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ゆるツー  作者: 秋山如雪
15章 最後の思い出
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73. ゆるくないツー 計画編

 4月。

 ついに、真姫たち4人の女子高生にとって、最終学年である3年生になる時期がやって来た。


 そして、同時に、ようやく真姫の母・南による「バイク禁止令」が解かれていた。


 ところが、3年生になった途端、4人はいずれもが「多忙」に見舞われる。

 特段、大袈裟なくらい大きな目標は4人にはなかったものの、真姫が目指す医療系大学は偏差値が高く、そう簡単には入れないレベルの大学だった。


 京香が目指す調理師専門学校は、彼女の成績なら心配はなかったが、彼女は実家の手伝いで忙しくなる。


 杏は、本格的に二輪整備士を目指すことになり、その下調べと勉強に余念がなかった。なんだかんだで、「真面目」なところがある彼女は、いつの間にか「パリピ用語」も使わなくなっていた。


 蛍は、文学系大学への進学を目指していたが、そこは教員免許も取得可能な教育大学で、彼女は将来、教師になることも視野に入れているという。その分、勉強が忙しくなった。


 つまり、4人ともにそれぞれの「将来」に向けて、動き出しており、とても呑気に「ツーリング」に行っている場合ではなくなっていた。


 平日は、放課後に塾通い。休日も塾や家庭教師など、それぞれが一応は、勉強なり、将来に向けて勤しんでいた。


 真姫もまた、自身が忙しいのと同時に、友達3人のライダーのいずれもが忙しいことを知っていたから、無理には誘わず、たまに気晴らしに、近場に出かける程度になっていた。


 気がつけば、7月を迎え、そして夏休み。

 しかしながら、今度は「夏季講習」が入る。それぞれ学校、塾などで行われる夏季講習や模試に時間を取られ、長い夏休みがあっという間に過ぎていった。



 そんな8月の中旬。お盆を少し過ぎた頃だった。


―みんな。次の土曜日の夜に集まれる?―


 バイク共通LINEグループで発言してきたのは、杏だった。


―いいよー。お店の手伝いが終わったら行く―

―私も夏季講習が終わったらいいよ―

―私も同じく―

 それぞれ京香、真姫、蛍が返信を返す。


 杏は、突拍子もなく「集まる」ことを計画したわけではなかった。彼女なりの考えがあった。


 そのため、

―じゃあ、夜の9時でいいから、新宿のファーストフードで―

 と指定してきた。


 東京都府中市に住む、真姫と京香。神奈川県横浜市に住む、杏と蛍。お互いのグループが比較的行きやすい上に、夜遅くまで店が開いている、都心の新宿が選ばれた。


 そして、当日。それぞれがバイクではなく、電車で集まっていた。

「遅いよ、真姫」

 一番遅く、21時10分を回ってから、真姫がその指定されたファーストフード店に行き、適当なバーガーセットを注文して、席に向かうと。


 4人掛けのテーブル席には、もちろん3人の姿がすでにあった。


「ごめん。講習でちょっと聞きたいことがあってさ」

 制服姿のまま、彼女は京香の隣の、空いている席に着く。


「おつかれー、真姫ちゃん」

「お互い大変だね」

 京香と蛍も、口を開く。


「で、わざわざ集まって、何なの?」

 運んできたトレーに乗る、コーラにストローを差しながら、真姫が口を開く。


 そこで、発せられた、杏の「提案」があまりにも意外なものだった。

「夏休みの最後に、どこかにツーリングに行こう」


 それを聞いて、真っ先に、口を挟んだのは、他ならぬ真姫だった。

「ツーリング? こんな忙しい時期に? そういうのは、進路が決まって、落ち着く来年の春でいい」

 堅実的なところがある彼女らしい回答ではあったが。


 対する杏は、いつも以上にテンションが上がっていた。

「春なんてダメだって」


「何で?」


「日本は、縦に長いじゃん。だから、3月なんて、まだ場所によっては、雪が積もってるかもしれない。それじゃ楽しめない」


「んなこと言ったって、忙しい」

 ぶっきらぼうに返す真姫に対し、提案者の杏は、真姫だけでなく、京香と蛍も見回して、とある「妥協案」を口にしてきたのだ。


「だから、3日だけでいい」

「3日?」


「そう。夏休みが終わる8月31日の前の、平日の3日。その3日だけでいいから、みんなで思いっきり走りたい」

 それを聞いていた、彼女の親友の蛍が、いつになく、目を輝かせていた。


「いいね、杏ちゃん! 高校生活最後の『思い出』作りだね」

「そゆこと」


「私はいいよー。3日くらいなら、何とか調整できるし」

 京香も頷く。


 そして、真姫は。

 少しだけ考え込んでいたが、やがて、

「まあ、いいけど。でも、どこに行くの?」

 3日という、限定的な日程の中で、どこを目的地にするのかが気になっていた。


 すると。

「どうせなら北海道!」

 真っ先に蛍が叫んでいた。


「言うと思ったよ。蛍は北海道出身だし」

 杏は、その回答を予想していたのか、嘆息していた。


「じゃあ、杏ちゃんはどこに行きたいの?」

 蛍の質問に、杏が自信満々に答えた地名は。


「九州、かな」

「いいね、九州! 私も行きたいかも」

 杏に続いて、京香まで頷く。


 だが、真姫は、

「私も、蛍ちゃんと同じで北海道。と言いたいけど、3日じゃ、行って帰ってくるだけで終わるよ」

 リアリストの彼女は、往復だけで終わって楽しめない、と現実的な回答を放っていた。


「それなー。まあ、九州も変わらないけど」

 悩みながらも、渋々ながらも杏も認めていた。


 4人で、どうするべきか、どこに行くべきか、現実的な3日間という日程で、しかしながら、「高校生活最後の思い出」になるような場所は、とそれぞれが考えていた。


 そして、ある意外な人物が、この「答え」を引き出す。

「じゃあ、間を取って、青森県」

 京香だった。彼女はいつものようい、明るい声でニコニコしながら口に出していたが。


「いや、間を取ってって。取ってないじゃん! 大阪とか北陸ならわかるけど」

 提案者の杏が、盛大に突っ込んでいた。そもそも北の北海道と青森県では、大して変わらない。


 ところが、京香は、ある独自の「考え」を提案する。それこそがこの「盛大な旅」の始まりを告げることになる。


「国道4号って知ってる?」


「国道4号? あれでしょ。東京から上の方に延びてる……」

 言いかけた真姫に、嬉しそうに京香が応じて、同時に「雑学」まで披露していた。


「そう。東京の日本橋から、青森市の青い森公園まで続く、日本で一番長い国道。総距離は約744キロ! 私、一度でいいから、この国道4号をバイクで制覇してみたかったんだ」


 3人は、京香の意外すぎる提案に、面食らっていたが、

「いいじゃん、京香! あたし、そういう熱いの、めっちゃ好き!」

 杏が、テンション高く、叫ぶように言い放ち、爛々と目を輝かせていた。


 一方、

「うーん。いいけど、途中で泊まってくの? 結局、3日だと行って、帰って終わるんじゃないかな」

 蛍は、途中の経路や距離を想像して、不安そうに顔をしかめていた。


「まあ、普通に考えたら泊まるよね。私が京都に行った時も、岐阜で一泊したし」

 真姫の脳裏には、もちろん、従姉の茜音に強引に連れ出された、京都へのツーリングが浮かんでいた。


「だよねー。確か、”姫”と行った時でしょ。500キロくらいだっけ?」

「そう。あの破天荒な茜音ちゃんでも、一応、一泊はした」

 ところが、京香と真姫の会話を聞いていた杏は、そのことで、「逆に」彼女の中の「燃える心」に火が点いたかのように、


「じゃあ、あたしらは、その上を目指そう!」

 と、高らかに宣言するように、大きな声を出していた。


「上って?」

「時間が3日しかないんだよ。もったいない。早朝に出て、一気に1日で青森まで行く」


「ええーっ。さすがに無理だって、杏ちゃん」

 北海道出身で、東京~青森までの距離が、どのくらいあって、感覚的にどのくらい「遠い」かを実感として知っている、蛍が真っ先に大袈裟な声を上げた。


「無理じゃない! 見ろ、インターネット上では、こんなに『チャレンジャー』がいるんだ!」

 立ち上がって、熱く、吠えるように、杏が3人に見せたのは、インターネット上の、某有名動画サイトだった。


 そこには、

「東京~青森まで1日で行ってみた」

「バイクで国道4号を1日で制覇した」

 などの、非常に「目を引く」投稿動画が溢れていた。


 それを見て、真姫と蛍は驚きながらも、お互い複雑な表情を浮かべていたが。

 京香は、手元の携帯から何かを調べていた。


 そして、

「うん。行けなくはないかな。下道で大体15、6時間くらいだし」

 あっさりと頷いていた。彼女は、その手のチャレンジャーの記事を見ていた。


「いや。15、6時間走りっ放しってことでしょ。高速使えばいいじゃん」

 至極、もっともな意見を真姫が呟くが。


「真姫ちゃん。わかってないなあ。高速で行ったら、面白くないでしょ。それに国道4号じゃなくなるしー」

 妙なところにこだわる、京香。


 そして、

「その通りだ! それに、あたしは、高速道路は使いたくない。何故なら、金がないから!」

 貧乏なことを何故か、これ見よがしに自慢している、奇妙なテンションの杏が叫んでいたが、彼女が言うと、切実すぎて、誰も笑えないのだった。


「ああ、もう。みんなバカだねえ」

 蛍は、そんな2人を見て、呆れたように嘆息していた。


「バカで結構だ。バイク乗りなんて、みんなバカなのさ」

 開き直って、笑顔を浮かべる杏。


 最後に残ったのは、真姫。3人の視線が集中する。彼女は、いつものように、沈思黙考していたが、やがて、

「まあ、京ちゃんや杏が言いたいこともわかる。早朝の4時に、日本橋を出発して、休憩を挟んで、18~20時間。ギリギリでその日のうちに青森に着けるか……」

 頭の中で、想像し、整理していたことを、吐き出すように呟いていた。


「そうだ。これは『バイク乗りのロマン』だ!」

 相変わらず、うるさいくらいテンションが高い杏が、少しウザく感じてきていた、真姫は、冷静に、携帯を開き、地図アプリを見ながら、


「でも、最短ルートなら4号じゃなく、福島県の会津あいづ若松から山形県、秋田県を通った方が近い」

 ルート検索をしていた。


 それを覗き込む残りの3人。


 そして、

「よし。なら、こうしよう。2人は国道4号を通って青森。2人は、最短ルートで青森。それなら楽しめるだろ?」

 もはやチームリーダーのように、仕切っている杏が発すると、


「じゃあ、私は4号制覇したいから、4号組!」

 もちろん、言い出しっぺの京香が声を上げていた。


「じゃあ、あたしは、その最短ルートだ」

 杏は最短ルートを選ぶ。


 残る2人は、

「私は、京ちゃんと一緒に4号を走るよ。面白そうだし」

「じゃあ、私は杏ちゃんとだね」

 結局、いつもの「親友」2人組のペアに落ち着いていた。


 最後に、

「いいか。これはあくまでも『楽しむ』ためのツーリングだ。速さは競わない。どっちが先か、後か、それはどうでもいい。ただ、最後に青森で落ち合って、感想を言い合おう」

 杏が、やはり場を仕切るように、宣言し、3人は頷いて、具体的な日取りの調整と段取り、そして出発前に最低限のメンテナンスやオイル交換を約束しながら、解散となった。


 こうして、彼女たちの「高校生活最後の」ツーリングが、始まろうとしていた。

 それは決して「ゆるく」はない、想像を絶する旅となる。

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― 新着の感想 ―
[一言] チャレンジャーだなあ。 でも、若いからこそだなあ。
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