65. 冬に行くべきところ
秋はあっという間に過ぎ去り、学業に勤しんでいるうちに、季節はすっかり冬になっていた。
(寒い……。冬は苦手だ。走りたくない)
元々、女性に多いが、御多分に漏れず、真姫も「冷え性」だった。
おまけに、体重がそれほど多いわけでも、脂肪分がついているわけでもないから、余計に寒さが「体の芯」に堪えるのだ。
そのような理由もあり、彼女はすっかりバイクから離れてしまった。
ただ、2週間ならともかく、3週間や1か月も放置すると、バッテリーが上がる。
それを知っている上に、「バッテリーを外す」のも面倒だったので、仕方がないので、近場のコンビニや洗車場、道の駅だけをただ走ることが多くなっていた。
だが、さすがにそれだけじゃつまらない。
ある時、
「やっほー、真姫ちゃん。来たよ」
それを相談しようと、放課後の教室に京香を呼んだ。
喜んで、やってきた彼女に、
「京ちゃん。寒すぎて、走りたくない。助けて」
教室の中にいるのに、そろそろ帰る頃合いだからか、寒がりな真姫は、早くもマフラーを首に巻いていた。
「それなー」
と頷いて笑ってはいる京香だったが、
「まあ、バイク乗りの宿命みたいなもんだから、諦めるんだねー」
と、妙に達観したような答えが返ってきた。
「んなこと言ったって、どこ走ればいいのか。下手に山なんて行ったら、路面凍結してるから怖いし、朝は寒すぎて走りたくないし」
「うーん」
相変わらず、小顔で、小動物みたいな愛らしい表情で、京香は唸るように考え込んでいたが、やがて、何かを思いついた子供のように、表情を明るくさせた。
「じゃあ、いいところがあるよ、真姫ちゃん!」
「どこ?」
「都心」
「はあ? 都心? だって、首都高なんて、めっちゃ混むじゃん」
真姫の脳裏に浮かんだのは、日々、携帯から見ている首都高の朝晩の様子だった。
大体、平日はほぼ間違いなく、朝晩の都心は地図アプリで見ると渋滞表示を現す「真っ赤」に染まっている。それくらい、渋滞が酷いのだ。ほとんどが通勤渋滞だが。
要は、それくらい、この街には人が密集している。
「だから、夕方のラッシュが終わった、21時以降だね」
「いや、寒くない?」
「朝よりは寒くないよ。それに、都心の道路は、まず路面凍結なんてしないしね。府中よりもさらに暖かいし」
「まあ、あれだけ人がいればねえ」
真姫の脳裏に、よくインターネットの動画サイトで見る、「渋谷スクランブル交差点」の定点動画の映像がよぎっていた。
同時に、こうも思った。
「でも、別に行くところなくない?」
と。
だが、京香の考えは、真姫とは大きく異なっていた。
目を大きく見開き、彼女は「訴える」ように、大きな声で言い放った。
「そんなことないよ~。都心は、見所満載のツーリングスポットだよ~」
「どこが?」
「煌びやかに光る都心の夜景、ビルの谷間から見える東京スカイツリー、湾岸線からの眺め、そして、深夜もやっているラーメン屋やカラオケ。遊ぶところだって、いくらでもあるし」
「まあ、そうかもだけど、わざわざバイクで行くことなくない?」
うっとりしている京香に、少しだけ冷めた視線を向ける真姫だったが、しかし、京香はさらに勢いづいていた。
「わかってないなあ、真姫ちゃん。渋滞が引けた首都高を走る楽しさ。深夜にラーメン食べたり、カラオケ行ったり。そんなこと自由に出来るの、バイクだけでしょ。やろうよ!」
真姫は、京香の勢いについ押されていたが、冷静になって考え直すと、
(あの2人は来るかな)
と、横浜の高校に通っている、杏と蛍のことを案じていた。
そのため、LINE共通グループで聞いてみることを京香に提案。今週末の金曜日の夜から、場合によっては土曜日にかけてまでという条件で、誘ってみることにした。
すると、
―あー。あたしら、学校のいつメンと渋谷で朝までカラオケだわ―
―ごめんね~。なんだったら、場所教えるから、途中から合流していいよ~―
との答え。
京香はほくそ笑み、
「残念だけど、むしろちょうどいいかもね」
と不敵な笑みを浮かべていた。
「ちょうどいいって?」
「真姫ちゃん。久々にカラオケ行きたいって言ってたでしょ。密かに都心回って、途中から合流して驚かせちゃえばいいよ」
京香の計画は次のようなものだった。
夜の21時頃に自宅を出発。首都高を回り、東京スカイツリー、お台場などを回り、そのまま深夜に渋谷へ。
渋谷でカラオケをしているという、彼女たちに合流する。
場合によっては、そのまま朝まで過ごす。
「朝まで歌うのかよ」
「いや、別に無理して歌わなくてもいいよ~。真姫ちゃんは、寝てても」
「寝れるか?」
「ふふふ。それもそうだね~。元気な杏ちゃんあたりがずっと歌ってるかも」
「でも、帰り道は気をつけないと。電車の彼女たちと違って、私らバイクだし」
「だね~。まあ、何とかなるよ。都心からバイクなら、そんな時間かかんないし」
あっけらかん、としている京香を横目に、真姫は一抹の不安を感じていた。
いくらバイクに「慣れた」とはいえ、バイクで夜に出て、朝に帰ってきたことなど一度もなかったからだ。
(親には、友達の家に泊まってくるって言おう)
とりあえず、絶対心配するだろうから、それだけを決意していた。
同時に、「都心」なら確かに、雪でも降らない限りは、「路面凍結」とも無縁だし、人口が多い分、「暖かい」部分はある、と思うのだった。
そして、ついに「その日」がやってくる。




