43. バイク神社
ということで、急きょ、宇都宮中心部にある餃子屋で、餃子を食べることになった真姫だったが。
混んでいるが、思っていたより、「回転が速く」 ―それでも20~30分はかかったが― ようやく4人の番になり、テーブル席に通された。
メニューを見ながら、早くも目を輝かせている杏を見て、
(まあ、元気になったみたいだからいいか)
真姫は、事故の時のことを思い出し、少しだけ安堵するのだった。
その杏は、一番ボリュームがありそうな、餃子とチャーハンのセットを注文。他の3人はいずれも餃子数個とご飯だけのセットになった。
やがて、運ばれた餃子を前にして、真姫の隣に座っていた杏が
「来た! バイブスアゲアゲ、あげみざわ! うぇーい!」
と、大手を振って喜んでいる様子を見て、
(久しぶりにその言葉、聞いたな)
真姫はどこか感慨深くもあり、懐かしくもあり、同時に、やはり元気が戻って良かったとは思っていた。
食べてみた感想としては。
皮がしっかりしていて、白菜が主体なのが特徴だった。その他にキャベツ、ニラ、長ネギなど野菜が多く入り、肉よりも野菜の旨味があると感じる餃子で、しかもニンニク臭は抑えられているようにも感じる。
初めて食べていたが、真姫にとって、興味深い味だった。
まして、料理には多少興味があり、自炊もある程度は出来る彼女には、このレシピの秘密が知りたい、とすら思うのだった。
「そう言えば、浜松も餃子が有名だよねー」
真姫の向かい側に座っている京香が、小さな口で可愛らしく餃子を食べている箸を休め、口を開くと、
「浜松餃子だよね。あっちはどっちかって言うと、キャベツ、玉ねぎ、豚肉が中心で、豚肉のコクが効いてる感じだね」
さらに隣にいた蛍が言葉を継いでいた。
「詳しいね、蛍ちゃん」
箸を休めて、真姫が口を開くと、
「まあ。お父さんの車で行ったことあるからね、浜松」
との言葉が返ってきたが、真姫にはこの蛍が、父と仲がいいと感じられ、少し羨ましいような気分にもなっていた。
決して仲が悪いわけではないが、父とは一定の距離を置いている、真姫にとっては、気軽に父と一緒に出掛けよう、とは思えなかった。
そういう「思春期特有」の親との付き合い方の難しさを感じる年頃でもあったが。
「食った! マジ、じわるわー。ぱおん」
気がつくと、隣の杏がもう食べ終わっていた。
(めっちゃ速いな、こいつ。バイクと一緒で、せっかちなのか?)
かえって、そういうことを勘ぐってしまい、引いてはそういう性格が、「事故」につながったような気がする、とさえ真姫は邪推していた。
全員が食べ終わるまで、杏はひたすら携帯をいじって、SNSに記事や写真をアップしていた。
食後。
「んじゃ、バイク神社に行くぞー!」
目当ての物を食べて、機嫌が良くなったのか。杏が喜び勇んで先頭に立ち、バイクを急発進させて、さっさと次の目的地に向かってしまい、慌てて残りの3人は追うことになった。
(だから、急加速しすぎだって。エンジンに負荷がかかるぞ)
その後ろ姿を眺めながら、かえって杏のバイクの心配をしている真姫であった。
次の目的地は、そこからは30分ほどで行ける場所にあるという。
少し走り、宇都宮の市街地を抜けると、辺りはのどかな田園風景が広がるが、丈の高い大きな木々に囲まれた一角にそれはあった。
安住神社。
というその神社は、杏の説明によると、「全国バイク神社認定一号」なんだそうである。
「めっちゃよき! 前に栃木来た時に、エンカしたんだけど、時間なくて、スルーしたから、ワンチャン来てみたかったんだー」
(相変わらず何言ってるか、わかんねー)
若者なのに、若者言葉には疎い。少し達観した、言い換えれば大人びたところがある真姫は、苦笑していたが、杏には満足だったことはわかった。
「バイク神社」と呼ばれることはあり、バイクのイラストが描いてあり、顔を出す部分が丸くくり抜いてある、観光地特有の看板のようなものがあったり、訪れた人のバイクの写真が多数飾ってあったり、と初めて来る真姫にも興味深いものがあった。
一通り散策し、お参りをすることにしたが。
「そうそう。ここで巫女さんと一緒にバイク撮影できるんだって?」
先頭を歩く杏に京香が笑顔で聞いていた。
「それなー。後でやるンゴ。チャンスはナウしかっしょ」
杏の訳のわからない言葉に、困惑顔を浮かべている真姫に、気づいた蛍が、
「杏ちゃん。元気になって良かったね」
と、まるで真姫の心中を読むように言ってきた。かえって、その鋭いところがある蛍の言動に真姫が驚いて、
「まあね」
と曖昧な言葉を返していると、
「聞いたよ。柚ちゃんに懐かれたって。可愛いよね、柚ちゃん。私も兄弟いないから、ちょっと羨ましい」
「そうか。蛍ちゃんも一人っ子?」
「うん。ウチは珍しく、母の方がワーカホリックで、父の方が趣味人だから、小さい頃から父と接することが多かったんだけど」
真姫には、ようやく蛍の家の実情が、少しだけ垣間見れた気がするのだった。
彼女が、母より父に懐いているのは、そういう事情が影響しているらしい、と。
他人の家のことは、所詮他人にはうかがい知れないところがあるから、何とも言えないとは思うものの、思春期の真姫にとっても、それは興味のある話題でもあった。
結局、テンションが上がっている杏の要望に巻き込まれる形で、各自が巫女と一緒にバイクを撮影してもらい、全てが終わった頃には午後2時を過ぎていた。
これからどうするのか、と真姫が思っていると。
「ついでにもう一個ある、バイク神社に行くぞー」
杏が先頭で張り切っていた。
(え、まだあるの?)
バイク神社が二つもあるとは思ってもいなかった、真姫は戸惑いと期待の入り混じった複雑な感情を抱きながらも、従うことにした。




