25. 秘境のラーメン屋
上総中野駅を出発した3人。思わぬ形で時間を潰し、すでに昼に近い時間になっていた。
京香の先導で向かった先は、彼女の言う「秘境のラーメン屋」。
彼女によれば、「上総中野駅から25分くらいで着く」はずだったが。
「あっれー。おかしいな。ここじゃなかったっけ?」
「何、場所わからないの?」
インカムを通して、京香の戸惑ったような声が聞こえてきた。
彼女は、道端にバイクを停車させ、携帯のナビを睨めっこしていた。
「うん。ナビだとこの辺のはずなんだけどねー」
「でも、京香ちゃん。この辺、何もないよ」
「だよねー」
蛍に言われて、改めて辺りを見回すと、周囲には森と畑くらいしか見えない。
「着かないんだったら諦めようよ。大体、私、おなか空いてきたしさあ」
「いや。ここまで来て諦めたら、冒険者の名が廃る! 私は諦めないぞ」
「だから、何のRPGだよ?」
真姫は思わず突っ込んでいたが、事実としてすでに12時を回っていた。昼時だ。しかも朝からほとんど食事を取っていなかったため、彼女は空腹を感じていた。
だが、意地になっている京香は、止まらなかった。
「よし、大体わかった。こっちだ!」
勢いづいた彼女は、ナビを頼りにさらにバイクを飛ばす。
さらに道に迷い、そして、迷い続けること20分。
「おお、これだよ!」
着いた先に、確かにそれはあった。
ラーメン屋だ。
間違いなく。その証拠に、「ラーメン」と書かれたオレンジ色の幟が無数に沿道に建っていた。
ただ、何故こんなところに忽然とラーメン屋があるのかが謎だった。
周りは森と畑しかない、明らかな僻地だったからだ。交通の便が悪すぎる。
おまけに駐車場には。
かなり多くの車とバイクが並び、そしてまるで昭和のおばあちゃんの家みたいな、レトロな茅葺き屋根の大きな建物の入口付近には。
大行列が出来ていた。
ひとまず、駐車スペースにバイクを停めた3人だったが。
「え、マジで? 何でこんな混んでるの?」
「今日、日曜日だし。ここ、結構人気あるんだよ」
「どうするの、京香ちゃん? 並ぶ?」
「当然! せっかくここまで来たんだし」
勢いづいて、威勢のいい声を上げる京香に対し、
「えー、マジで。私は並びたくないなあ」
真姫は、親友とは正反対に、鬱陶しい物を見るように、行列を目で追っていた。そもそも人混みや渋滞が彼女は嫌いだからだ。
だが、
「ちょっ、真姫ちゃん。それはないって。せっかく『伝説のラーメン屋』に来たんだよ。私が真姫ちゃんの分も奢ってあげるから、並ぼ!」
その親友が必死に拝み倒すように、真姫に両手を合わせてきたので、
「『秘境のラーメン屋』じゃなかったの? いいよ、京ちゃん。奢ってくれなくても。付き合ってあげる」
さすがに少しかわいそうになって、真姫は頷いた。
「よっしゃ! 2人とも並ぶぞー!」
途端に元気を取り戻した、京香に苦笑しながら、真姫は蛍と共に京香に従った。
だが。
(遅いなあ)
内心、真姫は苛立っていた。
行列は遅々として進まず、気がつけば並び始めてからすでに30分以上は経過している。
元々、「並ぶ」こと自体が好きじゃない。つまり、ある意味では「日本人的な」行動を嫌う、はぐれ者の真姫にとって、この「待つ」という時間自体が苦痛だった。
「京ちゃん。晩飯は、私の好きなところにするからね」
思わず、そう京香に告げる真姫に、
「うん、わかった。ごめんねー、真姫ちゃん」
彼女は必死に頭を下げていたが。
実際、問題としてここはかなり時間がかかった。
店内に入るまでに40分。さらに店内で注文を取って、その注文が届くまでに30分。
合計、1時間以上。
すでに時刻は午後1時40分を回っていた。
真姫は、さすがに空腹と行列にイライラしていたが、京香は、ようやく運ばれてきたラーメンを前に目を輝かせ、
「まあ、真姫ちゃん。そんな怒らずに。とりあえず食べてみなよ」
自分の前と、真姫の前、そして蛍の前に置かれた丼に目をやった。
真姫と蛍は、オーソドックスな「ラーメン」。京香は欲張りに「チャーシュー麺」だった。
初めて見るそのラーメンは、まさに「スタミナラーメン」だった。
玉ねぎがどっさりと載り、すり下ろしたニンニクやニラの匂いが強烈に漂ってくる。おまけに油面が赤茶色に染まっている。
(辛そう)
一瞬、そう思った真姫だったが、実際に食べてみると、思っていたよりは辛くはなかった。
中太のコシのある縮れ麺を使っていて、ニンニクの入ったスープと絡めて食べると、一気に体が暖かくなるように感じる。
つまり、今のような冬の時期に食べるには、いいとすら思った。
「どう、どう? 真姫ちゃん? 美味しいでしょ?」
やたらと感想を求めてくる親友に対し、
「まあ、美味いけどさ。でもね、京ちゃん」
「うん?」
「秩父のわらじカツ丼といい、このラーメンといい、何で男が食べるような物ばっかなんだ? 全然、女子っぽくないでしょ」
その真姫の一言に、蛍は笑いながら、
「そだねー。それに関しては、私も真姫ちゃんと同意見。でも、体が暖まるね」
言い放っていた。
なんだかんだで、完食した3人が外に出ると。
時刻はすでに午後2時を回っていた。
「じゃあ、早いけど帰ろうか?」
そう提案する蛍の一言が、真姫には意外だったため、
「えっ、もう帰るの?」
と思わず聞いていたのだが。
「冬のツーリングは時間との勝負だからね。陽が落ちると一気に寒くなるし。それにグズグズしてると、アクアラインが混むから、その前に抜けたいんだよ」
理路整然とそう述べる、蛍の意見には一理ある、と真姫は思い、頷いていた。
彼女は、再び先頭に立ち、走り始めた。
時間短縮と、渋滞回避のため、最寄りの圏央道の市原鶴舞インターから高速に乗り、そのまま東京湾アクアラインを越えて、1時間ほどで一気に海ほたるPAへ到着。
午後3時台で、まだ陽が暮れてはいなかったが、冬の弱い陽射しが一段と弱くなってくる時間帯であり、しかも東京方面へ向かう路線は、すでに混雑してきていた。
「蛍ちゃんの言う通りだったね。混む前にさっさと抜けちゃおう」
その海ほたるでさえ、真姫はロクに立ち寄ろうともせず、混雑ぶりを見て、先へ進むことを促していた。
渋滞と人混みを嫌う、蛍と真姫が中心になり、もう少しゆっくりしたい、と訴える京香の意見を却下にして、先を急ぐことになった。




