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ゆるツー  作者: 秋山如雪
14章 近場の春
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71. 冬の湘南海岸

 厚木のコンビニまでは、出発から1時間強で着いており、まだ午前10時を少し回ったところだった。


 京香は、そこから間もなく、厚木西インターから有料道路に入って行った。

 もっとも、高速道路のタンデムは免許取得から3年以上かつ、20歳以上なので、実はこれは違反ではあるが。


 小田原厚木道路。通称「小田厚」と呼ばれる、そこは一般有料道路で、全区間が国道271号とされている。


 厚木から小田原まで約31.7キロメートル。パーキングエリアも整備されている、4車線の自動車専用道路だ。


 制限速度は、厚木西インターから大磯インターまでが80キロ、それ以外は60キロだが。


(速いって)

 真姫は、思わず京香の腰に回す手を強めながら、その背に向かって、心の中で叫んでいた。


 PCX150は、高速道路でさえも快適に走れる。さすがに110キロ以上になると、風圧と性能により、他の中型、大型バイクよりは劣るものの、100キロ程度なら、まるで問題がない。


 おまけに、京香は普段から結構スピードを出すことを思い出していた。


 常におよそ90~100キロで突き進み、右側の追い越し車線をどんどん進んで、どんどん抜いていく。


 真姫は、一緒にツーリングに行ってから、PCX150が速い、とは知っていたが、見るのと実際に体感するのとではまるで違う。


 あっという間に、伊勢原、平塚というインターを駆け抜けていく。

 途中、冬晴れの日らしく、遠くに富士山が頭に雪をかぶった様子が見れて、それだけは満足だったが、さすがにこの速さには、少々閉口していた。


 しかも、そのまま突っ切るかと思いきや、彼女は、大磯インターであっさりと降りて下道に入ってしまった。


 信号待ちで、

「どこに行くの、京ちゃん?」

 尋ねると、彼女は、わずかに首だけを向けて、


「ん-。やっぱここまで来たら、海でしょ」

 とだけ嬉しそうに口に出して、笑顔を見せていた。


 大磯インターを降りて、だらだらと下道を走り、やがて、古くから東西の交通の要衝だった、国道1号、つまり東海道を西に向けて走り出す。


 交通量が常に多いそこは、日曜日ということもあり、神奈川県のナンバーばかりではなく、首都圏の様々なナンバーでいっぱいだった。


 そして、「二宮」と書かれた交差点を左折した彼女は、再び自動車専用の一般有料道路に入る。


 西湘せいしょうバイパスだ。

 総延長は約20.8キロ。国道1号の南側に位置し、常に左手に「海」が見える、人気の快走路だ。


 その日も、太陽に照らされた、冬の太平洋がキラキラと輝いており、真姫の目を楽しませてくれるのだった。


 制限速度が70キロのこの道を、京香はまたも100キロ近くのスピードでかっ飛ばしていった。


(気持ちいいな)

 自分が運転しているわけではないが、しばらくバイク自体から離れることを余儀なくされていた真姫には、久しぶりに味わう「感覚」だった。


 それと同時に、腰に手を回していると、京香の体温が伝わってきて、暖かさを感じて、妙に心地よかった。


 新たな感覚に目覚めつつも、京香はそんなことを思いもせずに、一気に駆け抜けていき、またも右側の追い越し車線をかっ飛ばし、やがて、小さなパーキングエリアに入った。


 西湘PA。

 海沿いのその小さなPAには、すでに多くの車やバイクが集まってきており、賑わっていた。


 バイクを、狭いバイク駐車場の一角に停めると。

「ふう。着いた着いたー」

 京香が、ヘルメットを脱いで、振り向いて笑顔を見せた。


「京ちゃん、飛ばしすぎだって」

 不満の声を漏らす、真姫に対しても、


「ん-。そうかなあ。まあ、みんなこんなもんだよ」

 と、どこか他人事のように、あっけらかんとしている。


 そういう、「細かいことにこだわらない」京香と、一緒にいることが、真姫には心地よく感じていた。


 しかも、

「ほらほら、海だよ!」

 元々は真姫が行きたいと言っていたはずなのに、京香の方が喜んでいるようで、彼女は元気一杯に、柵まで駆けていた。


 駐車場のすぐそばに、柵があり、柵の前にはベンチが置かれてある。

 そこからは、白い波しぶきを上げる、冬の太平洋が一望の元に見渡すことができるのだった。


「真姫ちゃん、待望の海だよ。どう?」

「別に。普通の海だね」


「なんか感動がないなあ。ここ、実は私のお気に入りの場所なんだ」

 京香が確か「お気に入りの場所を紹介するね」と言っていたことを思い出した真姫は、


「ごめん。嬉しいよ。京ちゃんには感謝してる」

 さすがに、ここまで連れてきてもらったため、申し訳ない気持ちになって、言い直していた。そんな真姫に、京香は、


「じゃあ、ちょっとアイスでも食べてから、行こうか?」

 言いながら、真姫を売店に誘った。


(冬なのにアイスか)

 と思いつつも、ついていくと。


 小さなフードコートのようになっている、店舗には、きちんとアイスクリームが売っていた。


 あまり気乗りがしなかった真姫だったが、京香に誘われ、2人でソフトクリームを買うことになった。


 そのまま、先程、見た海沿いへ行き、ベンチに並んで座って、海を眺めながら食べる。

「いいねえ、湘南の海は」

 そう言って、キラキラと目を輝かす京香。彼女にとってはそこは「お気に入りの場所」だからなおさらなのだろう。だが、


「湘南って、江の島とか茅ヶちがさきのイメージの方が強いけど」

 と、真姫が反論すると、彼女はいつものように、柔らかい笑顔を見せた。


「そんなことないって。ここも湘南だよ。まあ、西湘っていうくらいだから、『西』だけど。それに、私は江の島も茅ヶ崎もあまり好きじゃないんだ」

「なんで?」


「人が多すぎるからね、あの辺は。人気ありすぎて、常に渋滞と人混み」

「ああ、それはわかる」


 アイスクリームを食べた後、今度は、京香が、

「お昼ご飯食べに行こう!」

 と言い出した。時刻はすでに11時過ぎ。


 少し早い昼食に向かった先は、そこから西湘バイパスをひた走り、早川インターで降りた先の、海沿いの「道の駅」のような施設だった。


 漁港の駅TOTOKO小田原。


 という、ショッピングモールにも、道の駅にも、レストランにも見える不思議な施設だった。


 しかも、中に入ると、1階は、まるで大きな物産展のように、所狭しと海の幸が並んでいるし、2階にはレストランまであった。


 まずは1階をそぞろ歩きしながら、店先を冷かす。

「京ちゃん。小田原って、何が有名なの?」

「かまぼこだよ」


「へえ。縁起物だね。一つ、買って行こうかな」

 そんな会話をしていると、


「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」

 たちまち真姫は、売り子のおばさんに声をかけられ、熱心にかまぼこを勧められ、結局、買ってしまうのだった。


 2階の食堂に向かう。

 レストランというよりは、どこか昔懐かしい、定食屋のような「食堂」と言った表現が近い、庶民的な雰囲気のするフードコートのような場所で、そこで2人は新鮮な海鮮丼を注文した。


「この後、どうする?」

 食後に、真姫が尋ねるも、京香は、真姫にとっては少しだけ意外な答えを出してきた。


「うーん。帰る、かなあ」

「早くない? まだ昼だよ」


 当然、そう持論を述べる真姫に対し、京香もまた自らの持論を展開していた。

「早くないよ。冬はね、時短ツーリングがいいんだよ」

「時短ツーリング?」


「そうそう。冬は寒いし、路面凍結もあるからね。朝は少し遅く出て、帰りも日が沈む前にさっさと帰る。それに早く帰った方が、渋滞にも遭わないし」

「まあ、海が見れたからいいけど、それにしても、ちょっと早いような。せっかくだから、熱海まで行く?」


 しかし、真姫の提案は、意外なほど強硬な、京香の態度によって、遮られていた。

「いやいや。ここから熱海って、土日はめっちゃ混むからね。いつも渋滞するから、私、あの道きらーい」

 京香は、なんだか可愛らしく、口を尖らせて言っていたが、彼女が言う、その道とは国道135号。


 小田原から熱海を目指す場合、ほぼこの道を通らないといけない。

 途中で、有料道路があるにはあるが、短い割に金を取るため、うま味がなくて、使う人は少ない。


 おまけに片側1車線の、ダラダラした道が延々と、熱海まで続く上に、渋滞するから逃げ場がない。


 かと言って、箱根方面に迂回し、箱根スカイラインを使うと、この時期は、路面凍結が怖いので、バイクでは行けない。


 そういう理由もあり、京香は「帰る」と主張したのだった。

 真姫も、理由を聞いて、妥協するのだった。


 いくら「すり抜け」が出来る、機動性の高いPCX150とはいえ、すり抜けは神経を使うし、それで京香の負担になるなら、真姫は無理に行かなくても良かった。


 ただ、さすがに日没までには時間が余るほどあったので、帰りは、下道でのんびりと、途中休憩を挟んでいた。


 途中のコンビニで、

「京ちゃん。ガソリンは?」

 ここまで走ってきて、一度もガソリンを入れたのを見たことがなかったどころか、気にもしていない京香が気になったため、不意に尋ねていた真姫の疑問に対する、京香の回答を聞いて、真姫は驚愕の事実を知ることになる。


「ん? 全然心配ないよ」

「リッターでどれくらい走るの?」


「うーん。ざっくり言って40キロ~45キロくらいかな」

「40キロ? マジで。凄すぎじゃない? YZF-R25はせいぜい30キロ行くか、行かないかくらいなんだけど。いつも何キロくらいで給油してるの?」


「そうだねー。360キロくらい? 燃費はいいけど、ガソリンは8リットルしか入らないからね」

 コンビニで買った、野菜ジュースをストローで飲みながら、呑気な声を出す京香を見ていた真姫は、


(マジで。PCX凄すぎ)


 改めて、この「快速スクーター」の実力に圧倒されて、舌を巻くのだった。


 結局、15時半には、京香の家に到着していた。


 それでも、真冬の陽光は16時を過ぎると、あっという間に傾いていき、強烈な寒さが襲いかかってくる。


 ある意味では、京香の言うことは「バイク乗り」としては、非常に正しい判断でもあった。


「今日は、ありがとう、京ちゃん。短かったけど、楽しかった」

「それは良かった。次はもうちょっと暖かくなってからがいいかもね」

 2人は、別れ、冬の「時短ツーリング」は終わった。


 だが、タンデムツーリングは、まだ終わらなかったのだった。

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