64. あんこうは、超健康食材
夕闇迫る中、2人は来た道を戻るような形で、山道を走って、南下し、再び海を目指して走っていた。
秋の日暮れは早い。予想以上に早く沈んで行く夕陽に、若干の焦りを覚えながら、次第に暗くなり、街灯すらなくなる山道を急いで抜けて行く。
やがて、水戸中心部をかすめて、国道51号に入り、ようやく大洗町に入った頃には、すでに陽が暮れて、辺りは暗闇に包まれ始めていた。
彼女は、まっすぐにそこに向かった。
大洗町の海の近くにある、「日帰り温泉」施設だった。
ヘルメットを脱ぎ、
「京ちゃん。お風呂はいいけど、食事は?」
と問う真姫に、京香は、満面の笑みで、
「大丈夫! ここで食べれるから」
と返していた。
早速、その施設に入ると。
受付に、見慣れない表示があった。
「ライダーセット」
と書かれてあり、職員に真姫が尋ねると、
「こちらは、ライダー様限定で、お風呂とお食事がついたセットになります。お食事は牡蠣とあんこう鍋から選べます」
と丁寧に説明してくれた。
「真姫ちゃん、ここはあんこう鍋だよ」
「じゃあ、あんこう鍋のセットで」
「かしこまりました」
親友に言われるまま、迷いもせずに、「あんこう鍋セット」を選んでいた真姫だったが、京香のことをそもそも信頼しているし、彼女が今日一日ずっと茨城県について、紹介して、勧めてくれたのも事実だし、結果的に悪くなかったと思ったから、完全に京香任せだった。
まずは、ブーツを脱いで、風呂場へ。
すでに夕方の17時を回っているとはいえ、土曜日なので、混んでいた。
脱衣所から、家族連れで賑わい、小さな女の子が走り回っている。
(騒がしい)
とは思いながらも、静かに服を脱いで、いそいそと風呂場へ向かう。
風呂場自体は、普通の銭湯に近いような形状だったが、きちんと庇のついた露天風呂があり、しかもそこの温度が、適度に「温かった」。
つまり、温度的には、40度前後で、長時間「浸かって」いられる、気持ちのいい温度帯だった。
そこで肩までお湯に浸かっていると、一日の疲れが、どっと抜ける気がして、真姫は眠くなってきて、目を閉じていた。
「こらこら、寝るな」
親友の声に、ようやく目を開ける。目の前に、可愛らしい笑顔の京香がいた。
「いやあ、あまりにも気持ちよくて、眠くなってくる。風呂はいいねえ」
「真姫ちゃん。それ、めっちゃおっさんっぽいよ」
「いや。ツーリング後の風呂は、鉄板とはいえ、マジで眠くなるでしょ」
「それなー」
2人で、語り合いながら、湯船で肩を並べる。
土曜日の夜ということで、湯船には他にも大勢の客がいたが。
だが、一歩湯船から上がって、顔を外に向けると、囲いの向こう側には、海が見えた。
つまり、かなり海に近い位置にあるとわかった。
「あ、そういえば」
「なに?」
「お土産、買い忘れてた」
「誰あて?」
「ウチの親かな」
「じゃあ、いいのがあるよ。お父さんは、お酒飲む?」
「飲むね」
「じゃあ、後で見繕ってあげるよ」
「いや、お店もう閉まってるでしょ」
「ここの売店に売ってるよ」
2人の夜は更けていく。楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行った。
結局、さらに長湯して、サウナまで入ってから、上がるから、と言った真姫は、先に上がると言った京香を見送って、しばらくの間、お湯を満喫していた。
風呂から上がり、湯上りに冷たい飲み物を飲んだ後。
食堂に行くと、広い座敷のある、広大なスペースで、窓際からは海が見えた。もっとも、すでに陽が落ちて、暗い空間しか見えないが。
その窓際に座り、受付で渡された「ライダーセット」の食事券を係に渡す。
「大洗の海は、茨城県内では有名なんだよ」
持ってきたお茶を手に、京香が語り出す。
「そうなの?」
「うん。大洗は、県内屈指の観光地で、サーフィンやる人や海水浴場では有名なんだ。綺麗な海だし」
「次は、日中に海を見に来たいね」
すでに、漆黒の闇に包まれている、窓の外の海を見つめて、真姫は思っていたことを口にした。それは本心から来るものだった。
京香が言う「綺麗な海」という意見には、異論はなかったし、途中で見た海岸線から眺める海は、確かに綺麗だった。
「そうだね〜。冬でも暖かいから、いいかもね」
しばらく、京香と取り留めもない会話をしているうちに、目当ての物が来た。
あんこう鍋だ。
あんこう鍋自体は、鍋に入っており、まだ火がついている状態で運ばれきて、
「この火が消えたら、お召し上がり下さい」
と職員から説明を受けた。
それ以外は、ご飯、刺身、煮魚、漬け物、ミカンのセット。
すでに待ちきれない様子の真姫は、火が完全に消える前に、早くも鍋の蓋を開けていた。
中には、独特の具、あんこうが入っており、豆腐や人参、白菜が浮かんでいる。
「いただきます」
早速、頬張っている真姫。
せっかちな彼女に、暖かい視線を送りながら、京香は、まだ完全に火が消えていないあんこう鍋を見つめていた。
「真姫ちゃん。あんこう鍋はね、とっても体にいいんだよ」
「そうなの?」
「うん。あんこうの肝、あん肝には、ビタミンAがたっぷり入ってるし、皮にはお肌にいいコラーゲンがたっぷり。実は、超健康食材なんだ」
「へえ。そりゃいいね」
言いながらも、どんどん箸を進め、一気に食べて行く真姫。
実際に、独特の柔らかい食感の歯応えが、どこか心地よく、骨は多いものの、あらゆるところが食べられる、というあんこうは、確かに美味しいと感じるに十分だと、真姫は感心していた。
さらに、刺身をつつき、漬け物を食べ、気がつけばあっという間に完食していた。
「いやあ、食った食った。これは、美味しいね」
言いながらも、早くも腹を抑えて、横になりかける真姫を見て、
「また真姫ちゃんったら。ホント、おっさんっぽいね」
「いいんだよ、もうおっさんで」
半ば諦めたように呟き、真姫は横になってしまった。
その間、京香が小さな口で、一生懸命、あんこう鍋を食べているのが、どこか小動物っぽくて、可愛いとすら思って、真姫はほくそ笑んでいた。
食後、この施設に併設されている、お土産コーナーに行ってみると。
この街が舞台になった、某アニメのグッズとは別に、「干し芋」が売っていた。
「お酒飲む人には、これなんかいいんじゃないかな。お酒の肴に干し芋」
「へえ。なんか、渋いね。美味しいの?」
手に取って見てみると、それは確かに「芋」なんだろうが、真姫が見たことがない形状の、細長い「干物」のようにも見える。
「食べたことあるけど、物によっては甘くて美味しいよ。まあ、干し芋って確かに若者受けはしないかもね」
「今、大洗の干し芋がバズってる! 映えること間違いなし、みたいな。確かにイメージ湧かないなあ」
その物真似口調の真姫の様子がおかしかったのか、くすくすと可愛らしく、控えめに笑っている京香の様子が、親友の真姫には、とても愛らしく思えるのだった。
最後に、高速道路の渋滞が引けるまで、この施設で時間を潰すことになり、仮眠室でしばらく眠ることになった2人。
「9時になったら起こして」
そう言って、真姫はさっさと眠りについてしまった。
呆れたように溜め息を突いて、京香も横になる。
やがて、館内の客の多くが退館して、静寂に包まれる館内。あれだけ人で騒がしかったのに、静まり返っていた。
気がつくと、21時過ぎ。
「真姫ちゃん。起きて」
「ふわああ」
親友に揺さぶられ、ようやく起きてきた真姫。寝ぼけ眼のまま、
「今、何時?」
「もう9時だよ。帰らないと」
親友の少し慌てたような表情に、しかし、
「わかったわかった。帰ろう」
ようやく渋々ながらも頷いた。
受付で、靴のロッカーの鍵を預かり、駐車場に向かう。
すでに星空が頭上に輝いていた。
人口が少ない、大洗町から眺める星空は、東京とは違い、澄んだ夜空に、無数の星々が瞬いていた。
真姫は、日帰り温泉を出たところにある自販機で、暖かい缶コーヒーを買っていた。
「真姫ちゃん。茨城県はどうだった? 魅力度ランキングなんて、当てにならないってわかったでしょ」
最後に、バイクにまたがる前に、京香はふと思い出したように、尋ねてきた。
「わかったわかった。魅力がないなんてことはないよ。どの県にも、それぞれの魅力はあると思う」
「良かった」
「ただ……」
「ただ?」
星空を眺めながら、最後に自販機で買ってきた、缶コーヒーを一口飲んでから、真姫は答えを返した。
「茨城県は、ヤンキーが多いね。それが魅力度ランキングを下げてるのかも」
「ああー。なるほどね。まあ、確かにあの手のヤンキーは昭和ならともかく、今さら流行らないし、イメージは悪いかもね」
「じゃあ、帰ろっか。もう渋滞引けてるし、ゆっくりね」
「うん、わかった。帰りは私が前に出るよ」
こうして、2人の、「茨城県」の魅力を探すツーリングが終わり、高速道路を経由して、東京へ向かう。
帰りの高速道路は、予想以上に「空いて」いたため、一気に首都高経由で、都心を通って、自宅に着いたものの、帰宅したらもう日付をまたぎそうな時間になっているのだった。




