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ゆるツー  作者: 秋山如雪
14章 近場の春
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69. バイク禁止令

「真姫。あなたはしばらくバイク禁止ね」

 母の鋭い眼光と、怒ったような口調に、真姫は反論していた。


「なんで? ちょっとコケただけじゃん」

「言い訳しない。あなたは女の子なんだよ。それも受験を控えている大切な時期。とにかく禁止ね」


「禁止って、いつまで?」

「私がいいって言うまで」


 真姫の絶望が始まった。


 きっかけは、数時間前にさかのぼる。

 年が明けた1月。


 真姫は、1人で土曜日に、バイクで出かけた。

 とは言っても、路面凍結が怖い冬の時期。少しでも暖かいところに行きたい、と三浦半島から湘南海岸辺りを目指して走った。


 その途中、とある坂道でUターンしようとして、盛大に転倒していた。

 彼女自身にとって、バイクに乗って「初めて」の「立ちゴケ」だったが、運が悪いことに、坂の山側から谷側にコケて、しかも足をバイクと地面の間に挟んでしまった。


 幸い、骨には異常がなく、打撲と捻挫程度で、バイクも無事に起こせたが、帰りに足を引きずるようにして帰ってきた娘を見て、母の南はすぐに気づいたのだ。


「真姫。立ちゴケしたね」

 と。一応、ブランクはあるとはいえ、南は元・ライダーだから、その様子に感づいてしまった。


 おまけに、かつてバイク事故を起こしたことがある、南はその点で、真姫には厳しかった。


 そこで言い渡されたのが、冒頭の言葉だった。


 彼女は、こういう点に関しては、特に厳しかった。

 一方、父の直樹は、


「立ちゴケくらいで、厳しい」

 と南に文句を言っていたが、彼女は思うところがあるらしく、


「ダメ。この際、しばらくバイクから離れなさい」

 と頑として譲らなかった。


 真姫は、仕方がないので、父を呼び、父とこっそり話すことにした。

 父の部屋は1階の奥にある。


 そこを訪れ、

「父さん。何とかして」

 と訴えたものの、直樹は難しい顔のまま、


「ああ。何とかしてやりたいのは、山々だが、ああなったあいつはテコでも動かんぞ。無理だな」

 と、にべもなかった。


「じゃあ、どうするの? 乗らないと、バッテリー上がっちゃうよ」

 だが、その訴えに対しても、直樹は冷たく口に出していた。


「バッテリーは外しておけ。一応、俺が預かることになってるから」

 南がそう告げたらしい。

「そんな」


 バイクに乗れない。

 それは真姫が思っていたよりも、はるかに重要な影響をもたらしていく。


 まず通学に使っていたバイクが使用できないから、自転車通学になった。

 府中市の真姫の家から、学校まではそんなに急な坂道はなかったが、「時間」と「労力」の意味で、かなりのロスになる。


 さらに、「買い物」にも使っていたバイクが使えないことで、買い物も不便になっていた。


 だが、バッテリー自体を取り上げられ、母の厳しい監視の目があるため、こっそり黙って乗ることは、実質的には不可能だった。



 困り果てた真姫は、親友に相談することにした。

 2年生のクラス替えから引き続き、同じクラスなので、彼女を呼びだすのは簡単だ。すぐに駆けつけてくれる、頼もしい彼女だ。


「どしたの、真姫ちゃん? バイクは?」

 放課後に、教室の自席に呼び出していた京香に会うと、彼女は真っ先に聞いてきたが。


 事情を説明すると、

「うわ。厳しいね、お母さん」

 同情の目を向けながらも、彼女は机に頬杖を突いて、見守るように真姫を見ているのだった。


「で、そんなわけだから、バイクに乗れないし、どこにも行けない。でも、ツーリングには行きたい。どうすればいいと思う?」

 そんな真姫の切実な願いに対し、親友の京香は、腕組みをしてしばらく考え込んでいたが、やがて。


「わかった。じゃあ、私が真姫ちゃんを連れて行ってあげるよ」

 と、突拍子もないことを呟いた。


「えっ? 連れて行くって?」

「だから、タンデムだよ。真姫ちゃんのお母さんは、真姫ちゃんが『バイクに乗って運転すること』を禁止したんだよね。じゃあ、私が運転して、真姫ちゃんが後ろに乗るのはOKだよね?」


「うーん。OKなのか? かなりのグレーゾーンな気がするけど」

「まあ、いいじゃん。この京香先輩が、真姫ちゃんの行きたいところに連れて行ってあげるからさ」


 イマイチ、「上から目線」なのが、気になる真姫ではあったが、これも「京香の優しさ」とは知っていた。


 彼女は、彼女なりに真姫が「バイクライフ」で困らないように、考えてくれたのだろう、と。


 そのため、真姫自身は、「妥協」することに決めた。


「わかった。ありがと、京ちゃん。それと、京ちゃんのご両親にも一応言っておいてね。ウチの親にはバレたくないから」

 そのことを、念押しで頼む真姫だったが、京香はあっけらかんとした口調と表情で、


「わかったけど、大丈夫だよ。ウチの親、そんなの全然気にしないから。まあ、PCX150しか使えないけどね」

 と言い放っていた。


「それで、十分」

「じゃあ、どこか行きたくなったら、遠慮なく言ってね。まあ、最近寒いから、あまり遠くまでは行けないかもだけど」


「わかった。いいよ、それで。改めてよろしくね、京ちゃん」

「うん。楽しいツーリングコース考えておく」


「ところで」

 京香が、思い出したかのように、不意に切り出した。

「何?」

「何で立ちゴケしたの?」


 真姫が、坂道の途中でUターンしようとして、立ちゴケしたことを説明すると、京香は、


「バイクは坂道、砂利道、土の上ではUターンしない方がいいよ」

 先輩として、アドバイスをしていた。


 さらに、

「立ちゴケしないコツってあるの?」

 と尋ねた真姫に、彼女は、少し考え込んでから、明確かつ真姫には役に立つ「技術」を口頭で教えてくれるのだった。


「あるよ。真姫ちゃん。低速走行の時、バイクでは何が一番大事だと思う?」

「そりゃ、クラッチじゃない。クラッチで車体を安定させるから」


「それが間違いだね」

「どういうこと?」


「クラッチはもちろん使うけど、実は重要なのはアクセル」

「アクセル?」


「そう。アクセルを心持ち強めにして、クラッチで制御するの。それが正しいやり方」

「そうなの? でも、低速でアクセル開けるのは怖い」


「だから、クラッチで制御するんだよ。低速でもアクセルをある程度、開けると車体は安定するんだよ」

「なるほど」


 京香の「理論」は真姫とは違った。むしろ、これは「教習所」で、特に一本橋走行で習うことだったが、真姫自体、そのことを忘れていた。クラッチを多用するのは、バイク初心者にはありがちな「罠」でもある。つまり、「怖がって」いると、自然とクラッチを多用してしまうのだ。


 真姫は、「バイクに慣れた」つもりでも、慣れた頃が一番怖いし、本質的に「わかっていない」部分がまだ残っていたのだ。


 なんだかんだで、真姫よりもバイク乗車経験が長い上に、仕事を通して、日常的にバイクに乗る機会が多い京香は、やはり「先輩」だった。


 結局、ツーリングに行く約束を、漠然と交わして2人は別れた。


 京香の乗るPCX150。それがしばらくは真姫の、「代用」となる「乗り物」となる。もっとも操縦は禁止されているから、後部座席に座るだけだが。

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