表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるツー  作者: 秋山如雪
9章 蛍
50/82

49. 父と娘

 話を聞いた後、蛍は、


「へえ。なまらいい話だべ。それなのに、なんで真姫ちゃんはお父さんのこと、嫌いなの?」

 大袈裟なくらい感動しているようだった。


「別に……。嫌いじゃないけど。それより、別のところ行こう?」

 真姫が誤魔化すように、先に行くことを促すため、蛍は渋々ながらも、席を立って、今度は別のところに行くことになったが。


 その蛍は、内心、まだ諦めてはいなかった。


 結局、彼女の先導で、軽井沢から少し戻る形にはなるが、群馬県の温泉街として有名な、伊香保温泉に向かうことになった2人。


 丁度、昼過ぎから夕方にかけて。


 混んでいる時間ではあったが、温泉街の外れにある、伊香保露天風呂へ向かった。


 幸い、東京からの観光客が多く、その観光客が帰京する、夕方の時間になり、人出がまばらになってきていた。


 その露天風呂にゆっくりと浸かりながら、蛍の質問責めは続いた。


「で、なんで仲が悪いの?」

「だから、別に仲が悪いわけじゃないって」


(意外としつこい)

 真姫は、さすがに少しうんざりしてきていたのだが、同時に父のことを思い出していた。


 普段の言動についてだった。

「なんていうかね。お調子者なんだよ、父さんは」

「お調子者?」


「そう。好き勝手にバイクに乗って、乗ってることをカッコつけて。そのくせ、普段は私に言いたいことがあるはずなのに、はっきり言えなくて放任主義なくせに、変なところで絡んでくる」


 思いの丈をぶちまけるように、珍しくペラペラとよく話す真姫に、蛍は少しだけ驚いているようだったが、やがて、彼女はやんわりとした笑みを見せた。


「それが父親なんだよ、真姫ちゃん」


「そうかなあ」

「そうだよ」


「蛍ちゃんのお父さんも?」

「うん。まあ、そうだね」


 今度は、蛍が語る番になる。

「ウチのお父さんは、それこそ世間的には『ダメ人間』だよ」


「うわ、それはディスりすぎ。かわいそう」

「いやいや」


 首を振った後、彼女はゆっくりと続ける。

「だって、仕事って言っても、全然出世はしない、残業もしない。仕事より趣味が大事な人だからね」


「別にいいんじゃない?」

「そうかな。世間的には、父が稼いで、母がそれを補うくらいでしょ。共働きって言っても」


「うん」

「ウチは完全に逆。母は、バリバリのキャリアウーマンで、働くことが趣味みたいな人。父は、全然仕事できない窓際族まどぎわぞく。世間体としては、結構情けないよ」


「いや、蛍ちゃんの言い方が辛辣しんらつ


 真姫がそう感想を告げると、それでも蛍は納得いかないのか、難しそうな顔をしていた。


「で、なんでそんなお父さんなのに、好きなの?」


「なんでだろう? ある意味、日本人らしくないから、かな」

「何それ?」


「日本人って、特に男は、『仕事、仕事』でしょ。仕事が命。それ以外はどうでもいいって、人が圧倒的に多いと思うの」

「まあ、そうかもね」


「でも、ウチのお父さんは、本当に趣味人。旅行、キャンプ、釣り、ゴルフ、野球、スキーまでやる」

「へえ」


「だから、楽しいことは、ぜーんぶ、お父さんから教わったんだ、私」


 目を輝かせるように、自慢気にそう言う、そんな蛍が、少し羨ましい、とすら思ってしまった真姫。


 真姫は、小さい頃はともかく、最近は父とそうした時間を過ごしたことはなかったからだ。


「逆にお母さんは、いつもいつも仕事のことばかり。家事までお父さん任せだからね」


 その言動から、蛍は、母に強烈な不満を持っているのだろうことは、真姫にも予想できた。


(そういう意味では、ウチはまだバランスが取れている)

 真姫がそう思うほど、父も母も、そこまで仕事や趣味に没頭している感はなかった。


 同時にこうも思うのだった。

(蛍ちゃんは、相当変わり者だな)

 父が、バリバリ仕事して、カッコいい、と思うならまだしも、真逆だからだ。


「真姫ちゃん」

 急に真剣な表情で、正面から声をかけてきた蛍。


「何?」

「親子関係は大事だよ」


「何、いきなり?」

「だってそうでしょ。親がいつまで元気かなんて、誰にもわからない。明日事故で死ぬかもしれない」


「縁起でもないなあ」

「ごめんなさい。でも例えだって。それに、女は結婚したら、家から離れちゃうからね。今のうちだよ。お父さんに甘えてられるのは」


 ―結婚― という言葉を聞いて、真姫には、それが何だかとても遠くにある、手が届かない物のように感じたのだが、それでも人は年を重ね、多くの人間がいずれは結婚という選択肢を選ぶことになる。


(甘える……か。それはちょっと恥ずかしい)

 そう思いながらも、真姫には、蛍が言うように、「父に甘える」ことはできそうにない、と思うのだった。


 昔は、「お父さんっ子」だったこともある真姫。

 今は、「お父さんっ子」でも「お母さんっ子」でもない、どちらかというと、クールで一匹狼的な娘になっていた。


 ただ、真姫は思い出してもいた。


 自分が「普通自動二輪免許」を取りたい、と言った時。


 母は、大反対したのに、父は認めてくれたことを。お金こそ出してはくれなかったものの、父が認め、背中を押してくれたから、今こうしてバイクに乗れているのは間違いないのだ、と。


 真姫はようやく、重い腰を上げて、決心することにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ