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ゆるツー  作者: 秋山如雪
6章 京香
32/82

31. 京香の価値

 真姫がプロデュースした動画に名づけられたタイトル、それは「知られざる中華料理屋のかわいいJK看板娘」だった。


 その動画が杏に流れ、杏の宣伝力と人脈、そしてネットを駆使した手法で、一晩であっという間に情報が拡散。


 次の日の夕方。

 店の前には、行列が出来ていた。


(マジで。まさかこんなに)

 たった一晩でこんなことになろうとは、さすがに真姫の予想以上の展開だった。


 彼女は知らなかったが、杏が拡散した動画が、あらゆるところで「いいね」がつきまくり、拡散しまくって、それで住所を調べたネット民たちが大挙して押し寄せてきた。


 だが、

(やっぱ野郎ばっかか)

 ある意味、真姫にとっては予想通りだったが、客層のほとんどが男。それも若い男が多かった。


 言い方やイメージは悪いが、現実に「JKビジネス」、という言葉があるくらい、「女子高生」にはプレミアがつくことを知っていたからこそ、真姫はプロデュースをしたわけだった。


 さすがにやりすぎた、と思いながらも、店の裏手に回る。インターホンを押して、出てきた京香の母、美里に、珍しく、


「真姫さん。嬉しいけど、さすがにちょっとさばききれないわ」

 困惑したような表情で、声をかけられて、少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。


(しゃーない。手伝うか)

 責任を感じた彼女は、意を決して、厨房に入る。


「手伝います!」


「真姫ちゃん、助かるよ!」

「真姫ちゃん、ちょいやりすぎ!」

 さすがにあまりにも客が多く、京香の父の吾郎からも、京香自身からも不満の声が上がっていた。


 そして、3人に、美里も加わって、4人でてんやわんやの大騒ぎのように、大勢の客に対応する羽目になった。


 地獄のような戦いが終わった午後9時。閉店後。


「いやー、真姫ちゃん。さすがにこれはやりすぎ~」

 汗をびっしょりかいた京香が、薄暗いホールの椅子に座って、足を伸ばしてテーブルに突っ伏していた。


「ごめんごめん。でも、それだけ京ちゃんが可愛いってことだよ。良かったじゃん」

 慰めの言葉をかけるものの、さすがにこれでは彼女たちの体が持たないかもしれない、と少し後悔する真姫であったが。


 その時、

「いや、真姫ちゃん。マジですごいよ!」

 厨房から大きな声が上がっていた。


「お父さん?」

 見ると、京香の父の吾郎が、レジ前に立ち尽くしていた。


「売上がハンパなく伸びてる!」

 喜びのあまり、泣き出しそうな彼女の父を見て、


(まあ、あれだけ人来れば、そうだろうな)

 真姫は当然のように思っていた。


 ただ、結果的には、これは「いい方向」に働いた。


 店が繁盛する=店に余裕ができる=バイトを雇える、ということになり、足りない人員を補うため、真姫以外にもバイトを採用した「矢崎飯店」。


 おまけに、真姫の提案で、またも「女子高生」を採用したから、さらに注目を浴びて、ネットで情報が拡散し、1週間後には、もう近所どころか、西東京では知らない人がいないのでは、と思うくらい有名になって、ついにはテレビ局が取材に来た。


 思わぬ形で、テレビ出演することになった、京香は、さすがに恥ずかしがっていたが、その仕草がまた「可愛い」とネット上で評判になるほどだった。


 テレビやネットで取り上げられ、「中華料理屋の可愛い女子高生看板娘」として、京香は一時的とはいえ、注目を浴びることになっていた。


(やっぱりな。京ちゃんは本来、可愛いんだ。私なんかより、よほど「男受け」する)

 それが、真姫の「見立て」だった。


 本来、男っぽい性格の真姫からすれば、京香は十分、「女の子」っぽいし、可愛らしいと思っていた。


 丸顔で愛嬌がある顔立ちだし、眼も大きいし、胸もそこそこある。少し化粧をしたり、オシャレをすれば一気に「モテる」ような女の子だと思っていた。

 おまけに、明るくて、世話好きで、どこか純粋なところもある子だ。言わば、男性が心情的に求める「嫁にしたい女性」候補に彼女は相応しい、という見立て通りだった。


 もっとも、真姫の予想を通り越して、度が過ぎるくらいに人気になったため、京香の元にはラブレターまで届いたらしい。


 後ほど、その京香から、

「助けて~、真姫ちゃん。私、告白されても付き合えないよ。よく知らない人だし~」

 と、泣きそうな顔で相談された。


「きっぱり断りなよ。京ちゃんがよくわからない男と付き合うのは、私は嫌だ。むしろ、私が京ちゃんを嫁にしたい」

「もう、何、言ってるの、真姫ちゃん~」

 親友は苦笑いしていたが、真姫は割と本気で、彼女を「男」に渡したくはなかった。


 それほど、「京香」は彼女自身が思っているよりもずっと、貴重で可愛らしい存在だと、真姫は今回の件で再認識してしまったのだ。


 結局、京香は、真面目なのか律儀なのか、届いたラブレター全てに返信していた。


「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいですが、あなたのことは、よくわからないので、付き合えません」


 という文言と共に。


(こういうところが、また人気出そう)

 真姫は、その丁寧な返信の文言を目にして、逆にそう思ってしまった。


(私なら多分「断る。これ以上、やったらストーカーとして警察に突き出す」って書くしなあ)

 京香は、ある意味では、「最近の女子高生には珍しい」ほど、純粋で、綺麗な心と、丁寧な対応が出来る、愛嬌のある子だ。


(尊い)

 真姫にしてみれば、現代風にそう思えるほどの存在だった。



 こうして、「冬」の間中、この「矢崎飯店」でバイトをした真姫は、2月の末にはようやく、防寒用の頑丈そうな、新しいライダースジャケットを購入した。


 目的は達成したものの、自分のせいで、客が一気に増えたため、バイト自体はその後もしばらくは続けていた。


 そして、あっという間に「春」が来る。


 高校1年生の春休み。

 しばらく「ツーリング」という行為自体から離れていた、真姫の前に、ある意外な人物が現れることで、物語は意外な方向へと動き出す。

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