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ゆるツー  作者: 秋山如雪
12章 茨城
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64. あんこうは、超健康食材

 夕闇迫る中、2人は来た道を戻るような形で、山道を走って、南下し、再び海を目指して走っていた。


 秋の日暮れは早い。予想以上に早く沈んで行く夕陽に、若干の焦りを覚えながら、次第に暗くなり、街灯すらなくなる山道を急いで抜けて行く。


 やがて、水戸中心部をかすめて、国道51号に入り、ようやく大洗町に入った頃には、すでに陽が暮れて、辺りは暗闇に包まれ始めていた。


 彼女は、まっすぐにそこに向かった。


 大洗町の海の近くにある、「日帰り温泉」施設だった。


 ヘルメットを脱ぎ、

「京ちゃん。お風呂はいいけど、食事は?」

 と問う真姫に、京香は、満面の笑みで、


「大丈夫! ここで食べれるから」

 と返していた。


 早速、その施設に入ると。

 受付に、見慣れない表示があった。


「ライダーセット」

 と書かれてあり、職員に真姫が尋ねると、


「こちらは、ライダー様限定で、お風呂とお食事がついたセットになります。お食事は牡蠣とあんこう鍋から選べます」

 と丁寧に説明してくれた。


「真姫ちゃん、ここはあんこう鍋だよ」

「じゃあ、あんこう鍋のセットで」


「かしこまりました」

 親友に言われるまま、迷いもせずに、「あんこう鍋セット」を選んでいた真姫だったが、京香のことをそもそも信頼しているし、彼女が今日一日ずっと茨城県について、紹介して、勧めてくれたのも事実だし、結果的に悪くなかったと思ったから、完全に京香任せだった。


 まずは、ブーツを脱いで、風呂場へ。


 すでに夕方の17時を回っているとはいえ、土曜日なので、混んでいた。

 脱衣所から、家族連れで賑わい、小さな女の子が走り回っている。


(騒がしい)

 とは思いながらも、静かに服を脱いで、いそいそと風呂場へ向かう。


 風呂場自体は、普通の銭湯に近いような形状だったが、きちんと庇のついた露天風呂があり、しかもそこの温度が、適度に「温かった」。


 つまり、温度的には、40度前後で、長時間「浸かって」いられる、気持ちのいい温度帯だった。


 そこで肩までお湯に浸かっていると、一日の疲れが、どっと抜ける気がして、真姫は眠くなってきて、目を閉じていた。


「こらこら、寝るな」

 親友の声に、ようやく目を開ける。目の前に、可愛らしい笑顔の京香がいた。


「いやあ、あまりにも気持ちよくて、眠くなってくる。風呂はいいねえ」

「真姫ちゃん。それ、めっちゃおっさんっぽいよ」


「いや。ツーリング後の風呂は、鉄板とはいえ、マジで眠くなるでしょ」

「それなー」


 2人で、語り合いながら、湯船で肩を並べる。

 土曜日の夜ということで、湯船には他にも大勢の客がいたが。


 だが、一歩湯船から上がって、顔を外に向けると、囲いの向こう側には、海が見えた。


 つまり、かなり海に近い位置にあるとわかった。

「あ、そういえば」

「なに?」


「お土産、買い忘れてた」

「誰あて?」


「ウチの親かな」

「じゃあ、いいのがあるよ。お父さんは、お酒飲む?」


「飲むね」

「じゃあ、後で見繕ってあげるよ」


「いや、お店もう閉まってるでしょ」

「ここの売店に売ってるよ」


 2人の夜は更けていく。楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行った。

 結局、さらに長湯して、サウナまで入ってから、上がるから、と言った真姫は、先に上がると言った京香を見送って、しばらくの間、お湯を満喫していた。


 風呂から上がり、湯上りに冷たい飲み物を飲んだ後。


 食堂に行くと、広い座敷のある、広大なスペースで、窓際からは海が見えた。もっとも、すでに陽が落ちて、暗い空間しか見えないが。


 その窓際に座り、受付で渡された「ライダーセット」の食事券を係に渡す。


「大洗の海は、茨城県内では有名なんだよ」

 持ってきたお茶を手に、京香が語り出す。


「そうなの?」

「うん。大洗は、県内屈指の観光地で、サーフィンやる人や海水浴場では有名なんだ。綺麗な海だし」


「次は、日中に海を見に来たいね」

 すでに、漆黒の闇に包まれている、窓の外の海を見つめて、真姫は思っていたことを口にした。それは本心から来るものだった。


 京香が言う「綺麗な海」という意見には、異論はなかったし、途中で見た海岸線から眺める海は、確かに綺麗だった。

「そうだね〜。冬でも暖かいから、いいかもね」


 しばらく、京香と取り留めもない会話をしているうちに、目当ての物が来た。


 あんこう鍋だ。


 あんこう鍋自体は、鍋に入っており、まだ火がついている状態で運ばれきて、

「この火が消えたら、お召し上がり下さい」

 と職員から説明を受けた。


 それ以外は、ご飯、刺身、煮魚、漬け物、ミカンのセット。

 すでに待ちきれない様子の真姫は、火が完全に消える前に、早くも鍋の蓋を開けていた。


 中には、独特の具、あんこうが入っており、豆腐や人参、白菜が浮かんでいる。

「いただきます」

 早速、頬張っている真姫。


 せっかちな彼女に、暖かい視線を送りながら、京香は、まだ完全に火が消えていないあんこう鍋を見つめていた。


「真姫ちゃん。あんこう鍋はね、とっても体にいいんだよ」

「そうなの?」


「うん。あんこうのきも、あん肝には、ビタミンAがたっぷり入ってるし、皮にはお肌にいいコラーゲンがたっぷり。実は、超健康食材なんだ」

「へえ。そりゃいいね」


 言いながらも、どんどん箸を進め、一気に食べて行く真姫。

 実際に、独特の柔らかい食感の歯応えが、どこか心地よく、骨は多いものの、あらゆるところが食べられる、というあんこうは、確かに美味しいと感じるに十分だと、真姫は感心していた。


 さらに、刺身をつつき、漬け物を食べ、気がつけばあっという間に完食していた。

「いやあ、食った食った。これは、美味しいね」

 言いながらも、早くも腹を抑えて、横になりかける真姫を見て、


「また真姫ちゃんったら。ホント、おっさんっぽいね」

「いいんだよ、もうおっさんで」

 半ば諦めたように呟き、真姫は横になってしまった。


 その間、京香が小さな口で、一生懸命、あんこう鍋を食べているのが、どこか小動物っぽくて、可愛いとすら思って、真姫はほくそ笑んでいた。


 食後、この施設に併設されている、お土産コーナーに行ってみると。


 この街が舞台になった、某アニメのグッズとは別に、「干し芋」が売っていた。

「お酒飲む人には、これなんかいいんじゃないかな。お酒の肴に干し芋」

「へえ。なんか、渋いね。美味しいの?」


 手に取って見てみると、それは確かに「芋」なんだろうが、真姫が見たことがない形状の、細長い「干物」のようにも見える。


「食べたことあるけど、物によっては甘くて美味しいよ。まあ、干し芋って確かに若者受けはしないかもね」

「今、大洗の干し芋がバズってる! 映えること間違いなし、みたいな。確かにイメージ湧かないなあ」

 その物真似口調の真姫の様子がおかしかったのか、くすくすと可愛らしく、控えめに笑っている京香の様子が、親友の真姫には、とても愛らしく思えるのだった。


 最後に、高速道路の渋滞が引けるまで、この施設で時間を潰すことになり、仮眠室でしばらく眠ることになった2人。


「9時になったら起こして」

 そう言って、真姫はさっさと眠りについてしまった。


 呆れたように溜め息を突いて、京香も横になる。



 やがて、館内の客の多くが退館して、静寂に包まれる館内。あれだけ人で騒がしかったのに、静まり返っていた。


 気がつくと、21時過ぎ。


「真姫ちゃん。起きて」

「ふわああ」

 親友に揺さぶられ、ようやく起きてきた真姫。寝ぼけ眼のまま、


「今、何時?」

「もう9時だよ。帰らないと」

 親友の少し慌てたような表情に、しかし、


「わかったわかった。帰ろう」

 ようやく渋々ながらも頷いた。


 受付で、靴のロッカーの鍵を預かり、駐車場に向かう。

 すでに星空が頭上に輝いていた。

 人口が少ない、大洗町から眺める星空は、東京とは違い、澄んだ夜空に、無数の星々が瞬いていた。


 真姫は、日帰り温泉を出たところにある自販機で、暖かい缶コーヒーを買っていた。


「真姫ちゃん。茨城県はどうだった? 魅力度ランキングなんて、当てにならないってわかったでしょ」

 最後に、バイクにまたがる前に、京香はふと思い出したように、尋ねてきた。


「わかったわかった。魅力がないなんてことはないよ。どの県にも、それぞれの魅力はあると思う」

「良かった」


「ただ……」

「ただ?」


 星空を眺めながら、最後に自販機で買ってきた、缶コーヒーを一口飲んでから、真姫は答えを返した。


「茨城県は、ヤンキーが多いね。それが魅力度ランキングを下げてるのかも」

「ああー。なるほどね。まあ、確かにあの手のヤンキーは昭和ならともかく、今さら流行らないし、イメージは悪いかもね」


「じゃあ、帰ろっか。もう渋滞引けてるし、ゆっくりね」

「うん、わかった。帰りは私が前に出るよ」


 こうして、2人の、「茨城県」の魅力を探すツーリングが終わり、高速道路を経由して、東京へ向かう。


 帰りの高速道路は、予想以上に「空いて」いたため、一気に首都高経由で、都心を通って、自宅に着いたものの、帰宅したらもう日付をまたぎそうな時間になっているのだった。

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