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ゆるツー  作者: 秋山如雪
14章 近場の春
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70. PCX150

 バイク禁止令が、母親から告げられた真姫。

 バイクに乗りたくても、「乗れない」、悶々とした日々を過ごしていた。


 だが、結果的には、皮肉にもそのことが彼女を「成長」させることにも繋がる。1月から2月にかけて、バイクを忘れるように、勉強に励み、成績が上がっていた。


 むしろ、

(勉強くらいしかやることがない)

 状態だった。


 そんな、いつにも増して勉強に励む、真姫を親友の京香は、心配しつつも、暖かい目で見守っていた。


 彼女は、自分から真姫に「ツーリングに行こう」とは言わなかった。

 それは、真姫の気持ちをおもんぱかり、彼女が「行く」と言う気持ちを本当に抱くまでは、あえて放置したのだ。


 人の気持ちを考えることが出来る、京香は両親の影響で、優しい娘に成長していた。


 そんな2月中旬。

 まだまだ寒さが続く中。


 冬晴れの穏やかな土曜日だった。

 いつものように、家で勉強していた真姫は、不意に疲労から、ベッドに横たわり、そして、


(走りたい)

 衝動的に思ってしまった。


 思い立ったら、いても経ってもいられず、すぐに京香にLINEを送っていた。


―京ちゃん。どこか行きたい―


 それだけの文面だったが、京香はすぐに返信をしてくれるのだった。


―いいよ~。でも、ごめんね。今日はちょっとお店の手伝いしてるから、明日なら―


―わかった。明日、朝の7時に京ちゃんの家に行く―


 だが、その強引にも取れる真姫の提案に、京香は珍しく、「待った」をかけた。


―朝の7時は早いね。9時にしよう―


―どうして? 渋滞するから、早い方がいい―


 真姫としては、渋滞する前にさっさと、目的地に行きたかったのだが、京香の考えは違っており、それは「冬のバイク乗り」らしい考えだった。


―朝早いと、路面凍結するかもだから、ちょっと遅い方がいい―


 その文面を目にして、ようやく真姫は、自分の考えの甘さに気づくのだった。


―そっか。そうだね。じゃあ、9時でいいよ―


―行きたいところある?―


―うーん。特にないけど、冬でも走りやすい、爽やかなところ。海が見たいなあ―


―わかった。私のお気に入りの場所を紹介するね~―


 阿吽の呼吸、というか、それだけで彼女たちは「通じ合って」いた。付き合いが長いから、お互いの性格をよくわかっている。


 約束の日曜日の9時が、待ち遠しいと思いながらも、真姫は再び机に向かって、勉強をするのだった。



 日曜日、午前9時。

 真姫は、自転車で、京香の家に遊びに行った。


 名目は「勉強」ということで、リュックに勉強道具を詰めていたが、実はこっそり、バイク用のジャケットとグローブを中に仕込んでいた。


 ヘルメットは、京香の予備がある、と聞いて持参はしなかった。

 一応、バイクに乗るために、下はもちろんジーンズ姿。


 着いてみると。

「おはろー。冬らしい、いい天気だね~」

 いつもと同じように、明るい笑顔を向けてきた京香。


「おはよう。いい天気だけど、めっちゃ寒い」

「それなー」


 空は、関東の冬らしい、爽やかな冬晴れ。気温は5度くらいだった。

 京香は、冬用の分厚いライダースジャケットを着込んでいた。


 一方で、真姫は、わざわざ着て来た、冬用のダッフルコートを脱いで、それを京香の家に預け、代わりに持ってきたリュックに入っている冬用のジャケットに着替え、グローブをはめる。


 京香から渡されたヘルメットは、黒いジェットヘルメットだった。

 サイズ的には、真姫よりも少し小顔な京香用だったから、少しだけ窮屈に感じるものの、大きな問題はなかった。むしろ、真姫は小顔の京香を羨ましく思うのだった。


「んじゃ、行こうか?」

「どこに?」


 白い車体のPCX150を始動し、真姫は京香の後ろに乗って、彼女の腰に手を回す。冬だからこそ、密着すると体温を感じて、妙に暖かい。


「いいところだよ」

 とだけ、告げて、彼女はいたずらっ子のように微笑むが、真姫は全幅の信頼を彼女に置いているから、何も言わなかった。


 だが、驚くべきことに。

(速い!)

 PCX150は、真姫の予想を大きく上回る、加速力を見せた。


 スタートからのダッシュが物凄く速い。おまけに車体が軽いから、250ccと見間違うくらいの性能を見せていた。


(マジでこいつは150ccか?)

 正確には、156ccの単気筒のスクーターだが、一般的な150ccに抱く性能を軽く凌駕した物だと、真姫はすぐに感じ取った。


 しかも、この日曜日のこの時間帯は、そこそこ交通量があるにも関わらず、その「機動性」は群を抜いていた。


 あっという間に、前の車に追いつき、しかも車体が軽くて細いから、すり抜けして、すぐに信号機の前に出ることが出来る。


 2人分の体重が乗っているとは思えないほどの、優れた性能だった。


 信号待ちをしている時に、京香の耳元で、

「めっちゃ速いね、これ」

 と告げると、彼女はくすぐったそうに笑いながら、


「でしょ~。この子は『都市交通の王様』だよ」

 と、誇らしげに答えていた。自分のバイクを「この子」と言うところが、バイク乗りらしい、と真姫は思って、含み笑いをしていた。


 京香はそのまま真姫を乗せたまま、交通量の多い、国道20号、つまり甲州街道を抜け、日野市を経由して、八王子市に入った。


 八王子バイパスとも呼ばれる国道16号を南下。やがて、国道129号に入ると、そのまま南下を続けた。


 信号機が多い区間で、何度も止められていたが、ミッションバイクとは異なり、PCXは信号機を苦にはしない。


 滑らかに止まり、一気に加速する。

 途中、明らかに彼女のバイクよりも排気量が多い、250ccか400ccのバイクと信号機で並んだが、それでもあっという間に加速力で抜いていた。


(PCX、マジですげえ)

 真姫は、その性能に、一種の感動すら覚えていた。


 彼女にとっては、スクーターは、ミッションバイクではないから、「選択肢」には入っていなかったのだが、このPCX150だけは別物に思えるくらい、魅力的だった。


 何より、形はカッコいいし、加速力もあるし、おまけに軽い。

 よく見ると、フロントパネルの左側のインナーボックスには500mlのペットボトルが収納可能で、外部電源ソケットまで標準装備だった。


 このバイクが、爆発的に売れた、という理由がわかった気がした。


 やがて、途中のコンビニに入った、京香。降りて、2人でコンビニで、暖かいコーヒーを買って、外に出た。

 場所は、神奈川県の厚木市あたりだった。


「このまま下道で行くの?」

「うーん。それでもいいけど、さすがに面倒になったから、高速使おう」


「わかった」

「この子は、高速でも速いし、走りやすいよー」


 自慢するように、京香はそう告げて、自らの白いバイクのシートを撫でていた。

 2人のタンデムツーリングは始まったばかりだった。

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