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ゆるツー  作者: 秋山如雪
14章 近場の春
73/82

72. 春を探しに行こう

 真姫が、母に言い渡された「バイク禁止令」はまだ続いていた。


 2月を越え、3月。

 それも延々と続き、日々、勉強に追われているうちに、季節は進んでいた。


 3月末。

 真姫が「バイクに乗れなくなって」から、早くも2か月半が過ぎていた。


 テレビの天気予報のニュースでは、「桜前線」の言葉が出てきており、東京の開花予想は3月27日頃だった。


 そんな3月下旬。


 真姫は、不意に、再び「衝動」にかられた。陽気がよく、辺りが少しずつ暖かくなり、春めいてきたのも影響していた。


 彼女は、またも教室の自席に京香を呼びつけていた。

「はろはろー。またどこか行きたくなった?」

 何も言わないのに、「察して」くれる、親友が、今の彼女にはありがたく感じられた。


「うん。どこかに行きたい」

「まーた、ふわっとしてるねえ」

 京香は、真姫の机の前の空いている席に座り、真姫の机に頬杖を突いて、にこにこと微笑み、白い歯を見せていた。


「うーん」

 小首を傾げて、考え込む京香が、小動物のようで可愛い、と真姫が内心、思っていると。


「じゃあ、『春を探しに』行こうか?」

「春を探しに? 詩人だね、京ちゃん」


「あはは。バイクは『季節を感じられる』乗り物だからね」

「いいとこ知ってるの?」


「もちろん! まあ、話したら面白くないから、内緒だけどね」

 そう言って、ふわふわしたような、少し癖のあるショートカットの髪の毛を触る京香。


「じゃあ、任せる」

 真姫にとっては、それだけで十分だった。


 勉強の合間の「気晴らし」。バイクが乗れない「鬱憤」を晴らすかのように、京香の提案に無条件で従っていた。



 その日は、土曜日。

 桜前線が間近に迫り、開花間近の、「小春日和」と言っていい陽気だった。


 朝晩は、まだ10度に届かないが、日中の気温が20度を少し越えるくらいの、快適な「春の日」だった。


 前回と同じように、リュックに勉強道具とグローブを入れて、名目上は「京香の家で勉強」ということにして、彼女は旅立った。


 もっとも、母の南には、感づかれているのかもしれなかったが。


 京香の家に行くと、彼女はもうバイクを準備して、待っていてくれた。

「ごめん。待った?」

「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっと、この子の調子を見てただけだから」

 そう言って、微笑む京香は、手慣れていた。


 聞くと、自分でオイル交換やチェーン調整くらいならやっているという。


「じゃあ、行くよ」

「うん」


 後部座席にまたがり、京香の細い腰に抱き着くように、手を回す。

「京ちゃん。あったかい」

「なんだか恥ずかしいな」

 そんな一言に、照れている京香が、真姫にはたまらなく可愛らしく見えていた。


 だが、ひとたび、運転し始めると、彼女は、というよりもPCX150は「豹変」する。

 相変わらず「加速力」が抜群にいい。


 信号待ちをしていても、隣に大型バイクが来ても、信号ダッシュであっという間に先に進んでしまう。


 さすがに高速度域では、大型バイクには負けるが、スタートからしばらくは、PCXの方が「速い」と言える。


 今回、彼女は、真姫にとっても、少し意外なところに向かっていた。


 甲州街道から、日野市を経由し、国道16号を南下するまでは、前回と同じだったが。JR橋本駅近くの交差点から右折し、国道413号に入った。


 その後は、相模原市の市街地を抜けて、県道を通り、西へと向かっていた。

(この方向に何かあったかな)

 真姫にとっては、あまり、というかほとんど来てはいない場所でもあった。


 国道412号から、また住宅街の中を通り抜け、短い坂道を登った先に、湖が見えてきた。


 そこまでの時間はわずかに1時間程度。距離にして35キロくらいだった。


 あっという間に目的地に着いていた。


 鳥居原とりいはら園地駐車場。


 と呼ばれる、その場所は、湖に面した大きな駐車場と売店があり、その湖を「宮ヶ瀬湖(みやがせこ)」と言った。


「バイク、多すぎじゃない?」

 PCXを降りる前から、そのあまりにも多いバイクの「群れ」に、真姫は閉口していた。


 何しろ、土曜日で天気もいい。暖かい。そこら中から集まったバイクで、駐車場の端から端まで溢れていた。


「まあ、ここは有名だからね」

 ヘルメットを脱いだ京香は、慣れた様子で辺りを見回す。


 とりあえず、湖を見に行くことになった。

 そこからは、春の陽光に照らされて輝く、湖面と、すでに春を感じられるかのような陽光が降り注いでいた。


「綺麗でしょ」

「うん。でも、人、多い」


 時間はまだ午前11時前だったのだが、それでも近隣や、遠くは東京都や埼玉県や千葉県から集まったバイクや車の持ち主で溢れかえっており、売店は入れないくらいに人がいた。


「京ちゃん。行こう」

 真姫が、渋い顔でそれだけを告げていたが、真姫のことをよく知っている京香は、すぐに納得してくれて、バイクを再び走らせていた。


 次は、どこに行くのか、と真姫が思っていたら、京香は、ナビとは正反対の方向に走り出した。


 つまり、湖から離れる方向ではなく、湖沿いにひたすらバイクを走らせる。


 すぐに、真姫は気づいた。

(京ちゃん。私のために)

 そう。京香は、わざわざ真姫のために、この湖の周りをバイクで走っていた。そのまま湖の縁に伸びる道をなぞるように、ぐるぐると一周していた。


 真姫にとって、初めて見る宮ヶ瀬湖は、思った以上に大きく、そして四隅が極端に尖がっている、不思議な形に見えた。もっとも、ここは自然の湖ではなく、人工のダム湖だが。それでも湖畔から眺める、春の湖の景色は、自然の美しさに満ちていた。


 一周して北上。


 そこからは国道と県道でわずか20分ほどで、次の目的地に着いていた。


 相模湖さがみこ公園。


 この辺りは、すでに山梨県に近いが、ギリギリで神奈川県という土地だ。

 彼女は、あくまでも「近い」場所を選んでいるように、真姫には思えた。


 この公園の駐車場は、土日は有料だが、平日は無料で駐車できるという。


 土曜日の日中ということで、それなりに車やバイクが多かったが、それでも先程の鳥居原園地ほどではなかった。


 むしろここには家族連れが見え、小さい子供が親に連れられて、遊びに来ていた。


 公園をそぞろ歩き、少し行くと、レトロな昭和の風情の漂うような、古びた建物が右手に並ぶ区画に入った。


 売店や食事処が並んでいるが、何とも昔ながらの、小さな観光地だった。


 そして、

「ほら、真姫ちゃん。あれ、乗ろうよ」

 京香が指を差して、興味を示したのは。


 ボート、と書かれた大きな看板だった。

「え、いいけど。ああいうのって、恋人同士で乗るんじゃ?」

 そう口に出した真姫に、京香は何故か、恥ずかしそうに、


「いいでしょ、恋人じゃなくても。それとも真姫ちゃんは、私と一緒に乗りたくないの?」

 すがるような、上目遣いで真姫を見つめてくる、京香が可愛らしく思え、真姫は、

「そんなことない。いいよ」

 もう反論する気にもなれなかった。


 2人で手漕ぎのボートに乗る。


 周りはカップルや家族連れが多い中、高校生の、それも女性同士で乗っている連中は、周りにはいなかった。


 だが。

「ほらほら、真姫ちゃん。梅が咲いてるよ。春だね」

 京香は、ボートに乗ると、子供のようにはしゃぎだした。


 逆に、はしゃいで、ボートから転落しないだろうか、と真姫が心配になるほど、彼女は元気一杯だった。


 だが、京香の言うように、湖面に近い湖の端には、梅らしき、小さくて白い花が咲いており、季節が確実に春に進んでいることを感じることができた。


 このボートの上で、2人は、ある意味では「女子高生」らしい会話を交わす。

「真姫ちゃん。彼氏作らないの? 絶対モテるでしょ」

 不意に京香が口走ったことがきっかけだった。


「いや、別に。いらないかな」

 真姫は否定していたが、


「モテることは否定しないんだ?」

 返って、京香に言葉尻を突かれていた。


「モテるっていうか。まあ、コクられたことは何回かあるけど。っていうか、そういう京ちゃんもでしょ。コクられてるの見たことあるし」

「え、マジで?」


「マジで」

「恥ずかしいー」


 途端に、2人は女子会のような、「乙女トーク」に入っていた。

 だが、2人が彼氏を作らないのには、それぞれ理由があった。


 真姫は、

「私に告白してくるのは、チャラくて、頭の悪そうな男ばかり。ヤルことしか考えてない」

 と怒ったような口調で、辛辣に暴露していたし、一方で京香は、


「私も、私の外見しか見てくれない人ばかりだから。別にいいかなあ。真姫ちゃんがいれば」

 と言いつつ、真姫を見つめてくる有り様。


 真姫は、そんな京香を見てると、本気で「そっちの道」に走りたくなるような気持ちになるが、今のところ、一応、彼女は「ノーマル」ではあった。


 2人の女子高生の「春」はまだ遠いのだった。


 結局、その後は相模湖公園で、昼食を食べて、帰りは国道20号を通り、大垂水おおたるみ峠を越えて、真っ直ぐに府中に帰るのだった。


 春先の、短いながらも、2人の「小さな」旅は終わった。


 そして、いよいよ真姫も京香も3年生になる4月が来た。

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