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ゆるツー  作者: 秋山如雪
13章 都心
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68. 将来の行方

 不意に始まった「朝までカラオケ」コース。


 ところが、深夜3時に、杏が放った一言が問題となった。


「ねえ。あんたらは、将来のこと考えてる?」


 それは、高校2年生の冬という、「進路」に非常に響く、つまり考えさせられる、ある意味、定番の話題ではあったが。


 質問をされた3人のいずれもが、難しい、というか困ったような表情を浮かべていた。


 だが、真っ先に返したのは、京香だった。

「私は、実家の料理屋を継ぐ、かな。同時に調理師免許取りたいから、専門学校に通う予定」


 ある意味、実家が料理屋という「逃げ道」に等しい物がある彼女は、他の3人よりも考えやすいのかもしれない。親友の真姫は、彼女の進路については、聞いていて知っていた。


「ふーん。まあ、あんたなら似合うかもね」

 あっさりとそう返す、杏。


 続いて、蛍が、

「私は大学に行って、文学を勉強したいかな。将来は司書とか、学芸員なんていいかなあ」

 いつも通り、のんびりした口調ながらも、しっかりと将来のことは考えている様子だった。


「じゃあ、真姫は?」

 杏が鋭い目を向けて来る。


 真姫は、一瞬、迷ったが、彼女なりに思っていたことを口にする。

「私は、医療系の大学に通うよ」


「将来は医者? 女医なんてカッコいいね」

 蛍におだてられるが、真姫は首を振り、


「いや、医者は別にいいかな。看護師資格取れれば」

 あっさりと否定していた。

 元々、彼女は理系の勉強自体が、苦手なので、医者という試練は厳しい、という自己分析もあったし、そもそもあまり医者自体に興味はなかった。


「へえ。みんな、ちゃんと考えるんだね」

「そういう杏ちゃんも、大学行きたいんじゃなかった?」

 蛍と杏のやり取りだったが、杏は親友にそう言われても、表情を暗くしたままだった。


 その理由は、彼女の「家庭」にあった。

「行きたいっちゃ、行きたいけど、まああたしはそこまでこだわってない」

 曰く。

 杏は、元々、別に明確な将来の夢も目的もないし、バイクにさえ乗れれば仕事自体は何でもいい、という。

 その過程で、大学を卒業した方が有利ならそうするし、そうでもないなら、別に就職してもいい、ということだった。


 だが、真姫は見抜いていた。

(嘘だ)

 と。


 恐らく、杏は、母子家庭で苦しい家庭事情を考えて、将来の進路に迷っているのだろう。自分が大学に入れば、学費は膨大になる。ましてや私立大学なら尚更だし、家計に負担をかけたくないのだろう。


 そこで、彼女の言動から「かまをかける」ことにした。

「杏。何かやりたい仕事はないの?」

 眠気(まなこ)をこすりながら、真姫が尋ねると、杏は困ったような表情のまま、


「うーん。別にないかな。あたしはバイクが乗れればいい」

 と答えたため、真姫は、不意に思いつくのだった。


「じゃあ、バイクいじりを仕事にしたら?」

「えっ。どゆこと?」

 鈍い杏に、わざわざ説明するのも面倒と言った風で、真姫は溜め息を突きながら答えた。


「簡単なこと。整備士になればいい」

「整備士? って車とかいじる人?」


「そう。バイクが好きなら、二輪整備士って仕事がある。それなら、わざわざ学費が高い大学に行って、だらだらするよりも、専門学校に通って、集中的に資格が取れるし、学費も安い」


 理路整然と述べる真姫に、むしろ杏よりも、蛍と京香が驚いて、目を見張っていた。


 当の本人は、考え込んでいたが、

「なるほど。二輪整備士ねえ。ありがと、真姫。ちょっと調べてみる」

 そう言ったまま、目を閉じてしまった。


 しかも、寝入りがいいのか、すぐに穏やかな寝息を立てて、深く寝入ってしまう。


 そんな杏の姿を、親友の蛍は優しさの籠ったような、穏やかな瞳で見つめて呟いた。

「ありがとう、真姫ちゃん。杏ちゃんはね、家のことで悩んでいたんだ。大学に行ったら、学費がかかるし、家族に負担はかけたくないって」


「まあ、そんなことだろうと思ったけど」

 真姫が、溜め息混じりに答えると、その横から、


「もう真姫ちゃんったら、素直じゃないねえ。このツンデレ」

 と、真姫の脇腹を軽く小突いて笑っていた。


「ツンデレ言うな」

「あはは」

 3人の笑い声が深夜のボックスに響くが、杏が起きる様子はなかった。


「でも、私はアドバイスしただけだからね。結局、決めるのは本人だし、二輪整備士だって、なるように努力するのは本人。人生ってそういうものでしょ」

 真姫は、所在なさげに、端末から曲を選びながら、そう静かに声を出した。


「まーた、真姫ちゃんは、達観してるなあ。どこのおっさんだよ」

「ホント、大人びてるねえ」

 京香と蛍には、共に感心と呆れに近い感想を抱かれたようで、2人はどこか複雑な感情が入り混じったように見える表情を浮かべていた。


 夜は更けて、いつの間にか4時近く。

 さすがに歌う気力もなくなり、眠気が勝ってきた、彼女たちはこの時刻になると、自然と眠りについていた。


 杏は、ソファーに横になり、隣の蛍はソファーの背もたれに背中を預けて目を閉じていた。


 そして、真姫もまた同じようにソファーの背もたれに身体を預けて眠り、その肩には京香の小さな顔があって、真姫に身体を預けるようにして眠っていた。


 4時50分。

 カラオケの時間終了を告げる、フロントからのコールが「目覚まし時計」になっていた。


 4人の奇妙なカラオケは、こうして終わる。


 早朝の5時過ぎに、清算をして、カラオケボックスを出た4人。

「うわ。めっちゃ寒い」

 真姫は、開口一番、まずはその寒さに参るように、身体を震わせていた。


 冬の朝は遅い。まだ陽射しが昇らず、暗く、冷たい風が吹きつける。一日で最も寒い時間帯に入ろうとしていた。


「あたしらは、始発で帰るから。あんたらも、寒いし、眠いだろうから気つけな」

 ぶっきらぼうながらも、優しい声をかけて杏は立ち去り、


「2人とも、今日はありがとう。またね」

 蛍は、いつでも変わらない、柔らかい笑顔を残して、杏に従って、駅へと向かって行った。


「さて、じゃあ私らも帰るか。それとも眠気覚ましにコーヒーでも飲んでいく?」

「いや、いい。逆に暖かい物飲んだら、途中でトイレ行きたくなるから、一気に帰ろう」

 京香の提案を断り、真姫は、真っ先に帰ることを提案。


 土曜日の午前5時の静かな東京都心。

 いるのは、帰れなかった酔っ払いか、遊んで帰る朝帰りの人たちだけだった。


 猛烈な寒さの中、彼女たちは、いつもより速度を落としながらも、首都高経由で、帰路に着くのだった。


 そして、真姫にとっての「試練」がもうすぐ待ち受けているのだった。

 バイク人生を揺るがすような出来事が、彼女の身に迫りつつあった。

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