表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるツー  作者: 秋山如雪
9章 蛍
49/82

48. 真姫と父(後編)

 親子の2人旅は続いた。


 洞爺湖を回って、国道453号をひた走り、続いて支笏(しこつ)湖へ向かう。


 真姫は、直樹の背中で、歌を唄うほど陽気になっており、幼いながらも、初めて乗るバイクに、そしてそこからの眺めに夢中になっていた。


 それが、バイク乗りの直樹には嬉しかったのだろう。


 予定を変更し、その日のうちに旭川まで突っ切って、旭川で一泊。


 翌朝、今度は日本海側に出て、留萌経由で、国道239号、続いて国道232号と、左手に日本海を見ながら北上。


 しかも、その日は快晴で、蒸し暑くもなく、快適なツーリング日和だった。


 途中、道の駅えんべつ富士見に立ち寄ると、バイクが2台、駐車場に置いてあった。ナンバープレートには「札幌」とある。


 真姫を降ろすと、そのタイミングで、ちょうど持ち主が戻ってきた。


「キャー、かわいい!」

 それらの主は、2人とも女子大生っぽい、20代前半くらいの若い女性ライダーだった。どちらもスタイルが良く、モデル体型の綺麗な女性だった。


 直樹の後ろから現れた、小さな真姫を見て、途端に目を輝かせ、彼女に近づく。むしろその勢いに、真姫は驚いて目を見張っていた。


「君たち、札幌から?」

「はい。札幌の大学生です。親子でツーリングなんて素敵ですね」


 そう声をかけられ、デレデレしている父を見て、娘の真姫は頬を膨らませていた。

「パパ~。そういうの、浮気って言うんだよ。ママに言いつけてやる」


 瞬間、女子大生2人組は盛大に大笑いし、直樹は慌てて、


「真姫。浮気じゃないって」

 と弁明する羽目になる。


「ホントにぃ? デレデレしちゃって。怪しい~」

 その後、真姫はしばらく不機嫌だった。


 だが、日本海を横目に、ひたすら真っ直ぐで、交通量が少なく、信号機もない、滑走路のような道を走り、やがてオロロンラインを走破し、夕闇迫る宗谷岬にたどり着いた時。


「パパ。バイクは、どうしてこんなに楽しいの?」


 その幼い娘が、宗谷岬のモニュメント前で、不意にそんなことを呟いたから、父の直樹は困ってしまった。


「真姫は、難しいこと聞くなあ」

「難しいかなあ?」


「難しいよ。哲学だな」

「てつがく? って何?」


「お前にはまだわからないか」

 その娘の頭を撫でた後、直樹は、真姫の手を引いて、歩き出した。


 歩きながら、考えていた直樹。父にどこか期待の籠った眼差しを向ける娘。

 直樹は、さすがに緊張したのか、試されている、と思ったのか。


 言葉を選び抜いた上、考え抜いてから、決め台詞のように言い放った。


「真姫。バイクはな。『自由』な乗り物なんだよ」

「じゆう?」


「そう。好きな時に、好きなところに行ける。時間にも人にも、距離にも縛られない。人はバイクに乗っている時だけは、『自由』なんだ。だから楽しい」


 直樹としては、これ以上ないくらいに、「決まった」と思った自信があったセリフだったのだが。


 肝心の幼い娘は、

「ふーん」


 わかったような、わかってないような、何とも言えない微妙な表情だった為、直樹は内心ではがっかりしていた。


 ところが、その娘の口から意外な言葉が漏れる。


「ねえ、パパ。私もバイクに乗りたい。運転したい」


 さすがに、直樹は苦笑いをする。それだけは妻・南から止められていたからだ。だが、娘の強い意志の籠った瞳は、嘘をついているようには見えなかった。


 迷った末に、

「お前にはまだ早いな」

 とだけ返していた。


「早いって。あとどれくらい待てば乗れるの?」

「10年くらいかな」


「えー! 10年。長いよ、パパ」

「そう言うな。それまでパパがお前を乗せてやる。そして、10年後まで、お前がバイクを好きでいてくれたら、運転免許を取らせてやる」


「約束だよ」

「ああ、約束だ」


 父と娘の、小さな約束。そして、これが真姫が、「バイク好き」になるきっかけでもあった。


 宗谷岬を立ち去り、稚内へ向かおうと思っていた、直樹の耳に、不意にその娘の意外な一言が飛び込んできたのはその時だった。


「パパ。ママのアレは、きっと嘘だね」

「嘘? 具合が悪いってやつか?」


「そう。ママはきっと、パパに私と仲良くなって欲しかった。だからあえて二人にしたし、バイクに乗ることも認めた」


 それはとても7歳、いや正確にはまだ6歳の子が言う言葉とは思えなかった。それほどまでに、洞察力が高く、どこかクールで達観したところがある。


 直樹には、娘がそんな風に見えた。ある意味、「子供らしくない」と。


「ホントかなあ? パパは嘘じゃないと思うけどなあ」

「ホントだよ。私の勘」


 稚内へ向かう途中、2人の会話はそのことで持ち切りだった。


 それまで、「お母さんっ子」だった真姫が、「お父さんっ子」に変わった瞬間。そして、その「お父さんっ子」の期間は、中学生くらいまで続いた。


 中学生に上がる頃。真姫は、思春期特有の恥ずかしさもあって、父から距離を置き始める。その微妙な「距離感」は今も続いていた。


 稚内で一泊し、翌日には札幌に戻って、車に乗り換え、2人は仲良く、苫小牧からフェリーに乗って、帰京した。


 自宅に戻ると、南は元気そうだったが、それが真姫が言ったような仮病だったのか、本当に具合が悪かったのかは、直樹にはわからなかった。



 結局、その後、東京に戻ってからも、母の南には内緒で、こっそりと直樹は、娘の願いを叶えるように、時折タンデムに連れて行った。


 恐らくは、南は気づいていたのだろうが、あえて止めることはなかった。


 10年後。真姫は、普通自動二輪免許を取得した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ