30. 真姫プロデュース「看板娘」
真姫がバイトを初めて2日間。
最初の土日が無事に終わった。
日中は配達中心、夕方からはホールに入り、配膳や注文取りもやった。だが、やはり彼女は「客が少ない」と感じていた。
そこで、日曜日の労働が終わった、午後9時。
「お疲れ、真姫ちゃん。もう上がっていいよ」
と、労いの言葉をかけてきた、京香の父に対し、
「おじさん。私、このお店はもっと繁盛していいと思うんです」
思いきってそう口に出してみた。
珍しいことを言うと思ったのか、京香の父の吾郎が、
「どういうことだい?」
真姫に椅子を勧めた。
明かりが半分消えた、飯店の薄暗いホールの椅子に座り、テーブルを挟んで真姫と吾郎が向かい合う。それに気づいた京香も制服から普段着に着替えを終えて、奥から出てきた。
「もったいない、と思うんです」
「もったいない?」
「はい。ここは、味はいいですし、客層もいいです。なのに、昼や夕方のかき入れ時にも関わらず、客足がイマイチな気がするんです」
「うーん。まあ、そうだなあ。俺としても、一時期よりは減った、と感じている」
吾郎は吾郎で、表には出していなかったものの、そう感じていることがわかった。
「でもさ、真姫ちゃん。んなこと言ったって、どうすんのさ? 今は何でもネットでレビューして、拡散しちゃうからね。下手に悪い評判でも広がったら、あっという間にお店、潰れちゃうよ」
いつの間にか近くに来ていた京香が、真姫と吾郎のいるテーブルまでやってきて、腕組みをして難しい顔をしていた。
そこで、真姫は内心、思っていた「策」をようやく披露する。
「京ちゃん。京ちゃんはJKだよ。もったいない」
「はあ? 何言ってるの?」
「だからJK。女子高生!」
「いや、それはわかるけどさ」
「いい、京ちゃん? JKで、看板娘で、しかも可愛い。これを生かさない手はない」
ビシっと、京香の鼻先に指を突きつけて、吠えるように真姫が言うと、
「いや~。改めて『可愛い』って言われても~」
満更でもないように見える京香に対し、真姫は畳みかける。
「世の中、JKに対する需要はすごいんだ。だから、京ちゃんは常に学校の制服にエプロンで仕事すること。あと、それを私が動画に撮って、ネットに上げて、杏に手伝ってもらって、拡散するから」
「うわー、恥ずかしい~」
さすがに照れが出て、怖気づいている京香に対し、今度は彼女の父の吾郎が、
「いいね、真姫ちゃん!」
と元気いっぱいに返事を返していた。
「ウチの娘は可愛いよ! 制服姿にエプロンで、看板娘やってます、って宣伝しまくったら、もっと人が来るってことだよな」
「そうです! 世の中、いつの時代もJKには利用すべき価値、プレミアがつくんです! これを利用しないでどうするんですか?」
「よっしゃ、やったろうぜ!」
「この親バカと、友バカどもめ」
本人の意志を無視して、勝手に盛り上がる父親と親友に、さすがに京香は溜め息をついていた。
「まあ、そう言わないで、京ちゃん。お店が儲かった方がいいでしょ。出来れば、京ちゃんには、ステージに立って歌とダンスでも披露してくれれば、もっとイケると思うんだけど」
「いやいや、私、アイドルじゃないから!」
さすがに、全力で否定されて、真姫は苦笑していた。もちろん冗談で言っていたのだ。
だが、真姫は真姫で、京香はいつも明るいし、笑顔が可愛いし、十分、「素材」としてはいいと思っていたからこそ、これを提案していた。
決して、親友だからという贔屓目ではなく、客観的に京香を分析していた。
「笑顔」、特に若い女性の笑顔は、それだけで他人を気持ちよくさせる「力」がある。
たとえ、その笑顔の主が、大して可愛くなくても可愛らしく見えてしまうのだ。
ましてや、真姫の目から見て、京香は「可愛い」部類に入る容姿をしているから、尚更生かさない手はない、と確信していた。
「でも、そう言うからには、真姫ちゃんも制服にエプロンで働いてよね」
「まあ、私が言い出しっぺだし、いいよ」
京香から言われて、あっさり肯定する真姫。京香にとってはそれが意外だったようで、目を丸くしていた。
こうして密かに「作戦」が始まった。
翌日の放課後。
早速、LINEで杏と連携を取った真姫。
―私が、京ちゃんの動画をアップするから、杏はあらゆる手段を使って、それを拡散しまくって―
そう頼むと、
―面白そう! 好きピのため、やるよ!―
あっさりと応じてくれるのだった。
夕方、いつものようにバイトに行った真姫は、事前に指令していたように、学校の制服姿の京香の姿を、携帯で動画撮影をする。
仕事をしながら、密かに働いている彼女を撮りまくる。
おまけに、その日は、人一倍、オシャレで目立つように、真姫は京香の髪型までコーデした。
最近、以前より髪が伸びてきて、ショートカットより、肩にかかるセミロングに近い髪型になっている京香の後ろ髪に、わざわざ買ってきた、星型のヘアピンをワンポイントとしてつける。
さらに、様々な角度から可愛らしく見えるように、あらゆる手段を尽くし、「動画映え」するように努力した。
動画の時間は、およそ5分程度にコンパクトにまとめた。
動画というのは、長すぎても、短すぎてもダメだ。
内容的には、京香が制服姿で給仕している様子と、店のアピールを出来るだけ可愛らしくさせた。
とにかくインパクトが重要なのである、と真姫は常々思っていた。
なので、とにかく視聴者にいかに「可愛いJKが働いている店がある」ことをアピールできるかが問題だった。
「どうだった、真姫ちゃん? なんか恥ずかしいなあ」
終わった後にそう言って、照れ笑いを浮かべている京香が、真姫には誇らしいほど可愛らしく思えていた。
「大丈夫。十分、可愛かったよ、京ちゃん。これで明日が楽しみだね」
不敵な笑みを浮かべ、撮影した動画を見返す真姫。
そのまま、動画をLINEを通して、杏に送っていた。
翌日の夕方。
真姫が、バイト先である「矢崎飯店」に行くと。
「な、何だこりゃ?」
そこには、想像を絶する光景が展開されていた。




