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ゆるツー  作者: 秋山如雪
7章 茜音の旅
36/82

35. 信州蕎麦

 山梨県上野原市の、甲州街道沿いのコンビニで、遅い朝食を取った茜音は、真姫の意志とは無関係に突き進んでいった。


 やがて、新笹子トンネルの長いトンネルを越えると、眼前に甲府盆地が広がってくる。徐々に山を下りながら甲府盆地に至る情景は、場所こそ違うが、真姫が以前に国道411号から下って行った時と同じような感想を抱く道だった。


 だが。

(ダルい)


 甲府盆地に降りて、しばらく走り、甲府市中心部に差し掛かると、交通量が一気に増える。

 おまけに主要街道に当たる、国道20号は常に渋滞気味で、流れが非常に悪い。


 ミッションバイクに乗る真姫にとって、そして同じくミッションバイクに乗る茜音にとっても、この「流れの悪さ」が敵になる。


 国道20号は、片側2車線はあり、道幅も広い主要街道だが、この流れの悪さだけはどうしようもなく、30分から1時間あまりは、ダラダラと軽い渋滞が続く。


 先頭を走る茜音は、耐えられなくなったのか、時折、ロードサイドのコンビニに立ち寄って、休憩を挟んでいた。


 だが、真姫がインカムを持っているにも関わらず、何故かそれを使うことを嫌った茜音は、そのまま気ままに走り続けるのだった。


 その茜音に対して、「選択権」も「決定権」も持たない真姫は、渋々ながらも着いて行きながら、沿道を見渡す余裕が出来てきていた。


 甲府市、甲斐市、韮崎にらさき市、そして北杜ほくと市。街の名前が変わり、市街地を抜けて、大きな川と並走しながらも、少しずつ景色が変わり始める。


 住宅街が密集するエリアから、住宅がまばらになり、周辺に緑が目立ち始める。そして、右手に見えてくる巨大な山の塊のような連山が目を奪う。


 「八ヶ岳(やつがたけ)」だった。八ヶ岳とは特定の一峰を指す呼び名ではなく、長野県から山梨県にまたがる山々の総称であるという。

 その最高峰は、赤岳で標高2899メートルもある。


 この火山群は、登山家の間でも有名であるが、長野県や山梨県を代表する山でもあり、また早春のこの時期、まだ頂上には雪をかぶっており、富士山と並んで、この辺りの景色を象徴する山と言える。


 雪を被り、いくつもの峰が連なる様子は、彼女の目を奪っていた。


 性格的に、クールでドライなところがある真姫でさえも、その偉容には圧倒されると同時に、


(綺麗……)

 と思って、ついつい見つめてしまうのだった。


 都会を抜け、交通量が減ったことで、快適になったこともあり、先に行く茜音はスピードを出し始めた。


 もっとも、排気量の差で言えば、茜音のモンキー125ccに比べて、真姫のYZF-R25の方が250ccだから、パワーの違いは歴然だったが。


 川を越える頃、頭上の案内標識に「長野県」の文字が躍る。


(長野県まで来ちゃったよ)

 もはや諦めの境地に至る真姫は、自身のバイクのトリップメーターに目をやる。出発からすでに145キロあまりが過ぎていた。


(まだまだ先だなあ)

 茜音が目指す京都は、果てしなく遠く感じるのだった。


 茜音のモンキーは、スピードを落として、沿道の駐車場に入って行き、真姫も従う。


 道の駅信州蔦木宿(つたきじゅく)。そう看板に書かれてあった。


 真姫は知らなかったが、そこはかつて甲州街道の42番目の宿場町だった場所でもある。


 田舎の緑色の大地に突如現れたような道の駅で、敷地面積が広く、施設内には土産物や直売所があり、さらに食事(どころ)以外にも日帰り温泉まで併設されていた。


 バイクを降りた途端、真姫の腹が、鈍い悲鳴を上げた。

 時刻は、午後1時近く。


 結局、朝からほとんど食事を取っていなかった真姫の腹が限界を迎えていた。

 幸い、面倒な茜音に、腹の音は聞こえていなかったが、このまま放置しておくと、猪突猛進な彼女のことだから、飯を食べずにそのまま突っ切ってしまうかもしれない。


 そう危惧した真姫は、

「茜音ちゃん。おなか空いた。お昼にしよう」

 思いきって提案の声を上げる。


 厄介な性格の茜音のことだ。反対でもされるかと思ったら。

「1時前か。まあ、いいよ」

 あっさり認めて、つかつかと食事処へと足を向けていた。


 相変わらず、「我が道を行く」茜音は、有無を言わさず、食事処に入って、食券を自販機で買い始めた。


 真姫もそれに倣う。

(やっぱここは、信州蕎麦か)

 一応、ここはもう長野県。


 長野県に来たからには、名物の蕎麦を食べようと思い、同時に朝からほとんど何も食べていなかった真姫は、ここぞとばかりに「大盛り」で注文していた。


 食券をカウンターに置き、セルフサービスの水を入れてから、席に着くと、

「真姫ちゃん。大盛りなんて太るよ」

 茜音にはそう言われていたが、さすがに極限の空腹状態に追い込まれていた真姫には、我慢をする理由はなかった。


 待っている間、ふと茜音がいつものように、唐突に口を開いた。


「真姫ちゃん。信州蕎麦の由来って知ってる?」


(また始まったか)

 真姫の予想通り、茜音の変な雑学、というか蘊蓄うんちくが披露されるのだった。

 首を振る真姫に対し、彼女は語り始めた。


「まあ、起源には諸説あるらしいけど、信州蕎麦の始まりは、修験道しゅげんどうから来たってのもあるらしい」


「修験道って、山伏やまぶしとかの?」


「そう。西暦700年くらいが起源で、その修験道の僧侶が登山修行した時に、お世話になった地元の人に渡した『蕎麦の種』って言われてるらしい」


「江戸時代じゃないんだ? なんか時代劇とかで、よく蕎麦食べてるイメージあるけど」


「蕎麦を今みたいに、麺状にして食べたっていう起源は、戦国時代頃らしいね。ただ、真姫ちゃんの言うように、江戸時代には、この信州から蕎麦を麵状にする『そばきり』が全国に広まったんだとか」


(相変わらず、変な雑学だけは知ってるな)

 真姫は、改めて妙な知識がある茜音に感心するのだった。インターネット全盛期で、調べれば何でもわかる世の中だが、何故か茜音はそう言った興味を持ったことに対して、徹底的に調べる癖があった。


 要は「凝り性」なのだろう。


 運ばれてきた信州蕎麦。それは「八ヶ岳荒挽き蕎麦」とも言われる、手打ち蕎麦で、暖かいつゆに入れられ、お新香がついていた。


 季節はまだ春先。この信州の春は遠く、肌寒い。そのため、2人とも暖かい蕎麦を注文していた。


 つゆから立ち上る湯気、そして香ばしい蕎麦粉の匂い。

 真姫はたまらなくなって、早速箸をつけていた。


「長野県は、稲作に不向きな土地で、山と高冷地が多いから、昼夜の気温差が大きくて、蕎麦の栽培には最適な土地なんだよ。ゆっくり味わって食べるよ」

 相変わらず、妙な講釈を垂れる茜音に対し、内心では、


(おっさんくさい。つーか、あんたは大学教授か)

 などと思いながらも、真姫は、純粋に信州蕎麦の味を楽しんでいた。


 長い旅路で、冷えきった体に、熱いつゆが入り、さらに程よくコシがきいた蕎麦の麺が入ってくることが、心地よく感じられた。


 目指す京都までは、まだ350キロ以上の道のりが待っていた。

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