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ゆるツー  作者: 秋山如雪
6章 京香
29/82

28. 防寒対策

 急きょ、放課後に京香の家に行き、晩飯を食べることになった真姫。


 見渡してみると、夕方になる時間帯にも関わらず、客は多くないように思えた。常連客と思える客が数名いる程度。


 明確に「繁盛している」とは言えない雰囲気があった。


 ただ、この店の「味」については、彼女は良く知っていたし、インターネットの食レポサイトのレビューに星5つをつけたこともあるくらい、信頼していた。


 その真姫が頼んでいたチャーハンセットが届く。

「へい、お待ち!」

 おどけた表情で、ふざけた態度で運んできた京香に、


「ちゃんと働け」

 短く制してから、目の前に運ばれてきた、「それ」を改めて凝視する。


 湯気が立ち上るチャーハンからは、香ばしい匂いが漂ってきて、鼻腔をくすぐる。さらに小さな丼に盛られたラーメンと、4つの餃子がつく。

 これで700円ほど。


 このチャーハンセットを、真姫はこよなく愛していた。

 実際に、改めて久々に口に運ぶと。


(このチャーハンの味は、お店じゃないと出来ない)

 と思ってしまう。


 多少は料理の心得がある真姫でさえ、この味を自分で再現するのは難しいと思っていた。


 そのチャーハンセットを堪能してから、携帯を見るとまだ6時頃だった。

 この店の営業時間は確か午後9時まで。


「ごちそう様。京ちゃん、私、一回家に戻って、着替えてからまた来るよ」

 料金を支払って、真姫はそう告げて、店を出ていた。


「悪いね、真姫ちゃん。9時くらいに来てくれればいいよ」

「ああ、9時前でもいいよ、真姫ちゃん」


 親子揃って、明るい声を背中にかけられ、右手を軽く上げて、

「了解」

 と返事をしながら、彼女は店を立ち去った。


 そして、午後9時頃。今度は、私服に分厚い冬用のコートを着て訪れていた。

 明かりが消えた店に再びたどり着く。


 京香と、その父、吾郎が店の奥にある、8畳ほどのリビングで待っていた。

 真姫が訪れると、京香の母の、不愛想な美里が、無言でお茶を出してくれた。


「真姫ちゃん。京香から話は聞いたよ。バイトしたいんだって?」

「ええ、まあ」


「OKだ。都合のいい時に来てくれればいいよ」

「え、もうOKなんですか? 面接とかないんですか?」


 さすがに知人とはいえ、いくらなんでも適当すぎるだろう。そう思っていた真姫だったが。


「ああ、構わん構わん。真姫ちゃんなら、よく知ってるし、信頼できるから」

 豪放磊落ごうほうらいらくと言うか、適当と言うか、このご時世そんなことでいいのか、とすら思えて不安にすらなった真姫が、


「でも、コンプライアンスとかあるんじゃないんですか?」

 と尋ねると、


「もちろんあるよ。後で書類には書いてもらうし、親御さんの了承もいる」

 さすがにそこは必要らしく、吾郎は真面目な顔で答えていたが。


「まあ、真姫ちゃんなら心配してない。前に、誰だったかな。配達任せたら、店の飯を自分で食いやがったバカがいた。真姫ちゃんはそんなことしないだろ?」

「はい、まあ。っていうか、それヤバいのでは? 刑事問題じゃ」

「もちろん訴えたさ。最近の若者は、すぐネットに上げたがるし、バズるとかで目立てばいいと思ってる連中がいるからなあ」

「その点、真姫ちゃんは絶対大丈夫っしょ~」

 娘の京香まで父に乗っかって、そんな発言をしている。


 信頼してくれるのはありがたいものの、あまりにも簡単に決まりすぎて、拍子抜けしてしまう真姫であった。

 しかも、自給も思っていたよりも、高い金額を提示されていたので、真姫としては問題はなかったのだが。


「仕事内容は、京香から聞いてるかもだけど、配達。つまり、バイクを使った出前をしてもらう。後は、たまにホールの接客もお願いする」

 吾郎が説明する中、

「カブは90ccと50ccがあってね。90ccは私が使うから、真姫ちゃんは50ccね」

 娘の京香も説明に加わっていた。


「別にいいですけど、50ccじゃあまり遠くに行けないんじゃ?」

「うん。だから真姫ちゃんは近場担当だね」

「近場担当?」


「うん。京香にはどっちかというと、遠い顧客を任せるから、真姫ちゃんは近場中心にお願いしたい。府中、国立、国分寺あたりかな」

「わかりました」


 あっさりと、そして続々と決まっていくのであった。


 そして、この件を両親にも学校にも話し、了承を得てから正式に来週には働くことになりそうになった真姫が帰ろうとすると、


「ちょっと待って、真姫ちゃん」

 そう呼び止めたのは、吾郎だった。


「はい?」

 振り向いた真姫が、目にしたのはその吾郎の右手にあった、大きな青いジャケットだった。

 一見すると、作業着にも見えるが、分厚くて、雨にも強そうに見える。というよりもレインパーカーにも見える。


「京香から聞いたよ。防寒したいけど、お金がないって。良かったら、ウチで働いてる時だけ貸してあげるよ」

 そう言って、吾郎が突き出してきたのは、男物のジャケットだったが。


 それでも真姫は、

「ありがとうございます」

 ありがたく受け取って、袖を通してみた。


 さすがに男物のジャケットで、サイズは合っていなかったが、それでも防寒対策としては十分すぎるくらい暖かく感じるのだった。


「似合ってるじゃん、真姫ちゃん。ウチでバイトしてる時に使いなよ。っていうか、もうバイト代入るまで、ずっとそれ使ってていいよ。どうせお父さん使わないでしょ」

 京香は、勝手にそう言っては、勧めるのだった。


(うん。悪くない)

 特に袖口や首回りがしっかりと防寒されているのが、真姫には気に入る要素に入った。

 つまり、防寒とはいかに―「寒気」を体に浴びないこと― が重要である、と彼女は思っていたからだ。


 ましてやバイクに乗る以上、常に風を浴びるから、その「風」こそが冬には天敵になる。


 こうして、思わぬ形で、バイト先を見つけ、ひとまず防寒対策の目途も立った真姫。


 京香の言葉通り、しばらくはこのジャケットを普段着に使うことになった。

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