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ゆるツー  作者: 秋山如雪
15章 最後の思い出
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76. 国道4号(後編)

 真姫と京香の過酷な旅が続いた。


 一関市を出ると、すぐに聞いたことがある地名が、真姫の目に飛び込んできた。

 平泉町。


(確か歴史の授業で習った……)

 彼女はうろ覚えだったが、奥州藤原氏や源義経で有名な場所だと記憶しており、実際に中尊寺ちゅうそんじ毛越寺もうつうじの標識が見えていた。


 だが、先を急ぐ彼女たちは、あえなく通過。


 4号線は、2車線の快適な道を真っ直ぐに北に描いていた。


 だが、実はこの岩手県こそが、大変な道になる。

 北海道に次ぐ全国2位の面積を持つ岩手県は縦に長い。


 なかなか距離が縮まらないと思いながらも、奥州市、金ヶ崎町、北上市と、北上川に沿うように北上を続ける。


 そして、一関市の出発から約1時間半後。

 花巻市に入った辺りで、真姫はインカムを通して、京香に訴えた。


「眠い。どこかで休もう」

「りょーかい。道の駅に寄るよ」


 京香はすぐに応じてくれ、最寄りの道の駅 石鳥谷いしどりや 南部杜氏の里に入る。

 時刻は夕方、16時40分を回っていた。


 この変わった名前の道の駅は、広大で、敷地内には図書館や体育館、学習館や博物館、物産展などがあった。


 だが、疲れ果て、眠気が襲ってきていた彼女たちは、それらをパスし、ベンチを探すものの。


 広い駐車場や敷地内に反して、横になれるような場所はなかった。


「こういう時、車だと便利なんだけど」

「だよね~。まあ、ないものはしょうがない。別の所に行こう」


 そう言って、京香が先導した場所は、そこからすぐの距離にあった。


 JR石鳥谷駅。


 国道4号からは少しだけ外れた、東北本線の小さなローカル駅で、無人駅ではなかったものの、レトロな切妻屋根が特徴的な、こぢんまりとした駅だった。


 中に入ると、小さな待合室にいくつかの椅子が置かれてあるが、人影は全くなかった。


「ちょうどいいね。ここで寝よう」

 京香の発言に、真姫はいても経ってもいられずに椅子に横になっていた。


 京香はそんな真姫の様子に、小さく微笑みながらも、自身は背もたれに身体を預け、真姫の頭を自らの膝の上に乗せていた。


 そのままあっという間に真姫は眠りに落ちる。

 ローカルの短い編成の電車が来たような気がしたが、真姫も京香も眠りについており、気づいてすらいなかった。


 そのまま時間は経過し、17時を回る。

 やがて17時20分過ぎ。


 再び電車が来て、数人がホームから駅構内に入ってきた。

 そこでようやく目を醒ます真姫、そして京香。


「ふわあ。少しだけど寝れた」

「良かった。ちょっと寝るだけでも違うでしょ」


「うん。ありがとう、京ちゃん」

「どういたしまして」

 にっこりと笑顔を見せる京香の眩しい笑顔が、真姫にはありがたかった。


 夏の長い陽は、まだ沈んではいなかったが、徐々に辺りは暗くなり始める。


「休んだし、出発しよう」

「うん」


 再び、4号線の長い旅路が続く。


 そして、そこからが大変だった。


 休んだことで、少なからず眠気は醒めていたが、岩手県の県庁所在地、盛岡市中心部では軽い通勤渋滞に遭い、そこを抜けるとひたすら田舎道になった。


 岩手町を過ぎると、軽い上り坂になり、そこに「国道4号最高地点」の標識があった。標高はわずか458メートルの十三本木峠だ。


 国道4号は、全体的に平坦な道が多く、山道はほとんどないから走りやすいが、ここだけは峠道だった。


 すでに宵闇が迫り、辺りの木々が黒い影にしか見えない中、一戸いちのへ町、二戸にのへ市と抜けて、ついにその標識を目にすることになる。


「青森県」


 旅の終着点がある県に到着したが、すでに陽は沈んでおり、辺りは田舎特有の、漆黒の闇に包まれていた。


 かろうじて、道の駅の標識を見つけた京香が、その駐車場に入って行く。


 道の駅さんのへ。


 時刻はすでに20時近くになっていた。

 眠気覚ましと、体力回復に、自販機でコーヒーを買って休憩する2人。


 互いにバイクの様子を軽く確認しながら、シートに座り、話をする。

「やっと青森県に着いたね」

「だねー。遠かったなあ」


「あと、どのくらい?」

「うーん。大体110キロ、2時間ってところかなあ」


「さすがにおなか空いたなあ」

「そうだねー。ファーストフードにでも行く?」

 その京香の問いに、真姫は首を振っていた。


「いや。せっかく来たのに、ファーストフードは味気ない。コンビニで買って、さっきみたいに、ローカル駅で食べよう」

「いいね、それ。駅は旅情をかき立てるからね」

 京香は、あっさりと合意し、破顔していた。


 再び夜の国道4号をひた走る。


 五戸ごのへ町、十和田とわだ市、七戸しちのへ町と抜け、約1時間後。ロードサイドのコンビニで弁当を買った2人。


 駐車場で携帯を見ていた真姫が、あることに気づいた。

「ねえ、京ちゃん。この野辺地のへじって地名、面白そう」

「野辺地?」


「そう。ここ」

 自らの携帯の地図アプリを見せ、この先にある海沿いの小さな街を、真姫は指差していた。


「野辺地かあ。多分、アイヌ語だね」

「アイヌ語って、北海道だけじゃないの?」


「ううん。実は北東北、特に青森県にはいっぱいあるらしいよ。まあ、私も聞きかじった知識だけどね」

「へえ」

 妙なところで博識な、京香の意外な一面を見た気がした真姫であった。


 そして、コンビニを出て間もなく。

 その場所に入った。


 青森県野辺地町。

 青森県内でも有数の豪雪地帯で知られる街で、人口は約12000人ほど。


 野辺地の由来はアイヌ語の「ヌプンペッ」(野中を流れる川)と言われている。古くから交通の要衝として栄えていた街でもあった。


 国道4号を少しだけ外れ、到着する。


 野辺地駅。


 あおい森鉄道と、JRの共同使用駅だが、駅前は、お世辞にも「栄えている」とは言えない、こぢんまりとしていて、むしろ「何もない」にふさわしいくらい閑散としていた。


 特に、夜遅いこともあり、タクシーがかろうじて1台、駅前ロータリーに停まっているだけの光景だった。


 もちろん、小さな駅舎には人影はなかった。

 構内に入るものの、なんとも物寂しい駅だった。


 そこのベンチで、2人は揃って弁当を広げる。


 コンビニで暖めてもらった弁当は、少しだけ冷めていたが、ずっと走ってきて、あまり食事を摂っていなかった2人にとって、待ちに待った夕食であり、ごちそうでもあった。


 「空腹は最高のスパイス」という。

 超のつくほどの、過酷なロングツーリングで疲れ果てていて2人は、一気に夕食を食べていく。


 気がつけば、お互いがほとんど無言のうちに、平らげていた。


 食後。

「いよいよだね」

「長かったなあ」

 感慨深げに呟き、お互い、この旅で最後の区間に挑む。


 時刻はすでに21時30分を回っていた。

 残り区間は約43キロ、時間にして50分強だった。


 野辺地町から、海沿いを走り、平内町を通り、浅虫温泉の標識を見る頃。

 ようやく「青森市」という案内看板を見つけた2人。


「やっと青森だ!」

「あともう少しだね」

 インカムを通して、京香のテンションが高い声が聞こえてきた。


 青森市街地に入ると、あとは簡単であっという間だった。

 広い道幅と、ロードサイドの店舗が建ち並ぶ街中を駆け抜ける。


 すでに夜の22時を回っているから、車は極端に少なかった。

 今日、予約していたホテルの前を通過し、青森市役所を左手に見ながら、ようやくそこに到着した。


 青い森公園。


 青森市中心部にあり、国道4号と7号の国道碑が建っている。そこが、4人が前もって決めた「ゴール地点」だった。


 予想通りというべきか。

 到着した時には、すでに杏と蛍のバイクは停まっており、手持無沙汰気味に2人が携帯を見ていた。


 バイクで近づくと、杏が右手を上げて合図をし、蛍は穏やかな笑顔を見せていた。


 東京、日本橋の出発から18時間30分。時刻は22時30分頃だった。


 ついに2人は744キロを走り抜け、国道4号の最終地点にたどり着いた。


 無事の再会を喜び合うものの、感想を言い合う気力は、4人には残されていなかった。


 そのままホテルへと向かったのだった。

 こうして、真姫・京香組の、果てしなく長い旅は終わる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 当たり前かもしれませんが、1日で行く行程だと、途中は、ほとんどが素通りせざるを得ないのね。 道の駅とか、場所によっていろいろ違いがあって、面白そうなのに。 敷地内に図書館や博物館がある道の駅…
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