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ゆるツー  作者: 秋山如雪
7章 茜音の旅
38/82

37. ゲストハウス

 馬籠宿に入る頃には、すでに長野県から岐阜県に入っていたのだが。

 それに気づくことすらなく、真姫は暗闇が迫る中、茜音のモンキーについて行くのだった。


 彼女はとりあえず「南西」方面に向かっていた。

 真姫の予想通りだが、まずはこの暗闇の木曽路を抜けて、比較的人家のある岐阜県の中心部を目指すのだろう。


 宿については、完全に茜音任せだから、もうどうとでもなればいい、と諦めていた。


 やがて、陽が落ちて、辺りは完全に暗闇に包まれる。山に覆われた国道19号の頼りない街灯に照らされた道を走りながら、心細い思いを感じていた真姫だったが。


 不意に、前を行くモンキーがコンビニで停まった。


 後について行くと。

 エンジンを切って、茜音は携帯をいじり始めた。


 何をしているのか、と真姫が同じようにエンジンを切り、近づくと。

「宿を探してるの」

 ぶっきらぼうに彼女は答えた。


 真姫にとっても、一応は予想していたが、彼女は行き当たりばったりを好む性格なので、今からネットで宿を探すらしい。


 幸い、今はゴールデンウィークやお盆休み、年末年始のような繁忙期ではないため、休暇中なのは、せいぜい学生くらいだろう。


 しばらく携帯で検索していた茜音が、

「ここにする」

 と言って、画面を見せてきた。


「ゲストハウス?」

「知らないの、真姫ちゃん。要はドミトリーの宿のこと。海外とかだと当たり前のようにあるんだけど、日本でも増えてるからね」

「ふーん。でも、個室じゃないんだね」

 画面を見る限り、男女別のドミトリー形式の宿で、一部屋に二段ベッドを設けて、3~4人が一部屋に泊まるスタイルのようだ。


 そのため、値段も安く、金銭的な負担が少ないため、学生の利用が多いようだった。


(他の人と一緒に泊まるのか)

 人付き合いが、それほど得意とは言えない、少し人見知りするところもある真姫にとって、それは不安要素をかき立てるものでもあったが。


 同時に、

(のんびり選んでる時間はないか)

 すでに午後6時を過ぎている。


 速く宿に入って、風呂にも入りたいし、晩飯も食べたいと思っていたから、彼女に任せることにした。


 それに、そのドミトリーの宿が、写真で見る限り、レトロな古民家風の民宿のような宿で、気になったというのもあった。


 早速、茜音は携帯から電話をかけていた。

「はい。2名です。大丈夫ですか? わかりました」

 普段は、横柄な態度を取っているようにも見える茜音だが、さすがに社会的マナーはわきまえているようで、比較的丁寧に会話をして、あっさりと切っていた。


「OKだって。行くよ」

「いいけど、場所は?」

美濃みの市。ここから1時間半くらいかかる」


(遠い)

 現在の時間から換算するに、到着する頃には、午後8時を越えてしまうだろう。

 

 わざわざそんな遠いところまで行かなくても、近場のシティホテルか、ビジネスホテルでいいだろう、と一瞬思っていた真姫。


「こういう宿の方が風情があっていいんだよ。ビジホじゃつまらない」

 まるで、真姫の心を読んだかのように、彼女は発してきて、


(エスパーか)

 真姫は、少しばかり驚いていた。


 この従姉は、妙に「鋭い」ところがあることを思い出していた。


 そこからの道のりは、真姫にとって正直、どう走ったのか、全然覚えていなかった。というのも、携帯のナビ頼りに、茜音は山道を越えて、市街地を抜けて、さらにまた山道に入って行ったからだ。


 途中、休憩を挟みながら、向かった先は、大きな川を越えた先にあった。

 そこは、まるで漆黒の闇に包まれた、黒い森の中のように見えた。


 辺りには人家がかろうじてあるが、ほとんど「街」とは言えない、過疎地域の山村のように見えたからだ。


 付近にはコンビニすらないような、山間やまあいの小さな集落にあった、そこに着くと。


 昔ながらの、瓦屋根の古民家があった。


 敷地は広く、駐車スペースには車もおけるほどの広さがあったから、そこにバイクを停める。


 だが、辺りは真っ暗で、手元のバイクの鍵穴さえ見えないくらいの田舎。空には星が輝いており、そして山里らしく、「寒かった」。


 静寂に包まれる人気ひとけのない駐車場から、古民家の入口に向かう。


(何だか怖い)

 とすら思えてきた真姫だったが。


 まるで田舎のおばあちゃんの家のように、古ぼけた昭和レトロな引き戸を開けると、意外にも賑やかな声が聞こえてきた。


 すでに先客が何名かいるようだった。


 電話をした茜音が、奥から出てきた宿のオーナーらしき人物と会話をしている。

 意外にも、そのオーナーらしき人物は、30代くらいの若い男性だった。


 簡単な手続き、宿の使用説明、禁止事項などを聞いた後、声がしている方向に導かれるように、茜音はふらふらと、家の中を歩いて行った。


 ついて行くと、庭先に面した縁側にたどり着いた。


 見ると、そこから大きな庭が広がっており、そこで何人かの若者がバーベキューをしているようだった。


 七輪が並べられ、肉を焼く香ばしい匂いが漂っていた。


 一瞬、面食らっていた真姫だったが、意外にもこの「姉」は、

「どうも。バイクで京都を目指してます」

 躊躇なく、その一団に声をかけていた。


 真姫からすれば、社交性などないように見えるし、いつもボッチだと思っていた茜音の意外な一面だった。


 よく見ると、集団は4人。男が2人に、女が2人。全員大学生くらいで、酒を飲んでいることから、20歳以上だろうと推測された。


 しかも、

「マジで。京都? あたしら逆に京都から東京目指してんだ」

「京都行くなら、ビワイチでもやってこれば?」

 たちまち、会話に入ってきた若者たちに話しかけられていた。


 ある意味、この手のドミトリーの宿は「出逢い」を求めて、旅人が集まるという部分がある。


 それも、金がないけど、旅がしたい、という若者には最適の場として提供されている。


 そのため、同じような境遇の若者が集まりやすい、という傾向があった。


 真姫にとって、こういうのは初めての体験で、最初から戸惑いがあったものの。

「ご飯、まだだったら、食べていきなよ」


 見た目は、派手なものの、気のいい若者らしく、あっさりとバーベキューの輪の中に入れてくれるのだった。


 しかも、真姫は何故か、女性陣2人から「イケメン」と言われ、盛んに声をかけられていた。

 どうも酒も入っているから、妙なテンションになっている女子2人は、京都の大学に通う大学生で、春休みを利用して、車で東京を目指しているという。


「ところで。ビワイチって何ですか?」

 そのうちの1人、眼鏡をかけたショートカールヘアの女子に尋ねていた真姫。単純に興味本位の質問だった。


「えっ。ビワイチ知らない?」

「知らないです」

琵琶湖びわこを一周するの。元々はチャリでやるんだけどね」

「へえ」


 初めて聞く「ビワイチ」という単語。それは、関西には縁がない真姫にとって、どこか不思議な響きを感じる言葉だった。


(そもそも琵琶湖、見たことないし)

 どちらかというと、人付き合いは苦手で、1人で行動することが多く、バイクを手に入れてからは、ますます一人旅が多くなった真姫。


 だが、その日の夜だけは、どこか特別で、いつもとは違って、見知らぬ若者と歓談するのだった。


 しかも、みんな目的が似通っているし、年齢も近い。

 酒こそ飲める年齢ではなかったが、すっかり意気投合していた。


 おまけに、高校生ということを暴露すると、

「えー、JK! いいな」

「わかーい」

 たちまち女子学生2人から、ちやほやされるかのように質問責めに遭い、男子からも声をかけられていた。


 結局、夜遅くまで、半ば「飲み」に付き合わされ、ようやく解放されて風呂に入り、寝床に着いた時には、深夜1時を越えていた。


(まあ、いいか。たまにはこういうのも)

 思いながら二段ベッドの下に潜り込むように入り、真姫は目を閉じた。


 従姉の茜音の気まぐれから始まった旅の初日が終わろうとしていた。さすがに長旅で疲れていた彼女に、あっという間に眠気が襲いかかり、意識を奪って行った。

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