表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるツー  作者: 秋山如雪
11章 静岡
57/82

56. 柚の中のバイク

 浜松浜北インターチェンジを降りると、そこは浜松市ではあるが、中心部からははるか北に外れている。


 だが、杏が指定したのはそのインターチェンジで間違いなかった。

 彼女から送られてきたLINEに書かれた住所は、浜松市でも北西方面であり、どちらかというと浜名湖の「へり」に近い辺りだったからだ。


 浜松は大きな街で、実は人口規模では、静岡県の県庁所在地の静岡市を上回り、80万人近い人口を擁するのだが、それにしては郊外の、実にのどかな丘陵地帯のような場所に、彼女の祖父母の家はあった。


 着いてみると、すぐ近くには浜名湖から伸びる、細長い川が流れ、天竜浜名湖鉄道の線路が伸びる、閑静な住宅地だった。


 その一軒家に着いたことをLINEで告げると、ほどなくして、家のドアが開いて、飛び出してきた、小さな「物」があった。


 真姫の体に当たった、それは「柔らかくて」、「小さな」人形のような、女の子だった。


「柚ちゃん」

「真姫おねえちゃん。会いたかった」

 突然、タックルするように、足元に抱き着くように飛んできたのは、あの柚だった。


 真姫は、愛おしくなり、その小さな体を受け止めて、頭を撫でていた。


「ったく、あんたが全然遊びに来ないから、柚が寂しがってたじゃん」

 次いで、飴玉を頬張りながら出てきたのは、ラフな半袖Tシャツにジャージ姿の杏だった。


「ごめんごめん。まあ、バイトや勉強で忙しかったからさ」

「まあ、いいや。とりま入んな」


 促されて、中に入る真姫。


 そこには、杏の母親、妹の桃、弟の林太郎、そして杏の祖父母がいて、再会を喜び、また新たに挨拶を交わし、ついでにお菓子やお茶をごちそうになるのだった。


 そして、その席上、杏が意外なことを口走ったのが「きっかけ」だった。


「明日、ちょっと行きたいところあるからさ。今日は泊まっていきなよ」

「えっ。まあ、いいけど」

 断ってから、真姫は一応、両親に電話をして事情を説明すると、両親はあっさりと認めてくれるのだった。


 そのまま泊まるのか、と思いきや。


「まだ晩飯まで時間あるね。柚、せっかくだから出かけようか。真姫も一緒に」

「うん。行く」

 あの杏が、妙に張り切って、妹の、しかも一番おとなしい柚を誘い、おまけに彼女自身が喜んでいるように見えるのが、真姫には意外に思えた。


 そして、さらに予想の斜め上の事態が、目の前で起こることになる。


 杏は、わずか6歳の柚に、小さな子供用のヘルメットを渡し、自分のバイクの後ろに乗せて、子供用のタンデムベルトを装着していた。


「えっ。柚ちゃんも行くの?」

「だから、そう言ったじゃん」

 真姫にとっては、あまりにも意外な出来事に思え、反面、杏にとっては何でもないことであるようだった。


「じゃあ、ちょい走るから、ついて来て」

 そのままエンジンを吹かして、さっさと発進してしまう杏。


 慌てて、真姫も自分のバイクで追うのだった。


 見ると、柚は小さな体で、懸命に姉の体にしがみついているように見えるものの、全然怖がっている様子がなく、むしろ真姫の目からは「楽しそうに」見えるのだった。


(あのおとなしい柚ちゃんがね。意外すぎる)

 真姫にとっては、どちらかというと、姉にそっくりの桃、あるいは行動力がある林太郎が、バイクに興味を持つならまだしも、静かに絵本を読んでいるのが好きな、柚が一番バイクに興味を示すとは思ってもいなかったのだ。


 夏の長い陽はまだ落ちず、夕方の通勤ラッシュ渋滞も始まってはおらず、また浜松の中心部から「帰って」くるのとは逆に、「向かう」方向だったから、道はそれほど混んでいなかった。


 真夏の猛烈な暑さが、襲い来る中、杏のGSX250Rは、右手に浜名湖を眺めながら走り、やがて、特徴的な「カーブ」の形状の橋を渡り、とある「駅」の前の駐輪場に停まった。


 見ると、駅には「弁天島」と書かれてあった。


 そこから、横断歩道を横切ってすぐのところに、それはあった。


 弁天島海浜公園。


 浜名湖の南に位置し、湖に浮かぶように建つ、大きな赤い鳥居と、その先にある巨大な浜名大橋が特徴的な公園だった。


 同時に、真姫の目には、周囲の砂浜、ホテル、そして何よりも、まるで南国のような、無数に生えている「ヤシの木」が、どこか縁遠いリゾート地のようにも見えるのだった。


 歩きながら、

「それにしても、柚ちゃんがバイクに興味を示すなんて、意外」

 気になっていたことを口に出すと。


「そんなことないでしょ。あたしに言わせれば、真姫。あんただって、似たような性格だし」

「そうかな?」


「うん。あんたと柚は、ちょっと似てる部分があるからね。きっとあと10年くらいしたら、この子はバイクに乗ってるよ」

 そう言われて、柚本人は、姉に手を引かれながらも、真姫の方を見て、微笑んでいたのだが。


(その頃まで、私がまだバイクに乗ってるかわからないけど、もしそうなったら一緒にツーリング行きたいな)

 本能的に、直感的に、そう思うのだった。


 真姫は無意識のうちに、幼い頃、ちょうど今の柚と同じくらいの年に、父の背中にしがみついてバイクに乗った自分と重ねていた。


 丁度、西日が傾いてきており、3人は、砂浜のようになっている、公園の一角のベンチに座り、鳥居に沈んで行く、夕陽を眺めるのだった。


「柚は、感受性が強い子でね。前にここの夕陽を見せに行ったら、気に入ったみたい」

 2人の女子高生に挟まれる形で、ちょこんと可愛らしく座っている、人形のような、愛くるしい瞳を持つ、柚がじっと夕陽を眺めていた。


「柚ちゃん。バイク乗るの楽しい?」

「うん。楽しいよ」


「どういうところが?」

 真姫は、そんな小動物のような、人形のような、彼女の横顔を見つめていたが。


「うーん。わかんない」

 まだ幼い彼女は、まだ自分の中の「本当の気持ち」に気づいていないようだった。


「そっか。大きくなって、一緒にバイク乗れるといいね」

 真姫にとっては、それは単なる「願望」であり、「希望」にしか過ぎないのだが。


「うん。私もおねえちゃんみたいに、バイク乗るから、真姫おねえちゃん。一緒に走ろう?」

 そんな幼い妹に、10歳以上も年が離れている、姉の杏は、小さな頭に手を置き、


「柚。バイクは楽しいけど、危ない乗り物なんだ。おねえちゃんみたいに、事故ったらダメだよ。まあ、柚は優しい子だから、大丈夫だと思うけど」

 まるで、母親が子供を慈しむように、優しげな微笑みを浮かべていた。


 姉に頭を撫でられて、どこか照れ臭そうに、嬉しそうにしながら、頷く柚と、それを見守る真姫。


 浜松での、1日目は意外な形で過ぎ去って行った。

 2日目は、さらに「意外な」場所に案内されることになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ