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ゆるツー  作者: 秋山如雪
10章 父
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54. 母の秘密

 男たち3人を見送って、2人きりになった親子。


 真姫は、

「清水さん。父さんと違って、カッコいいなあ」

 と露骨に父を刺激するように口を開いた。わざとだったが、その父は、面白くなさそうな顔で、


「真姫はああいう男が好みなのか?」

 と聞いてきた。


 真姫にしてみれば、父がこんなことで「やきもち」を焼いているように見えて、子供っぽく思えていたのだが。


「別に。ただ、カッコいいでしょ。全然、父さんと同世代には見えない」

「まあ、あいつは昔からイケメンだったからな」


 コーヒーを片手に、椅子に座り、真姫と向き合う父の直樹。

「ただ、あいつはとっくに結婚してるぞ」

「そりゃ、そうだろうね」


 真姫にしてみれば、当然そうだろう、とは思っていたのだが、父は肩透かしを食らったような、複雑な表情を浮かべていた。


「しかも、ああ見えて、あいつは一途で、愛妻家だからな」

「へえ。ますます素敵だね」

 そう言って、うっとりとした表情を浮かべている真姫に、直樹は複雑そうな表情のまま、溜め息を漏らしていた。


「男は顔じゃないぞ、真姫」

「なに、やきもち? いい大人が、なさけなーい」

 からかいながら、笑顔を見せる娘に、


「ち、違うぞ」

 慌てて否定する父の姿が、真姫には面白く感じられるのだった。


「父さんもバイクに乗ってる時『だけ』、『ほんのちょっと』カッコいいよ」

 真姫は、わざとらしく「だけ」と「ほんのちょっと」の部分を強調する。


「お前は俺を褒めてるのか、ディスってるのか?」


「さあね」

 口でこそそう言っていたが、真姫は、少しだけ父との距離が縮まった、とは感じていた。


 ようやく本題に入ることにした。

「で、母さんは何で、バイクを降りたの?」

 そう口にすると、父の直樹は、一変して、気まずいような、困ったような表情になった。


「それはな……」

「うん」


「昔、ちょっとあったんだ」

「ちょっとあった?」

 どうも要領を得ない話し方で、はっきりしない、と真姫が思っていると。


「ああ。あいつは運転に関しては、確かに上手かったさ。俺の方が下手だったのは認める。ただ、その分、自信家だったからな。それが仇になった。真姫」

「うん」


 珍しく真剣な表情になった父に、真姫もまた何か感じるところがあって、真剣に答えていた。

「バイクはな。『もらい事故』ってのが一番怖いんだ」


 それを聞いて、真姫は、察するのだった。

「つまり、当てられたってこと?」

「ああ」


 そして、ようやく父の重い口から真実が語られることになった。


 大学在学中に付き合い始め、卒業後にそれぞれ就職した直樹と南。


 それでも、社会人になっても、お互いにバイクには乗っていた。「趣味」の一環として。そして、同じ「趣味」を持つ2人はしょっちゅうバイクでデート、つまりツーリングに行ったのだという。


 だが、ある時。

 群馬県の田舎での出来事。相手は高齢者の車だったそうだ。


 田舎の田園地帯の中にある、とある交差点を通過した時に、こちらが優先道路で、向こうには一時停止標識まであったにも関わらず、男性の高齢者ドライバーがそれを見逃して、そのまま通過。


 交差点に差し掛かった南の乗る大型バイクと正面衝突した。

 交差点付近は、見通しが良く、南としては「一時停止標識がある」ことを認識しており、向こうが当然停まると思っていたらしい。だからいつも通り交差点に進出した。


 しかも、お互いに結構なスピードが出ていたから、高齢者ドライバーも、南も大きな怪我を負って、入院した。


 もっとも、直樹に言わせれば、「バイクは予測運転が大事だから、交差点でスピードを出しすぎた南も悪い」ということだったが。


 幸い命は助かったが、ひどい怪我だったという。

 もちろん、事故処理が行われたが、ほぼ100%高齢者ドライバーが悪いということになった。「ほぼ」というのは、南が若干制限スピードをオーバーしていたためだった。


 保険料は降りたものの、南はひどいショックを受け、病院のベッドに横たわりながら、何度も、

「私は悪くないのに」

 と言っていたという。


 退院までには、リハビリを含めて、半年もかかり、彼女は会社を辞めざるを得なくなり、やむなく転職。


 当然ながら、バイクは廃車になり、退院後は「二度と乗りたくない」と言っていたらしい。


 その頃、2人はまだ結婚していなかったが、直樹は、恋人のそんな気持ちが痛いほどわかったから、あえてバイクを「勧める」気にはなれなかったという。


「そんなことがあったんだ。母さん、何も話してくれないから」

 真姫にとっても、それは初めて聞く、衝撃的な事件だった。


「まあ、察してやれ。あの頃のあいつは、かわいそうなくらいヘコんでたからな。もし、俺が同じ目に遭ったら、俺がバイクを降りていたかもしれない」


「そっか」

 小さく呟き、真姫の胸には複雑な思いが去来する。

(自分は悪くないのに、か。確かにそうかもしれないけど、きっと母さんもスピード出しすぎたんだ)


「真姫」

 再び、父に声をかけられ、現実に引き戻される。


「バイクはな。楽しいけど、反面、とても怖い乗り物なんだ。くれぐれも事故には気をつけろ。下手したら一生を棒に振るかもしれん。しかも、お前は『()()()』なんだ。もし、お前の体に一生消えない傷でもついたら、俺も母さんも悲しむなんてもんじゃない」


「父さん……」

 ようやく「女の子」として、まともに優しい声をかけてくれて、気遣ってくれる父の言葉が、今の真姫には嬉しかった。


「ありがとう。十分、気をつけるよ」

「ああ」


 ようやく母の「謎」が解決したところで、今度は真姫が、父に向かって、優しい、というよりも、「からかい」の言葉をかける。


「ところで」

「何だ?」


「父さんも隅に置けないね。軽井沢が母さんとの思い出の地だったから、そこを選ぶなんてね。なに、今でも母さんのこと『愛してる』の?」

「なっ」


 それを聞いて、父の直樹が、心なしか照れたような表情で、視線を逸らした。

「あ、当たり前だろ。夫婦だぞ。というか、親をからかうな」


「ごめんごめん」

 笑いながら、真姫は父の顔を見つめた。


「でも、良かったよ。2人に離婚なんてされるより、余程いい」

「真姫……」

 父は、何かを言いたそうな顔をしていたが、真姫は携帯で時計を見て、時刻がすでに予定より大幅に遅れ、午後9時を回っていることに気づいて、立ち上がった。


「さーて、帰ろうか。私たちの家に。母さんが首を長くして、待ってるよ」

「そうだな」


 2人の親子ライダー、そして「父と娘」のツーリングが終わる。

 2人は、その日も無事に帰って、一方にとって「妻」であり、一方にとって「母」である、南の笑顔を見る。


 バイクは楽しい反面、危険で、一歩間違えれば人生すら狂わされる。

 真姫は、そのことを改めて、胸に刻み、そしてさらなる安全運転を心がけることを己に誓うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 安全運転大事ですね。
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