61. 霞ケ浦と筑波山
こうして、ひょんなことから始まった、久しぶりの真姫と京香の2人ツーリング。
相変わらず、PCX150は、真姫が乗る250ccあるYZF-R25より、100ccも排気量が劣るとは思えないほど、機敏な加速で、真姫を引き離して行くような勢いで進む。
もっとも、真姫自身が、あまりスピードを出さない傾向にあるから、という部分もあったが。
それでも、乗り始めた頃よりもだいぶ慣れてきた真姫は、高速道路でも下道でも「淀みのない」交通の流れに乗るスピードで進めるようになっていた。
中央高速から、ほどなくして首都高へ入る。
真姫は、この首都高が苦手だった。
(狭いし、分岐多いし、間違えそうになる)
それが理由だった。
つまり、彼女に言わせれば、「道幅が狭い」し、「分岐、合流がすぐ来る」し、「案内版が不親切で、少し見逃すとあっという間に間違える」からだった。
首都高は、その特性上、土地がない東京都心を通るので、仕方がない部分はあったが。
そのため、内心イライラしながらも、慎重に、注意深く、真姫は京香の後を追った。
一応、携帯の地図アプリをナビ代わりにして、目的地を京香が指定した、霞ケ浦の湖畔にセットしていたが、京香がいないと、道を間違えていたかもしれない、と真姫は、改めて迷路のようにわかりにくい、首都高に辟易していた。
やがて、どう通ったかもよくわからないまま、都心の狭くて、アップダウンとコーナーが連続する首都高を通り抜けて、首都高6号三郷線から、三郷ジャンクションを越えると、道が「常磐自動車道」に変わった。
さらに二つほど大きな橋を渡った後、京香は大きなサービスエリアに入って行った。
守谷サービスエリア。
というらしい。
彼女に従って、サービスエリアに入って行くと、大きな建物の横に、バイク専用の、かなり大きな駐車スペースがあり、すでに多くのバイクで賑わっていた。
バイクを停めて、ヘルメットを脱いだ京香が、
「ようこそ、茨城県へ!」
と笑顔で語りかけてきた。
同じくヘルメットを脱ぎ、真姫は、
「えっ。もう茨城県?」
少し拍子抜けするような気分だったが、返していた。
「そうだよ。さっき越えた利根川から先が茨城県」
「へえ」
2人で、この大きなサービスエリアを巡ることになった。
そこには、コンビニから飲食店、土産コーナーまで、ほとんど郊外のスーパーマーケット並みに巨大なショッピングモールのように、店が入っていた。
それらを回りながらも、真姫の目と耳についたのが、「爆音」だった。
(うるさいなあ)
彼女の目に飛び込んできたのは、バイク駐輪場に無数にいた、族車のような、旧車のバイク集団だった。
それらが、まるで己を主張するかのように、盛大な「爆音」を朝っぱらから響かせていた。台数にして、10台近くもいたし、よく見ると、ロケットカウルに、絞りハンドル、そして特徴的すぎる派手な三段シートが目立っていた。
明らかに時代遅れの、令和どころか、平成も飛び越えた、「昭和」のヤンキーに見られる改造バイクたちだった。
「京ちゃん。あいつら、うるさいんだけど」
つい、抗議の声を、無関係の彼女に言っていたら、京香は、ニコニコと笑って、
「ああ、茨城県はヤンキーが多いんだ。まあ、あいつら、ブンブンうるさいハエみたいなもんだから、気にしなくていいよ」
と、あっけらかんと言い放っており、
「いや、ハエって。京ちゃんの言い方が辛辣」
真姫は、無意識に笑みをこぼしていた。
旧型バイクを見送った後、すでに軽食コーナーが混んでいたため、2人でコンビニで質素な朝食を摂った後、出発。
常磐道を走ることになった。
常磐道は3車線はあり、比較的、というよりもかなり「走りやすい」道ではあった。
やがて、桜土浦インターチェンジを降りて、国道を経由し、走って行くと、左手に大きな湖が見えてきた。
(これが霞ケ浦か)
真姫は、すぐに察した。
天気がいいこともあり、湖面がキラキラと輝いて見えて、美しく感じたのと、その湖のはるか先に、こぶが二つあるような、特徴的な大きな山が見えていたことが気になっていた。
やがて、京香が向かった先に着いた。
大山さざなみ荘公園。
という、霞ケ浦に面した小さな公園だった。
バイクを停め、大きく伸びをする京香。
「着いた着いたー」
「大体、2時間くらいで来たね」
「うん。そうだね~」
携帯の時計を見ながら、京香が頷く。
「これが霞ケ浦か。綺麗だね」
「でしょでしょ。日本で2番目に大きい湖だよ」
「へえ。琵琶湖の次ってこと?」
「そうそう」
「ところで、さっきから気になってたんだけど、あのこぶみたいな山は?」
真姫が、指さした先は、霞ケ浦の水を湛えた湖面からはるか彼方。
秋晴れの澄んだ空気の中に浮かぶ、二つのこぶがあるように見える、大きな山塊だった。
「知らないの? あれが筑波山だよ。茨城県のシンボルだね」
「へえ。名前くらいは聞いたことあるけど」
「今日は、晴れててよく見えるね~」
敬礼でもするかのように、自らの額近くに右手を持ってきて、仰ぎ見ている京香は、さらに興味深いことを口走った。
「筑波山はね。古くは、『万葉集』にも出てくるし、『西に富士、東に筑波』って言われたくらい、綺麗な山なんだよ。確か『日本百名山』にも入ってたかな」
口調こそ軽妙な感じがして、異なるものの、説明内容がどことなく、従姉の茜音を思わせる節があり、真姫には意外な一面だった。
「詳しいね」
「まあ、お父さんの受け売りだけどね」
照れ臭そうに笑う京香が、年相応に可愛らしく、真姫には見えた。
「で、バイクで回れるの?」
そこが真姫にとっての関心事で、登山には興味がないし、体力もないが、バイクで山の周辺を回れるのなら、回ってみたい、と思っていた。
ところが。
「あー。それがね~。茨城県らしい、というか。昔、暴走族とかローリング族って呼ばれる人たちが、バイクで散々走り回ってたから、その名残で今でも、筑波山の周辺はほとんどが通行禁止になってるんだ」
「マジでか。それは残念」
などという話をしている間にも、付近からは、
―バルンバルン!―
―ブオンブオン!―
という、物凄い「爆音」が響き渡っていた。
それらの「爆音」に慣れているのか、京香は、苦笑いを浮かべながらも、
「いやあ、今日もハエさんたちは、元気だねえ」
などと辛辣ながらも、皮肉たっぷりに言っていたのが、真姫にはおかしく思えた。
「怖くて、文句言えないのに?」
「触らぬ神に祟りなし、だよ。真姫ちゃん。こっちから関わらなければ、別に大した問題じゃないし」
そういうところが、妙に度胸がある、というか。恐らく彼女の父が茨城県出身だから、小さい頃から「慣れて」いるのかもしれない。
バイク乗りの「先輩」という以外に、「茨城県」の先輩として、真姫にとって、京香は頼りになる、と思ってしまうのだった。
同時に、
(魅力度ランキングを下げている要因は、そのハエたちだな)
と感じてしまった。
端的に言えば、彼らが「品格」を堕とし、観光客を遠ざける遠因になっている、と。




