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ゆるツー  作者: 秋山如雪
10章 父
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50. 父は子供

 蛍とのツーリングを終えた真姫は、いよいよ「進路」という問題に直面する。

 学校から進路調査の依頼が来たのだ。


 迷った末に、「大学進学」を決めた彼女。漠然とだが、医療系の大学に進みたいと考えていた。

 将来は、医者になるかはわからないものの、せめて看護師免許でも取っておこう、と考えていた。


 そして、あっという間に夏休み。

 彼女たちは、いつもの四人で、長野県へ泊りがけのツーリングを考えていたのだが。


 当日は、ものすごいゲリラ豪雨になっていた。

 梅雨が予想以上に伸びて、梅雨末期の大雨が全国を襲い、長野県どころか、日本中が雨に包まれており、仕方がなく断念。


 そして、梅雨が明けた、と思ったら。

 やって来たのは、猛暑だった。


 最高気温35度を上回る、猛烈な暑さが襲ってきて、もうバイクどころではない有り様だった。


 だが、かと言ってどこにも出かけないのも寂しい。


 そう思った真姫は、ようやく重い腰を上げる。


 たまたま、夏季休暇で1週間ほど会社が休みになっていて、家にいた父。


 その父に向かって、おもむろに、

「父さん。今度、ツーリング行きたいから、付き合って」

 ぶっきらぼうな口調だったが、そう誘っていた。蛍の言葉が効いていた。


 ところが。

「何、ツーリング? そうか、やっと一緒に行ってくれるか。よっしゃ、真姫とデートだ!」

 その父は、子供のようにおおはしゃぎして、喜び勇んで、早速準備に入っていた。


「デートじゃない!」

 慌てて否定する娘に対し、台所にいた母の南が、笑いながら出てきた。


 そして、

「まあまあ、真姫。付き合ってあげなよ。父さん、嬉しいんだよ」

 と、生暖かい瞳を向けてきた。


 何だか納得がいかなくて、頬を膨らませていた真姫は、はしゃぐ父に対し、

「ただし!」

 指を突きつけて、吠えていた。


「条件がある」

「何だ? 何でも聞くぞ」

 お調子者の父に対し、彼女が突きつけた条件が以下だった。


「いい? 私を置いて先に行かないこと。やったら、私1人で帰るからね。食事代、ガソリン代は父さん持ち。それと、涼しいところに連れて行くこと」


 父の直樹は、顔を顰めて、

「なんだか、お前にだけ都合のいい条件だなあ」

 と唸っていたが。


「嫌ならいいよ。私1人で行くから」

 真姫が突き放すように言い放つと、


「わかったわかった」

 渋々ながらも折れてくれた。


「よし! どこに行くか、父さんが決めてやろう!」

 早速、ツーリングマップを片手に、ツーリングコースの吟味に入る父を見て、その妻の南は、真姫を呼び、こっそり小声で耳打ちするように告げるのだった。


「真姫。父さんがはしゃいで、事故起こさないように見張っててね」

「子供か?」


 真顔で呆れる真姫に対し、その母は、

「子供だよ」

 微笑みながら返したが、その瞳は笑っていなかった。


「いい歳した男が、バイクに乗ってはしゃいでる。どこから見ても子供」

 その母の、達観したような、呆れたような眼差しが、真姫には印象に残った。同時に、さすがに長年寄り添った夫婦だけのことはある、とも思うのだった。

 もちろん、母の言うことには一理ある、とも思っていた。


 仕方がないので、頷いて、後は父任せにしてみることにした。



 急きょ、翌日にツーリングに行くことになった親子。

 翌日。8月の最初の週だった。

 天気は快晴。というよりも、「ピーカン」と呼ぶにふさわしいくらいの、強烈な日差しと気温の、暑い1日だった。


 朝から気温と湿度が異様に高い。

 真姫は、さすがにツーリング用のジャケットを着る気にもなれず、薄手の夏用ジャケットを着て出かけることにした。


 だが、当の父は、いつものように分厚いライダースジャケット姿で出てきた。恐らく、さすがに中はメッシュ仕様にしているだろうが、見るからに暑そうに見えた。

「父さん、暑くないの?」

 さすがにその格好を見て、真姫は感想を聞くが。


「言っただろ? 涼しいところに連れて行ってやるって。それにバイク乗りは、いかなる時でも、バイク乗りらしい格好をするものだ」

 妙にカッコつけて言っているようにも、真姫には見えて、


「バカじゃないの」

 そう呆れて呟いていたが、この時の父の言葉が後々、真姫に響くことになる。


 ジーンズに、この暑いのに黒のライダースジャケットを着た、父が愛車のスズキ GSX-R1000にまたがってエンジンをかける。

 重低音が響く。


(相変わらずエンジンのフィーリングはいい)

 真姫には、そのバイクが少し羨ましく思える時があった。


 だが、発進する前に、わざとらしくエンジンを吹かして、左手を軽く上げて、出て行く父を見て、


(カッコつけちゃって)

 そのまま前傾姿勢のまま、カウル付きの青いバイクは疾走していく。


 慌てて追いかける真姫のヤマハ YZF-R25。早くも置いて行かれていた。

(だから速いって!)

 心の中で、叫びながらも必死について行く羽目になった。


 どこに行くのか、父はまったく告げず、そして真姫もあえて聞かなかった。その方が面白い、と互いに思ったのかもしれない。

 この辺り、なんだかんだで、茜音と同じような部分があるのかもしれない。


 父のGSX-R1000は、最寄の国立府中インターチェンジから中央高速道路に乗り、西へ滑走を続ける。


 常時100~110キロくらいは出していたが、それでも一応は真姫を気遣って、いつもよりはスピードを落としているように、真姫には見えた。


 そのまま八王子ジャンクションから圏央道に入り、一気に疾走。


 気がついた時には、鶴ヶ島ジャンクションに至り、そのまま関越自動車道に乗っていた。


(行き先は群馬県か? この間、蛍ちゃんと行ったんだけどな)

 そう思いながらも黙ってついて行った。


 同時に、父の背中は大きく見えたし、なんだかんだで、バイクの乗車経験が長い人だから、ライディング・テクニックで言えば、確かに「上手かった」。

 決して、無茶な走りはしないし、スピードを出す時と、出さない時のメリハリがついている。


 真姫は、少しだけ、昔、あの背中にしがみついて乗っていた、タンデム時代を思い出していた。


 確かに、父はバイクに乗っている時「だけ」はカッコいい、と不覚にも思えるのだった。


(普段は情けないけど)

 同時に、普段とのギャップに、おかしく思うのだった。


 一応は、真姫を気遣って、途中のSAで小休憩を挟んだ後、父のバイクは、藤岡ジャンクションを左折し、そのままぐんぐん山道を登って行き。


 気がついた時には、軽井沢に到着していた。

(何だ、軽井沢か)

 少し前に、蛍と行ったばかりの場所だったことに、内心、がっかりしていた真姫だったが。


 軽井沢は、確かに猛暑の東京に比べると、涼しかった。

 そして、ここで思わぬサプライズが待っていた。

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