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ゆるツー  作者: 秋山如雪
7章 茜音の旅
39/82

38. 東西の境目

 翌朝。真姫は早朝に目が覚めたため、昨日行った庭先へ出てみた。


 すると。

(山だ。見事なまでに)

 眼前に広がっていたのは、青々とした山。


 昨夜は暗くてわからなかったが、そこは完全に自然に包まれた山の中の一軒家のような家だとわかった。


 空気が清々しい。東京のように人や車で汚れてはいない。

 それが心地よく感じて、大きく伸びをしていた。


 朝は、宿では朝食が出ないこと、この辺りにはコンビニがないこともあり、昨夜親しくしてもらった男女の学生と別れ、茜音の先導で再び出発することになった。


「で、今日はどうするの?」

 聞くだけ無駄、とわかっていながらも、真姫は、「姉」に尋ねていた。


「ん? だから京都」

「あ、そう」

 予想通りの回答だった。


 つまり、プランなど初めから茜音にはないのだ。

 気の向くまま、ただ「京都」という終着点を目指す。その途中で、適当に立ち寄りながら目的地を目指す。


 人生は、何かと「縛られ」、人は制限されながら生きている。それは時間であったり、場所であったり。


 だが、まだモラトリアムという猶予期間にある彼女たちには、少しばかり「自由」な時間があった。


 もっとも、

(春には高3でしょ、茜音ちゃん)

 本当にちゃんと将来のことを考えているのか、この姉は。

 そう思った真姫は、少し彼女の将来が心配になっていた。


 出発したのは、朝の8時頃。途中のコンビニで軽い朝食を食べてから、西へ向かった2人だったが。


 不運なことにその日は、平日だった。

 「春休み」というモラトリアムがある学生とは違い、世間の大半は動いている。


 美濃市の山を出発し、岐阜市の中心街に入ると、たちまち通勤渋滞に巻き込まれてしまった。


 うっとうしい、とは思いながらもそれでも、東京の渋滞よりはマシだ、と思い直し、我慢しながらとろとろと、動きの遅い流れに沿って、茜音のモンキーは走る。


 どうやら国道21号に入ったようだった。

 やがて、岐阜市から揖斐川いびがわを越えて、大垣市に入る。


 さらにしばらく行くと、垂井町たるいちょうに入る。


 出発からおよそ2時間弱あまり。

 真姫でも知っている地名が、案内表示に出てきた。


(関ヶ原)

 そう。それは、日本史の授業で必ず習う、天下分け目の合戦があった場所だった。


 当然、歴史に興味がある茜音にとって、そこは立ち寄るべき場所なのだろう。真姫はそう確信に近い気持ちを抱いていたのだが。


 不思議なことに、茜音は関ヶ原町に入り、東西の決戦が行われた史跡の案内看板が出てきても、それらを無視して、西に向かっていた。


(どこに行くつもりだ?)

 内心、不安にすら思っていると。


 関ヶ原の駅を越えて、国道を外れた旧道沿いの、古い瓦屋根のある建物の前で、ようやく茜音はバイクを停めた。


 そこには、

不破ふわ関守址」と記載された、小さな看板が建っていた。


(不破?)

 真姫の、浅い日本史の知識にはない、地名だった。


 ところが、茜音はヘルメットを脱いで、バイクを降りると、嬉々として看板を、しげしげと眺め始めた。


「ここが不破の関所か」

「何、それ?」


 真姫の質問に、茜音は深い溜め息を漏らす。

「知らないの、真姫ちゃん? ここはね、東西の境目だよ」

「東西の境目?」


「そう」

 呟いてから、彼女はその案内看板の横にあった、説明書きに指を向けながら説明し始めた。


「真姫ちゃん。『関東と関西の境目』ってどこか知ってる?」

 首を振る真姫に対し、


「まあ、明確な定義はないんだけど」

 と前置きをしてから、


「この不破関と、東海道の鈴鹿すずか関、北陸道の愛発あらち関、って言われてるの」

 と、いつものように得意げに解説を始めた。


「この不破関が設置されたのは、壬申じんしんの乱、つまり672年の翌年。かなり古い年代ね」


「で、これら三関の東は、東国と呼ばれ、関東、関西の由来になったと言われてるわけ。すごく歴史を感じるでしょ」


「うーん。よくわかんないけど」

「もう。ロマンがないな」

 まるで、かつて京香に言われたのと同じように、真姫はそう言われ、苦笑していた。


 すると、彼女はもっと具体的な例えを出してきた。

「一番わかりやすいのは、うどんの味付けだよ」

「うどん?」


「そう。関東は濃い醤油ベースで、関西は薄口の醤油ベース。実はそのうどんの味が変わる境目が、この辺りって言われてるわけ」

「へえ。それは面白いかも」

 日本史にはあまり興味がなくても、人並みに料理や食文化には興味を示す真姫には、少しは興味を惹かれる話題だった。


「でしょ? だからここから先で食べるうどんは、私たち関東人にはあまり馴染みがない薄味になるわけ。ようこそ、関西へ! って感じでしょ」

 何だか妙なテンションを発揮して、1人で盛り上がる茜音が、真姫にはとてもおかしく思って、つい苦笑いを浮かべていた。


 普段は、常に不機嫌で、面白くなさそうな顔をしている茜音は、旅に出て、こうして現地と何らかの形で「触れ合う」と、途端に元気になる。


 昔から、色々と振り回してくる、困った「姉」だったが、彼女は、真姫の周りにはいないタイプ、という意味ではかなり特殊で、面白い人物でもあった。


 つまり、親戚一同を見渡しても、彼女はかなり「変わっていた」。

 どちらかというと、真面目な親戚が多い中、この茜音だけは飛びぬけて「変人」なわけだ。


 もっとも、彼女の母であり、真姫にとっては伯母に当たる真奈美も、少々変わっていたから、その血を受け継いだのだろう。


 とにかく、ようやく「東西の境目」にたどり着いた彼女たち。

 天下分け目の決戦地として街を挙げてアピールし、街中のあちこちに、戦国時代の武将たちが実際に使っていた旗やのぼりが立っていて、それらの史跡がこの関ヶ原町の観光資源でもあったが、それらには目もくれず、2人は東西の境目に立つのだった。


 旅は続く。

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