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ゆるツー  作者: 秋山如雪
9章 蛍
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47. 真姫と父(前編)

 今から10年ほど前。


 真姫がまだ小学1年になったばかりの頃。当時、まだ7歳にもなっていなかった、6歳の夏休み。


 真姫は、父と母に連れられて、北の大地、北海道へと旅行をした。


 当時、父の直樹は今と同じく大型バイクに乗っていたが、同時に結婚して以来、軽自動車にも乗っていた。


 その軽自動車で、家族3人で向かったのが、北海道だった。


 夏休みに入ったばかりの7月下旬頃だったと真姫は記憶している。


 しかも、父が変り者だったためか、フェリーで茨城県の大洗から苫小牧に行くわけでも、同じくフェリーで新潟から小樽に行くわけでもなかった。


 ひたすら東北自動車道を北上し、1日かけて青森県に到着し、青森からフェリーに乗って函館へ渡った。


 函館を観光した後、札幌へ向かったのだが。


 ここで、あるアクシデントが起こる。


「具合が悪い」


 真姫の母、南が体調を崩したのだ。元々、あまり体が強くはなかった彼女。それ故に出産も1人が限界だったのだが、突如、頭痛と目まいを感じ、しかも、


「あなた。真姫と一緒に旅してていいわよ。私は先に東京に帰るから」


 そう言って、さっさと飛行機のチケットを取ってしまった。


「大丈夫か? せめて札幌で休んでいけ」


 と真姫の父・直樹は勧めたのだが、元来、体が強くない割りには、気が強く、言い出したら決して引かないところがあった南は、


「いいから。私は地元の方が落ち着く」


 頑として聞かなかった。


 仕方がないので、直樹と真姫の父娘は、帰るという南を、車で新千歳空港まで送ることになった。


「ママ。だいじょうぶ?」

 まだこの頃、父よりも母に懐いていた、「お母さんっ子」だった真姫は、必死にすがりつくように、母に寄り添うも、その母は、


「大丈夫。パパと仲良くしてね」

 それだけを言い残し、あっさり飛行機に乗って帰ってしまった。


 その頃、今と同じように、いやそれ以上に父のことが苦手だった真姫。

 その真姫が、この時からしばらくの間、「お父さんっ子」になるきっかけが、この事件だった。


 もっとも、幼い真姫は、そんなこと覚えてもいなかったが。


 父の直樹は、何を思ったのか、車で札幌の中心部に戻ると、インターネットで調べたのだろう、レンタルバイクをやっている、札幌市内中心部にある、一軒のバイク屋に向かった。


 そして、いきなり大型バイクをレンタルし、不安げな表情を浮かべる娘に、

「真姫。北海道を走るなら、車よりバイクだ!」

 大きく息を吸い込み、宣言するように言い放った。


「ばいく?」

 まだ幼い真姫は、それがどんなものかもわかっていなかった。


 よくわからないまま、小さなヘルメットを被らされ、父の後ろに乗り込み、真姫は大きな背中にしがみついた。


 さらに、直樹は、わざわざ子供用のタンデムベルトまで買って、装着した。


「イヤ、イヤ!」

 幼い真姫は、盛んにそのタンデムベルトを嫌がっていたが、父に「安全のため」と言われ、泣きそうな顔のままバイクに乗り込んだ。


 だが、

「うわぁ! すごーい!」

 一度走り出すと、直樹の背にしがみつく、幼い真姫は、おおはしゃぎをして、かえって直樹は、娘が落ちないか心配になるほどだった。


 札幌中心部から離れ、南に抜けて、定山渓温泉から、国道230号をひた走り、途中の中山峠で休憩した後、さらに下って喜茂別きもべつ町、留寿都るすつ町と走り、やがて洞爺とうや湖へ至る。


 真姫にとって、初めて乗るバイクという乗り物。

 幼いながらも、感受性が豊かだった彼女は、そのバイクの後部座席から眺める光景に見入っており、その瞬間にバイクの「とりこ」になっていた。


 同時に、「バイク」という物を教えてくれた、父に感謝と共に親愛の情を抱くのだが。


 洞爺湖畔の、セイコーマートでバイクを停め、娘にアイスを買ってやった直樹は、その幼い娘と並んで自らもアイスを頬張っていた。


「どうだ、真姫? バイク、楽しいか?」

「うん! 楽しいね、パパ。でも、あのベルトいらないよ」


「ダメだぞ。お前の安全のためだ」

「だから大丈夫だって」


「いいか。とにかく絶対、パパの背中から手を離すなよ」

「わかってるって」


 幼いながらも、気が強いところが、少しだけ妻の南に似ている、と複雑な思いを抱えながらも、直樹は娘の身を案じていた。


「それより、このことは絶対にママには内緒だぞ」

「なんで?」


 幼く、純粋な瞳を向けられて、直樹は困ったような表情で、

「ママはバイクが嫌いなんだ」

 とだけ言って、誤魔化していた。


 事実として、南は、結婚する前からバイクを降りていたし、「絶対に真姫をバイクに乗せるな」と常々、直樹に言っていたのだ。


「そっかー。残念だね。ママもバイク乗ればいいのに」

 何も知らない娘は、無邪気な声を上げていた。


 幼い真姫と、父の、思わぬバイク旅は、こうしてひょんなことから始まった。

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