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ゆるツー  作者: 秋山如雪
10章 父
52/82

51. 清水さん

 父のバイクは、碓氷うすい軽井沢インターチェンジを降りると、街の中心部へ向かったが、意外なことに、大きなショッピングモールの駐車場へ入って行った。


 そこは、軽井沢では有名なアウトレット・モールだった。

 その駐車場にはすでに何台かの大型バイクが停まっており、バイクを降りてヘルメットを脱いだ父が、その数台のバイクを見て、


「もう来てるのか」

 と呟いたのが、真姫には気になった。


(誰が?)

 と思ったが。


「真姫。アイス奢ってやる」

 そう言って、さっさと行ってしまう父。


「父さん、やっぱり速いよ」

 不満げに呟く娘に対し、


「まあ、そう言うな。これでも抑えたんだぞ」

 父は、いつものような遠慮がちな態度とは違い、珍しく強気に、彼女には見えた。


 やがて、大きなアーケードのような庇がついた建物が建ち並ぶ、アウトレットの中心部にたどり着き、「ジェラート」と書かれた、洒落た店の前で、直樹は足を止めた。


 しかも、アイスを買うのか、と思いきや。


「よう。久しぶりだな」

 同じようにジャケットを着た、ライダー風の数人の男たちが座る、ジェラート屋の並びにあるベンチに向かって、手を上げていた。


(誰?)

 と思った真姫だったが、そのうちの1人には、わずかながら見覚えがあった。


(父さんの友人だ)

 すぐに気づいた。


 父の「趣味」仲間であり、バイク乗り仲間でもある。恐らく事前に呼んで、待ち合わせしていたのだろう。

 真姫は、彼らの名前は憶えてはいなかったが。


 1人は、小太りした中年の男性で、頭髪が薄い。眼鏡をかけていて、パッと見は秋葉原あたりにいそうな、アニメオタクみたいに見える。恰幅のいいビール腹が特徴的で、大柄な体躯には似合わない、洒落たえんじ色のライダースジャケットを羽織っていた。


 1人は、白髪頭が目立つ、40代から50代くらいの男性で、こちらも腹が少し出ている。いかにも「おじさん」と言った風貌の、サラリーマン風の男で、まるで「銀行員」のような真面目そうな黒縁眼鏡をかけ、この暑いのに茶色の革ジャンを着ていた。


 そしてもう1人。真姫には一番見覚えがある人だった。40代くらいの男性で、年の割には細身で、腹も出ておらず、筋肉質で、頭髪も綺麗にカットしてあり、清潔感がある。

 洒落た緑色のフライトジャケットを着ている。

 その人は昔、家に遊びに来た気がしていた。


(確か、あの人は……)

 必死に名前を思い出そうとしていたが、すっかり真姫の記憶から抜け落ちていた。


小柳こやなぎは相変わらずデブだな。浅間あさまも変わってねえな。それに清水しみずも」

 父の声で思い出していた。


(そうだ、清水さんだ!)

 彼女の記憶の中に、薄っすらとあったのは、若い頃の清水さんの姿だった。


 今より若くて、カッコいい。今風に言えば、「イケメン」な男性で、幼い真姫が、少しだけ憧れていた人でもあった。


 どうやら、オタク風の男が小柳、サラリーマン風の男が浅間、と言うらしいが、この2人に関しては、真姫はほとんど記憶になかった。


 どこかで見たかもしれない、くらいにしか覚えてなかった。


「真姫ちゃん? 大きくなったねえ」

 その清水さんが、真っ先に真姫に気づいた。


「どうも。お久しぶりです」

 ようやく思い出したことで、何だか気恥ずかしさが浮上してきて、真姫は少し俯き加減に返事を返した。


「あの小さかった真姫ちゃんが、こんなに綺麗になるなんて、俺も年を取るはずだよ」

 そう言って、照れ臭そうに頭をかいていたが、その仕草すら、彼女には懐かしく思えた。


「覚えてないかもしれないけど、君がまだこんなに小さかった時に、抱っこしてあげたこともあるんだ」

 ジェスチャーを交えて、そう言われて、途端に真姫は恥ずかしくなって、思わず目を逸らしていた。


「へえ。この子が、分梅の娘か。可愛い子だね」

「その割には、あまりお前に似てないな」


 残りの2人が口々に言っては、真姫の顔を見てくるが、真姫はやはり他の2人よりも、清水さんのことが気になっていた。


「真姫は母親似なんだ。可愛いだろ? だから今日は連れてきたんだ」

 父が自慢げにそう言うのが、無性に腹立たしくなり、真姫は、鋭い瞳で、


「父さん。アイスは?」

 と、咄嗟に督促していた。


「ああ、悪い悪い」

 そう言って、父は真姫に1000円札を渡し、「これで適当に買ってこい」とだけ告げるのだった。


(結局、見せびらかしたいだけじゃないか)

 内心、父の本心が垣間見えて、見世物のように扱われた、と納得がいかない真姫だったが。


 それでも、清水さんが、相変わらず「カッコよかった」ことだけは、少しだけ嬉しい気がしていた。

 父の友人ということは、同学年くらいのはずだが、全然そんな風に見えないところが、一人の女子の目から見ても、素敵に思えたのだ。


 店先でアイスクリームを買ってから、ベンチに戻ると。


 4人の大人たちは、バイク談義に花を咲かせていた。こういうところは、なんだかんだで「男」というよりも「男の子」だと思う真姫だったが。


「ところで、真姫ちゃんは何に乗ってるの?」

 急に清水さんに聞かれ、


「えっと、ヤマハ YZF-R25です」

 と、少し慌てて答えると、


「へえ。いいバイクだね」

 嫌味を感じない、相変わらず爽やかなところがある、まるで中年には思えない清水さんに、女子高生ながらもドキッとしてしまう、真姫であった。


 そんな中、今度は真姫を交えて、バイク談義が始まったのだが。

 4人の男たちは、どちらかというと、真姫に構わず、専門的なバイク用語を交えて会話をするので、真姫はアイスを食べながらも、少し退屈に感じていた。


 その時、そんな真姫の様子に気づいたのか、清水さんが声をかけてきた。

「ところで、真姫ちゃん。今でこそこいつはまともにバイクに乗ってるけど、昔はマジで下手だったんだよ、運転」


「えっ。そうなんですか?」

「ああ。こいつが南ちゃん、つまり君のお母さんと付き合い始めた頃なんて、そりゃ酷かった」


「ええっ。マジですか? 聞きたいです!」

 目を輝かせ、身を乗り出す真姫に対し、さすがに父の直樹は、


「待て。お前、何を言い出すつもりだ?」

 慌てて制しようとしていたが。


 父を「こいつ」呼ばわりする清水さん、そして知られざる「父の過去」が明らかになりそう、と思い、真姫は俄然、張り切っていた。


「まあ、隠してもいつかバレるし」

「んなことねえって。いいから言うな」


 そんな2人のやり取りを横目に、真姫は、父に鋭い視線を向けて、冷たい一言を放っていた。


「ちょっと父さん、黙ってて。ウザい」

「はい」


 父が「ウザい」という一言に、極度に弱いことを知っている真姫の痛烈な口撃こうげきに、父は黙るしかなかった。


 3人の男たちが笑う中、清水さんはゆっくりと、過去の話を始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、娘を見せびらかしたかった、もしくは、「仲の良い父娘関係」を自慢したかったのですね。
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