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ゆるツー  作者: 秋山如雪
15章 最後の思い出
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77. 東北縦断(前編)

 一方で、杏と蛍はというと。


 彼女たちの旅は、確かに「最短ルート」だった。

 だが、「急がば回れ」のことわざ通り、こちらの道は「山岳地帯」の連続だった。


 そもそも、分かれ道になった、大田原市上石上の交差点からしばらく進み、国道400号に入ってから、すでに完全に「山」であった。


 塩原の温泉街を抜けて、国道121号に入り、さらに山道を分け入るような道を走っているうちに、彼女たちにとって、東北最初の県、「福島県」に入っていた。


 一般に「南会津」と呼ばれる地域だが、とにかく山ばかりの地形だ。

 この辺りは、東北地方を南北に、まるで背骨のように貫く奥羽山脈の中心でもある。


 そもそも、その南会津町の中心部に入るだけで、標高906メートルもある山王峠を越える羽目になっていた。

 いきなり1000メートル級の山が待ち構えていた。


 バイクで走る分には苦にならないものの、日中の今ならまだしも、夜には走りたくない、と思わせるくらいの山塊と森林に包まれた山道を登っていく。


 真姫・京香組とは対照的に、片側1車線の山道が延々と続く。


 やがて、峠を越えた先で、先頭を走る杏が小さな道の駅の駐車場に入っていった。


 道の駅たじま。


 周囲を完全に山に囲まれている、山間の道の駅で、ようやく2人は一息をつき、自販機でコーヒーを買って休む。


「しかし、山ばっかだなあ」

「そだねー。真姫ちゃんたちより楽かと思ったけど、大変かもね」


「何、言ってる、蛍。バイクはどんな道でも走れる!」

「言いたいことはわかるけど、オフロードじゃないんだから」

 いつも以上に、旅モードでテンションが高い杏、それを微笑ましく思っている蛍という構図が自然と出来ていた。


「でも、ガソリンには気をつけようね、杏ちゃん」

「わかってる。街に入ったらどこかで給油しよう」

 2人とも、まだ燃料には多少の余裕があったが、それでも山岳地帯を走るなら、早めの給油が必須になる。


 午前9時10分頃に道の駅たじまを出発。


 そこからは、阿賀あが川という川と、会津鉄道会津線の線路と並行するように走る、田舎道で、片側1車線とはいえ、交通量は少なかった。


 道の駅たじまを出発してから、1時間15分ほど。

 10時30分頃に、会津若松あいづわかまつ市の中心部に入った。


 会津若松市。人口11万6000人ほどの小さな街だが、鶴ヶ城をはじめ、観光地として有名で、幕末には飯盛いいもり山で、白虎隊の悲劇があったことでも有名な場所だ。


 広い面積を持つ福島県は、東から浜通り、中通り、そしてこの会津地方に分類される。


 市内中心部で給油し、鶴ヶ城天守閣が目前に見えるコンビニで、2人は休憩する。

「会津についたねー」

「だな。あれが鶴ヶ城か」


 会津若松は、盆地であるため、夏は暑く、冬は寒い。真夏のこの時期も、東京ほどではないものの、身体に応える暑さだったため、2人はアイスを買って食べていた。


「綺麗なお城だね。確か幕末に白虎隊の悲劇があったことで有名だったね」

「正確には、郊外の飯盛山ってところらしいけど、まあ行ってる暇はないな」


 杏が歴史に多少なりとも興味を抱いていたのが、蛍には意外に思えたが。

「この近くに、磐梯吾妻ばんだいあづまスカイラインっていう、めっちゃ走りやすい道があるらしいんだけど、そっちも行ってみたかったなあ」

 走りやすい、ツーリングコースを口に出していた辺り、やはり彼女も「ライダー」だった。


西吾妻にしあづまスカイバレーってのもあるよ」

 蛍もまた、携帯でその道路の写真を見ており、杏が覗き込んで、興味を示していた。


 杏と蛍は、短い休憩だけで、後ろ髪を引かれる思いで、会津を出発。再び国道121号を北上する。


 小さな会津の街を抜け、しばらく行くと、ラーメンで有名な、喜多方きたかた市という街に入る。ここも小さな街だったため、あっさりと通過し、さらに進むが、その先に待っていたのが、この旅最大の難所、大峠おおとうげだった。


 標高1156メートル。夏でも頂上付近は、涼しい風に包まれていた。

 その大峠を貫くように走る、大峠トンネルという長いトンネルを抜けると、そこは彼女たちにとって、東北第2の県、山形県になる。


 国道を真っ直ぐ進むと、米沢よねざわ市の市街地に入るが、地図アプリが示した場所は、途中から左折し、そしてそこが県道4号、米沢飯豊(いいで)線だった。


 辺りの風景は、山と森が多い。

 人家さえまばらな、完全に山道だったが、その割には、車線が広く、交通量も少ないので、バイクにとっては「走りやすい道」だった。


 杏のGSX250Rが一気に加速する。蛍のニンジャ250は、後ろをついて行くのでやっとだった。


「速いよ、杏ちゃん」

 インカムを通して、蛍が文句を言うが、


「何言ってる、蛍。こんな気持ちいい道、バイク乗りなら飛ばして当然だろ。どうせこんな田舎に警察なんて来ないって」

 彼女の言を無視するように、杏はどんどん距離を引き離していく。


 蛍がようやく杏に追いついたのは、県道が4号から8号、川西小国線に変わり、さらに県道250号に入る交差点の辺りだった。


 そこからさらに国道113号に入り、しばらく行くと、ようやく街らしい街に出た。


 山形県長井市。


 小さな街のロードサイドにある、コンビニの駐車場に杏は入って行った。蛍も続く。


 田舎特有の、巨大な面積を誇る駐車場を持つ、このコンビニに着いた時、時刻はすでに12時を回っていた。


「山形県か。何が美味いんだ?」

「蕎麦って聞いたけどね。まあ、今から蕎麦屋を探すのは面倒だけどね」


「んじゃ、時間もないし、手っ取り早くコンビニで昼飯だな。腹減った」

 まるで男の子のような口調で、杏がそう言って、コンビニに入って行った。


 一応、コンビニにも地域ごとの「特徴」はある。山形県のコンビニに見られるものは、確かに山形県産の蕎麦粉で作られた蕎麦だった。


 山形県産蕎麦粉使用 冷たい肉蕎麦。


 その名前と形状に惹かれた杏が真っ先に手に取り、レジに向かったいた。

 蛍は、いつも通り、マイペースにゆっくりと店内の食品コーナーを見ていたが、やがて「芋煮いもに蕎麦」という名前の蕎麦を手に取り、同じくレジへと向かう。


 芋煮もまた、山形県では有名なグルメとして知られている。


 コンビニの広い駐車場のバイクの傍らで、杏は夏らしい冷たい蕎麦を、蛍はこの暑いのに、わざわざ暖めてもらった熱い蕎麦を食べていた。


「暑くないのか、蛍?」

 正反対の物を、しかもこの暑いのにわざわざ食べる蛍に、奇異の目を向ける杏に、


「だからいいんだよ。暑い時にわざと暑い物を食べる。それが醍醐味だべ。それに蕎麦は熱い方が私は好き」

 と、目をキラキラと輝かせていた。


「変わってるな、お前」

「杏ちゃんにだけは言われたくないよ」

 そんな会話を交わしながらも、2人は笑顔だった。正反対の性格の割に、いやむしろ正反対だからこそ、彼女たちは、妙に「馬が合う」のだった。


 昼食休憩に30分ほど費やした彼女たちは、12時40頃に出発。


 だが、地図アプリに従い進むためか、交通量の多い道は避けていた。

 つまり、山形県内の最も栄えている、中心部である山形市からは完全に外れていた。


 国道287号を中心に走り、一旦、最上もがみ川を越えて、その最上川に沿うように北上。


 寒河江さがえ市、河北町と抜けて、国道347号に入り、村山市に入る。


 やがて、尾花沢おばなざわ市から国道13号に入り、直進。


 道はおおむね、片側1車線だったが、この辺りは思いっきり、「田舎」の風景が漂う場所で、辺りには田んぼと畑と、夏の青い山々が見渡せる、のどかで気持ちのいい快適な道だった。


 特に国道347号の途中からは、ひたすら真っ直ぐな道が続くため、またも調子に乗った杏が、がんがん飛ばしていた。


 14時20分頃。


 道の駅尾花沢。


 山形県もまた、面積では全国9位の大きさを持っており、実は東北地方の6県のうち、岩手県、福島県、秋田県、青森県、そして山形県は全国10位以内に入っている。


 その広大な山形県の真ん中より少し上くらいに位置しているのが、この道の駅尾花沢である。


 ここには広大な駐車場と、レストラン、土産屋、さらに新鮮な野菜を売る農産物直売所もある。


 すでに日本橋の出発から、8時間以上が経過していたが、まだこの時は元気があった彼女たちは、しばらくこの道の駅で、物産品を見たり、直売所を覗いたりして、時間を潰すと同時に、休憩の時間自体を楽しんでいた。


 出発前。

「杏ちゃん。もう半分くらい来たんじゃない?」

 蛍が不意に、杏に声をかけた。


 携帯の地図アプリを見ながら、杏は笑顔を見せて、

「日本橋から大体410キロだ。もう半分以上来たぞ。残りは325キロだ。意外と余裕だな」

 そう豪語していたが。


 実は国道4号を走っている真姫・京香組の744キロとは、ほんの10キロほど短いだけである。


 しかもこちらは、山道ばかりで、ガソリンスタンドが少ない、実は不便な道だった。


 残りは順調に行けば、6時間半くらいで着く予定だった。


 もっとも、

「油断しちゃダメだって、杏ちゃん。バイクのツーリングは、最後の最後まで気を抜いたらダメだべ。知ってる? バイクの事故で一番多いのは、実は自宅近くなんだって。つまり、油断してるってことだべ」

 と蛍は、腰に手を当てて、子供をたしなめる親のように杏に、厳しい目を向けていた。


「相変わらず、蛍は真面目というか、お母さんみたいだな」

 などと言って、笑っている杏に、


「お母さんって、私、そんな年じゃないよー」

 と泣きそうな顔で訴えていた。


 2人の旅は、ようやく折り返し地点に差し掛かるが、真姫・京香組同様に、そこからが「長かった」。

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