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ゆるツー  作者: 秋山如雪
7章 茜音の旅
33/82

32. 茜音、襲来!

 高校1年の冬に、親友の京香と、「ほっこり」した時間を過ごせた真姫。

 しばらくは「寒さ」が原因でツーリングから遠ざかっていた。奇しくも、バイト代が入ってようやく冬用のライダースジャケットを手に入れたところで、季節は一気に進み、春になっていた。


 春休みに入って2日目。その日は日曜日だった。

 京香の家でのバイトは、3月の中旬には辞めていた。資金も十分に稼いだからだ。

 従って、今の真姫には、受験勉強もなければ、まだ進路の心配もいらない。4月の始業式までの2週間あまり、まるまる自由な時間が出来た、と言っていい。


 そして、それをまるで見越したかのように、不意に「奴」からのLINEが来たことが全ての始まりだった。


―真姫ちゃん。もうすぐそっちに行くから―


 そのあまりにも一方的すぎる口調に、真姫は背筋が寒くなるような思いを感じた。


茜音あかねちゃん……)

 その名は、真姫の中では、ある意味、「戦慄」すべき対象となっていた。


 遠く小学生の頃は、いきなりやって来ては、真姫を強引に連れ出し、小学生だけで、吉祥寺の井の頭公園のボートに乗って、それを教師に見つかり、こっぴどく叱られた。


 中学生の頃は、学校をサボって自転車でサイクリングに付き合わされ、何故か高尾山まで行って、汗だくになった上、山登りに付き合わされた。


 その正体は、真姫の母の姉、つまり伯母である真奈美の娘、従姉いとこに当たる、真姫より1歳年上の、中河原なかがわら茜音あかねという少女だった。


 兄弟や姉妹がいない真姫には、年齢も近く、血縁関係にもあるから、本当の「姉」に近い存在でもあったが。


 とにかく、茜音は「自由人」なのだ。

 いや、あまりにも自由すぎる。


 思いついたら、即行動。周りがどう思おうが、どんなに反対されようが、全く意に介さない。自分中心、というより、本能と直感だけで生きているような人種だった。


 その度に、いちいち付き合わされてきた真姫にとって、「災難」に近い存在でもあったが。


(逃げよう)

 咄嗟とっさにそう思っていたが、携帯の時計を見ると、それはもう無理だと諦めた。


 そのLINEが来たのが、その日、日曜日の朝8時30分頃。現在時刻は9時頃。日曜日ということ、そして春休みということで、真姫は完全に寝過ごしていたからだ。


 そして、そうしているうちに、インターホンが鳴った。

(来たか)

 諦めの、深い溜め息を突いて、真姫は自室を出て、パジャマ姿のまま、階下に降りた。


 玄関先で対応している母、南の目の前にいたのが、懐かしくもあり、そして恐ろしくもある彼女だった。


 まず、目つきが怖い。目が常に半開きのように見え、眠たそうにも見える。というより、常に何かに「不満」を持っているかのような、不機嫌そうな表情がこの女の最大の特徴だった。

 傍から見れば「何がそんなにつまらないのか」と思わせるような、不機嫌な猫のような半開きの細長い目。


 容姿としては、母の南の姉の子だから、母に似ている部分もあり、決して「可愛くない」わけではないのだが、この不機嫌そうな表情が、明らかに「損をしている」ようにも見える。


 真姫や南とは違い、ロングヘアーを無造作に伸ばしており、毛先が飛び跳ねているのが特徴的だった。身長も真姫や南より高く、167センチくらいはある。


「あらー、久しぶりね、茜音ちゃん」

「どうも」

 不機嫌そうに、不愛想な挨拶を母と交わす茜音だったが、階段を降りてきた真姫と目が合った。


「真姫ちゃん。久しぶり〜。お邪魔するよ~」

 そのねっとりとした特徴的な話し方、そして獲物を捕らえた獣のような目つき。真姫は正直、苦手だった。


「茜音ちゃん。わざわざ熊谷くまがやから来たの?」

 階段を上り、真姫の部屋へ導きながら、聞いてみる。


 彼女の家、つまり伯母の真奈美の家は、埼玉県北部の熊谷市にある。

「そうだよ。この間、バイク買い換えてさ。それで2時間かけて来た」


(わざわざ2時間もかけて来るなよ)

 内心、そう思いながらも、口には出せない真姫。


 この超行動派の従姉は、誕生日が4月ということもあり、高校に入学してすぐの一昨年の4月には教習所に通い始め、夏には普通自動二輪免許をさっさと取ってしまっていた。


 最初はスーパーカブに乗っていたが、飽きたらしく、乗り換えたようだ。

 元々、飽きっぽい性格なのだ。


 ともかく仕方がないので、部屋に上げると。

 バイクで来たという割には、ライダースジャケットを着ずに、ジーパンにジージャンという、ラフな格好の茜音がいきなり言い放った。


 それは、まさに真姫の「恐れていた」ことだった。

「じゃ、行くよ。真姫ちゃん、さっさと着替えて」


(何が「じゃ」なのかさっぱりわかんねー)

 あまりにも唐突すぎてそう思いながらも、


「え、行くってどこに?」

 と、一応は尋ねると、


「京都」

 という、予想の斜め上すぎる回答が、何の躊躇もなく返ってきた。


「え、京都? どういうこと?」

「いや、だから今から京都に行くんだよ。バイクでね」


「何で?」

「何でも何もあるか。私が行きたいからだよ。せっかくバイク買ったし、真姫ちゃんもバイク乗り始めたって聞いたしさ。どうせ春休みで暇でしょ」


(何で知ってるんだよ?)

 真姫は、意図的に自分がバイクに乗ったことを、彼女には伏せていたのだが、恐らく母から伯母に行き、そこからこの茜音が知ることになったのだろう。


 だが、もうこう言い出すと、茜音は絶対に諦めないし、逆らうだけ無駄、とわかっている真姫は、観念して着替え始めた。


 その着替えをぼんやりとした表情で眺めていた茜音はやはり不機嫌そうに呟く。

「真姫ちゃんさあ。いちいちライダースジャケットなんか着るわけ? メンドくさくない?」


「いや、別に。でも、バイクに乗るのってそういうものじゃ……」

「誰が決めたの?」

 その一言に対し、明らかに不機嫌な「姉」の目が光っていて、真姫は少し怖く感じた。この女の前では下手なことは言えない。


「いや、決められてはいないけど」

 そんな言い訳じみた対応をする真姫を見て、茜音は大きく溜め息を突き、


「ま、いいけどさ。私は、新型の125ccのモンキーを買ったんだ。だから、せっかくだから試したい。あと、モンキーくらいならライダースジャケットなんて着る必要ないってだけだから」

 なるほど、と思いつつ、同時に真姫は、「嫌な予感」がたちまち頭をよぎっていた。


「あの~。125ccってことは、高速は?」

「はあ? 使えるわけないじゃん」

「ですよね~」


(死んだ。下道で京都まで行くのかよ。何時間かかるんだ)

 もう何を言っても、この女は諦めないだろうし、真姫は付き合わされるだろう。


 真姫にとって、大して行きたくもないと思っていた京都行きが、現実のものとなる。


 しかし、それこそが実は彼女の「想像を絶する」新しい旅の始まり、となる。

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