26. 夜空に浮かぶ光
海ほたるを出発した後、今度は真姫が先頭に立った。
彼女には、行ってみたい場所があったのだ。
丁度、時刻は午後3時半を回った頃。あと1時間もすれば日没時間を迎える。
そんな中、京香に「晩飯は、私の好きなところにするからね」と言った手前、それなりの場所を選ぶべき、だと思った。
同時に、すでに早くも「房総半島」から遠ざかっているが、このツーリングの最後に相応しい場所に行こう、と。
長い東京湾アクアラインの海底トンネルを走り抜け、川崎浮島ジャンクションを右折し、首都高速湾岸線の広い道路に出る。
そこからインターチェンジを降りて、すぐのところに彼女の目的地はあった。
羽田空港国際線ターミナル。
その「P」と書かれた大きな建物にバイクを乗り入れていく真姫。丁寧に、バイク用に駐車入口が設けられたいる、その巨大な楕円形の建物に入り、バイクを停める。
ヘルメットを脱いだ京香が、
「マジで空港じゃん。こんなところに何の用があるの?」
そう言ってきたが、真姫にはその質問が来ることは予想済みだった。
「京ちゃん。夜の空港は面白いんだよ。あと、特にこの国際線ターミナルは色々あって面白いって聞いたからさ」
「私はいいと思うよ。空港って、色々あってワクワクするよね」
蛍は、明らかに賛成の立場のようで、目を輝かせていた。
早速、駐車場から真姫の先導で、羽田空港国際線ターミナルのビルに入って行く。
そこには、まさに煌びやかな世界が広がっていた。
国内、海外問わず多くの観光客が集い、それに応じて飲食店も観光客用の土産店も、様々に広がり、賑わいを見せている。
特に海外観光客向けに「江戸」をイメージした、江戸時代のような瓦屋根風の建物が、高い吹き抜けの空間の下に築かれている辺りは、外国人でいっぱいだった。
ターミナルの出発ロビーは、流線形の高い屋根、吹き抜けの開放感のあふれる造りが美しく、訪れる人の目を惹くには十分だった。
さらに、和洋様々な飲食店が建ち並び、ラーメン屋や寿司屋のような日本的な物から、洋食屋、バー、喫茶店など雑多ながらも、飲食に関しては選び放題の状態だった。
「おお! 初めて来たけど、なかなかすごいね」
来ることを渋っていた京香が真っ先に好意的に反応していた。
「でしょ。今日の晩飯はここで選び放題だよ。その前に、展望デッキに行こうか?」
真姫は、再びツカツカと歩き出した。
数多くの飲食店を横目に見ながら、彼女は真っ直ぐに展望デッキを目指す。
時刻はちょうど、夕闇が迫る頃。
西の空が赤紫色に染まり、宵闇が空港周辺を覆う中、展望デッキは、広くて開放感に満ち溢れていた。
老舗とも言える、羽田空港国内線ターミナルや成田空港と違い、まだ開設してからそれほど時間が経過していない、この羽田空港国際線ターミナルは、真新しく、そして、設計上、開放感のある広い造りになっている。
そこからフェンス越しに見える、無数のマークを掲げた飛行機たち。
宵闇に照らされ、無数の色とりどりの明かりが空港を覆い尽くし、それらが光の筋のように夜空へと伸びていた。
まるで無数の「夜空に浮かぶ光」にすら見える、夜の空港を彩る幻想的な光景。それが目の前に展開されていた。
それに加え、時折、腹に響き渡るような轟音が全身を包み込む。
それらをフェンス越しに眺める真姫の瞳が輝いていた。
「やっぱいいよね、飛行機……」
少し、うっとりとした表情で、見つめる真姫。
「マジで変わってるよね、真姫ちゃん。男の子みたい」
そんな彼女の横顔に京香は、心なしか溜め息混じりに口にしていたが、
「でも、わかる気がするべ。私も飛行機見てたら、北海道に帰りたくなるし」
蛍は蛍で、遠い故郷の北の大地を思い出すかのように、真姫に同調していた。
「私は、もうちょい可愛くて、オシャレなところがいいなあ」
京香の呟きに、真姫は、
「昼間、あんな男らしいラーメン食ってた、京ちゃんが言うセリフじゃないね」
風に吹かれたセミロングの髪をかき上げながら、彼女は微笑んでいた。
「うるさいなあ、もう。ほら、ご飯食べに行くんでしょ。まだ早いけど」
そんな真姫を促す京香。
結局、その後は、多数の土産店を冷かして、時間を潰し、夕方から夜になり、ようやく晩飯にありつくことになった3人。
その日の晩飯は、真姫の提案で、ステーキを中心とした洋食屋だった。
どちらかというと、女子受けがするような、オシャレで綺麗で、落ち着いた雰囲気の店だった。
ようやく、そのツーリングの最後に、女子らしい物を食べる3人。
「今日は楽しかったべ。したっけ、また」
北海道弁で別れの挨拶をして、蛍が去って行く。
食後は、蛍だけが横浜方面ということで解散となり、真姫と京香は同じ方面なので、インカムを着けたまま、首都高速を走り始めた。
「京ちゃん。インカム、面白いし、便利だね」
先を走る真姫がインカム越しに声をかける。
「そっか。良かったじゃん。蛍ちゃんも喜んでたし」
「うん。杏はまだちょっと苦手だけど、蛍ちゃんとならいい」
「まーだ、そんなこと言ってんの? 事故の件で仲良くなったんじゃないの?」
「別に、仲良くはない」
そんなことを平然と言ってくる親友に、京香は、思い出したかのように、そっと口を開いた。
それが次のきっかけに繋がるとは露知らずに。
「たまにはウチにもおいでよ。お父さん、真姫ちゃんに会いたがってたし」
「うーん。まあ、いいけど」
中学生時代は、しょっちゅう京香の家に遊びに行っていた真姫。彼女は京香の父とも顔見知りだった。
そもそも中華料理屋を営んでいる彼女の父。
つまり、自営業者にして経営者。
その京香の実家の中華料理屋には、ご飯を食べに何度も伺っていたからだ。
その彼女の父が、新たな「きっかけ」となる。




