺麗な橋だねー」
萬代橋を望める、脇道にバイクを停めた4人。
石造りのレトロな橋が目の前に架かっており、雨に煙っていた。
真姫、京香、蛍がそれぞれ感想を述べる中、杏だけは1人、カッパを着こんだまま、携帯を睨んでいた。
「どしたの、杏ちゃん?」
蛍が心配そうに覗き込むと。
「ああ。ここから自宅までのルートを検索していたんだが、どう考えても下道なら9時間近くはかかる。今日中に帰れなくなる。さすがにお母さんに怒られそうだ、と思ってな」
それを聞いていた、真姫と京香が反応する。
「じゃあ、やっぱ高速使おう」
「高速なら、5時間くらいで帰れるよ」
「だが、金がない」
そんな杏の不安な気持ちを、親友の蛍が、察して、彼女らしい、おっとりとした優しい声をかけていた。
「杏ちゃん。高速代くらい私が出してあげるよ。高速で帰ろう、ね?」
「蛍。お前は優しいな」
そんな蛍の一言に、杏は感動しているようで、ようやく頷き、4人は最後に高速道路を使うことになった。
ルートは、ここ新潟からは関越自動車道と、圏央道を使えば、5時間弱で安全に帰れる。
残りのルートは単純だった。
雨のため、速度制限がかかっていたが、順調に進み、途中のサービスエリアで休憩と食事を摂る。
だが、雨中の走行は、予想以上に体力を消耗する。適度な休憩を挟みながらも、比較的ゆっくりと南下。
深夜22時頃。
最後に関越自動車道の高坂サービスエリアで、2人組に分かれる。
つまり、府中組の真姫、京香。横浜組の杏、蛍。
「思ってたより楽しかった」
「私もー。4号制覇できたし」
「次はみんな卒業してからになるのかなー」
「みんな、私のワガママに付き合ってくれて、サンキュー」
真姫、京香、蛍、そして杏。
それぞれの感想を述べ、4人による、高校最後のロングツーリングは終わりを告げた。
残りは、それぞれの家路へと向かうルートになる。
最後に、真姫は自宅まで付き合ってくれた、京香に改めてお礼を述べる。
「京ちゃん、ありがとう」
「何、改まって」
「いや、今回の旅もそうだけど、いつも私を気遣ってくれて」
「当たり前じゃん。だって、友達でしょ」
そんな当たり前の一言が、今の真姫には、とてつもなく嬉しいことであり、京香は改めて、「大切な存在」と再認識するのだった。
「じゃあ、次は多分、本当に大学に入ってからだね」
そう告げて、別れようとする真姫に対し、京香が不思議な一言を言い放った。それは彼女の「勘」が告げる「予言」でもあった。
「次は、真姫ちゃんが大型バイクに乗ってから、だね」
「えっ? 私、乗るつもりないけど」
「そうかなあ。きっと乗るよ、真姫ちゃんは」
「なに、それ?」
「ふふふ。私の『勘』はよく当たるのだよ、真姫ちゃん」
そんな風に、冗談じみて言う京香が、可愛いと思うと同時に、真姫は少しだけ不思議な感覚がするのだった。
自分では、「大型バイクに乗らない」と思っているのに、京香は「乗る」と言いきっていることに。
「じゃあね、真姫ちゃん」
「うん。最後まで気をつけて。家に帰るまでがツーリングだから」
「わかってるって。じゃあ、バイバイ」
「バイバイ」
京香のPCX150が、夜の闇を斬り裂くように、軽快に走って行くのを見送って、真姫は自らのバイクを、自宅の狭いガレージへとバイクを入れる。
父の乗るスズキ GSX-R1000によって、追いやられた狭いスペースへと。
真姫の、高校生活最後のツーリングが終わりを告げた。




