表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるツー  作者: 秋山如雪
13章 都心
68/82

67. 眠らない街にて

 23時。

 深夜とはいえ、週末ということもあり、渋谷は大勢の人で賑わっていた。


 交通量も意外と多く、戸惑いながらも、真姫は先導する京香に従い、高架下にある宮下公園近くの、バイク駐輪場にバイクを停める。


「じゃあ、行こうか」

「いいけど、場所知ってるの?」

 真姫は、ヘルメットで崩れた髪を直しながら、京香に尋ねる。


 彼女は、携帯の画面を見せた。

「教えてもらってるから、大丈夫」

 そこには、LINEの画面が広がっており、バイク共通アカウントではなく、個人的に彼女が杏とやり取りをした記憶が残っていた。


 渋谷駅前。


 スクランブル交差点は、こんな深夜でも大勢の人が横断歩道を渡っていく。交通量も渋谷の中心部は多い。まさにそこは「眠らない街」だった。


 スクランブル交差点を越えて、センター街を通って行くと、やがて道玄坂に近い辺りに、そのカラオケ屋はあった。


 24時間営業で、その日が週末ということもあり、多くの若者で賑わっていた。

 そんな中、京香は杏に電話をかけていた。


「あ、もしもし、杏ちゃん? 私と真姫ちゃん、カラオケ屋に着いたんだけど」

 そうしゃべっていると、


「あ、うん。わかったわかった。今から行くね」

 彼女はあっさりと電話を切り、次いで慣れた態度で、カラオケ屋のフロントに行き、追加で合流する旨を伝えていた。


 5階建ての大きなカラオケボックスの3階部分の角部屋に、彼女たちはいた。

 しかも、友達と行くと言っていた割には、いたのは、いつもの2人、つまり杏と蛍だけだった。


「おつかれー、真姫ちゃん」

 蛍が笑顔を返し、杏は歌っていながら目だけ向けて、微笑んでいた。


「なんで、2人しかいないの?」

 早速ソファーに座り、端末から歌うべき歌を探しながら、真姫が尋ねると。


「ああ。学校の友達と行くつもりが来れなくなってね。結局、いつもの2人」

 一応、一度家に帰り、着替えてから来たらしい2人は、私服だった。

 もっとも、ライダーらしい格好をしている京香や真姫とは異なり、分厚いコートの下は、少しオシャレなブラウスのような物を着て、下もスカートだったが。


 杏の歌が終わったようだ。彼女は、アイドルソングを歌っていた。

「んじゃ、2人も来たことだし、早速、真姫、行ってみよう!」

 やたらと気合が入った声で、杏は真姫にマイクを渡す。


「まあ、待て。今、選んでる」

 真姫は、端末から目を離そうとせず、杏のマイクも断っていた。


「しゃーないなあ。じゃ、京香」

 今度は、京香がターゲットにされていたが、彼女は彼女で、


「いや、私もまだ選んでる」

 と、断っていた。


「いいよ、杏ちゃん。私が歌う」

 そう言って、スカートを翻して、立ち上がったのは、意外にもこの中では一番おっとりしていそうな、蛍だった。


 しかも彼女が選曲した曲は、「津軽海峡」を歌った、某有名演歌だった。

「蛍ちゃん、渋い……」

「いいねー、蛍ちゃん」

 真姫が驚き、京香が拍手を送る中、注目の蛍が歌い始める。


 しかも、最初の歌い出しから、めちゃくちゃ上手いのだった。

 拳を振り上げ、ビブラートの効いた、やたらと力強い歌い方だった。


(上手い)

 カラオケが好きな真姫でさえも、驚愕するくらいに、彼女は「上手かった」。真姫は口には出さなかったが、杏は決して歌が「上手い」方ではないと感じていた。極端に下手ではないものの、テクニックでいえば、蛍の方が優れている。


 ようやく歌が終わると、3人から拍手が響いており、蛍が照れ臭そうに微笑んでいた。


 次は、真姫の番。

 しかも彼女の場合は、「洋楽」だった。それもドイツのロックバンドの歌を、英語のまま歌いあげる。


 それも、傍から見れば十分に「上手い」レベルだった。彼女自身からすれば、別段不思議なことをしているわけではなく、普段通りに歌っているにすぎないのだが、終わってみると3人からは、


「マジで。英語で何であんな滑らかに歌えんの?」

「相変わらず真姫ちゃん、カッコいいね」

「意外な才能だね~」

 それぞれ、杏、京香、蛍が感想を述べていた。


 さらに、続く京香。

 彼女は、「アニメソング」だった。


 それも、女性歌手が歌う、かなりの高音域を擁する、一見すると難しい曲だ。もっとも彼女自身も、練習はしていたから、難なく無難に歌い上げていた。


 こうして、夜は更けていく。


 途中、夜中に小腹が減った、と杏が言いだして、食事注文を取り、さらに歌い続ける。


 彼女たちに聞くと、このコースは「23時から朝の5時までの6時間の深夜コース」で通常より安いという。


 しかし、

(さすがに6時間は長い)

 と思うと同時に、真姫は歌のレパートリーも考えると、そんなには歌えない、と思うのだった。


 案の定、23時から2時半くらいまでは元気だった、彼女たちは。


 深夜3時。

 完全に寝静まる深夜になって、歌が途切れた。


「あー、疲れた。私、ちょい休むから後、よろしくー」

 言ったまま、ソファーにだらしなく杏は横たわってしまう。


「もう、杏ちゃん。行儀悪いよ」

 言いながらも、蛍もまた眠そうな顔をしていた。


「私も今日はバイクで走ってきたからなあ」

「そうだね。ちょっと寝ておいた方がいいかも。朝方、バイクで帰るから」

 京香と真姫もそう、相談していた。


 その時、ソファーで横になっていた、杏が不意に呟いた一言が、きっかけだった。


「ねえ。あんたらは、将来のこと考えてる?」

 あの一見、不真面目そうな杏が、一番困ったような表情で、口にしていたその話題。


 思春期真っ盛りの彼女たちにとって、それこそが「将来」を決める、重要な問題となる。


 深夜の渋谷のカラオケボックスで、4人の不思議な対話が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ