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ゆるツー  作者: 秋山如雪
10章 父
54/82

53. 父の優しさ

 真姫にとっては、意外な展開になった、中年男性4人とのツーリング。


 おっさん4人に囲まれる、可憐な女子高生という奇妙な集団になった5人は。

 先頭に父の直樹、2番手にドゥカティ パニガーレの浅間さん、3番手にBMW R1250RSの小柳さん、4番手に真姫、そして最後尾がハーレーダビッドソン ロードキングの清水さんになった。


(大型バイクに囲まれて、ついて行けるのかなあ)

 と内心、危惧していた真姫だったが。


 父の直樹はじめ、大人の男性4人は、思ったよりもスピードを出してはいなかった。

 もっとも、それは軽井沢から国道146号に入り、山道を登る過程で、休日ということで交通量が多かったため、なかなか進まなかったことも影響していたが。


 ただ、後ろのハーレーダビッドソンは、この中では一番重くて、大きなバイクだし、そもそもがあまりスピードを出して、かっ飛ばすバイクではない。


 清水さんは、まるで「真姫を守るように」ゆっくりと後方から着いてきてくれており、真姫は安心してバイクを走らせることが出来るのだった。


 ハーレー特有の、野太い重低音が頼もしく感じられた。


(清水さん。ちょっと素敵)

 と、真姫は心の中では感じていた。


 やがて、一団は山を越えて、群馬県に入り、国道292号に入る。


 途中、道の駅で休憩を挟み、そこからはくねくねと曲がる、山道をどんどん登って行った。


 次第に標高がどんどん高くなっていくのを真姫は感じながら、同時に自分の身体に吹きつける「風」にも敏感に感じていた。


(寒い)

 と。


 下、つまり軽井沢は「少し涼しい」くらいの気温で、東京は「蒸し暑い」気温だった。


 しかし、この峠道を登るうちに、体感温度が、夏とは思えないくらいに下がっていくのを感じていた。


 夏用の薄手のジャケットを羽織っていた、真姫は、その身にどんどん肌寒さを感じていき、身体が震えるようにも感じていた。


 それを我慢しながらも、ついて行く。軽井沢のアウトレットの出発からおよそ2時間。やがて、先頭の父がホテルのような、あるいは山のロッジのような、三角形の建物の前でバイクを停めた。


 ついて行くと。

 そこには、「渋峠」の文字と、「ぐんま」と「ながの」の文字が描かれてあった。


「着いたぞ、渋峠。ここが県境だ」

 父の直樹がヘルメットを脱いで、大きな声を出す。


 3人の男たちが、順次バイクを降りて、最後に真姫が震える自分の身体を抱くようにして、降りた。


 標高は2000メートルを越えていることがわかった。

「久しぶりに来たなあ」

「そうだな。やっぱ夏はここだな」

 小柳さんと浅間さんが、渋峠のホテルを見上げながら、話している。


 一方で、真姫の異変に気付いた清水さんが、近づいてきて、

「真姫ちゃん。大丈夫?」

 と優しい声をかけてきたが。


「大丈夫です」

 と真姫は、思わず反射的に答えていた。


 ただ、内心では「寒くて仕方がない」と思っていた。ここの標高は実際には2152メートル。気温はわずかに20度程度しかなかった。


 すると、いつの間にか近づいてきた父が、手に革ジャンを持っており、

「清水。こういう時に『大丈夫』って聞いちゃダメだ。人間、そう聞かれたら『大丈夫』って返すからな」

 そう言って、真姫の肩を抱くように、革ジャンを背中からかぶせてきた。


「ほら、これを着ろ」

 父の直樹は、有無を言わさずにその革ジャンを着るように促してきた。

 どうやら、あらかじめリュックの中に、予備の革ジャンを入れていたようだった。それは父がたまに着ている黒い革ジャンだということを真姫は知っていた。恐らく真姫が薄手のジャケットしか着てないことを見て、最初から持ってきたのだろう。


「父さん。ありがとう」

 さすがに、こういう時の「気遣い」は父親だ、と真姫は妙なところで感心していた。


 もっとも、父の直樹は照れ臭そうに顔を背け、さっさと立ち去っており、この革ジャンは明らかに「男物」だったが。


(たまには、いいところあるじゃん)

 その大きな背中を見て、真姫は少しだけだが、父のことを「見直して」いた。


 不器用で、お調子者で、放任主義で、一見すると、「真姫のことなど見てない」と思わせるようなところがあった父。


 だが、真姫にとっては、唯一の「父」で、「かけがえのない」存在であることだけは間違いなかった。


 そのお調子者の「父」に着いて行くと、彼は得意げに、真姫に対して、「ここは日本の国道の最高地点だ」とか「あのホテルは、群馬県と長野県の境目だ」などと自慢げに話していた。


 正確には、日本の国道最高地点の石碑は、少し手間の群馬県側にある。


 結局、ここで記念撮影をして、しばらく時間を潰した後、今度は長野県側に降りて、中野市に降りる。


 中野市に入ると、標高が下がるので、再び猛烈な暑さが襲ってきて、真姫は革ジャンを父に返していた。


 さらに時間があったので、今度は長野市のさらに奥の山、戸隠高原をツーリング

し、夕方には長野市で蕎麦を食べることになった。


 帰りは、長野インターチェンジから上信越自動車道に乗り、来た道を逆にたどって、軽井沢を通過し、関越自動車道を通って帰ることになった。


 小柳さん、浅間さん、そして清水さんの三人は、いずれも埼玉県に住んでいるらしく、関越自動車道の高坂たかさかサービスエリアが、5人にとっての最後の休憩地点になった。


 それぞれ、礼や感想を述べ、再会を約して、帰途について行く男たち。

(大人になっても、まだバイクを楽しんでる。ちょっといいな)

 と、真姫はその大きな男たちの背を見ながらも、思うのだった。


 最後に残った父と娘。


 真姫は出発前に、父に聞いておかないといけない、と思うのだった。

 聞きたいことはもちろん、決まっていた。


 母のことだった。

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