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ゆるツー  作者: 秋山如雪
9章 蛍
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45. 愛妻の丘

 4月に杏の提案で、栃木県にツーリングに行った4人。


 ゴールデンウィークは、「人出が多すぎて、観光地に行くのも嫌」と真姫の鶴の一声で、ツーリングはなくなっていた。


 元々、人混みも渋滞も極度に嫌う真姫。


 そんな彼女の元に、一通のLINEが来たのがきっかけだった。


―真姫ちゃん。今度の土曜日に、ちょっと群馬県に行きたいんだけど、付き合ってくれる?―


 相手は「若松蛍」だった。


―いいけど、みんなで?―


―ううん。2人きりで行きたいな―


 そのわざわざ「2人きり」と言う辺りが、何だか怪しい、というか、不穏というか、不気味さを感じながらも、真姫は、


―いいよ―


 と返していた。


 たまには、蛍と2人もいいだろう、と思ったの気持ちもあった。


 出発は土曜日の朝。

 待ち合わせは、前回、栃木県に行った時に使った、圏央道にほど近いコンビニと決まる。


 一応、蛍からはインカムを持ってきて、とは言われていた。

 彼女によれば、高速道路を使って、群馬県に行って、久しぶりに「走りたい道」があるという。


 一体、わざわざ「走りたい道」とは何なのか。それも気になった真姫は、あえてインターネットなどで予備知識を入れずに、当日を楽しみにしながら過ごすのだった。


 こういう部分は、真姫も茜音と本質的には変わらない。ネット社会に生きていながらも、アナログな地図や、行き当たりばったりを好む性質があった。


 土曜日、7時。


 その待ち合わせのコンビニに向かうと。

 すでに、「彼女」は来ていた。


 京香とは少し違う丸顔で、全体的にふんわりした印象を抱かせる。垂れ目がちな目と、天然パーマみたいな巻き毛が特徴的な、真姫からすれば「可愛い」彼女は。

 その日は、白色のライダースジャケットに、ジーンズ、ショートブーツという格好だった。


 傍らにはカワサキ ニンジャ250。ライムグリーンの車体が美しい、まだ新車に近い状態の光沢が綺麗な新古車だ。


「おはよう、蛍ちゃん。待った?」

「ううん。さっき来たところ」


 蛍は、髪をかき上げながら、心なしか照れ臭そうに見える表情で告げる。その仕草がなんだか、まるで「恋人を待つ女性」のようにも見え、真姫は少しだけ戸惑う。


「じゃあ、行こうか? 今日は私が先導するよ」

 蛍は、いつものようにおっとりとした口調で、そう告げるとバイクにまたがった。


 真姫は、内心、

(まだ来たばかりで、飯も食べてないんだけど)

 と思うくらい、蛍の行動が早く感じられた。


 ただ、この時の蛍の決断は、正解だったと後に気づくのだった。


 その理由は、「渋滞」だった。

 普通の土日とはいえ、首都圏から群馬県に至る関越道は、大体混み合うのだ。


 途中のSAで蛍は、

「朝9時過ぎたら、一気に混むからね。その前に一気に群馬県まで行きたかったんだ」

 と呟いており、真姫は納得すると同時に、


(この子は、私と同じで、渋滞嫌いだったな)

 と思い出していた。


 そういえば、房総半島に行った時にも、彼女は渋滞を避けるように早めに動いていた。


 そういう意味では、同じ考えで、真姫とは相性がいいのかもしれない。


 午前7時に出発した後、圏央道から関越道を経由し、休憩も挟み、それでも1時間半後の8時30分には、早くも群馬県の渋川伊香保インターを降りた2人。


 向かった先は、そこからさらに1時間以上かかった。


 国道と県道を経由しながら、インカムをつけている真姫は、聞いてみる。


「蛍ちゃん。どこに行くの?」

「知りたい? 北海道らしいところだよ」


「北海道らしい? 群馬県なのに?」

「そう。群馬県なのに」


 インカムを通して、クスクスと可愛らしい声で笑う蛍の声を聞きながらも、事前の予備知識を入れて来なかった真姫は、不思議に思っていた。


 そして、ようやく「そこに」到着すると、真姫は、驚いていた。


「つまごいパノラマライン」


 そう呼ばれる、その道は、元はただの広域農道だという。

 要は地元の農家の人が使うような、何でもない道なのだが、それが実にツーリング向きの、「走りやすい道」と、ライダーの間で評判になったため、いつしかそう呼ばれる道になったらしい。


 そして、その途中の景色を眺めながら走っている真姫の目に飛び込んできたのは。


 道の両脇に広がる広大なキャベツ畑と、その先に見える雄大な山々、さらに奥には恐らく浅間山と見られる大きな山塊が見える。


 それらが形作る雄大な自然の風景。ダイナミックな畑と空と山の光景が、どこか北海道を思わせるような、スケールの大きさを確かに感じることができたのだった。


「すごいよ、蛍ちゃん! 確かに北海道らしい」

「でしょ? っていうか、真姫ちゃん、北海道行ったことあるんだっけ?」


 そう聞かれて、彼女は思い出していた。


 小さい頃に、父に連れられて、北海道に行ったことを。

 ただし、それは彼女の記憶がまだ曖昧な小学校低学年の頃だった。正確には小学校に上がったばかりの7歳くらいの頃だった。


「行ったことはあるけど、小さかったからあまり覚えてない」

「そっかー。それは残念だねー」


 インカムを通して聞こえてくる、蛍の声も明るい。

 それは、この日、天気が良かったのと、この実に北海道らしい光景に、北海道出身の蛍に、色々と感じるものがあったからかもしれない。


 やがて、その快走路を走っていた蛍のニンジャ250が、脇の小さな駐車場に停まった。


 真姫も追ってみると。


「愛妻の丘」


 と書かれた案内看板が建っていた。


 そこには、小さな駐車場と、小さな丘になっている部分に、申し訳程度のウッドデッキがあるだけ。後は目の前に浅間山を眺められる雄大な景色が広がっていた。


 その丘の上に2人並んで歩きながらも、

「愛妻の丘? 何でそんな名前なの?」

 と尋ねる真姫に、蛍は意外な蘊蓄(うんちく)を披露するのだった。


「真姫ちゃん? 日本武尊ヤマトタケルノミコトって知ってる?」

「まあ、名前くらいは。大昔の人でしょ」


「そう。その日本武尊が東征中に、海の神の怒りを鎮めるために、愛妻の弟橘姫おとたちばなひめが海に身投げしたの」

「神話にありがちな話だけど、ひどい話だね」


「そうかもね。で、その東征の帰り道に、碓日うすい坂、今の鳥居峠に立ち寄った時、『ああ、我が妻よ、恋しい!』と嘆いたっていう故事にちなんで、ここは嬬恋(つまごい)村になったんだって」

「なるほど。それで『愛妻の丘』か」

「そう」


 話しているうちに、あっという間に丘の上に到着する。


 そこには、本当に小さなウッドデッキがあり、目の前には雄大な景色が広がるだけ。


 だが、そこに着いた途端、周りに人がいなかったためもあるのか、普段はおとなしい、おっとりした性格の蛍が、珍しく真姫に懇願するように、真剣な表情で訴えてきた。


「真姫ちゃんは、イケメンだからバーチャル夫にはいいかも。お願い。そこで私に『蛍。愛してる』って言って」


「えっ、冗談だよね?」

 さすがに苦笑いを浮かべ、というより一歩後ずさる真姫に対し、


「いや、冗談じゃないよ。お願い、真姫ちゃん。一生のお願い!」

 真姫は、両肩まで掴まれて懇願されていた。


 今まで、確かに多くの人から、真姫は「イケメン」だの「男前」だのと言われてきたから、そういうことには慣れていたが、こんなに懇願してくる人は初めてだったから、さすがに戸惑いの表情を浮かべるものの。


 しばらくの葛藤があった後、幸いにも他にこの地に、誰もいなかったため、仕方がなく、彼女は折れた。


「もう、しょうがないな。少しだけだよ」

 そう言って、彼女の手を取って、ウッドデッキに導いた。


 もう内心では、「やぶれかぶれ」というような気持ちだったが、蛍は女性としては可愛らしいから、嫌な気分ではなかったのも確かだった。


 ウッドデッキの上で、手を取り、見つめ合う2人。


 その時、丘の下の駐車場の方から、賑やかな声が聞こえてきた。誰か来たらしい。さすがにこの告白を聞かれるのは、恥ずかしい。


 そう思ったのか、

「お願い。真姫ちゃん。早く」

 と蛍に急かされ、真姫は妙な気分になるというか、変に蛍が色っぽく見えて仕方がなかった。


 垂れ目がちな大きな目、そしてふわふわした印象を抱かせる、天然パーマのような巻き毛の髪。ただ、蛍はスタイルがいいし、身長もそこそこあるので、女性としては魅力的な体型をしていた。


(はあ。諦めるか)

 面倒とは思いつつも、意を決して、彼女の目を見つめ、


「蛍。愛してる」

 と呟くと。


「キャー! 真姫ちゃん、マジでイケメン! ドキドキした! ありがとう!」

 想像以上に、蛍は喜んでくれたようで、飛び跳ねるように喜びを全身で表現していた。


 その瞬間、賑やかな声の主の、若いカップルが丘の上に上がってきた。


 そそくさと退散する2人。

(これは京ちゃんには言えないな)


 知られれば、きっと京香は嫉妬するに違いない。

 真姫は、密かにそう思うのだった。

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