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ゆるツー  作者: 秋山如雪
15章 最後の思い出
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79. 北海道を望む場所

 その日は、さすがにホテルに直行し、風呂に入って、4人とも倒れるように眠りについていた。


 いくら若いとはいえ、超長距離を1日で走り抜け、体力・気力共に限界だった。


 翌朝。そのホテルの朝食を食べながら、それぞれの感想を言い合っていた。

 内容は、「ガソリンスタンド」の話題になり、国道4号はいくらでもガソリンスタンドがあったが、杏・蛍組の方は、田舎すぎてガソリンスタンドを探すのが大変だったなど。


 あるいは風景が綺麗だった、走りやすかったなど。


 そんなバイク乗りらしい会話を交わしていた。

 当然、その日はもう帰る予定で、帰りの打ち合わせや宿の話にもなっていたが。


 バイキング形式のホテルの食堂コーナーに、一人の初老の男がいて、不意に彼女たちに声をかけてきた。


「おめたづ、どっから来たんだべ?」

 思いっきり津軽弁だったから、驚きつつも、京香が代表して、


「東京です。バイクで来ました」

 と返し、杏が、


「私は神奈川県」

 と答えていた。


 すると、

「わいは! けっぱったなあ」

 いきなりバリバリの津軽弁が返ってきて、彼女たちが面食らっていると。


「もう帰る予定っすけどね」

 杏が答えると、その初老のおじさんは続けた。


「いだわしい。せば、青森県を観光して行くといいべ」

 なお、「いだわしい」は津軽弁で「もったいない」くらいの意味になる。


「観光って、何か面白いところありますか?」

 社交的な京香が代表しておじさんに聞いていると、おじさんは考え込んだ後、


「んだなあ。単車なら津軽半島の龍飛崎たっぴみさきと、下北半島の大間崎おおまざきなんてどうだべ?」

 と提案してきた。


「いいですね。確か北海道が見えるんですよね?」

 喜び勇んで尋ねる京香に、おじさんは、


「んだ。今日は天気いい予報だべ。晴れればいいの。へば」

 そう言い残し、おじさんはあっさりと踵を返していた。


 残された彼女たちは、

「わいは? って何? ハワイ?」

「いや。芸能人じゃないんだから」

 杏の一言に、真姫が突っ込んでいた。


 ちなみに、「わいは」とは、津軽弁で、「あらまあ」くらいの意味の感嘆符に近い意味になる。


「いい情報が聞けたね。早速、今日は龍飛崎と大間崎に行こう」

 京香は早くも行く気満々になっていた。


「でも、宿はどうするの?」

 冷静な真姫が突っ込むものの、


「宿なんて、後でどうにでもなるだろ。まずは旅を楽しむ!」

 杏に勢いよく制されており、真姫は内心、


(発想が茜音ちゃんと変わらない)

 と呆れていた。


 だが、地元の北海道が見えるということで、珍しく蛍が乗り気になっており、


「行こう、龍飛崎と大間崎」

 と、いつになく張り切っていた。


 結局、誰も反対するメンバーがおらず、その日は急きょ、津軽半島と下北半島に行くことになった。


 宿はおいおい旅先で予約するという、行き当たりばったりの旅が始まった。


 津軽弁のおじさんが言ったように、その日の天気は晴れ。夏らしい暑さと入道雲が見える、しかし夏の短い青森県の「残された最後の夏」のような1日だった。



 まずは津軽半島から。

 青森市中心部にあるホテルを午前9時に出発した4人。龍飛崎までは、これまでの超長距離走行に比べれば、「あっという間」の距離と時間だった。


 距離にして、およそ70キロ、時間でも1時間半程度。


 しかも、青森市の市街地を抜けると、後は交通量が少ない田舎道がひたすら続く。


 ナビ通りに進むと、国道280号のバイパス道を通ることになるので、厳密には「海」、つまり津軽海峡を見ることはほとんどなかったものの、真っ直ぐな田舎道がどこまでも続く、快適な道だった。


 インカムを通して、先頭を走る杏が歌を唄い始め、真姫は、

(ちょいうるさい)

 と内心思いながらも、この快適な田舎道を走る行為自体を楽しんでいた。


 外ヶそとがはま町からは、内陸の道に入るが、県道12号、14号と山の中を突っ切るような道を走る。


 ただ、東京周辺とは大きく異なり、県道とはいえ、道幅も広く、交通量も少ないので、走りやすい道が続く。


 今別いまべつ町のコンビニで、休憩を取った後は、再び国道280号を走り、次いで国道339号に入るが。


「海だ!」

 元気がよく、テンションが上がっている杏が、インカムを通して叫んでいた。


「海だねー。津軽海峡だよ。蛍ちゃん、ちょっと懐かしい?」

「そだねー。まあ、私の故郷の北見は、この海を越えたはるか先だけどね」


「まあ、北海道は広いからねー」

「時間があればもう一度行きたかった」

 それぞれ京香、蛍、そして真姫が答えながらも、右手に海を見ながら走る快走路がどこまでも続く。


 そして、青森市の出発から1時間半後、太宰治の文学碑が見える頃。龍飛崎の案内板が現れる。


 先頭を進む杏が、不意に龍飛漁港の駐車場前でスピードを緩め、堤防前にバイクを停め、3人もまたバイクを停めた。


 大きな堤防に囲まれ、背後にはごつごつとした岩肌を持つ山がそびえている。


「杏ちゃん。まだ龍飛崎じゃなくない?」

 問いかける京香に、調べてきたのだろう、杏が自信満々に答えていた。


「ここでいいんだ。ここから階段国道を通って、龍飛崎に行ける」

「階段国道?」


「知らないのか。日本で唯一の、歩道の国道らしくてな。階段なのに国道っていう面白いところらしい。そこを越えると龍飛崎の灯台があるはずだ」

「へえ。面白そう!」

 すっかり乗り気になっている京香、歩くのが億劫だと感じている真姫、そしてまだ見ぬ龍飛崎にワクワクしている蛍。


 それぞれが思い描いている岬の光景を目指して、案内板を頼りに歩き出した。


 鬱蒼とした森の中を抜けるように、階段が設置されており、それをどんどん登っていくと。

 本当に、国道の標識がこの明らかに「歩道」の道の上に現れ、4人は感嘆の声を上げていた。


 そして、登りきると、すぐ近くに石碑が立っていた。


「あ、これ。蛍がいつも歌ってる歌の碑じゃん」

 あざとく見つけた杏が近寄る。


「そだねー。でも、これって失恋の歌なんだよね」

「失恋?」


「そう。東京に出てきて、男性と恋をして、何らかの原因で失恋して、北海道に帰る女性の心情を歌った悲しい歌」

「まあ、演歌なんて、失恋の歌が多いんじゃない?」

 蛍が歌詞が描かれた石碑を見て、隣の真姫に説明する。


 つまり、元々は東京の上野から青森まで夜行列車が走っており、青森から函館までは青函連絡船が走っていた。この歌が出来た頃には、青函トンネルはなかったので、東京~北海道への旅は今よりもはるかに大変だったという。


 石碑を見た後は、すぐ近くにある龍飛崎の灯台に向かうことになった。

 そこからは、海が見渡せ、そして遠くに北海道の稜線が見えるのだった。


「おお、あれが北海道か」

 杏が大袈裟に感情を露わにしていた。


「近いね。何キロくらいだっけ?」

「19.5キロだったかな。こうして晴れてるとよく見えるね。ちなみに、向こうに見えるのは、北海道最南端の岬、白神しらかみ岬だったかな」

 蛍が呟くが、彼女にとって故郷の地をこんな形で眺めることになり、真姫が見るとどこか感慨深いような、複雑な表情に見えた。


 一通り回った後。

「じゃあ、次は大間崎だ」

 一番元気な杏がまたも先頭に立ち、目的地に向かうが。


 そこからは、想像以上に「遠かった」。

 つまり、津軽半島最先端のここ龍飛崎から、津軽海峡を挟んで、正反対の下北半島の、さらに最先端まで行くのだ。


 距離にして、212キロ。時間にして、4時間半近くはかかる。


 朝に出発した彼女たちは、ちょうど昼頃に青森市に戻り、ここで昼食を取って、出発。


 真姫・京香組が通った、浅虫温泉を経由し、国道4号を走り、野辺地町から下北半島縦貫道路という、無料の高速道路のような道をひた走る。


 海沿いではないものの、交通量の少ない、田舎の2車線の高規格道路は走りやすく、青森市から1時間半ほどでその場所に着いた。


 横浜町。


 そこの道の駅よこはま 菜の花プラザで。


「青森なのに、横浜か!」

 杏がバイクを降りた途端に、楽しそうに叫んでいた。


「青森県にも横浜があるんだね。しかも、神奈川県の横浜とは大違い」

 蛍も頷くが、彼女はむしろこの田舎の「横浜」を気に入ったようだった。


「あとどれくらい?」

 休憩スペースでジュースを飲みながら、真姫が口を開く。


「うん。1時間半くらい。ちょうど青森市から半分くらいまで来たね」

「遠い」


「まあまあ、真姫ちゃん。夕方までには着けるって」

 京香が不満顔の真姫をなだめていた。


 時刻は14時30分を回ったところ。このペースだと大間崎に着くのは、夕方近くになってしまう。


 10分ほどの休憩だけで、彼女たちは北を目指した。


 そこから先は「むつはまなすライン」とも呼ばれる国道279号を通るが、片側1車線にも関わらず、交通量が少ないため、バイクで走る分には、快適な道がどこまでも続く。


 ところどころで、津軽海峡の海を左手に眺めながら、やがてむつ市に入り、そこを越えると、少しだけ山道に入る。


 さらにいくつかの集落を抜けた後。


「海だ!」

 またも、インカムを通して、杏が叫ぶ。


「はいはい、海だ。そんなに珍しくもないだろ」

「真姫ちゃん、辛辣ー」

 呆れたような声の真姫、突っ込む京香、笑う蛍、そして不機嫌になる杏。


 4人の青森県の旅は、順調に続いており、天気にも恵まれていた。


 やがて、海沿いから、小さな大間の集落に入り、さらに走り、ようやくその目的地にたどり着く。


 大間崎。


 そこは、龍飛崎のような、荒々しい丘の上ではなく、海が間近に見える、開放感に溢れた「岬」だった。


 まぐろの像と、石碑が立っている。

 バイクを岬のモニュメント近くに停め、4人はバイクを降りて、石碑に向かう。


 石碑には、

「ここ本州最北端の地」

 と書かれてあった。


「着いたな、大間崎!」

「わかったから、うるさい」


「何だと」

「まあまあ」


 杏と真姫のやり取りの間に、蛍が入って、なだめ、4人で石碑の前で記念撮影をすることになり、たまたま近くにいた観光客に写真を撮ってもらうのだった。


 その後。

「ここから北海道は、確か18キロしか離れてないんだって」

「へえ。龍飛崎より近いね」

 京香と真姫が、海の先に見える、北海道の稜線を眺めながら、言葉を交わし、


「対岸は汐首岬だね。青森から函館に行くより、大間から函館に行く方が近いんだよ」

「いいなー、北海道。時間があれば行きたかった」

 蛍の説明に、杏が羨望の眼差しを、海の向こうに見える北海道の稜線に向けていた。


「大間と言えば、マグロだ! マグロ食いたい!」

 突如、杏が叫んでいたが、それを制したのは冷静な真姫の一言だった。


「今回は時間ないから、諦めな。大体、今日の宿はどうするんだ?」


 すると、杏は渋々ながらも、「わかった」と頷いていたが、次に彼女の口から出た一言は意外なものだった。


「実はさっき予約してきた」

「えっ? どこ?」

 京香の問いに、杏が自信満々に、大きく宣言していた。


「青森県には、ライダーが集まる、ライダー宿があるらしいって聞いてさ。運よく空いてた」

「だからどこだって聞いてるんだけど」

 真姫の鋭い質問に、彼女は、あっけらかんと、


「弘前の下あたり」

 と答えていたが。


「弘前? ここから4時間かかるけど」

 真姫がすぐに携帯で調べ、発した一言に、杏は、


「マジか。結構遠いけど、まあ、今日中に着けばいいし、大丈夫だろ」

 事も無げに言い放っていた。


(これから4時間って、夜になる)

 真姫にとっては、また青森市まで戻り、さらに弘前市の先まで行かなければならない、この先の道のりが非常に億劫に思えてならなかった。


 旅の2日目。

 最後の行き先を目指して、彼女たちは、大間崎を後にする。


 旅は終局へと向かっていた。

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