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ゆるツー  作者: 秋山如雪
6章 京香
28/82

27. 京香の家族

 真冬のツーリングから1か月。

 年が明けて1月に入った。


 寒さがますます本格的になり、もはやツーリングそのものが寒さで億劫になり、行きたくないとすら真姫は感じていた。


 バイクを本格的に乗り始めて、初めての「冬」。それは彼女の想像以上に過酷だった。


 そんな折、前にツーリングで誘われた時の約束を果たそうと、真姫は帰り際にクラスが異なる、京香をLINEで呼び出し、一緒に駐輪場に向かった。


「今日、バイク用品店で防寒グッズ買ってから、京ちゃんの家に行って、ご飯食べていい?」

「もちろんだよ。歓迎するよ」


 久々の来訪に、京香は大袈裟なくらい喜んでいるように見えた。


 2人は放課後に、そのまま府中市内にある、某バイク用品店に向かった。

 甲州街道とも呼ばれる国道20号沿いにあり、この辺りでは一番大きなバイク用品店であり、簡単な修理やメンテ、オイル交換を代行してくれたり、様々なバイクグッズが置かれてある。


 学校からほど近いそこへ向かった2人。


 真姫は、

「とにかくめっちゃ寒い。何か対策ない?」

 と京香に訴えるように意見を聞いていた。


「そうだねー。バイクにウィンドスクリーンをつけるか、グリップヒーターをつけるか、かな」

「それっていくらかかる?」

「まあ、安くても1万円はするね」

「却下。お金がない」


 真姫にとって、実はそれが一番の難題で、最近特にお金がなかった。

 バイクは必要以上にお金がかかる。ましてや高校生で、最近はバイトすらしていない真姫にとっては、死活問題だった。


 だが、それ以上に防寒対策も死活問題だった。


「しょうがないなあ。じゃあ、アレつければいいんじゃない?」

 そう言って、店内のコーナーの一角にあった、ある物を指差す京香。彼女の指の先にあったのは、よくスーパーカブなどのハンドルに使われる、ハンドル全体を覆うような防寒カバーだった。ハンドルカバーとか、ナックルガードと言ったりもする。


 真姫は、それを見て、思いきり顔を顰める。

「却下。カッコ悪い」


「もう、ワガママだなあ、真姫ちゃんは」

「そういう問題じゃない。美意識の問題。あれじゃ、ただの田舎のオバさんみたい」


「言いたいことはわかるけど~。じゃあ、バイトでもすれば?」

「いいバイトがない」


 それを聞いていた京香が、何気なく思い出したように、口走ったのがきっかけだった。

「じゃあ、ウチでやってみる? お父さん、最近、手が回らないって嘆いてるし」

「え、マジで?」

「うん。今日、どうせウチ来るでしょ。聞いてみるよ」


 真姫にとっては、渡りに船ではあった。お金がなくて、防寒グッズもロクに買えない。バイク乗りとしては、この時期の防寒対策をしないことには、もう走る以前の問題になってしまう。


 もはやわらをも掴む思いで、バイク用品店で何も買わずに、真っ直ぐに京香の家へと向かうことになった。


 やがて、京香のPCXが停まったのは、府中市の中心街になっている、駅前のメインストリートから一本、北側に外れた通りだった。


 その辺りには、図書館や公園があり、閑静な住宅街になっているが、飲食店の数は中心部に比べれば少ない。


 その一角に、人々の需要を満たすかのように、佇んでいるのが、「矢崎飯店」と書かれた、昔ながらの中華料理屋だった。


 庇が黄色く塗られ、そこに赤い文字で「矢崎飯店」と描かれている、小規模な飲食店。そこが京香の実家だった。


 京香がPCXを店の裏のスペースに駐車し、同じように隣に自分のYZF-R25を停める真姫。すぐ近くに、見知ったバイクが2台あった。


 1台は90ccのスーパーカブ、もう1台は50ccのスーパーカブ。共にこの店の出前配達用のバイクで、荷台にいわゆる銀色の「岡持ち」がセットされている。ここだけは昔から少しも変わっていないように見えて、真姫には少し懐かしく思えた。


「いらっしゃいませー」

 暖簾をくぐった京香に続いて、真姫が入ると、どこか懐かしい野太い、しかしながら元気のいい声が響いてきた。


 彼女の父の声だった。

 カウンターの奥、厨房から顔を覗かせていたのが、矢崎吾郎(ごろう)。京香の父であり、年齢は50代前半くらい。ただ、髪がだいぶ後退しており、そのことを気にしているように、頭全体をコック帽で覆っていた。


 一方、その厨房にはもう1人、影が薄い人物もいた。矢崎美里(みさと)。京香の母にして、吾郎の妻。年齢は40代後半くらい。ただ、いつも元気で明るい京香とは正反対の、物静かというより、むしろ「暗い」雰囲気をまとっているような女性だった。


 ある意味で、正反対で対照的な2人だが、真っ先に真姫に気づいた吾郎が、大きな声を上げた。


「真姫ちゃん! 久しぶりだね。元気だったかい?」

「ええ、まあ」

 少し苦笑しながらも、愛想笑いを浮かべて返す真姫。


 だが、実は彼女はこの京香の父が苦手ではなかった。

 それは、どちらかというと、彼が「料理人」っぽくなかったからだ。


 かつて、ファミレスでバイトをした経験もある真姫にとって、「料理人」とは、自他共に厳しくて、妥協を許さず、厳格で、近寄りがたい雰囲気を感じていたし、実際にかつてバイトをしていた時の、バイト先の料理長がそんな感じの人だったからだ。


 だが、この「吾郎」はその対極にいるような、明るくて気さくで、とっつきやすい性格だった。


(京ちゃんの性格は絶対、父親似だ)

 常々、真姫がそう思っている理由がそこにあった。


 逆に彼女の母の美里の方が、とっつきにくい上に、無口で無表情すぎて、一体何を考えているのかわからないため、どちらかというと真姫は苦手だった。


 その美里は、かろうじて厨房から真姫の姿を目に止めて、小さくお辞儀だけをしていた。仕方ないから会釈だけ交わすことになる真姫。


 やはり、どうも彼女は苦手とは思うものの、容姿に関してだけは、京香はこの母の美里によく似ていた。


 京香は丸顔で愛嬌のある顔立ちをしているし、目元が母の美里によく似ている。

 むしろゴツゴツした、岩のような大きな顔をしている吾郎に、京香が似なくて良かったとすら思えてくる。


 ひとまず、京香が厨房に入って、二言三言、父と交わしてから帰ってきた。


 椅子に座って、注文を待っている真姫に対し、

「今、忙しいから後で話聞くってさ。とりま、注文頼んじゃって」

 いつの間にか、制服姿にエプロンと三角巾を頭につけた京香が戻ってきた。


 ある意味、店の看板娘の彼女が、この学校の制服にエプロン、三角巾という姿なのが、無性に可愛いと思ってしまう真姫。いつの時代も、「女子高生」に対する一定の需要はあるのだ。


「チャーハン定食」

 メニューを見もせずに、あっさりと答える真姫に不満顔の京香。


「また、チャーハン定食? それ好きだねえ、真姫ちゃん」

「別にいいでしょ」

「いいけどさ。チャーハン定食入ります!」


 府中市の夜は更けていく。

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