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ゆるツー  作者: 秋山如雪
15章 最後の思い出
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80. 雨に煙る日本海

 結局、大間崎を出発し、目指すべきライダー宿に着いた頃には、21時を回っていた。


 だが、ここは彼女たちにとっては、非常に興味深い場所だった。


 まず、宿泊客の大半が、ライダーで、駐車場にはたくさんの大型バイクが停まっていた。


 それを一種の羨望の眼差しを向けて、興味深く眺めている真姫を促して、宿に入ると。


 ライダーたちが酒盛りをしていた。


 宴会場のように広い畳敷きのスペースに、ライダーたちがいっぱいいた。そのほとんどが40代以上のおじさんばかりだったが。


 若い彼女たちが入ってくると、大喜び。


「どこから来たの?」

「若い女の子のライダーなんて、珍しい」

 と早くも質問責めに遭っていた。


 社交的で、嫌味がないところがある京香が中心に答えていたが、真姫や杏は少し面倒そうな表情を浮かべていた。


 一方で、同じく社交的で、おっとりしているところがある蛍は、おじさんたちに酌をして回る役を買って出て、さらに喜ばれる有り様。


 女子高生のため、酒こそ飲めないものの、彼女たちは、こうした「ライダー宿」は初めてだったため、ライダーたちと旅やバイクの会話が弾み、それなりに充実した一時を過ごすことになった。


 だが、さすがに250ccで長距離を走ってきたため、その日の夜は23時には就寝。



 そして、翌朝。

 天気は「雨」予報だった。


 朝、カッパを着て、次々に出て行く中年ライダーたちを見送った後。

 彼女たちは、軽い「会議」を開く。


「雨だね。どうする?」

「どうやって帰るか、だよね」

「天気予報だと、東北も北陸も雨だよ」

 次々に、杏に質問を投げかける3人。


 すでに、リーダーのようになっている杏は、携帯の雨雲レーダーマップを見て、考え込んでいたが、


「帰りは、行きと同じじゃつまらない。日本海側を抜けよう」

 と提案。


「日本海側って、逆に遠回りじゃない?」

「だよね。もう面倒だから、高速使って帰れば? ゆっくり帰れば高速でも大丈夫だし」

「日本海側って、何か面白いものある?」

 京香、真姫、蛍がそれぞれ口を開いて、意見を言う中、杏は、


「だー、うるさい。行きと帰りのルートを変えるのは、ライダーの基本だろう。どうせ雨だ。どこを走っても変わらない」


「じゃあ、高速で」

「一応、今日で最後だしね」

「なんかもう面倒になってきたなあ」

 今度は、真姫、蛍、京香の順に発言するが、リーダーの杏は、


「日本海側で決定だ。私は日本海が見たい」

 という、謎の「鶴の一声」であっさり決定していた。


 朝、9時には出発。

 ところが、天気はほぼ一日中、雨予報だった。


 ところどころ、雨雲が途切れる場所はあるにはあったが、どこを走っても、雨には当たることが明白だった。


 ひとまず、杏の先導で、「新潟」を目指すことになった彼女たち。それぞれカッパを着こんで、慎重な出発になった。


 この宿から、新潟市までは、秋田県を抜けて、日本海側をひたすら南下して、約7時間45分はかかる。


 それも雨での走行は、普段以上に時間を要する。


 途中、休憩を挟みつつも、雨の中を進み、約3時間後。

 昼頃に、海を見渡せる国道7号沿いの展望台にたどり着く。


 そこで、休憩がてら、海を見ようと思っていたらしい、杏だったが。

「さすがに煙って見えないか」

 意気消沈した声が聞こえていた。


「そだねー。この雨じゃねえ」

「雨、止まないかなあ」

「諦めるしかないな。これもバイク乗りの宿命だ」

 蛍、京香、真姫が、それぞれの感想を述べる中、ここから見える日本海は、一面の鈍色にびいろの空に包まれ、雨に煙って、独特の灰色の風景を作っていた。


 国道7号、345号、113号を中心に、右手に日本海を見ながら、南下。途中、昼飯休憩を挟み、雨の中を駆け抜けること、5時間半あまり。


 ようやく新潟市中心部の萬代ばんだい橋付近に到着した頃には、時刻は17時30分を回っていた。


「ここが萬代橋か」

「聞いたことあるなあ」

「綺麗な橋だねー」

 萬代橋を望める、脇道にバイクを停めた4人。


 石造りのレトロな橋が目の前に架かっており、雨に煙っていた。

 真姫、京香、蛍がそれぞれ感想を述べる中、杏だけは1人、カッパを着こんだまま、携帯を睨んでいた。


「どしたの、杏ちゃん?」

 蛍が心配そうに覗き込むと。


「ああ。ここから自宅までのルートを検索していたんだが、どう考えても下道なら9時間近くはかかる。今日中に帰れなくなる。さすがにお母さんに怒られそうだ、と思ってな」


 それを聞いていた、真姫と京香が反応する。

「じゃあ、やっぱ高速使おう」

「高速なら、5時間くらいで帰れるよ」


「だが、金がない」

 そんな杏の不安な気持ちを、親友の蛍が、察して、彼女らしい、おっとりとした優しい声をかけていた。


「杏ちゃん。高速代くらい私が出してあげるよ。高速で帰ろう、ね?」

「蛍。お前は優しいな」

 そんな蛍の一言に、杏は感動しているようで、ようやく頷き、4人は最後に高速道路を使うことになった。


 ルートは、ここ新潟からは関越自動車道と、圏央道を使えば、5時間弱で安全に帰れる。


 残りのルートは単純だった。

 雨のため、速度制限がかかっていたが、順調に進み、途中のサービスエリアで休憩と食事を摂る。


 だが、雨中の走行は、予想以上に体力を消耗する。適度な休憩を挟みながらも、比較的ゆっくりと南下。


 深夜22時頃。


 最後に関越自動車道の高坂たかさかサービスエリアで、2人組に分かれる。

 つまり、府中組の真姫、京香。横浜組の杏、蛍。


「思ってたより楽しかった」

「私もー。4号制覇できたし」

「次はみんな卒業してからになるのかなー」

「みんな、私のワガママに付き合ってくれて、サンキュー」

 真姫、京香、蛍、そして杏。


 それぞれの感想を述べ、4人による、高校最後のロングツーリングは終わりを告げた。


 残りは、それぞれの家路へと向かうルートになる。


 最後に、真姫は自宅まで付き合ってくれた、京香に改めてお礼を述べる。

「京ちゃん、ありがとう」


「何、改まって」


「いや、今回の旅もそうだけど、いつも私を気遣ってくれて」


「当たり前じゃん。だって、友達でしょ」

 そんな当たり前の一言が、今の真姫には、とてつもなく嬉しいことであり、京香は改めて、「大切な存在」と再認識するのだった。


「じゃあ、次は多分、本当に大学に入ってからだね」

 そう告げて、別れようとする真姫に対し、京香が不思議な一言を言い放った。それは彼女の「勘」が告げる「予言」でもあった。


「次は、真姫ちゃんが大型バイクに乗ってから、だね」

「えっ? 私、乗るつもりないけど」


「そうかなあ。きっと乗るよ、真姫ちゃんは」

「なに、それ?」


「ふふふ。私の『勘』はよく当たるのだよ、真姫ちゃん」

 そんな風に、冗談じみて言う京香が、可愛いと思うと同時に、真姫は少しだけ不思議な感覚がするのだった。

 自分では、「大型バイクに乗らない」と思っているのに、京香は「乗る」と言いきっていることに。


「じゃあね、真姫ちゃん」

「うん。最後まで気をつけて。家に帰るまでがツーリングだから」


「わかってるって。じゃあ、バイバイ」

「バイバイ」


 京香のPCX150が、夜の闇を斬り裂くように、軽快に走って行くのを見送って、真姫は自らのバイクを、自宅の狭いガレージへとバイクを入れる。


 父の乗るスズキ GSX-R1000によって、追いやられた狭いスペースへと。


 真姫の、高校生活最後のツーリングが終わりを告げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ずっと雨は大変そうですね。 視界も悪そうですし。 5時間であっても……。 若いって、すごいと思います。
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